プチ朗読用台本「ミコーバの爆発」

「さあ」手袋をはめながら、伯母はミコーバ氏に言った。「ヴェスヴィオ火山なり何なり、いつでもあなたのご都合次第で。私たちの方は何だろうが、覚悟できていますから」

「奥様」ミコーバ氏は応えた。「間もなく大噴火をご覧に入れましょう。それと、トラドルズ君、ふたりでかねて打ち合わせしたことを、ここでお話ししていいんでしたね」

「これは正真正銘の事実なんだ、コパフィールド」思わずびっくりしてそっちを見たぼくに、トラドルズは言った。「ミコーバさんがじっくりと練ってきた計画のことで、ぼくに相談を持ちかけて来たんだよ。そこでぼくもできるだけ慎重に考えて、あれこれ助言をして来たんだ」

「私の思い違いでなければ、トラドルズ君」ミコーバ氏は話の先を続けた。「私の練り上げた計画は、ある重要な事柄を暴露することになるでしょうね」

「そのとおりですとも、実に重要な事柄をね」トラドルズは言った。

「皆さん、このような事態ですから」ミコーバ氏は言った。「たぶん、しばらくはこちらの指示に従っていただけますよね。たしかに私はどんなにか取るに足りない人間であって、人間世界の漂着物、塵芥と見られても一言もないほどの境涯だけれど、また、身から出た錆とも言うべき過ちや重なり合う雑多な事情が積もり積もって元の姿は今や見る影もありませんが、これでも皆さんの同胞ですから」

「ぼくらはミコーバさんを心から信頼していますから」ぼくは言った。「何なりと思い通りになすって下さい」

「コパフィールド君、現時点での、君の信頼は絶対に間違っちゃいないぞ。そこでこれからどうするかですが、私はね5分ほど先に出掛けます。皆さんは、ウィックフィールド・アンド・ヒープ法律事務所 — 私はそこで給料をもらって働いているのですが — そこへ、ウィックフィールドのお嬢さんを訪ねて来ていただく。そういう段取りでいきたいのですが、よろしいですか」

 どうしようかと思って、伯母とぼくがトラドルズの顔を見たら、そのとおりとうなずいていた。

「もうこれ以上」ミコーバ氏は述べた。「私から申し上げることはございません」
 
 ぼくが非常に驚いたのは、この男がこう言い放つと、みんなに一度だけ大きく一礼しそそくさと出て行ってしまったことだった。その態度ははなはだよそよそしかったし、顔色ははなはだ青ざめていた。

 説明してくれるかと思ってぼくはトラドルズの方に視線を向けたが、トラドルズはニヤリとして、頭頂の毛を例の通り逆立たせて頭を横に振るばかりだった。仕方がないのでぼくは懐中時計を取り出し、5分経つのを待った。自分の時計を手に持っていた伯母もそっくり同じことをした。いよいよ5分が過ぎると、トラドルズは伯母に腕を貸し、ぼくらは途中一言も口をきかず、あの古めかしい家へとみんなで出掛けて行った。

 塔形になっている一階の事務所には机に向かったミコーバ氏がいて、せっせと書き物をしているか書き物をする真似をしていた。大きな事務用の簿記棒をチョッキの中にさし込んでいたのだが、隠し方がうまくないので、1フィートかそれくらい、新型のシャツのフリルみたいに襟元から覗いていた。

 みんなが声を出すのを期待しているようだったので、ぼくは大声で言った。

「ごきげんよう、ミコーバさん」

「これは、コパフィールドさんじゃありませんか」改まり返ってミコーバ氏は言った。「お元気そうですね」

「ウィックフィールドさんのお嬢さんは、ご在宅でしょうか」

「ウィックフィールドさんはリューマチで具合が悪くて、病床についていますが」相手は答えた。「お嬢さんは幼なじみにお会いできて、さぞ喜ばれるでしょう。さあ、中へお入り下さい」

