「ニーベルングの指輪」(世界文化社DVD)について
ワーグナーの歌劇「タンホイザー」を初めてレコードで全曲聞いたのは今から40年以上前でした。序曲が落ち込んでいる時に励ましてくれるようなイメージでしたし、チェリストカザルスが演奏する「夕星の歌」は美しく心を温めてくれる曲でしたので、それまで私は管弦楽曲しか聞いたことがなかったのですが、3枚組のサヴァリッシュが1962年のバイロイト音楽祭で指揮したレコードを購入したのでした。じっくり聴いてみると、序曲、夕星の歌だけでなく第1幕の終わりの場面、エンディングも素晴らしくワーグナーの歌劇、楽劇をもっと聞きたいと思ったものでした。しかしながら「タンホイザー」に続いて私を魅了するワーグナーのオペラになかなか出会えませんでした。好みの問題なのでしょうか私の理解力が足りないのでしょうかそのどちらかと思うのですが、それから購入したベーム盤「トリスタンとイゾルデ」、クナッパーツブッシュ盤「パルジファル」と「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、クーベリック盤「ローエングリン」は繰り返し聞いても興味がわかなかったのでした。それからショルティ盤「タンホイザー」もサヴァリッシュ盤のような緊迫感はありませんでした。そんなこともあって、それ以降はモーツァルト、ヴェルディ、プッチーニのオペラを聞くようになった(といっても私の場合管弦楽曲:オペラの鑑賞の比率は9対1です)。「ニーベルングの指輪」は以前から興味があったのですが、4つのオペラが合わさったもので通して演奏すると約16時間(このDVDは約15時間30分でした)かかるので購入を見送って来ました。「ワルキューレ」や「ジークフリート」は人気が高くそれだけで演奏会で取り上げられたりレコード化(CD化)されたりしているのですが、どうせ聞くなら全体通して聞いて味わいたい(理解したい)と思っていました。そんなこともあって、ショルティ盤「ニーベルングの指輪」はレコード棚のこやし、「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々のたそがれ」をバラで購入することはありませんでしたが、10年以上前のある日たまたま2万円の図書券を持ってジュンク堂書店堂島アバンザ店で1時間ばかり本を物色しているとこのDVDが目についのでした。大手出版社でありませんでしたし非常にコンパクトだったので抜粋盤だと思っていたところ、よく見てみると2010年発売(2007年録音)で新しく指揮がズービン・メータで全幕完全収録となっていたので、19,950円でしたが購入することにしました。それから半年以内に一度通して視聴しましたが、「ラインの黄金」の3人の乙女たちが水槽(ライン川を想定していると思われますが)で戯れるシーンと「神々のたそがれ」のジークフリートがヴェルズング族の衣装からスーツに着替えるシーンが何か変てこだなと思っただけでした。というのは前半の主役であるヴォータンの長い語りでしばしば居眠りをしてしまったからで、ストーリーがわからなくなってしまっても最後まで物語を楽しめるほどこのオペラは甘くなかったのでした。
前回見た時から10年以上経過してようやく2回目の視聴となりましたが、前回の失敗に懲りて今回は充分に睡眠を取った翌日に見ることにしました。そうするとヴォータンがほとんど動かずに語る眠気を誘うところが物語の重要な部分であることがわかって来ました。新築したヴァルハラ城の代償を巨人族のファーフナーとファーゾルトから求められていること、ローゲにそそのかされてヴォータンはニーベルング族のアルベルヒを縛り上げてラインの乙女から奪った黄金から作った指輪を奪ったこと、その時にアルベリヒが指輪に死の呪いを掛けたためヴォータンから黄金の指輪をもらった巨人族のファーフナ―、巨人族のファーフナ―から指輪を取り上げたジークフリート、ジークフリートから結婚祝いに指輪を譲り受けたブリュンヒルデに死が訪れること、ヴォータンには知の女神エルダとの間にブリュンヒルデ、人間の女性との間にジークムントとジークリンデの双子の兄妹(二人の間に生まれたのがジークフリート)ということがわかりました。じっくりと鑑賞してさらにジークリンデは最初フンディングの妻であったが初対面で心惹かれたジークムントと旅に出ること、ジークムントは不慮の死を遂げたがジークリンデはジークフリートを出産すること、ジークリンデは出産してすぐに亡くなりニーベルング族のミーメが引き取ること、ジークフリートは成長しミーメができなかった強い剣ノートゥングの破片を打ち直すことに成功しその剣で大蛇(巨人族ファーフナ―)を斃すこと、大蛇の血を嘗めたジークフリートは小鳥の言葉がわかるようになり小鳥からの情報提供でミーメの陰謀を阻止し最愛の人ブリュンヒルデがいる岩山に向うこともわかって来ました。そうしてこのオペラを概観して、岩山でジークフリートがヴォータンと戦いノートゥングで槍を打ち砕く場面とジークフリートとブリュンヒルデが愛を語る場面はこのオペラで最も印象に残るところであることもよくわかりました。
最初から「ジークフリート」まで鑑賞してそれに続けて「神々のたそがれ」のグンター、グートルーネ、ハーゲン(アルベリヒの息子)との出会いのシーンまで興味深く見ていましたが、彼らが登場する辺りから衣装がスーツ姿になりジークフリートも衣装替えして同様の恰好になります。ただブリュンヒルデは昔の衣装のままでワルキューレ9姉妹のヴァルトラウテから、父親ヴォータンが凋落していて神々のたそがれが迫っていてそれを救うにはニーベルングの指輪をラインの乙女に返すことが必要と説明を受けますが、指輪はジークフリートとの愛を実らせた証なので耳を貸そうとしません。やがてジークフリートとブリュンヒルデはハーゲンの罠にはまり神々のたそがれ、終焉(エンド)となり、ブリュンヒルデとジークフリートが灰となって天に召されることとなりこの物語も終わることになります。
このDVDに添付された解説書を読むと最初に「ジークフリートの死」のところが創作されて、それから前に遡って行ってこの楽劇は完成したようです。今回じっくりこの大作を鑑賞してこの楽劇の主人公(ヒロイン)はワルキューレ9姉妹の長女ブリュンヒルデだと思いましたので、ブリュンヒルデが登場しない序夜「ラインの黄金」はおおまかの筋だけ知っておいて長い話(台詞)が多いヴォータンのところをうまく眠らずに切り抜ければ、初めて見る方でもある程度は「ニーベルングの指輪」全体が理解することができて興味を深めることができるのではないかと思いました。ワーグナーの歌劇、楽劇を楽しむ方法はいろいろあり、ショルティやカイルベルトの全曲盤から始める人、「ワルキューレ」や「ジークフリート」だけを先に聞こうという人もあると思いますが、この長大な音楽を続けて最後まで聞くのはかなりの忍耐力が必要だと思います。このDVDを入手されて鑑賞してこの大作のおおまかな筋を掴んでおけばいくつかの見せ場を知ることができて、大枚はたいて「ニーベルングの指輪」を購入した場合に居眠りの友としてだけ役立つあるいはほとんど聞かないでお蔵入りになるという悲劇がなくなり、楽劇としてずっと一生通じて楽しめるのではないかと思います。でも次にこの鑑賞に時間が掛かるDVDを私が通して見るのは10年後くらいになりそうです。その代わりに5年程前に購入してレコード棚のこやしになっていたショルティの全曲CDを少しずつ聞いて行こうと思っています。