『ギリシア悲劇全集(人文書院)』について
                                    

今から丁度40年前(1981年)、私は京都の立命館大学法学部の学生だった。浪人生活が長かったので、新しい校舎で(法学部がこの年から衣笠に移転した)、まさに胸を弾ませての入学だった。よき友に恵まれ、先生方も熱心に授業をしてくださり、楽しく毎日を過ごしていた。一所懸命に勉強したのは語学で、特に未知のドイツ語については時間を掛けて予習していた。もし万一単位を落とすようなことになると卒業がさらに遅くなり、就職活動に影響が出ると考えたからだった。ドイツ語の先生は、リーダーが竹治先生で、文法は根本先生だった。どちらの先生もご自身のドイツ留学の体験談などを話され、とてもわかりやすく楽しい授業だった。2回生になるとリーダーだけの授業になったが、担当されたのは根本先生だった。クラスのみんなが単位を落とすのを恐れて、一所懸命頑張っていたので、根本先生も私たちのクラスに対してよい印象を持たれていたようだったが、ある日、大学の北側にある衣笠というバス停(今は立命館大学前)で帰りのバスを待っていると、根本先生がそこに来られ、私が挨拶をすると話掛けて来られた。私が自己紹介をしてクラシック音楽とイギリス文学に興味を持っていることを話すと、根本先生は、ディケンズやオースティンやモームもいいけれど、ロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』が面白いから読んでみてはと言われた。最初の日はそのくらいだったが、根本先生とはそれから10回以上大学からの帰りにお会いし、イギリス文学や根本先生がお好きな、意識の流れの文学(ジェイムス・ジョイス、ヴァージニア・ウルフ、ヘルマン・ブロッホなど)や根本先生が研究されている、古代ギリシアの文学をわかりやくす説明してくださった。特に心に残っているのは、「面白いから、ブロッホの『ウェルギリウスの死』を読んでみては」ということと、ホメロスの『イーリアス』と『オデュッセイア』を読んでみてはということだった。先生は、『オデュッセイア』だけでは難しいだろうから、『オデュッセイア』のパロディ作品であるジョイスの『ユリシーズ』を読んでみるといいとも言われた。『イーリアス』と『オデュッセイア』は書店で何度か手に取ったが、さすがにこのふたつは未だに読むことはできていない(一人の人物が成長するとか対話が楽しいとかクライマックスに向けて物語が盛り上がっていくというものでなく、欠落しているところが多く、物語の内容が把握しにくいため)。他の『トリストラム・シャンディ』『ユリシーズ』(といっても、丸谷才一訳はわかりにくく、伊藤整訳で何とか理解した)『ウェルギリウスの死』などは40年かけて何とか読んだ(風光書房の店主重田氏にもいろいろご指導いただいた)が、昨年暮れまでは、ギリシア文学の作品を読んだことはなかった。それでもようやく昨年末から呉茂一氏の『ギリシア神話』(新潮文庫)『ギリシア悲劇』(社会思想社の現代教養文庫)を読んで、少しギリシア悲劇を読んでみようかなと思うようになった。それからしばらくして岩波文庫のアイスキュロスの『縛られたプロメテウス』を読んだが、物足りないと思ったところ、インターネットで調べてみると、人文書院の『ギリシア悲劇全集』全4巻には三大悲劇詩人(アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデス)の作品の多くが収められてあることがわかり内容が充実しているようだったので、約5千円で古書を購入した。

この『ギリシア悲劇全集』は全4巻で、第1巻はギリシア悲劇全般の解説とアイスキュロスの人物像とアイスキュロスの作品、第2巻はソポクレスの人物像とソポクレスの作品、第3巻と第4巻はエウリピデスの人物像とエウリピデスの作品という構成になっている。第1巻の最初のギリシア悲劇全般の解説(どんなものを題材にしているか、悲劇の構成(コロスの役割が重要であることなど)、劇場の外観、劇の衣装、三大悲劇詩人それぞれの特徴など)は基本となる知識をわかりやすく解説してくれているので、この4冊の悲劇を読むにあたり非常にためになった。3人の詩人のスタイルがどのようなもので、何を描いているかがよくわかるので、夜道を歩く時の懐中電灯のような役割を果たしてくれた。恐らくこの解説を読んでいないと第1巻のアイスキュロスを読んだところで、ほとんど内容が理解できないので、投げ出すということになりかねない。解説を読むとアイスキュロスは、ギリシア悲劇の三大詩人の最初の、創始者とも言えるが(彼よりもっと前の時代からギリシャ悲劇はあったが)、内容的には混とんとして難解なところが多く、主人公がひとりで語るところがほとんどなので、対話がなく、物語に入り込んで行けないところがある。それを改善したのがソポクレスで、彼は当時の公務員で劇場の建設にも参加しており、ギリシア悲劇を当時の多くの人が楽しめるようにした人と言える。彼は、対話を有効に使っていて、軽妙なやり取りも見られてテンポが良いので、非常にわかりやすい。さらにギリシア悲劇に深みを持たせ、内容も充実させたのはエウリピデスであるが、後に語るが少し過激なところが見られ、むしろ現代においては、ソポクレスの悲劇の方が受け入れやすい気がする。それでもこの全集で、アイスキュロスが7編、ソポクレスが7編なのに、エウリピデスは19編と大きな部分を締めている。時代の流れとともに多くの悲劇の台本が散逸してしまったと考えられるが、エウリピデスの台本は、いろいろ問題があるとは言え、内容的には面白くてわかりやすいということで、三大詩人の中でも多くの作品が残った(残された)のだろう。

