大川、おば、実土櫓老人が元の世界に戻って来てから一ヶ月が経過した。王の約束通り、王妃は別のタイムマシンで少し遅れで帰って来た。王妃と一緒にタイムマシンに乗って来た魔法使いは、家族のところに戻れたのでほっとしている。わたしのわがままで迷惑をかけたが、円満に収まってよかった。フラワーマスクを送り届けるためにちょくちょくここに来ると言った。大川は戻ってからしばらくは仕事で忙しい日々が続いていたが、ようやく落ち着いたのでおばの店を訪ねることにした。店に入ると、王妃が大川のところにやって来た。
「オカワさん、来店をお待ちしていました。お仕事は落ち着きましたか」
「ああ、ようやくね。なかなか会えなくて寂しかったよ。今日はどこかに出掛けようか」
「お昼は店番の仕事があるけれど、夕方からなら大丈夫です」
「よーし、今、午後2時だから、5時にここを出よう。それまでおばさんと話をするかな。おばさん、事務所にいるの」
「います。実土櫓さんもいます」
「そうか、またタイムマシンでどこかに出掛けるのかな」
「わかりませんが、おばさんが実土櫓さんに何か頼んでいました」
「まあ、話を聞いてみるかな」
そう言って、大川は店の奥にある事務所に入って行った。事務所の奥に店主であるおばの席があり、その前に来客用のテーブルとソファーが置かれてあった。そうしてその横に3つの事務机が置かれてあった。おばは2つ並べられた一人掛けのソファーのひとつに腰掛け、実土櫓老人は二人掛けのソファーに腰掛け対面して話していた。おばがタイムマシンの性能に関して実土櫓老人に尋ねていた。
「わたしが知りたいのは、どのくらいの精度でタイムトラベルができるかということなの。ウェルズの『タイム・マシン』を読むと思わぬところへ行ってしまったりすることもあるみたいだから。タイムマシンが思うようにコントロールできないのなら、やめておこうと思うの」
「それはまず心配ない。日にちと時間と場所を特定すれば、タイムマシンはきちんと送り届けてくれる」
「仕組みがよくわからないんだけれど、簡単に説明してもらえないかしら」
「簡単に説明すると、時間の壁(時の断層)というのがあってそれは本のページのようなものだ。きちんとページを選択しさえすれば、タイムマシンが望んだ日時、場所に運んでくれる。例えば、一週間前の正午のどこどこと決めれば、わしがタイムマシンを操作してみっちゃんをそこに連れて行くことはできる。しかしタイムマシンにはいくつかの制約がある」
「「ツアーに参加した人は自分たちの痕跡を消して16世紀の祖国に戻るか、ツアーに行った先でそこの暮らしに溶け込むか」とプリコちゃんは言っていたわね」
「そう、将来的にタイムマシンについての法律が整備されれば、いろんな時代に自由に行き来出来るようになるかもしれないが、それでも少なくとも過去の時代の人物に対して生死にかかわるようなことをすることは厳禁で、それをやったら大変なことになる」
「確かにタイムマシンで過去の世界からやって来た人と決闘して死んじゃったら、その人が突然姿を消すだけじゃなくて、子、孫、ひ孫、玄孫と続いて行くその人の系譜が根こそぎ無くなってしまうってことね」
「そうなんじゃ、その人だけの問題では済まんというのが第一じゃ」
「それが歴史上の偉人ならどうなるかしら」
「アレクサンダー大王、カエサル、ナポレオンが存在しなかったとなると、世界地図は大きく変わるだろうな」
「そうなのね、2つ目は何かしら」
「科学技術の先取りで生じる混乱という問題がある。要はタイムマシンで行った未来の技術やそれによる社会の変化を前の時代に持ち込めば便利になるが、それがたくさんの人に幸福をもたらすとは限らない。それから科学技術史がへんてこりんになってしまう恐れがある」
「それは何となくわかるわ。先端技術を持ち帰って軍拡競争をするというのも困るし、第一何でも未来から研究成果が取り寄せられるとなると地道に研究する必要がなくなるんじゃないかしら」
