大川は実土櫓老人に会うつもりで深泥池にやって来たが、どうすれば会えるのか見当が付かなかった。それでも大川は実土櫓老人にお会い出来たら手土産にしようと考えて、深泥池近くの和菓子屋であん餅を10個買った。

「前はバス停近くでおばさんと立ち話をしていると、突然、実土櫓さんが現れたんだったが、実土櫓さん普段どこにいるのかな」

 大川が王妃にそう言って池の方を見ていると、店の奥から実土櫓老人の声がした。

「あっしのことですかい」

 そう言って、実土櫓老人が姿を現した。大川は意外と簡単に実土櫓老人に合えたので、明るい気分になってジョークを言った。

「和菓子屋さんでお会いできるとは思いませんでした。この奥に秘密基地でもあるんですか」

 これを聞くと、実土櫓老人はさっと顔色を変えた。

「ど、どうして君がそのことを知っているのか。みっちゃんがしゃべったのかな」

 王妃は驚いて、実土櫓老人を質した。

「アナタそれどういう意味ですか。ミッチャンと言うのはおばさんのことですか」

 実土櫓老人は王妃からの思わね鋭いツッコミにしどろもどろな話し方になった。

「そ、それはだな、みっちゃんはこの秘密基地のオーナーでもあり、わたしはここで雇用されているんだ。時給1,500円で」

「ま、まさか、そんなSFヒーローいや、SFヒロイン物語のような展開になるとは思わなかったな。あれ、いつの間にか、おばさんが来ている」

「オウ、来ていらしたのですか。この老人の話は理解できないので、ちゃんと説明してください」

 おばは実土櫓老人と同じSFヒーローものによくあるユニホームを来ていたが、にっこり笑って説明した。

「プリコちゃんが持っているのと同じストーンをわたしも持っているの。若い頃に中東の砂漠をラクダに乗って旅していた時に拾ったのよ。見ているだけで凄いパワーがあることはわかったけど、プリコちゃんからストーンの説明を聞くまではどうして使えばいいかわからなかったの。でもまーちゃんからいろいろ教えてもらって、ここにある木製の飛行艇でタイムスリップできるようになったの」

「そんな簡単にできるんですか」

「わたしはただの助手よ。実土櫓さんは尽きることがない自由な時間を活用して、いろいろ調べてくれたの」

「そうそう、わたしには時間が腐るほどあるからね。ほっといてください。みっちゃんのためになると思って調べたのさ」

「そうすると、この木製タイムマシンを使って王妃が暮らしていた世界に行くこともできるのですか」

「時間の断層に入っていろんな時代に行くことはできる。しゃが、人々に話し掛けるまでは至っていない。京都タワーの展望室から眺めるくらいのことしかでけんのじゃ。もう少し調整が必要じゃ」

「それで、これを使って今抱えている問題を解決できるんですか」

「いいや、その時代まで行って、その時代にいる人たちと話が出来ないと駄目なんじゃ」

「でもそんなことを言って問題を先送りにできないから、ゴールデンウィークの間はお店も休みだし試運転をしてみようと思うの。それで制服を作ったんだけど、もうひとつOサイズのユニフォームがあるから、あなたもこれを着て一緒に行かない」

 失敗すれば帰って来られなくなるかもしれないのにのんきに話すおばの度胸を心強く思い、なんでもやりまっせと気さくに応じて難題を難なく解決しそうな実土櫓老人に勧められるままに、大川は時代がかった少しダサい制服に着替えた。


 ゴールデンウィークに入る少し前におばから連絡があり、実土櫓老人の執念と機転でタイムマシンの難しい問題は解決できた。だから遅れないように来てねと伝えて来た。和菓子屋に行くと店主は、いまからおもろいことやらはるんですね、楽しみですわと言った。おばと実土櫓老人と王妃はすでにタイムマシンのシートに腰掛けていた。

「さあさ、大川君、乗った、乗った。みっちゃん、準備はいいかな。それとプリコちゃんも。よし、それじゃあ、この球形のストーンを宇宙ゴマのように回して、ムニャムニャ、16世紀のプリコちゃんの国へ行くよ」

