冨田勲氏の音楽について

 現在、私は、クラシック、ジャズ、ロック、イージーリスニング、ポップス、民族音楽、カントリー・ブルーグラス、フォークと様々な種類の音楽を聴いていますが、主に聴いているのは、クラシックとジャズです。ジャズは私が30才の頃に出版されたジャズ入門者向けの数冊の本(JTが企画したもの)と寺島靖国氏の本を読んで、気になるアルバムを買い集めたというのが起源になりますが、クラシックは冨田勲氏の「展覧会の絵」(ムソルグスキー作曲)と「惑星」(ホルスト作曲)でした。
 高校当時の私は、日本のフォークソング(かぐや姫、風、南こうせつ、チューリップ、ナターシャセブンなど)の歌詞を覚えることが大切なことで、勉強はほとんどせずに一所懸命に歌詞の暗記をしていました。ただ、ラジオをよく聴いていたので、いろんな分野の音楽に接する機会はありました。つまり高校まではクラシックの番組を聴くことはなく、G線上のアリアやブラームスのハンガリー舞曲第5番を聴く程度だったのです。ただ唯一の例外というのが、この冨田勲氏の「展覧会の絵」と「惑星」だったのです。当時、私は高校の写真部に在籍していました。とは言っても月1回の撮影会に参加し、順番を待って暗室にこもり(芸術性はともかく)自分の気に入った写真を焼くというのを日課にしていました。一つ上の先輩にKさんという男性がおられ、この方が冨田勲氏の大ファンでした。Kさんは、ドビュッシーの小品集の頃からの冨田勲氏の音楽のファンでこの後にストラヴィンスキーの「火の鳥」も購入されます。高校1年の頃から、同級生の写真部員S君が「展覧会の絵」のシンセサイザーの音の物凄さをしばしば私に語っていた(「夜に聴くと眠られなくなる」とか)のですが、冨田勲氏の音楽をもっと聴いてみようと思ったのは、それから半年ほどしてからでした。
 私たち写真部員は2台の焼き付け機の順番を待つ間、ナポレオンというトランプのゲームをして待っていました。親、副官、各1名対連合軍3人という5人でしていましたが、その時は、Kさん、S君、新人のT君と私、他1名でナポレオンをしていました。T君はそれまで負けてばかりでしたが(ここは脚色しています)、その時は一人でも勝てるくらいの良い手だったようで、15枚取ると宣言し、副官は(マイティでは勿論なく、表ジャックでも、裏ジャックでもなく、切り札のキング、クィーンでもなく)なんと切り札の10を指名したのでした。そうしてT君は鼻歌を歌い出したのです。それが冨田氏の「惑星」の冒頭で宇宙人が歌う、木星のテーマ、ちゃらら、ちゃららら、ちゃららーら、ちゃららーらーらー、ちゃららー、ちゃららーら、ちゃららーらー、ちゃらららーらーだったのです。当時の私は、木星のテーマというのを聴いていなかったので、後輩のT君に、それ何やねん、知らへんわと言いました。T君は、先輩、知らないんですか、これは、今、流行りの音楽です。知らないと乗り遅れますよ(ここも少し脚色しています)と言いました。私は、上記、フォークソングの主だった歌詞をほぼ覚えたところだったので、それに興味を示しました。私はT君に、ほう、そうなんか、でもクラシックは長いから、最後までよう聴かんでぇと自信なさげに言いました。すると先輩のKさんが、ぼくもクラシックは冨田さんしか知らへんよ。まあそれでも十分楽しいしと言われました。そうしてすかさずもう一度、宇宙人が歌うところをT君が歌い出したのですが、意外なことにS君とK先輩も唱和したのです。私も、最後の2小節は仲間外れにならないように焦って参加しました。ナポレオンはT君の勝利でしたが、その後すぐに私はK先輩に、「惑星」だけを貸してもらえませんかと頼みました。K先輩はもちろん、にっこり笑って、貸したるでと言われました。家でじっくり聴いてみると、やはりホルストの楽譜にない冨田氏が創作した宇宙人の会話と二重唱のところと木星のところが心に残りました。
 冨田勲氏はその後たくさんのアルバムを出されました。小品で優れた作品はたくさんありますが、「展覧会の絵」や「惑星」のようにアルバム1枚まるごと楽しむというのは難しいようです。一時、冨田氏がリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」全曲を録音するという噂を聞いたのですが、これは実現しませんでした。冨田氏の音楽は色彩感豊かなことが特長だと思うので、この曲はぴったりだなと思っていたのですが、今でも残念に思っています。もちろん、交響曲は無理でしょうが、ストラヴィンスキーの「春の祭典」、チャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」「テンペスト」、シベリウスの「カレリア組曲」「フィンランディア」「トゥオネラの白鳥」なんかを編曲してほしかったなと思っています。その後、平原綾香さんが木星のテーマを歌ったりして、このメロディは有名になりましたが、わたしも7年前から習っているクラリネットの最初の発表会で、このメロディを吹かせてもらいました。どうもこのホルストの「惑星」の木星のメロディはわたしの人生の中でこれからもしばしば顔を出して、わたしを励ましてくれそうな気がします。