「そうしてある時代の人間は衣食住が満ち足りていて平和で平等な世の中であるということが知れ渡ると、その時代に移住したいと言う人がたくさん出て来るかもしれない。そういうことになるから、タイムマシンは旅行の時だけに限定するのがいいだろう。今まで説明したように、旅先で出会った人にある行為をすると、トラブルが発生する可能性があるからね」
「タイムマシンは普及しない方がいいのかしら」
「少なくとも目的を限定して過去の人間を抹消してしまうようなことがないようにしないと、人類の歴史が崩壊し始める恐れがある。ははは、こんなことを言うとみっちゃんは、じゃあ、やめるわと言いそうだが、今言ったことに留意してタイムトラベルをするならば、問題はないと思う。で、みっちゃんはタイムマシンで何をやりたいのかな。そうだ、確か大阪万博の時に何かあったとか言っていたね」
「そうなの、当時私は中学二年生だった。主人と知り合ったのは大学を出て会社勤めをしている頃だったけれど、親しい人との飲み会なんかで、いつ知り合ったのかと訊かれると主人はいつも大阪万博開催中と言っていた。心当たりがないのでいつか確かめようと思っていたけれど、訊けず仕舞いだった」
「ご主人はいつどうして亡くなったのかな」
「十年前に交通事故で急死したの。だからいつか馴れ初めについて確認しようと思っていたのができなくなっちゃった」
「万博会場のどこでいつ会ったとかわからないのかな」
「開催中の夏に会場で会ったということだけしか言わなかったの」
「みっちゃんは万博開催中にどのパビリオンに入ったか覚えているのかい」
「ええ、名前だけなら」
「言ってみて」
「わたし、6回行ったからたくさんあるわよ。まず太陽の塔は2回入ったわ。日本館も2回。あとは1回だけだけど、アメリカ館、ソ連館、イギリス館、フランス館、ドイツ館、スイス館、チェコスロバキア館それから日本企業が参加していて印象に残るパビリオンがあったわ。松下、三菱、三井とか。せんい館の真赤なパビリオンや太陽の塔の生命の樹それからアメリカ館の月の石は鮮烈な印象で今でもかすかな記憶があるわ」
「30年以上も前のことだから、あまり記憶が残っていないようだね。もしかしたらここでご主人と出会ったんじゃないかと思う場所はないのかな」
「覚えていないわ。でもわたし、几帳面だから、万博に言った日は日記に残しているの。3月20日は午後から、5月3日は午後から、7月1日は夕方から、7月25日は夕方から、8月20日は午後から、9月3日は午後からで、この中で夏は7月1日、7月25日、8月20日の3日だわ」
「どこへ入ったとか覚えていないの」
「夏の暑い夜に、アメリカ館とソ連館に入場するためにそれぞれ2時間近く並んだ記憶があるわ。もう一日は太陽の塔にもう一度入りたいと言っていたような気がする」
「みっちゃんとご主人の写真は残っているのかな」
「わたしのはたくさんあるわよ。これが中学生の頃の写真よ。主人のは亡くなる少し前の写真が1枚だけあるわ。写真をほとんど撮らせてもらえなかったの」
「みっちゃんはあまり変わらないけど、ご主人は俳優さんみたいにハンサムだね。こういう人から声を掛けられたら、記憶に残ると思うけどなあ」
「でもそれは中学生の頃ではないわ」
「他に手掛かりはないのかな」
「そうねぇ、主人はその時のことを話す時はいつも遠くのものを見つめるような憧れに満ちた目になって話していた」
「そうか、よっぽど楽しい思い出だったんだね。そうだ、社会人になって出会ったということだけど、そのロマンチックな出会いはどこでどのようになったのかな」
「それが唐突な出会いで、ちっともロマンチックじゃなかったの」
「まあ、話してみて」
「万博から15年以上経過して、久しぶりに会場に行ってみようと思ったの。当時はエキスポランドが再開していたけれど、わたしは日本庭園だけ見に行ったの。桜が満開でうっとり眺めていると、わたしと同じくらいの年の男性がじっとわたしを見ていたから、何か御用ですかと言ったの。そしたら主人になる人が、以前、どこかでお会いしたような気がするんですがって言ったの」
