『リヒャルト・ワーグナー 激動の生涯』について

私が初めてワーグナーの音楽を聴いたのは、30年くらい前だったと思う。カラヤン指揮ベルリン・フィルのワーグナー管弦楽集で、「タンホイザー」序曲や「トリスタンとイゾルデ」から前奏曲と愛の死などを聴いたものだった。これを聴いて、以前から好きだった「タンホイザー」序曲がさらに好きになり、「タンホイザー」全曲を聴きたくなり、サヴァリッシュ盤を購入したのだった。このレコードはよく聴いたが、その後に購入した「ローエングリン」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」「トリスタンとイゾルデ」は部分的に好きなところはあるものの全曲を通して聴く気にはなれず、ワーグナーの音楽にのめり込むことはなかった。ところがこの半年間に2つの出来事があり、それがぐっと私をワーグナーの音楽に近づけた。ひとつはもうすぐ習い始めて丸8年となるクラリネットの発表会が1月29日にあり、演目として「ローエングリン」の中のエルザの大聖堂への行列を練習していて、すばらしい曲だとと思ったこと。もうひとつは昨年の秋に、メータ指揮の「ニーベルングの指輪」全曲のDVDを鑑賞したことである。「ニーベルングの指輪」は全曲聴くのに16時間以上かかり、そのレコード、CD、DVDも高額となるので敬遠していたのだが、この安価で内容が充実しているDVD(オペラDVD「ニーベルングの指輪」(世界文化社))を見てワーグナーの音楽を聴いてみようかという気になったのだった。
ワーグナーの主なオペラとしては、「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」「ローエングリン」「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」「ニーベルングの指輪」「パルジファル」で、私は「さまよえるオランダ人」を聴いていない。私の感想であるが、ワーグナーが32才の頃に完成した「タンホイザー」とワーグナーの音楽の集大成とも言うべき「ニーベルングの指輪」は他の作品よりもずっと完成度が高いと思う。ワーグナーは台本からすべて自分で作り上げていくので、根気がいる仕事を音楽家を志した頃から69才で亡くなるまで続けてきたと思う。また指揮者としても一流で、自分の作品だけでなく、ベートーヴェンの交響曲をよく指揮したとのことである。そんな音楽一筋のように思える彼の人生であるが、オペラを生涯に渡って作曲し続けるためには資金が必要で、多くの人からの協賛と同じくらいの多くの軋轢があったようである。そういったことを含めて、ワーグナーの生涯の全貌を知ることができる評伝はないものかと探していたところ、『リヒャルト・ワーグナー 激動の生涯』(渡辺護著)の古書をアマゾンで見つけた。
この本によるとワーグナーは大部の自伝を残しているが良いところだけしか書かれていないようなので、やはりワーグナーの全貌を知るためには評伝の方がよいように思う。この本を読むと、ワーグナーが若い頃オペラの上演のために資金面でいかに苦労したかということと華々しい女性とのお付き合いがあったということがわかる。と書くといかにもワーグナーが律儀な人間で借金はしないし、恋愛は精神的なもので仲たがいをせずにうまくやったように思うかもしれないが、実際はその逆である。この本の中にワーグナーの風貌が書かれてあるところがあるので少し引用させていただく(パリで友人となったキーツ(画家)の友人ペヒトによる)。
「やがて現れたのは、脚はいくらか短いけれど、目立つほどにエレガントで、上品にさえ見える青年と、彼と手を組んでいる驚くべき美しい女性であった。もしワーグナーがあのように大きな頭部を持たなかったにしても夫人の美しさだけでも、この夫婦がだれであるか知りたいと、人の興味をつのらせたに違いない」
ここにある夫人と言うのはミンナ・ワーグナーであるが、この驚くべき美しい女性を妻としながらもワーグナーは多くの女性と深い交友関係関係を持ち続ける。特に印象的だったのは歌曲集も残している、ヴェーゼンドンク夫妻との交際で夫妻が多額の資金援助をしたにもかかわらず、ワーグナーが夫人に熱中するため距離を置くことになったことが書かれている。先ほども述べたが、自作のオペラを世に送り出すためには多額の資金がかかる。ワグナーはその費用を捻出するために自分の作品を出版社に売ったり、自分でオーケストラを指揮したりしたが、それではとても足りなかった。それでヴェーゼンドンク夫妻をはじめ多くの後援者に資金を援助してもらったが、若い頃からの借金はすべて返済されなかったようである。そうしてついに友人のつてで資金が充分得られなくなったワーグナーは、行き詰ってしまったかに思えた。しかし彼のオペラのファンであったバイエルン国王ルートヴィヒ2世を交友関係を持つことで経済的な援助を得ることができ、この頃から、本腰を入れて「ニーベルングの指輪」の作曲に取り掛かることができるようになるのである。
この本では非常に興味深い、「パルジファル」の誕生秘話とニーチェとの交流とその終末が書かれてあり、ここでもワーグナーらしさが見られるが、あまりに過激な内容なのでここに記載するのは、差し控えさせていただく。興味をお持ちの方(勇気のある方)は、この本の「世紀の大作「指輪」の初演」「ニーチェの背反」をお読みになってください。
ワーグナーは、メンデルスゾーン、ベルリオーズと交流があり、ブルックナー、サン=サーンスなどたくさんの音楽家に影響を与えている。またブラームスとはよきライバルであったと私は思う。同年生まれのヴェルディとは交流はなかったが、それぞれドイツ、イタリアという祖国で大輪の花を開かせた。業績を見ると、やはり偉大な音楽家と言えるだろう。