 そして、ぼくらを食堂へ案内し、次に以前はウィックフィールド氏の事務室だったところのドアをぱっと開けると、ミコーバ氏は朗々とした大きな声で言った。

「トロットウッドさん、ディヴィッド・コパフィールドさん、ドラドルズさん、それにディクソンさんがお見えです」

 あの一発をお見舞いしてやってから、ぼくはユライヤ・ヒープに会っていなかった。ぼくらが訪ねてきたことで、明らかにあいつは驚いていたが、ぼくら自身も驚いていたからおあいこと言えるだろう。あいつは眉をひそめたりはしなかったが、その代わり、細い目が閉じてしまうほどに顔をしかめ、一方、あの気味の悪い手をあわててあごに当てたのだが、それは心の動揺、驚きの現れだった。しかしこれも、ぼくらがあいつの部屋に入って行ったときに、伯母の肩越しにちらっと見えただけのことだった。すぐに、いつものご機嫌取りと、しがない身だという卑下自慢を始めるのだった。

「おや、まったく」あいつは言った。「いやあ実に、これはまた思いがけない光栄ですねえ。言ってみれば、セント・ポール大聖堂近辺のご友人が皆さん一堂に会するってわけで、本当に、開けてビックリ玉手箱といったところでしょうか。コパフィールドさん、お元気そうですね。そして — しがない身ながら一言申し上げさせていただきますと — ご友人に対しては相変わらず、ご親切なことで。ときに、奥様はお元気でしょうか。なんですか最近、奥様のことで、お加減が悪いとかいう噂が聞こえてまいりまして、私どもは大変心配しておりましたんですよ」

 ぼくはこんなやつに手を握られるのは恥ずかしかったが、他にどうしようもなかった。

「この事務所もすっかり様変わりしてしまいましたよ、トロットウッドさま、私がしがない事務員であなたさまの小馬をお預かりしておりました頃とはですねえ」薄気味悪いにやにや笑いを浮かべて、ユライヤは言った。「ですが、私自身は何ひとつ変わっておりませんがね、トロットウッドさま」

「そうねえ」伯母は答えた。「正直言って、あなたって、お若い頃からの望みを見事に実現なさったってわけね。あなた満足でしょ」

「どうもお褒めにあずかりまして、奥さん、ありがとうございます」例によって、まことに不格好に、身をくねらせながら、言う。「ミコーバ君、お嬢さんに知らせして — それから、母にもね。いやみなさんにお目にかかれば、母も喜びますでしょうからねえ!」椅子を並べながらユライヤは言った。

「ヒープさん、お忙しいんじゃないですか」とトラドルズは言った。ぼくらのことをじろじろ見たりはぐらかしたりしていた、あの悪賢い血走った目と偶然視線を合わせたのだった。

「いいえ、トラドルズさん」ユライヤは自分の席に戻り、骨と皮ばかりの膝の間で掌と掌を合わせて、骨と皮ばかりの両手を揉みながら答えた。「思ったほどは、なかなか。ですが、弁護士とサメと蛭は、容易には満足しないということですんでね。ウィックフィールドさんが、ほとんど何も仕事ができませんので、だいたいは私とミコーバの手がふさがった状態なのでして。しかしながら、もちろん、あの方のために仕事をさせていただきますのは、私には義務でもあり、喜びでもありますからねえ。ウィックフィールドさんのことは、あまりご存知じゃありませんよね、トラドルズさん。たしか私自身も、あなたとは一度お目にかかっただけと存じておりますが」
「そう、ウィックフィールドさんのことはあまり存じ上げていません」トラドルズは答えた。「存じ上げていたら、もうずっと前に、ヒープさん、あなたをお訪ねしていたことでしょうね」

 この返答の響きにはちょっと何かひっかかるものがあったとみえて、ユライヤは実に腹黒そうな、また相手の腹を探るような表情を浮かべて、話し手をじろりと一瞥した。けれどもその目に入ったのは、お人好しそのものといった顔と質朴な様子、それに髪の毛も逆立っているトラドルズの姿だけだったので、あいつは全身をとりわけ喉をぴくぴくさせながら答えていくうちにさっきまでの表情も消えていった。