 先頭座席の隣の席に座っていた大川はぷっと吹き出して、実土櫓老人に話し掛けた。

「実土櫓さんはわれわれの命を預かっているのですから、もっと真面目にやってもらわないと不安です。それからストーンのことをもう少し説明してほしいな。王妃たちがタイムマシンでぼくたちのところにやって来たので、ぼくもタイムマシンのことをちょっと調べてみました。と言っても、ウェルズの『タイム・マシン』を読んだくらいですが、ウェルズの想像したタイムマシンの形状がどのようなものかはっきりわかりませんが、ボディと操縦桿くらいはあるようです。でも詳細な説明がないので、どうなっているのかと思います。ウェルズのタイムマシンは不思議な力を持った水晶が原動力のようですが、この水晶はウェルズの別の小説にも登場します。今の時代なら、タイムマシンは大型コンピュータを搭載した飛行船のようなものが想像されます。それが必須とまでは言いませんが、少なくともいつの時代に言っているのかがわかるような表示がなければ、安心できないのです。それに体力はぼくたちより格段にあるのかもしれないけど、とても科学者とは思えない実土櫓さんに舵取りを任せていいのかと思いますし」

「みっちゃん、大川君はああ言っているが、どうしたらいいのかな」

「そうねえ、そのストーンのマニュアルのことを話せばいいんじゃない」

「じゃ、そうしよう。マニュアルと言っても魔法使いから説明を聞いただけだから、そんなに時間はかからない。実はこのストーンはわれわれが思っていることを叶えてくれる石なんだ。だから細かい説明をしなくても使う人の意志が伝われば、それだけで勝手に何でもやってくれる。タイムマシンだけでなく、100ヶ国語対応の辞書でも、世界史の先生でも何でもやってくれる。ただそれを実行する人間が必要だから、魔法使いやわしの身体を使ってアウトプットするんだ」

「つまり実土櫓さんはストーンの力でタイムマシンの力でタイムマシンの操縦士になったり学者になったりするわけ」

「へえ、手間を掛けずに他の時代に移動できるんですね。このストーンを使うと」

「そう、このストーンはあらゆる叡智とそれを実行する術が詰め込まれている石なの。ただこの石は考えるのは得意だけれど、自分で動いたり作業したり話したりできないので、それを実行してくれる人が必要になるの。実土櫓さんの過去は謎めいているけれど、それはそれは見事な経歴を持っていて、仙人のようなこともやってのける凄い人なのよ」

「それで実土櫓さんは魔法使いがするタイムマシンの操縦もできるわけですね」

「実土櫓老人がニッコリ笑って、他の隊員に話し掛けた。

「そういうわけで、このストーンを操縦してる時はストーンとの対話が大切になる。集中力が切れてストーンの操縦ができなくなったら・・・」

「そうすると、どうなるのですか」

「魔法使いからはそうならないようにと注意を受けただけで、実際どうなるかはその時のお楽しみだ」

「そんなー、ウェルズの『タイム・マシン』にも制御不能の話が出て来たな。そうなったら、ここに帰って来られなくなるしちっとも楽しくなさそうですが、実土櫓さんの説明でストーンのことはよくわかりました」

「よーし、それじゃあ、みっちゃん、行くよ」

「行きましょう」

 実土櫓老人がストーンと意思疎通を行うと、木製のタイムマシンが動き始めた。時間の断層を通って目的地に着いたのは瞬く間だった。王宮の中の広間に着いたようだった。

「ここからは、プリコちゃんに案内をお願いしましょうか。プリコちゃん、どうしたの」

 王妃は周りを見回して、驚いているようだった。

「わたし、とても驚いています。わたしたちがタイムマシンで出発したのがここからだったのです。なぜストーンにそのことがわかるのかと思います」

「わしもとても不思議に思っているんだが、ストーンの間にネットワークがあるとしか考えられない。電話機、ケーブル、無線などわれわれの社会にはいろんなネットワークが張り巡らされている。それと同様にみっちゃんのストーンと魔法使いのストーンとの間にネットワークがあると考えられる。ストーン同士が情報交換しているので、複雑な操作は不要なんだ」

「ということは、ストーンは生命体なのですか」

「それはもっと調べてみないとわからないが、そういった自然科学では説明できない、文学的なものと考えている。わしが考えているのは、ご主人の願いを叶えてくれる魔法のランプのようなものと考えているのだが」