「それはナンパの時によくやる手だ」
「そうかもしれないけど、印象が悪くなかったしその日は暇だったから、今から庭園を見て回られるならご一緒しましょうかと言ったの。後はデートを何度かして、半年くらいで同居生活を始めたの」
「どのくらいの期間なの」
「8年足らずだったわ。仕事が忙しくて、週末だけふたりでゆっくりできるという感じだった。落ち着いたら一緒に北海道旅行をしようと言っていたけど、ある日主人が交通事故で亡くなったの」
「どんな事故だったの」
「それがとても大きな事故で、高速道路のトンネルで玉突き事故があって火事になったんだけど、火が強くてほとんど何も残らなかったの。お骨も遺留品も」
「ふーむ、跡形もなくというのは何か変だな。彼と結婚はしたの」
「いいえ、住まいは一緒だったけどお互い深入りはしないという生活を8年間続けたの」
「相手のことをもっと知りたいと思わなかったのかい」
「平日は午後11時に帰って、夕食を食べて午前1時まで話をして寝る。土曜日は気になるレストランに行ったり小旅行をしたり、そうして休日は溜まった洗濯物を片付けたりふたりで料理を作ったりしたの。そういう生活を8年続けた頃になってようやくわたしは、あなたともっと親密になりたいと言ったの」
「で、どういう返事だったんだい」
「それは難しい。どうしてもと言うのなら、悲しいことが起きるだろうと言ったの」
「それからすぐ事故で亡くなったの」
「彼はしばらく回答をしなかった。わたしは理想の人だと思っていたので早くから両親に相談していた。ある日、明日両親と会ってほしいと言ったところ、その日の深夜に出掛けたまま帰って来なかったの」
「事故で亡くなって何も残さなかったということだけれど、一緒に生活していたから何か彼の思い出になるようなものは残っているんだろ」
「わたしは彼が好きだったからたくさん写真を撮りたかったんだけど、彼は写真嫌いでさっき見せた一枚しか写真を撮らせなかった。よく魂を吸い取られるから写真に写りたくないと言う人がいるけれど、彼もそう言って拒み続けたの」
「じゃあ、彼が愛用していたものとかはどうだい」
「帽子と調理器具くらいかしら。少し大きめの帽子を深く被ってコートの襟を立てて歩くのがカッコよかったのよ。それから料理のためなら、素材だけでなく調理器具も器もお金を掛けたわ」
「帽子は残っているの」
「事故があった後に探したけどひとつも残っていなかったの」
「それじゃあ、その男性がいたことを証明するのはその写真だけということになるかな」
「そうね、まるで流れ者の男性が後々自分のことを覚えておいてもらえるように形見のようなものを残したかったから、写真を一枚だけ残したという感じだわ」
「いい思い出が残せたら、姿を消すつもりだったのかな」
おばと実土櫓老人が黙ってしまったので、大川はふたりに話し掛けた。
「今年は2007年で大阪万博は1970年だから、今から30年以上前のことになります。もちろんぼくは生まれていないし、そんな昔のことを全部思い出してくださいと言うのは無理があると思います」
「じゃあ、大川君はどうすればいいと思うのかな」
「部分的に必要なことを思い出してもらうのがいいと思います」
「どういうことかな」
「大阪万博の時に出会ったと言うことですが、6回行った中で印象深かったことだけを思い出してみてください。出会った人は同年代の人に限りません」
「みっちゃんからいろいろ言いたいことがあるかもしれないが、ここのところは大川君が言う通りに出会った人を思い出してみて」
「わかったわ。そう言われてみると、ひとりだけだけど印象に残る人がいたわ。30代前半のサングラスを掛けた男性のことを今思い出したわ」
「どんな風貌だった」