「それは残念なことでしたね、トラドルズさん。私どもと同様、あの方をさぞ尊敬なさっていたところでしょうがね。あの方のごく些細な欠点だって、きっといっそう親しみを増すことになっていたんでしょうけれど。しかし、うちの共同経営者を能弁にほめたたえるお話が聞きたければ、コパフィールドさんにお願いするのがいいでしょう。もしお聞きになったことがないとすればね、こちらのご家族のことがお得意の題目なんでございますよ」

 このお世辞を打ち消そうとしたら、ちょうどミコーバ氏に案内されてアグネスが入ってきたため、それはできなくなってしまった。ぼくの見たところ、アグネスにはいつもほど落ち着いた感じがしなかったし、不安と疲労が明らかに色濃く現れていた。けれども一途な真心と穏やかな美しさがそれゆえいっそう優しい光を放ち、輝きを見せているのだった。

 アグネスがぼくらと挨拶している間、じっとアグネスを見つめているユライヤを見ていると、思わずぼくはよい精霊を醜くて手のつけられない妖怪がじっとつけ狙っているところを思い出してしまうのだった。そうしている間、ミコーバ氏とトラドルズの間でなにやらちょっとした目配せが交わされて、やがてぼく以外の誰にも気付かれずに、トラドルズは部屋を出て行った。

「待っていることはないよ、ミコーバ」ユライヤは言った 。

 胸の簿記棒に手をやったまま、まぎれもない仲間同士、つまり、自分の雇い主の方をじっと見つめながら、ミコーバ氏はドアの前で仁王立ちしていた。

「いったい何を待っているんだ」ユライヤは言った。「ミコーバ、待つことはないと言ったのが、聞こえなかったのかね」

「聞こえましたとも」ぴくりとも動かないミコーバ氏は答えた。

「じゃあ、なぜ待っているんだ」

「それはだ — 要するに、そうしたいからなんだよ」

 ユライヤの頬からさっと血の気が失せ、不健康そうな青さがほんのり赤らんだ顔色の中にやんわりと染まっていき、そのまま頬に広がっていった。そしてまるで顔中のどれもこれも激しく息を切らせているようにして、ミコーバ氏をまじまじと見据えた。

「世間さまがよくご存知のとおり、君は浪費家だからねえ」なんとか笑顔を繕おうとして、あいつは言った。「どうやらやめてもらわなければならなくなったようだね。出て行け。あとから話はつけよう」

「この世に悪党がいるとしたら、その悪党の名は — ヒープだ」

ユライヤは、まるで殴られるか刺されるかしたように後退りした。そしてこれ以上はできないほど陰険で意地の悪い表情を浮かべると、ぼくらをゆっくり見回してから一段と低い声であいつは言った。

「ほー、こりゃあ、陰謀ですね。あなた方は、示し合わせてここで落ち合ったんですね。コパフィールド、うちの事務員とぐるになって私を陥れようってんだな。用心なさい。こんなことをしたって何の得にならないのは、あなたもよく分かっていることでしょう。あなたと私の間には、愛着なんてものはこれっぽっちもないんですからね。初めてここにやってきたときから、あなたって人間は高慢ちきな唐変木だった。だから、今こうしてこっちが出世したのが妬ましいんでしょう。陰謀は、やめとくんですね。こっちこそ、裏をかいてやる。ミコーバ、出て行きたまえ。あとから話はつけよう」

「ミコーバさん」ぼくは言った。「あいつめ、突然本性を現してきましたよ。ぽろりと本音も吐きましたから、これで一気に追い詰めてしまいましょう。びしびしとおやりください。当然の報いですから」

