『ポール・モーリア(セルジュ・エライク著)』について

私が深夜放送を聴き始めた頃、「涙のトッカータ」ポール・モーリア、「イエスタデイ・ワンス・モア」カーペンターズ、「やさしく歌って」ロバータ・フラック、「幸せの黄色いリボン」ドーンなどが流行っていて、好きなポップスが流れるとラジオのスピーカに耳を近づけて目を閉じて聞き入りました。なかでもポール・モーリアは大好きで、「恋はみずいろ」「蒼いノクターン」「エーゲ海の真珠」などがラジオでかかると幸せな気分になったものでした。そんな私も、高校を卒業するとポール・モーリアの短い曲が物足りなくなり、クラシックを聴くようになったのでした。私の大学時代にポール・モーリアが日本縦断コンサートをしているということは知っていましたが、クラシックのレコード収集に明け暮れていた私は彼のコンサートに興味が持てず、社会人になってもこの傾向は続き、クラシックのコンサートには数回行きましたが、ポール・モーリアのコンサートに行くことはありませんでした。
『ポール・モーリア(セルジュ・エライク著)』を読むと彼の偉業がよくわかり、コンサートに行っておけばよかったと思いました。というのも彼は楽団の指揮者というだけでなく、作曲家、ピアニスト、編曲家でもあったからです。アメリカで大ヒットした「恋はみずいろ」はアンドレ・ポップの同曲を彼が編曲したものでありますし、自作の「蒼いノクターン」やガストン・ロランが作曲した「涙のトッカータ」のピアノ独奏は1980年代まではポール・モーリア自らがコンサートで演奏しましたし、残された映像を見ると彼の指揮は見ていて楽しく楽団員もハイレベルな演奏をしていることがわかりますし、そこにいて楽しめなかったのは惜しかったなと思いました。彼に実力があったのはこの本にも書かれているように、彼が若い頃、優秀な成績で音楽学校を修了したからというだけでなく、多くの音楽家と数えられないほどのセッションを行ったからです。一流の音楽家との演奏を頻繁に行うことで自分の音楽を磨いて行った成果なのです。1960年代前半には、シャルル・アズナブール、ミレイユ・マチュー、カテリナ・ヴァレンテの伴奏をしたということがこの本に書かれていますが、この実力派の歌手との交わりも彼の音楽に大きな影響を与えたのだと思います。
私が再びポール・モーリアに興味を持ったのは、「エーゲ海の真珠」をクラリネットで吹いてみてからでした。この曲は彼が作曲したのではありませんが、アウグスト・アルゲロが作曲した曲を彼は見事に編曲してこの曲に命を与えたのでした。同様に「涙のトッカータ」や「蒼いノクターン」もクラリネットで吹いてみましたが、いずれもメロディが美しく、すばらしい楽曲であることを実感したのでした。この本にはポール・モーリアが年に3〜4枚アルバムを作ったとありますが、その中でも彼が好んで演奏したというのが、「恋はみずいろ」を含めたこの4曲になるのではないでしょうか(この本には「オリーブの首飾り」を2000回以上演奏したとありますが)。彼の音楽はほとんどが3、4分で終わるのですが、彼のセンスの良い編曲で何度聞いても飽きの来ない、心温まる、素晴らしい音楽になっているのです。
もう少し早く彼の音楽の素晴らしさに気づいてコンサートに出かけていれば音楽の志向が変わったかというと、そうはならなかったと思います。彼の音楽はポイントを押さえた、緻密な音楽ではありますが、終わりのところで盛り上がるとか美しいメロディが繰り返されるということがあまりないので、さわやかさが通り過ぎると言った感じで感動がいつまでも残るというものではありません。まさにそれがイージーリスニングの本質と言えますが、あまりに軽い儚いものなので物足りなく感じます。私の場合、ポール・モーリアが編曲したクラシック音楽や映画音楽やポップスのエッセンスのような音楽を聴き込んで物足りなく思い始めたので、より長く感動が持続するクラシック音楽を聴くようになったと言えると思います。
この本には、彼の音楽に磨きをかけてくれたミュージシャンだけでなく、幼少の頃に音楽を教えてくれた父親のことや一生を通じてポール・モーリアのよき伴侶であり続けたイレーヌ夫人のことが詳しく書かれてあります。また聴衆のことについても書かれてあり、なぜアメリカや本国フランスで成功しなかったのかが書かれてありますが、それは日本のポール・モーリア・ファンにとっては幸いなことで、結果として彼が1969年から30年間で1200回以上のコンサートを日本で行うことを可能にしたのでした。
ポール・モーリアの最大の魅力は、ポール・モーリア自身が演奏するクラブサンだと思います。「恋はみずいろ」の冒頭の部分はよく知られていますが、「エーゲ海の真珠」で女性のララララーとの歌声とからむところ、「涙のトッカータ」の冒頭、中間部での独奏などは有名ですが、その他にも「ロメオとジュリエット」の冒頭部分はしっとりとして心にしみる名演奏だと思います。