風光書房よ 永遠に  
                               行きの新幹線の車窓からは富士山がきれいでした。

今年の11月20日頃に閉店するとの話を風光書房店主の重田氏(以下、店主と記します)から9月26日に聞き、いつまでも心に残るように店内を撮影させてくださいと許可を得ました。11月はお忙しいだろうと思い、10月の最後の土曜日10月31日に訪れました。
    

思い起こせば、風光書房に初めて訪れたのは今から6年ほど前(多分2009年12月)ではなかったでしょうか。当時私は、岩波文庫の『モンテ・クリスト伯』を読んで感動し、アレクサンドル・デュマの小説に興味を持ち、『ダルタニャン物語』(講談社文庫全11巻)を楽しみました。ここまでは良かったのですが、それから『王妃の首飾り』や『王妃マルゴ』に失望しました。それからは他に大デュマの面白い本はないのか、他の小説家の読んでいて楽しい長編小説はないものかと思い続けていて、東京に行くと神田の古書街を彷徨する日々が続いていました。そうしてたまたま他の店でいただいた神田古書街マップに出ていた風光書房を訪ねたのでした。もちろん店主と最初から打ち解けたわけではなく、私が大デュマに興味があると話すと、大正時代に発刊された『黒いチューリップ』と角川文庫の『赤い館の騎士』を紹介されました。どちらも一見面白そうでしたが、よく読むと胃がもたれるような重たい暗い内容の本でしたので、大衆文学の大デュマはここらでやめにして、風光書房でもっと違った興味深い本を紹介してもらおうと思いました。というのも店内にディケンズをはじめ魅力のある本が数多く置かれてあったからです。


次に風光書房を訪れた際に、私は店主に、私は大学時代にドイツ語の先生から、ヘルマン・ブロッホの『ウェルギリウスの死』が面白いと聞き、すぐに購入しようと思ったのですが、会話文がほとんどなく改行なしで何ページも地の文が続くので購入を見送って来ましたが、本当に面白いのでしょうかと尋ねました。この質問は店主が大学時代(早大仏文科)に心酔した作家についての質問となり、まさに琴線に触れたようで、店主の解説は言葉の奔流となって天啓のように私の心の奥深くに入って来ました。まさに私の文学に対する強い憧れを呼び覚ましたのでした。この日、店主から勧められた、『夢遊の人々』(こちらは未だに読んでいませんが)とともに『ウェルギリウスの死』を購入したのでした。購入の際に店主から『ウェルギリウスの死』を読む際のポイントとあらすじを聞いていたので、長い時間はかかりましたが、最後まで読み終えることができました。読んで思ったのは、人間の心の中の動きを文章にするのは面白いなということでした。

それからは1年に4回、LPレコードコンサートで訪れる際には必ず、風光書房を訪れ、3〜5千円ほど古本を購入するようになりました。また店主にLPレコードコンサートのことを話すとそのレコードが聴きたいと言われ、レコードを聴きながら、店内に並べてある古書を見たり店主と話をするようになりました(閉店に際し、私からのプレゼントとして、音の良いリパッティのショパン ワルツ集、ワレフスカのドヴォルザーク チェロ協奏曲、クレンペラーのモーツァルト グランパルティータとブルックナー 交響曲第9番をプレゼントしました)。最近は年4回のこの1時間ほどの時間が私にとって至福の時間となっていたので、閉店と言うことになり本当に残念に思います。
  

それでも店主から大きな刺激を受けた私は文豪ディケンズが主人公の夢の中に出てくる小説『こんにちは、ディケンズ先生』を書き始め、2011年10月に出版したのでした。この小説は、主人公小川がディケンズのアドヴァイスを受けながら成長していくといった内容ですが、特に小川の心の動きを丹念に描いています。ブロッホが意識の流れを描く真似事として、私は小川の心の中の情景を描いているのです。またこの店で交わした楽しい会話もそのまま使われており、今のところ文学の話がほとんどですが、クラシック音楽の楽しい話も盛り込んでいこうと思っています。そういうわけで風光書房は11月で閉店となりますが、店主の許可を得て、小説の中の風光書房はこれから先も『こんにちは、ディケンズ先生』の続編の中に出てきますので、ご安心を。


店主と握手を交わして、これから先も楽しい文学の話を聞かせてくださいと言って、私は風光書房を後にしました。これからも定期的に店主と会うことができるのかもしれませんが、風光書房の店内で私が持参したレコードを聴きながら、楽しい文学の話をするということはできなくなるので、私の一つの良き時代が終わったのかなとも思え、今は寂しく切ない気持でいっぱいです。