「あなた方は、いやはやたいした人たちですねえ」相変わらず低い声で言ったが、じっとりした汗をかいており、あのやせたひょろ長い手で額から汗を拭った。「まさに社会の屑とも言うべき — そういえば、コパフィールド、あなただって誰かさんから施しを受けるまではそうだったんだから — うちの事務員を買収して、この男のでっちあげで、私の名誉をつぶそうって魂胆だとはねえ。トロットウッドさま、もうこの辺で切り上げた方がよろしゅうございますよ。さもないと、ご亭主を締め上げることになりますが、それじゃあ、愉快な気分ではいられないでしょう。なにも、いたずらにあなたの身の上話を、職業柄、知り得ているわけじゃございませんからねえ。お嬢さん、もしお父さまが大事だとお思いなら、こんな連中に誘われちゃいけません。そんなことになったら、お父さまは破滅ですよ。さあ、いかがですか、あなた方のうち何人かは、弱みを握られて手も足も出ない状態でしょうが。さあご自分の身に降りかからないうちに、とくとお考えなさい。おい、ミコーバ、ひどい目に遭わされたくないんだったら、いいか、とくと考えるんだな。忠告しておくぞ、引っ込む余裕のあるうちにさっさと消え失せろ、馬鹿な奴め。話はいずれあとからつけてやる。あれっ、母さんはどこだ」突然、トラドルズの姿が見えないのに気付いてはっとしたらしい。あいつは呼鈴の紐を引っ張った。「よくもひとの家に上がり込んで、勝手な真似ができたもんだ」

「お母さんでしたら、ここにいらっしゃいますよ」見上げた息子の、見上げた母親を連れて戻って来ると、トラドルズは言った。「失礼とは存じましたが、お近づきになりました」

「お近づきになったって、いったい君は何者なんだ。それに、ここに何の用があると言うんだ」ユライヤは言い返した。

「ぼくはウィックフィールドさんの代理人で、友人ですが」落ち着き払った事務的な口調で、トラドルズは言った。「それにポケットには委任状もありますので、一切の問題においてあの方の代理人を務めます」

「あの間抜けめ、呑んだくれて耄碌しやがったな」これまでにも増して醜い顔になりながら、ユライヤは言った。「どうせ、その委任状は詐欺でもやって手に入れたものだろう」

「詐欺で、あの方が騙し取られたものがあることは存じています」穏やかにトラドルズは答えた。「そりゃ、ヒープさん、あなたがよくご存知でしょう。もしよろしければ、その問題はミコーバさんにお願いしようと思います」

「ユリー」ヒープの母親は心配そうな素振りをして、話し始めた。

「母さん、黙ってください」あいつは答えた。「こういうときは、いらないことを言わない方がいいんです」

「でも、ねえ、ユリー」

「母さん、黙っていて、私にまかせておいてくださいよ」

 この男の追従が偽りであり、言っていることもことごとくごまかしで白々しいのはずっと前から分かっていたが、その仮面が剥がれるまでこれほどまでの偽善者だったとはさすがにぼくもはっきりと分かってはいなかった。ところが今もう役に立たないと気付いた途端、ぷいと仮面を脱ぎ捨ててしまう唐突さ、あいつが露骨に見せてきた敵意と横柄さと憎悪、そしてこんな場合であっても、自分の働いた悪事に対して勝ち誇っているかのように見える意地の悪い目つき、と来た日には — 今は破れかぶれになっていたし、万策尽きた格好ではあったが — この男に関して、ぼくがそれまでに嘗めて来た経験と完全に一致してはいたものの、それでもずっと昔から知り抜いていて、心底大嫌いだったぼくでさえ最初はすっかり呆れて驚いたほどだった。

 あいつは何度か顔の下半分をなで、気味の悪い手の上からいかにも悪党といった目つきで何度かぼくらをじろりと見てから、半ば泣き言を言うような、半ば罵るような感じでさらにぼくにつっかかってきた。