「わたしが不思議に思うのは実土櫓さんが言ったことをやってくれるのに、わたしの言うことには馬耳東風だってこと。実土櫓さんの長老パワーが凄いというのはわかるんだけれど、なぜわたしじゃ駄目なのかなと思うわ。何かわたしたちが思ってもみない秘密の奥義があるのかしら」

「わしも魔法使いから教えてもらっただけだから、偉そうなことは言えん。ただ経験則を活かした状況判断というものが必要だから、修行をせねばならん」

「ぼくもストーンが使えるようになりたいですが、何年かかりますか」

「そうだなー、大川君なら50年はかかるだろう」

「50年もの間、深泥池の近くで筋トレをしないといけないなら、ちょっと無理かなと思います」

 おばはふたりの会話を笑顔で聞いていたが、次の行動を促した。

「さあさ、そろそろ国王に会うことにしましょう。その前にプリコちゃんに訊きたいんだけど、現国王というのはプリコちゃんの親戚なの」

「いいえ、そうではありません。わたしの夫、前国王が亡くなってすぐに長老会議が開かれて、隣国の王の弟が王位継承することになったのです。わたしと血の繋がりはありません。少し変わったところがあるのですが、皆から慕われています」

「変わったところと言うのは・・・」

「大の格闘技ファンなんです」

「・・・・・・」

 実土櫓老人が最後まで話す前に四人は兵隊に取り囲まれていた。王妃はすぐに三人と引き離され、三人は再び兵隊に囲まれた。

「ぼくたちはどうなるんでしょう」

「おたおたしたって始まらないわ。あなたも実土櫓さんを見習ったらどうなの」

 実土櫓老人は近くの駄菓子屋さんで買った、ココアシガレットとクロボー(黑棒)をにこにこしながら兵隊たちに配っていた。

「みっちゃん、彼らに伝えてくれ、これはファンタスティックなお菓子だと」

 おばの説明を聞いた兵隊たちは日本に来た外国人観光客が試食コーナーでするように笑顔になって指を立てていたが、食べ終わると普段の顔に戻って三人を宮殿の奥へ連れて行った。宮殿の奥まったところの少し高いところに王座があり、赤い生地に宝石の縁取りがされた上着を着た王が鎮座していた。王は話し始めたが、途切れたところで王妃が三人に内容を伝えた。

「王は、わたしが下僕ふたりと一緒に帰るのではなく、おばさんたちと帰って来たのを不審に思っています。それにいつものタイムマシンと違うものに乗って来たので、説明を求めています」

「みっちゃん、わしが答えてもいいかな」

「ええ、お願いするわ」

「それでは、お国の繁栄のために忙しくされている中、面談の時価を取っていただいてお礼申し上げます。わたしたちは300年以上未来のジパングからタイムマシンでやって来たものです」

 実土櫓老人が話し始めると、おばが一所懸命に額に汗をかきながら翻訳したが、王は、ミライ、タイムマシン・・・と言って首を傾げるだけだった。それを見て、王妃が王に通訳することを願い出た。王はおばたちと王妃を交互に見ていたが、四人がぺこりとお辞儀すると王は王妃の願いを受け入れた。王妃が具体的な年代を言って、三人がその時代の極東の国から時間の移動をしてやって来たと説明すると王は大きく頷いた。さらに召使と魔法使いが魔法の絨毯で戻らなかったのは事情があり、それについては三人から説明してもらうと伝えた。王はしばらく顎に手を当てて考えていたが、王妃を通訳にして次のことを話した。

「わたしは遠方から来た客人を冷たくあしらう様なことはしないが、国家の不利益になると判断した時は厳しい扱いをするだろう。その判断をするための話を今からしてほしい。時間はあるから、ゆっくり話すといい」

 王の求めに応じて、まず大川が話し始めた。

「王妃が魔法の絨毯でわたしたちの世界に来られた時に最初に会われたのがわたしでした。大分困っておられたので、ここにいるおばと相談して生活が出来るようにしました。おばは王様のおられる国を以前訪問したことがあり、ある程度の会話ができるのです」