「そうねーぇ。サングラスと長髪と口髭が印象的な人だった」
「誰かに似ていたのかな」
「サングラスを外すことはなかったし、長髪と口髭に目が行って誰に似ているかわからなかったけど、上背は主人と同じくらいだった。話しぶりは・・・そう、話しぶりも主人に似ていたわ。亡くなる直前の主人に似ていた気もするわ」
「その男性とどのようなことがあったのですか」
「両親と兄つまり大川君の父親になるけど、四人で万博に行った時のこと。丁度アメリカ館の列に並んだ直後で待ち時間が2時間ありますと掲示されていたので、わたしと兄とで飲み物を買ってくるようにと頼まれたの。兄は別のパビリオンに行くと言ったから、わたしひとりで売店に入って飲み物を選んでいるとその男性から声を掛けられたの」
「なぜ、みっちゃんに声を掛けたんだろう」
「実は鞄に目立つアクセサリーを付けていたの。自作のアポロ宇宙船を。その男性が、うまくできているなあ、お土産にしたいから、売ってもらえないかと言ったの」
「みっちゃんは小さい頃から手芸が得意だったから、いい出来だったんだろうね」
「そう、それにわたしのお気に入りだったからただではあげないと言って、わたしに楽しい思い出を作ってくれたらあげてもいいわと無茶なことを言ったの。2時間の猶予があるとは言え、そんなに長く知らない男性と一緒に居られるわけないし、諦めてくれると考えたの」
「そしたらその男性はどう言ったのかしら」
「約束は必ず守るから、このアクセサリーをください。今日は無理だけどいつか君にいっぱい楽しい思い出を残してあげるからと言ったの」
「で、みっちゃんは優しいから、その男性にアポロのアクセサリーをあげたんだ」
「そうなんだけど、レジで支払いを済ませて戻るとその男性は居なくなっていた」
「大川君はどう思う」
「ぼくが今考えていることはとてもとても突飛なことなので、実土櫓さんのお話を聞いてから話したいと思います」
「恐らく大川君は亡くなったご主人と同じ人物と考えているんじゃないかな」
「まさか、そんなことはないと思うわ。だって仮にその男性が万博の時に30才だったとして、その時わたしは14才だった。彼と出会ってつき合い始めたのが1989年でその時わたしは33才だった。となるとその頃彼は49才ということになるけど、わたしと同じくらいの年齢に見えたわ」
「ぼくが思うのは、ご主人だった人も実土櫓さんと同じように自由に時間旅行ができる人だったということ」
「となると主人も水晶玉を持っているのかしら」
「タイムマシンの構造がどんなんだかわかりませんが、30才の頃に時間旅行で大阪万博にやって来たことが考えられます。団体旅行で来たのかひとり旅だったのかはわかりませんが、大阪万博開催中の夏の夜にやって来たところ、中学生の頃のおばさんと出会って親しくなりたいと思って声を掛けた。その時の約束を果たすために
約20年しておばさんの前に現れて同居して生活するようになり、たくさんの思い出を作ってくれた。自由に時間旅行が出来る人だから年齢は変わらないままで」
「・・・・・・」
「うーん、大川君の話したことはありそうな話だが、いくつかのことを確かめないと何とも言えない」
「ぼくもそう考えます。一番知りたいのは、彼がいつの時代に生まれて、いつから時間旅行者になったかですね。次に時間旅行を楽しむだけなのか、ある時代のことをいろいろ調べるためにやって来たのかということです」
「今、存命しているのかも気になるね」
「そうですね、跡形もなく消えてなくなったというのが気になります。ちょっと語弊があるかもしれませんが、証拠を残さなかったとも考えられます。思い出の品が写真一枚というのも、忘れないでほしいからこれだけ置いておくと考えてのことだったようにも思います。8年間一緒に暮らしたというのはそれ以上経つと変わらないまま、老けないままでいるのを誤魔化せなくなると思ったのかもしれません」
「と言うと彼らの時代は年を取らないの」
