ウェルギリウスの死について

大学に入って半年程して、たまたま帰りのバスで一緒になったドイツ語の先生から、「読んでみたら」と言われてそのままに
なっていたが、丁度30年経つということもあり頑張って読んでみることにした。
まあ、普通の感覚を持つ人であれば、「ぼくにはとても」となるにちがいない。というのも、ウェルギリウスとオクタウィアヌス
(アウグストゥス)の対話が中心の第3部以外は、ほとんどのページが活字でぎっしりで半分以上が段落も直接話法の会話もない
(「」がない)のである。私の場合、新しいページの最初の段落の前まで読み終えてしおりを挟むのだが、「ウェルギリウスの死」
ではそれがなかなかできなかった。さらにざっと内容を見ると哲学的考察が延々と続くところがあったり、また「アエネーイス」
からの引用も多数あり、やはりそういった素養が身に付いてなければ、時間を無駄にするだけと思っていた。それでも、 あらすじ
だけでも分かればと思い、挑戦してみた。
まず、第1部『水ー到着』である。皇帝アウグストゥス等を乗せた船団が、ローマへの帰途にブルンディシウムの港に立ち寄る。
主人公ウェルギリウスも皇帝に同行しているが、体調は思わしくない。彼は入港前に海上にいる時や港町を輿に載って民衆の前を
通行する時や(広場に仮設された)王宮にいる時に様々な回想に耽るが、猥雑な会話があったり貧民街の情景が描かれているので
遠い昔のローマの話といった感じはない。ウェルギリウスが客間に落ち着き瞑想に耽っていると廷臣が少年(リュサニアス)を
連れて来る。この少年とウェルギリウスの対話と第3章のほとんどを占める、皇帝アウグストゥスとの対話が、この難解な小説
全体を理解するための鍵になっている。少年は、「あなたの道は詩です。けれどあなたの目標は詩のかなたにあるのです.....」
と言い、それを切っ掛けにしてウェルギリウスは母親や昔の恋人のことを思ったりむかしのことを回想するが、「もうおそすぎる」
と言って精神的にも肉体的にも消耗した彼は安楽椅子からベッドに足をはこびベッドに倒れ臥してしまう。
第2部『火ー下降』でもベッドに臥したウェルギリウスの心理描写が三人称で語られるが、回想だけでなく彼の哲学的な考察も
描写される。生と死、時間、認識、混沌、ことば...。そういったことを考えていると突然、2人の男と1人の女が大きな声で話すのが
聞こえて来る。とりとめもない会話だが、ウェルギリウスの心に影響を与えたようにも思われる。彼は再び哲学的考察を始めるが、
今度は、恐怖、宇宙、運命、創造、永遠、動物、植物、空間と非空間...。やがて彼は少年が部屋にいるのに気付き、対話を始める。
ここでなぜか彼が未完の「アエネーイス」を消却してしまおうと思い至る。いろいろな考察の末と考えられるが、私にはその理由が
わからなかった。その後ずっと、「アエネーイス」からの引用が続き、帰郷、音楽、夢、愛についての考察が始まる。そうして
ウェルギリウスは、「愛にむかって眼をひらけ!」との考えに至り、それからのち、彼の心の中は安らぎに満ち眠りがおとずれる。
第3部「地ー期待」では、最初のところで、目覚めたウェルギリウスが、ローマから来たふたりの友人、プロティウスとルキウスの
訪問を受ける。ウェルギリウスが、突然、「わたしは死ぬだろう、おそらく今日のうちにも......しかしその前に「アエネーイス」
を焼いてしまいたいのだ......」と話す。その後、3人は昔話に花を咲かせるが、実際のところはウェルギリウスの考えを撤回させ
ようと骨を折っているのであった。医師カロンダス、かつての恋人プロティアの訪問があった後、プロティウスとルキウスの話を
聞いた皇帝アウグストゥスが足早にウェルギリウスがいる部屋に歩み入ってくる。「アエネーイス」は皇帝が政治を行うために
必要な道具であったので、皇帝はウェルギリウスの考えを改めさせようとする。皇帝はあの手この手を思案してウェルギリウスを
説得するが、ウェルギリウスは「神々のかなたに、国家のかなたに、民族のかなたにひとりびとりの魂の敬虔がある」と考える
ようになったため、功を奏さず、最後は切れて力技でウェルギリウスの考えを改めさせてしまう。心身共に深い傷を負った
ウェルギリウスは、ふたりの友人に遺言を残して死の床につく。
最後の第4部「こう気ー帰郷」は、ウェルギリウスが死の床についてから存在しなくなるまでを三人称の視点で描いている。
その過程で彼は恋人プロティアや少年リュサニアス等と自分との区別がつかなくなり、蜥蜴や蝦蟇になったり、植物と化し、
大地からのぼる漿液に脈うち、根を張り、靱皮につつまれ、管状となり、木質と化し、樹皮に覆われ、葉を茂らせるのである。
さらに粘土の岩となり...。このあたりは、作者へルマン・ブロッホの小説技法というものに感心させられる。
意識の流れというのはこういうものが描けるのかと思うのである。
この小説のタイトルにもなっているが、ウェルギリウスを死に至らせたのはなんだったのであろうかと思う。もちろんもともと
丈夫でなかった身体だったのに長期にわたるギリシア旅行を敢行したことが彼の身体を著しく蝕んだのであろうが、皇帝からの
要求が、純粋な詩人である彼の心を蝕んだのが一番の原因という考え方もできるかもしれない。