 王妃の通訳を介して、王はおばに言った。

「それでわたしと少し会話ができるわけですね。あなたはどのようにして王妃と親しくなりましたか」

「それには3つのことが大切だと考えました。一つ目は絶えず楽しい気持ちでいられるように話し掛けること。二つ目はおいしい食べ物を食べてもらうこと。三つ目はわたしたちの日常生活に一日でも早く馴染めるようにすること。親しくなる早道としてわたしの家に同居してわたしの仕事を手伝ってもらうことにしました」

 王妃は自分の感じたことを含めておばの話を王に伝えた。

「わたしはおばさんのお陰で日々楽しく凄し、仕事に慣れて行きました。そうして3ヶ月過ごすと元の世界に帰るよりここでずっと生活したいと考えたのです。これは夫に先立たれたわたしの考えですが、召使と魔法使いはそれぞれの家族があるので旅行が終わればわたしと共に帰って来るつもりでした」

「だが決まりを破らざるを得なくなったわけだな。三人で他の時代に行って、ひとりが他の時代に留まり、ふたりが帰って来ることは許されない。常に三人が同じ行動をしなければならないということだが、これは古い規則で見直しの必要があるとわたしは思っている。ただし他の時代に留まる人をどう扱うかについては検討する余地があるだろう。罰則を科さねばならない場合もあるだろう。それから前の王妃や他の時代の客人から変更を迫られて、はい、そうですかと受け入れたのでは王の面子、沽券にかかわる。それでわたしから条件を出して、お前たちにどうするか考えてもらおう」

 王妃が三人に王の話を伝えるとおばは言った。

「王様が王妃の願いを受け入れて、すぐにわたしたちの世界に戻れるとは思っていません。わたしたちから説明をして、王から提示された解決策を実行してこの問題が解決できるのなら、三人で頑張ってみたいと思います」

「そうか、お前たちはどうしても王妃を引き渡したくないと言うんだな」

「そ、それは違います。決して国王のご意向に逆らうつもりは・・・」

「こんな時に弱気は禁物よ。弱気に出ると自分たちの考えていることが正しくないと思われてしまうかもしれないわよ」

 おばは王に話し掛けた。

「国王、わたしたちは王妃の意志を大切にしたいのです。それを叶えてもらえるのなら、できることはさせていただこうと思っています」

「それならお前たちは、王妃を救うためならどんな試練にも耐えられるのだな」

「ええ、王様が言われることに耐えます。どうぞ何なりとお申し付けください」

「それでは・・・」

 大川、おば、実土櫓老人は固唾を呑んで王の次の言葉を待った。

「わしは物心ついた時から、勇者に憧れていた。小さい時からいくつもの武勇伝を本で読んでいたからだ。そこにいる老人はかなり高齢と思われるが、三十才くらいの筋肉と身体能力があるように拝見する。わたしの国にもご高齢でお達者な「長老」と慕われている人がいる。そうして「長老」には孫がいて、お連れの男性と同じくらいの年齢なのじゃ」

 王が大川を指さしたので、大川は黙って頷いた。

「だいたい察しがついたと思うが、2対2で闘ってお前たちの方が勝てば、王妃を連れて行っても咎めはしない。ただふたりの下僕は返してもらう」

「で、で、でももし・・・」

「結果を恐れてどうする。お前たちを恐怖に陥れるようなことはしないと誓っておこう。力を出し切って、後悔がないようにすることだ。これでも民衆に慕われている王なのだ。遠路はるばるやって来た客人を苦しめるようなことはしない」

 大川は王が意外と砕けた性格なのに驚いた。そうして自分は今何をするのが皆の役に立つのかを考えた。

「持てる限りの力を尽くして、王妃のために頑張ります」

 王が王妃を介して大川の決意を聞くと王は王妃に、お前の好きやんなのかと言った。王妃が顔を赤らめたので、王が笑顔で頷き和やかな雰囲気になった。

 大川と実土櫓老人は用意していた海水パンツ一枚になってリングに上がった。

「それではレフリーからルールを説明してもらおう」

 レフリーの説明によると、三本勝負で先に2勝した方が勝ちとなる。パンチは不可で、その他の打撃技は可能。関節技のギブアップと打撃によるノックアウトやフォールが決まれば1勝ということだった。リングには張られていてタッチで選手交代が可能ということで、ルールはほぼプロレスと同じだったが、リング外で闘うことは禁じられていて場外に出た選手はリング内に戻されるということだった。