「まあ、そのあたりのことは本人に訊いてみればいいと思います」
「不老長寿で時間旅行も思いのままなので、昔の世界の人の心まで慰みの対象にしているのね」
「そう考えることもできるかもしれないが、やはり良い思い出を作りたい、感じの良い女性とできるだけ長い間一緒に居たいと考えたからそういう行動をしたとも考えられる
。わしもタイムマシンが使えて不老長寿となったら、そういうことをしようと考えたかもしれない」
「わたしはそういうことはよくないと思うわ。人間は一度っきり人生を精一杯生きるというのがいいんじゃないかしら。タイムマシンを利用して何度もいろんな時代の人と恋愛出来て、この時代は駄目だったけど次は時代を変えて頑張るという生き方が認められると、ゲーム感覚で生きるようになりほろ苦い経験から何かを学んで次に活かすということがなくなり、手段を選ばず行き当たりばったりの方法で女性の�ハートをものにすることだけが恋愛の目的になるんじゃないかしら」
「わしは難しいことはわからんが、真面目に恋愛に取り組んでいる人がゲームのコマのように扱われているとしたら、それは許されないことだと思う」
おばはしばらく考え込んでいたが、意を決して言った。
「わたしは主人との出会いに疑問点があるということで話を聞いてもらったわけだけど、少し暴走している気がするわ。わたしが主人と暮らした日々は何物にも代えがたい素晴らしい日々だったから、それがゲームだったなんて言われると悲しいわ。大川君や実土櫓さんが言うように今でも主人が存命していると言うのなら、会って今言ったことを確かめたい気がするわ」
「みっちゃんの考えていることはよくわかったが、ご主人に会うにはどうしたらいいかな」
「まずはアメリカ館に入った正確な日時を思い出してもらって、タイムマシンでそこに行くことですね」
大川が言うようにタイムマシンでふたりの出会いの場所に行くためには正確な日時が必要と考えたおばは、実家の押し入れに置いてあった段ボール箱から1970年の日記を取り出し夏頃に大阪万博に行った時の記載がないかを調べてみた。おばは中学生になってから毎日日誌を付けていて、古い日誌は実家に残してあった。一緒に探している母親が言った。
「急に用事があると言って家に帰って来たけれど、古い日誌を取り出したりしてどうしたの。それに真剣な表情だし・・・」
「お母さんに訊くけど、この日のことを覚えているかしら」
「37年も前のことだからね。丁度わたしの40才の記念に万博に行ったんだった。夏の暑い日だったわ。みんながアメリカ館の月の石を見たいと言うから手掛けたんだけど、待ち時間が2時間もあるということで、幹子は近くの売店でお土産を探して来ると言ってその場を離れたんだった。4人分のジュースを買って来たけれど、鞄に付けていた宇宙船のぬいぐるみがなくなっていたので驚いたわ。だって幹子はそれをとても大切にしていたから」
「お母さんの誕生日の夕方に出掛けたのね。とすると7月25日の午後6時くらいかしら」
「そうね、そうして午後8時くらいにアメリカ館に入場できたけれど、月の石は遠くからほんの一瞬見ただけだった」
「あんまり覚えていないけど、一瞬だったのね。わたしが売店に買い物に行った時に誰かと会ったとか、話さなかった」
「うーん、そんなことを言っていた気がする。確か、モスグリーンの背広でレモンイエローの綿パンを履いたおしゃれな紳士と話をして宇宙船のぬいぐるみをあげたと言っていたわ。代わりに何かくれたのって尋ねたら、今は持っていないから将来楽しい思いをさせてあげると言っていたわとあなたは言ってたけど、そのお返しはもらったの」
「それはまだだけれど・・・他に何か言っていなかった」
「他にはそのことについてあなたから話はなかったけれど、万博会場を出るまでにモスグリーンとレモンイエローの紳士が何度も現れたのを覚えているわ。お兄ちゃんとあなたは月の石の話ばかりしていたけど、わたしはその紳士が何か言いたそうにしているのが気になった。でも怪しい人だと思って相手にしなかったの」