「やい、コパフィールド、あんたは紳士の面目とか得意そうに言っているくせに事務所をこそこそ嗅ぎ回りうちの事務員とぐるになって立ち聞きしているが、そんなことをしていいと思っているのか。こっちがそうしたところで、何の不思議もないだろうがね。だってこっちはご立派な教養人などとうそぶいたりしないからさ。こんな悪巧みをやって、いったいどんなひどい目に遭うことになるか、考えてみたことがあるのかい。よく分かった。目に物を見せてやるさ。おい、そこの何とかさん、ミコーバに何だか訊いてみるって言ってたじゃないか。調停人もいるってことなんだろう。じゃあ、しゃべらせりゃいいじゃないか。私に歯向かうなんて、100年早いってことがわかっただろ」

 自分の言ったことが、ぼくにも他の誰にも何の効果もないと分かると、あいつは両手をポケットに突っ込んだままテーブルの端に座り不格好な脚と脚とを絡ませ、いったいお次は何が来るんだと成り行きを見ていた。

 ここまではなんとか血気にはやるのを抑えてきたミコーバ氏だが、繰り返し「悪党」の最初の字「悪」の方は口にできても、後の方の「党」は口にできずじまいだったのが、今やぱっと前に進み出て襟元から簿記棒を引っ張り出すと、ポケットから大きな手紙といった風に折りたたんである二つ折りにされた書類を取り出した。ミコーバ氏は例のあの仰々しさでこの書類を開いて、その風雅な文体に感服でもしたかのように惚れぼれと文面に目を通すとそれを読み上げ始めた。

「「拝啓、トロットウッドさまならびに皆々さま — 」」

「まあ、あの人ったら」低い声で伯母は叫んだ。「例えば死罪になったとしたら、星の数ほど手紙を書いているんだろうねえ」

 これに耳を貸すこともなく、ミコーバ氏は先を続けた。

「「おそらくは、これまでに類例がないほど極悪非道の大悪漢を弾劾すべく、皆様の前に出向いてまいりましたからには」」手紙から目を離さず、ミコーバ氏はまるで魔法の杖みたいに物差しをユライヤ・ヒープに向けた。「「一切、私個人のことは斟酌を願いますまい。思えば、揺りかごに眠る前より、金銭上の負債の犠牲者にして、品性を卑しめる境遇に弄ばれるものでありました。屈辱、窮乏、絶望、狂気が、あるいは一団となってあるいは個々に私の人生行路の道連れでありました」」

 ミコーバ氏が自分のことをこういった惨憺たる悲運の餌食として述べ立てる絶妙さにわずかに匹敵するものがあるとしたら、自分の手紙を読み上げる時のあの諄々とした力説ぶりと、いやあ、これは実にずしりと心に響く文章だと思ったときに頭を振って惜しみなく送る自画自賛の態くらいのものだった。

「「屈辱、窮乏、絶望、狂気が重なるなか、私は事務所に勤務することになりました — 名義上はウィックフィールドならびに — ヒープという名称で経営されている合資事務所でしたが、実際はヒープ独裁下に運営されております。そしてヒープこそがこの機関の中心原動力であり、ヒープこそが偽造犯であり詐欺師なのであります」」

 この言葉に血の気が失せて真っ白というよりは真っ青になったユライヤは、ずたずたに破いてやろうとでもいうのか、突然この手紙に向かって突進してきた。機敏なのか、運がよかったのか、ミコーバ氏は突進してくる相手の拳を簿記棒でぴしゃりと捕らえ右手を利かなくさせてしまった。骨が折れたみたいに、手首のところからだらりと下がった。その一撃は、あたかも木に振りおろされたかのような音を立てた。