「レフリーの話じゃと海千山千のわしがずっとリングに上がれば、大川君にダメージがないからいいと思うんじゃが」

「おお、それは最もやってはいけないことです。王はそんな逃げ腰の男を嫌います。最悪の場合、試合は敗戦となり処刑されます」

「そ、それは・・・やる気が出て来たぞ。王妃のために頑張るぞ」

「実土櫓さんは格闘技が得意のようだけど、大川君はどうなの」

「生身の人間同士が闘うのだから、蹴りと関節技に気を付けて闘えばいいんじゃないですか。最初はこちらの出方を見ると思いますから、ぼくは奇抜なことをやって王を喜ばせるつもりです。そうして実土櫓さんに繋いで勝機を見出すことにしましょう」

「よし、じゃあ力の限り頑張るとしよう」

 王宮の広い天井の高い部屋にリングは設置されていた。部屋の向こう側には、王が鎮座しその横の席に王妃が座った。王妃の横におばが座るとリングにレフリーが上がった。レフリーはしばらく四人が凶器を持っていないか調べていたが、やがて王に問題なしという素振りをした。王が近くにある銅鑼を叩いたが、それが開始の合図だった。

 相手のレスラーは王が言ったようにひとりは60代くらいの年配だったが、筋肉は40代の壮年レスラーのようだった。もう一人は大川と同じくらいの年齢の青年だった。青年は王妃の知り合いのようで頻りに王妃の顔を見ていたが、開始の銅鑼が鳴ると向かい合った大川の顔を張った。

「よーし、それならこちらも遠慮しないで行くぞ」

 大川は高校生の頃に藤波辰爾に憧れて、大学の頃はプロレス愛好会に所属していた。その時に藤波の技をたくさん覚えたが実戦で使うことはなかった。今回、このような機会を持ったことに戸惑いがあったが、もしかしたら大学時代に最も熱心に学んだことの実戦ができるかもしれないという期待に胸をふくらませた。

「最初はこれで行こう」

 そう言って大川は半歩前に進むと、その場で大きくジャンプしてカンガルーキックを浴びせた。そうして相手が胸を押さえて後退りすると、今度は相手の隙を見てスモールパッケージホールドで固めた。

「あの青年は以外にやるな」

 王がそう言って身を乗り出すと、相手の青年は引っ掛けられた足を解いてそのまま大川を放り投げた。怪力の持ち主のようだった。

「ようしそれなら、今度はこれで行くぞ」

 大川はそう言って助走をつけて相手をロープに投げたが、プロレスのリングのような弾力がなかったので大川のところまで戻って来ず、カウンターのドロップキックを見舞おうとしたが届かず大川は尻から落ちた。

「オカワさん、ダイジョブですか」

 実土櫓老人はここは自分の出番と考え、タッチして大川と交代した。

「大川君は大学のプロレス愛好会で修練したようだが、わたしは京都洛北格闘サークルを立ち上げて50年間闘って来たんだからもう少し王に楽しんでもらえるじゃろう」

 そう言って実土櫓老人は青年レスラーの後ろに回ると、バックドロップで相手の後頭部をマットに叩きつけた。そうして相手が怯んだ隙に両足をわきに抱えて逆エビ固めを掛けた。最初青年レスラーは苦悶の表情を浮かべていたが、肘を立てると次は掌をマットにつけ自分の筋力で実土櫓老人を一回転させた。

 ここでストップがかかり王の命令によりロープが弾力のあるものに張り替えられ、ドロップキック、フライング・クロスチョップ、ジャンピング・ニーパットなどの飛び技ができるような環境になった。レフリーが手を挙げて試合再開を告げると、実土櫓老人はいきなりロープに跳んで反動を利用してエルボースマッシュを見舞った。青年レスラーが後退したところにもう一人のレスラーがいたのでタッチして交代した。そのレスラーは60代くらいの老年レスラーだったが、鍛え上げられた筋肉を持っていた。。厚さ40センチ程ある胸板は鉄鉱石のようで、壮年レスラーと言ってもよかった。老年レスラーは一度実土櫓老人に体当たりをすると次にはロープの反動を利用してフライング・クロスチョップを仕掛けた。実土櫓老人が効いたーと言ってのけぞるのを見て、更にもう一度ロープの反動を利用すると驚いたことにムササビのように飛行しコーナーポストの上にとまった。そこからトルネードキックを敢行したが、これを巧みにかわした実土櫓老人はバックを取ったと思うとドラゴン・スープレックスで老年レスラーの後頭部をマットに打ち付けた。