「そうよね、わたしもお母さんがしたように無視すると思うわ。ところでその紳士誰かに似ていなかった」
「さあ、サングラスを掛けていたし、わたしの知っている人には長髪で口髭という人ははいないからね」
「じゃあ、よく考えてみて、その3つがなくて5才若い人の容姿を思い描いてみると誰か思い浮かばないかしら」
「そうだわ、そうすると、未知郎(みちお)さんに似ているような気もするわ」
「未知郎さんとのつき合いは8年だったけど、お母さんは未知郎さんとは会っていないんだから無理ないわね。写真でしか知らないんだから」
「似た人を見掛けたの」
「ううん、ちょっと昔のことを思い出して懐かしくなって、何か実家に残っていないかと思ったの」
「未知郎さんはあなたに楽しい思い出を作ってくれたわね。幹子が実家に来るといつも未知郎さんとどこかに遊びに行ったと話を聞かせてくれた」
「それはもうたくさんあちこちに行ったのよ。でも何も形のあるものは残してくれなかったの」
「そうなのかい」
「そう、どこかへ出掛けようと言ってあちこち出掛けたけれど、記念になるものを買ってもらえなかったし写真も1枚だけしか撮らせてもらえなった」
そうなのね、旅行に行って来たという話を聞いたけど写真を見せてはもらえなかったのは、写真を撮らなかったからなのね。でも味気なかったあなたの人生を喜びに満ちたものにしてくれたんだから、道夫さんには感謝しなくちゃね」
「ええ、もちろん、感謝しているわ。そうだ、わたし、近々旅行に行こうかと思っているの。誰と行くかと場所は内緒だけど、未知郎さんと一緒に行ったところへまた行ってみようかなと思っているの」
「じゃあ、その時にはこれを持って行くといいわ」
「まあ、モスグリーンのセーターね。素敵だわ。どうしてモスグリーンなの」
「わたしは万博の時に幹子がモスグリーンの背広を着た紳士から、次回会った時には楽しい思い出を作ってあげると約束してくれたと聞いたから、その紳士が幹子を見つけやすいようにするためにはどうしたらいいか考えたの。さっきも言ったように、幹子が紳士と別れた後も何度かわたしはモスグリーンの背広の紳士を見ていて、どんな色だったか覚えているわ。それでセーターを編んでおけば、あげることもできるしそれが駄目だったとしても幹子に着てもらえると思ったの。ただ・・・」
「そうね、わたしにはちょっと大きめかしら。せっかく作ってもらったから、今度の旅行に着て行くわ。あの時の背広の色はこの色だったのね」
「そう、間違いなくこの色だったわ」
おばが実家で母親と話をして一週間後、実土櫓老人の家に大川とおばがやって来た。
「みっちゃん、日付の特定ができたようだね」
「ええ、7月25日だったわ。その日は母親のお誕生日で、万博に月の石を見に行こうって決めたみたい」
「そうか、それなら間違いないだろう。それではこれから出掛けるとしよう。大川君、つき合わせて申し訳ないが一緒に行ってほしい」
「そのためにここに来たんですから、喜んで行かせていただきますよ。ぼくは1981年生まれだから大阪万博のことはまったく知らないんです。色とりどりのパビリオンを見るだけでも価値がありますし、アメリカ館に入ることができて月の石を見られたら、それこそ、ラッキーと叫びたくなります」
「月の石を見られるとか、行程にありえないことを言って、大川君はまさに時間旅行の旅人の気分だが、今回はモスグリーンの背広を着た紳士から真相を聞き出すという目的があって行動するし、いくつか守らないと重大事になることががある。忘れないでほしいので、最初に言っておくことにしよう」
「何でしょうか」
「まずは、わしは1970年7月25日午後5時30分の時間を設定してタイムマシンでふたりを万博の会場の外まで連れて行くが、それから後はふたりが必要なことを調べてわしが指定した時間に戻ってほしいということ」