「畜生め」痛みのため、これまでにない身体のくねらせ方を見せて、ユライヤは言った。「今に見ていろ、思い知らせてやるからな」
「さあ、もう一度来てみろ、おまえなんか、おまえなんか、おまえなんか、破廉恥野郎のヒープじゃないか」ミコーバ氏はあえぎながら言った。「それに、おまえの頭が人間のだっていうんなら、叩き割ってやるさ。さあ、かかってこい」  思うに、これほど滑稽なものを見たことがなかった。ミコーバ氏は簿記棒でもって、段平の受けの構えをして、「さあ、かかってこい」と叫んでいるもだから。それにトラドルズとぼくはなんとかこの男を隅に押し戻そうとするのだけれど、うまく行ったと思った途端、また、えいっとばかりに、この男はあくまでも前に出て行こうとするのだった。

 一方、敵の方は、しばらくの間ぶつぶつとつぶやき、怪我した手を揉んでから襟飾りのネッカチーフを取るとそこに巻き付け、それからもう一方の手でこれを支えながら、むっつりした顔を伏せるようにして、テーブルに腰掛けたのだった。

 ミコーバ氏は、そうして落ち着くと手紙の先を続けた。

「「私の服する任務につき、その志として — ヒープから — 受け取る給料報酬は」」あいつの名を口にするたびに、ミコーバ氏は一旦言葉を切って、そのあと一気に吐き出すように言い放つのだった。「「週給22シリング6ペンスというごくわずかな額しか決められてはおりませんでした。あとは、この私の仕事上の能力の発揮如何によるとされました。もっと有体に申せば、私の人間性の卑しさ、動機の貪欲さ、家庭の貧困ぶりそして私と — ヒープとの間に共通する道徳的(あるいは非道徳的)類似性によって算出されるということであります。こんなことを申し上げる必要がありましょうか、すなわち私としましてはじきに家内と腹を空かせた育ち盛りの家族とを養うため金銭の前借りを願い出ざるをえなくなりました — もちろんヒープにです。こんなこと申し上げる必要がありましょうか、すなわちこのことはあらかじめ予測のつくことでありました — もちろんヒープにはです。しかもこの前借りは、借用証書ならびにこの国の法律制度に明記されたる他の同様の受領書によって支払われるべきものでありました。かくしてこの男が張り巡らして、この私を待ち構えておりました蜘蛛の巣に、まんまとひっかかってしまったというわけであります」」

 この不運な事態を滔々と述べていると、どうやらミコーバ氏は手紙の文章力に自分でうっとり陶酔している様子で、経験してきた悩みや不安などはどうってこともなさそうだった。そしてさらに先を続けた。

「「この頃より、悪事を遂行するのに必要と思われる程度の信頼関係を、この私に寄せ始めたのは — もちろん、ヒープであります。そう致しますと、この私も、シェイクスピア風に自分の気持ちを表現させていただくならば、やせ衰え、病みやつれ、思いわずらい始めたのであります。私が雇われましたのも、ひとえにこれ事務の捏造行為のため、そしてまた仮にW氏と呼ばせていただきます人物を煙に巻くための徴用だったのであります。ありとあらゆる事柄においてW氏は欺かれ何も知らされずひとり蚊帳の外に置かれ、騙されてきたのですが、実はこの間ずっと裏切られ続けてきたあの方に、惜しみない感謝と惜しみない友情の気持ちとを公言して憚らなかった卑劣漢というのが、もちろん、ヒープであります。それはそれで不逞千万のことではありますが、エリザベス朝時代を名だたるものにした燦然たる詩聖の手になる、あまねく的を射た言葉で、思索するデンマーク国王子が述べているように、さらに悪いことがその背後にひそんでいたのであります」」

 この引用で申し分なくしめくくれたことに大感激してしまったとみえ、ミコーバ氏は読んでいるところが分からなくなった振りをして、この文章をもう一度読み上げては自分でもうっとりしぼくらもうっとりした。