3人の悲劇詩人それぞれの作品の中で印象に残った作品がいくつかあるが、アイスキュロスについては、『縛られたプロメテウス』と『アガメムノーン』であろうか。『アガメムノーン』はオレステス三部作の最初に来る作品で続編として、『供養する女たち』『慈しみの女神たち』があるが、アガメムノーンを暗殺するため妻のクリュタイメストラとその愛人アイギストスが陰謀をめぐらす話である。クリュタイメストラは自分の娘を夫に殺された恨みから犯行に及んだと考えるとどちらが正義なのと考えてしまう(このアガメムノーンを中心とした、クリュタイメストラ(妻)、オレステス(息子)、イピゲネイア(娘)、エレクトラ(娘)、ヘレネ―(弟の妻)、メネラオス(弟)との関係を扱った物語とトロイ遠征に関連して、プリアモス(トロイ王)、ヘクトール(プリアモスの息子)、パリス(プリアモスの息子 ヘレネ―をメネラオスから奪って、トロイに連れ帰る)、カッサンドラ―(プリアモスの娘 予言者 メネラオスがトロイ戦争で勝利して側室にするため捕虜として連れて帰る)は、ギリシア悲劇の題材として一番よく出て来る。次にギリシアの神様の物語、その次にオイディプス王、アンティゴネーの物語だろうか)。ソポクレスで印象に残ったのは、『アイアス』『エレクトラ』『ピロクテテス』でオイディプス王が登場する悲劇より興味深かった。ソポクレスの悲劇はエウリピデスほど過激でないため、心穏やかに読める感じがする。エウリピデスの物語は、対話を発展させて、さらにたくさんの人物がからんで物語を盛り上げて行く。アイスキュロスとソポクレスは素朴な感じがするが、エウリピデスはシェイクスピアや近代の演劇と比肩する充実した内容の悲劇と言えるかもしれない。主役、主役を盛り立てたり悲劇に追い込むもの、脇役的な役割のコロスなどが生き生きと(生々しく)描かれている。エウリピデスの台本はいろいろ問題があると先に述べたが、シェイクスピアの『タイタス・アンドロニカス』をさらに過激にしたような悲劇がいくつかあった。その最たるものが、『バッコスの信女』で、『オレステス』も他ではどちらかというと大人しい印象のオレステスがエレクトラと一緒に過激な感情を持って行動している。ギリシア悲劇は、オリンポスの神々をしばしば描いていて、神に対する畏怖の念が感じられる。神様を大切にしないと怒りにふれ自分だけでなく家族、部下など多くの人々が多大な損害を被ってしまう。なので神様との関係を大切にしようという気持ちが強く感じ取られる。しかしヘラクレスについては、普通の人間のように描かれていて、悲劇に登場するヘラクラスは苦しみ悩むことしばしばである。エウリピデスの『ヘラクレスの子供たち』『狂えるヘラクレス』は当時のギリシアの人々のようにヘラクレスが悩み、苦しんでいる。私が5才の頃に午後7時前に「マイティ・ハーキュリー」というアメリカのアニメ(製作はカナダ)をよく見ていたが、ヘラクレスをモデルとしているということなので、西洋ではヘラクレスは庶民に人気がある神様なのかもしれないなと思った。

もう少しギリシア文学を読んでみたい気がするが、ドライで、豪快で、登場人物の心の中を描くというより、ストーリー重視のような感じがある。ほろりとさせられたり、思わずにやりとしたりするようなちょっとした感動が好きな私には日本文学や英文学の方が向いている気がする。