「これは面白い。二人とも、いや四人とも凄いぞ、頑張れ」

 王はもっと近くで見ようと、リングサイドまでやって来た。

 朦朧状態となった老年レスラーは青年レスラーにタッチして交代した。青年レスラーは実土櫓老人にエルボースマッシュをかますと、すぐにヘッドロックで頭部を締め付けた。実土櫓老人はすかさずアトミックドロップをお見舞いしたが、青年レスラーはそれに怯むことなくアルゼンチン・バックブリーカーを掛けた。すると実土櫓老人は青年レスラーの肩の上で素早く身体を丸めたかと思うと相手の前に立ち青年レスラーの頭を右腕で抱えこみブレーンバスターを敢行した。

 華麗な技の連続に王は大喜びで、両手の拍手だけでなく近くにあるベンチに腰掛けて両足の底でも拍手、いや拍足をした。青年レスラーは華麗な技の連続では身体が持たないと判断して、実土櫓老人を再度スープレックスで倒すとサソリ固めを掛けた。ここで日本のプロレスなら闘っていない方のレスラーがリングに入り相手の胸板にキックを浴びせて関節技をほどくところだが、実土櫓老人は大川がリング内に入るのを片手で余裕を持って制した。

「こんなもの、何ともないよー」

 そう言うと実土櫓老人は腕立て伏せと腰の回転で関節技を振りほどき、サーカスの曲芸のように青年レスラーを足で回し始めた。ところがレフリーは実土櫓老人の両肩がマットについているのをフォールされていると判断しカウントを入れた。実土櫓老人は素早く肩を上げたが、曲芸技は続けられないと考えて次の技に移った。実土櫓老人はパイルドライバーで若手をマットに大の字にさせると素早くコーナーポストに駆け上がりフライング・ボディプレスを行い相手の右脚を上げてフォールの体勢に入ったが、青年レスラーがバネのように反発して実土櫓老人を弾き飛ばした。実土櫓老人がふとリングの外を見ると、期待に満ち溢れた王と目が合ったので、難度Eの技に挑むことにした。大川の協力が必要なのでタッチをする時に大川に耳打ちをした。大川は実土櫓老人の指示通りに青年レスラーをロープにやると実土櫓老人は電光石火の早業のタッチをして反対側のロープへと向い反動を利用してドロップキックをお見舞いして、空中でバク転して相手の前に立つとローリングソバットを首筋にお見舞いした。そうしてすかさず片腕を取ってコーナーポストに投げるとサマーソルトキックを見舞った。実土櫓老人がバク転をした後、月面宙返りをして着地するのを見て、2倍の速さで拍手、拍足をした。

 それではそろそろ大川君に花を持たせて終わるとしよう。そう実土櫓老人が呟くと、青年レスラーとタッチした老年レスラーにモンゴリアン・チョップを奇声を発しながら浴びせた。老年レスラーがたまらず前のめりになると実土櫓老人は肩の下から両方の腕をそれぞれ入れて相手の腰のあたりで指を組み後ろに投げ捨てた。人間風車(ダブルアーム・スープレックス)と言われる大技だった。相手が大の字になると実土櫓老人は大川に、トップロープからダイビングヘッドバットをするように指示してタッチした。大川がトップロープに登ろうとするのを若手が見てロープを揺すったが、実土櫓老人の延髄切りを受けて場外に落ちた。その間に大川はダイビングヘッドバットを敢行しフォールして勝利を収めた。

「ようやくひとつ取れたね。この調子で行こう」

 実土櫓老人がそう言った後に、大川が困惑するようなことを言った。

「だがしかし、このままではわたしが目立っているので、王がわれわれを讃えた後に、王妃の婿にわたしを指名することになりかねない。そうならないためにも、つぎは大川君ひとりでできるだけ頑張ってみてくれ」

「えっ」

 そう言って、実土櫓老人は大川をリングに押し出した。