「「私の目的は」」さらに、この男は読み続けた。「「本状の限られた紙幅では、W氏と呼ばせていただいております人物が必ずや打撃をこうむることになる、あまた微細なる不正行為をいちいち列挙することにはありません。それはこの私も黙認します。給料があるかないか、パンがあるかないか、生きるか死ぬかの心の葛藤が終息したとき、私の目標となるものは好機を利用して主だった不正行為をあばき、摘発することでありました。それはあの方への嘆かわしい仕打ちであり、侮辱でありますが、それを犯したのは — もちろん、ヒープであります。わが内なる無言の戒告者とそれに勝るとも劣らぬ、外からの悲壮に切々と訴える戒告者 — これを簡単にW氏息女としておきましょうか — とに励まされ、容易ならざる内々の調査に乗り出しましたが、それは私の知り、伝えられ、信じる限りでは、これまで12ヶ月以上の長期に及んでおります」

 まるで議会の法令でも読み上げているみたいにこの一節を読みながら、どうもその言葉の響きにまた活気づくものなのか、この男は一段と堂々としてくるようだった。

「「私の告発は — 相手はもちろんヒープですが」」ミコーバ氏はちらっとあいつの方を見ながら先を読み始めたが、まさかの時に備えてか、左脇の下の都合のいいところに簿記棒を挟んだ。「「次のとおりです」」

 ここで、ぼくらはみんな息を呑んだように思う。もちろん、ユライヤだってそうだったにちがいない。
「「まず、第一に」」ミコーバ氏は言った。(中略)

  床に目を伏せたままであごに手を当て部屋をのろのろと歩いていって、ドアのところで立ち止まるとユライヤは言った。

「コパフィールド、おれは最初からあんたが大嫌いだったよ。あんたは、成り上がり者だったし、いつもおれに敵意を持っていたもんな」

「たしか、前に一度言ったことがあると思うけど」ぼくは言った。「欲と奸智とで世間さまにことごとく逆らってきたのは、君の方じゃないか。今後のためにじっくり反省してみたらどうかな。欲も、奸智も、世間じゃ必ずと言っていいほどにやりすぎて、果てはしくじってしまうことになっているんだからさ。これはどう足掻いても、避けられないものだからね」

「それとも避けられないのは、学校(しがない身だから腰を低くしろと、やたらと教え込まれたあの学校のことだよ)の勉強と同じにかね。なにしろ9時から11時までは労働は呪いだと教えるかと思えば、11時から1時までは労働はありがたい、幸せで、喜びで、神聖なものとくるんだから、もう何が何だか分からないよ」あいつはせせら笑いながら言った。「あいつ等が言うのと同じくらい、あんたの説教も筋が通ってらあ。しがない身っていうのも、案外、受けがいいんだぜ。だって、これを使わなきゃ、ご立派な共同経営者を言いくるめるなんて芸当はできやしなかっただろうよ。— ミコーバめ、偉そうにしやがって、貴様、いつか思い知らせてやるからな」

 ミコーバ氏はあいつにもあいつが伸ばしてよこした指にも目もくれず、あいつがこそこそと出て行ってしまうまで、えらく胸を反らせていたが、それからぼくに向かって、「私と家内がお互いに信頼を取り戻すところをご覧いただきましょう」と言って、ぼくをうれしがらせてくれた。そう言うと、この感動的な光景にぜひ皆さんで立ち会っていただきたいと一座の人たちも誘ったのだった。 「家内と私との間を長らく閉ざしていた霧の帳も今や晴れました」ミコーバ氏は言った。「子供たちも、その生みの親との対等の間柄で、再び触れ合うことができるでありましょう」

 ぼくらはみんな、心からこの男に感謝しており、たとえ急いでいて心も落ち着かなかったにせよ、その気持ちをできるだけ伝えたいと思った。みんなで出掛けていきたかったが、アグネスとトラドルズは残った。今になって思えば、あの子供時代のみじめな境遇があったからミコーバさんと知り合いになれた。そのことを心からありがたく思うのだった。

参考文献は石塚裕子訳(岩波文庫)、中野好夫訳(新潮文庫)、平田禿木訳(國民文庫刊行會)ですが、石塚訳から多くの引用をさせていただきました。

 

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