オペラDVD「ニーベルングの指輪」について
クラシック音楽を聴き始めて38年以上になるが、楽器が好きな私はオペラや声楽曲を聴くことは余りなかった。それでも器楽曲の主なものを聴き終えた(もちろん興味を持った曲だけだが)と思った40代の頃から、オペラも聴き始めた。「魔笛」「タンホイザー」「椿姫」「トロヴァトーレ」「ボエーム」は美しい旋律が最後まで続くので、曲だけを楽しむことができるが、たまに美しい旋律があるというオペラを2時間以上続けて聴くのはしんどい作業である。というわけで、「こうもり」「メリー・ウィドウ」などのいくつかのオペレッタや「フィガロの結婚」「ドン・ジョバンニ」「セビリアの理髪師」「ばらの騎士」「ホフマン物語」はDVDでその良さを発見した次第である。オペラはモーツァルトは別格として、ドイツオペラのワーグナーとイタリアオペラのヴェルディが双璧になるかと思う。そういうこともあり、ワーグナーは、「パルジファル」「ローエングリン」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」「トリスタンとイゾルデ」、ヴェルディは「シモン・ボッカネグラ」「リゴレット」「仮面舞踏会」を鑑賞したことがあるが、美しい旋律がしばしば登場するわけでなく、言葉の壁を前にして、なす術がなかった(楽しめなかった)。
「ニーベルングの指輪」について言えば、「ラインの黄金」「ヴァルキューレ」「ジークフリート」「神々のたそがれ」の4つの連作のオペラで、通して聴くと16時間ほどかかるので、今までは一生聴くことはないだろうと諦めていたが、1か月前にジュンク堂大阪店で世界文化社のオペラDVD「ニーベルングの指輪」が棚にあるのを見てすぐに購入した(実際は、取り寄せで1週間ほど待ったが)。このDVDのよいところは、高額ではあるが20,520円と値段が手頃(7枚組CD)であることと名指揮者ズービン・メータが指揮しているところである。また歌手もヴォータン、ブリュンヒルデ、ジークフリート、ジークムント、アルベリヒなどの役で実力派が出演している。
もちろん初めて通して聴いたわけだが、管弦楽曲集を聴いたり、FMラジオのオペラ番組で一部を聴いたことはあった。またある人の体験記で、うとうとして目覚めると同じ場面だったので驚いたという情報はあった。それでどうだろうかと少し不安な気持ちもあったが、数日前に聴き始めた。私の場合は「ラインの黄金」の中ほどで少しうとうとしたが、ヴォータンがニーベルング族が住む地下の国に行くあたりから面白くなり、その後は寸暇を惜しんでDVDにかじりつき最後まで見終えたという感じである。確かに「ヴァルキューレ」と「ジークフリート」は音楽も美しく、何度も見てみたいし別のレコードも聴いてみたいが、「神々のたそがれ」だけは、神族の長ヴォータンが出なくなり、他の3作とまったく違う気がして好きになれなかった。異論があると思うが、「ラインの黄金」「ヴァルキューレ」の主役はヴォータン、「ジークフリート」の主役はジークフリート、「神々のたそがれ」はブリュンヒルデ(ヴァルキューレ9姉妹の長姉)であると思う。ヴォータン、ジークフリートは少し暗い性格だが、悪人とは言えないし自分の意志を通している。しかしながら「神々のたそがれ」のブリュンヒルデはジークフリートが媚薬でおかしくなり裏切ったこともあり、それからあとは絶えず心が揺れ動いている。この座り心地の悪さが、私の心に悪い影響を与えているのだと思う。「ジークフリート」の最後の場面であれほど愛を誓い合った、ジークフリートとブリュンヒルデがジークフリートがカクテルに口をつけただけでなんでおかしくなってしまうのかと思う。またアマゾンのレヴューにも書かれているが、「神々のたそがれ」になるとブリュンヒルデ以外は現代風の衣装になりしっくりこない。それから全体的にお腹の周りが大きいのも少し残念なところである。
もうひとつ気になったのは、舞台のことである。今までいくつかのオペラを見たが、すべて当時の衣装で舞台の小道具、大道具、背景も手作りで、それもひとつの楽しみだったが、この「ニーベルングの指輪」では、後ろにあるスクリーンにオブジェのようなものや山や地球を映し出していてそれは効果的に思ったが、頻繁に出演者をワイヤーで吊ったり馬の代わりのゴンドラ?が少しも馬らしくなかったのは少し残念だった。また川底で戯れる3人のラインの娘たちが入る水槽が川(川底)らしくないのも少し興ざめだった。多分、ゴンドラの馬や水槽の川底は舞台では一般的なやり方なのだろうが、よく知らないものは何のことだかわからないのではといらない気を使ったりした。
一生聴くことがないと思っていた音楽を4日間で一気に聴けた。これで「ニーベルングの指輪」を少しは理解できたのだが、しばらく余韻を残すことだろう。「ヴァルキューレ」や「ジークフリート」を今度は、ショルティのアナログ盤で聴いてみようかと思っている。