「ぼくたちと一緒に行動されないのですか」
「わしの万博にはいろんな思い出があるから、会場を歩くだけでも楽しいだろう。わしも一緒に行きたいところだが、万博の会場のどこかにタイムマシンを停めて三人で調査するわけには行かないだろう。そんなことをすると盗難に遭うか、怪しい乗り物ということで警察に睨まれるだろう」
「それはそうですが、ぼくたちふたりが調べている間、実土櫓さんはどうされるんですか」
「一旦ここに戻り、しばらく時間が経過してからもう一度そこに行って会場の外で帰りを待つ。いつまでも待つわけに行かないから、午後10時から30分間待つことにしよう。繰り返すが、このあとタイムマシンで万博が開かれている時の会場の近くに行く。タイムマシンが到着したら、みっちゃんと大川君は入場券を購入して会場の中に入る。お金がいるだろうから、その頃の一万円札を手に入れておいた」
「そうね、万博の頃の一万円札は聖徳太子の肖像画だったわね。これをくずしてその後の支払いに充てるわけね。わたし、いつも会場に入る時、西口駅近くのゲートから入っていたわ」
「じゃあ、その近くで降ろすから、ふたりは大急ぎで入場してアメリカ館近くの土産物屋に行ってモスグリーンの背広を着たおしゃれな紳士を捜す。ここで大事なことはその紳士を捕まえるのが目的ではなくて、まずみっちゃんとどんな内容の話をしているか調べること。それが終わったら、その紳士を尾行する。そうして人に危害を加えない物わかりの良い紳士だったら、みっちゃんになぜ声を掛けたのか尋ねてみる」
「上手く行けば、正体を明かしてくれて、全貌が明らかになるかもしれないわね」
「モスグリーンの背広の紳士と未知郎さんが同一人物なのか、みっちゃんに声を掛けてぬいぐるみをくれたら将来楽しい思いをさせてあげるという約束をなぜしたのか、そして自身が時間旅行をする人なのかも訊いておいた方がいいだろう」
「それじゃあ、隊長、お願いできますか」
「オーケー」
実土櫓老人が、さあ着いたよと言ったので、大川があたりを見るとそこは1970年代にはあちこちにあった空き地だった。
「大川君は知らないだろうけど、1970年代前半まではこういう場所があちこちにあったの。万博があってしばらくしてあちこちで開発が進んでにょきにょきと大きなビルが建てられていった。そうして国際的、世界的という言葉が魅惑的なものになって行ったの。わたしが中東を旅したのも世界旅行という言葉に魅せられたということもあるけれど、そういう言葉に吸い寄せられたことは今思えば良かったと思っているの。あんまりおしゃべりしていると、誰かがやって来るかもしれない」
「そうだ、早く行った方がいい。時間は覚えているね」
「そうそう、時計を合わせないと駄目だわ。今、午後5時30分で、タイムリミットが午後10時30分ね。必ず戻るから、実土櫓さん、待っててよ。じゃあ、大川君、行くわよ」
「行きましょう。ゲートはあちらのようです」
夏休みに入って間もない頃のためか、入場者が多く当日の入場券を買う人がたくさん並んでいた。そのためあたりの様子をじっくりと見ることができた。
「あっ、あそこにわたしの家族がいるわ」
「お父さんとお母さんそれからお兄さんとおばさんですね」
「気付かれると話がややこしくなるから、そおっと近づいて行かないと駄目よ」
「そうですね、それに行くところはわかっているんですから。アメリカ館の入場者の列の最後尾に着いたら、おばさんは土産物屋をご存じですから先に行っておいてください。ぼくはしばらくご家族と一緒に居て、飲み物を買うために土産物屋に行く中学生のおばさんについて行くことにします」
「そうね、その方が安全ね」
家族四人がアメリカ館の順番を待つ列の最後尾に着いてしばらくすると中学生のおばが土産物屋に向って歩き始めたので、大川は10メートルほど離れて後を追った。すると途中でふたりの間にモスグリーンのジャケットを着た紳士が割り込んで来た。中学生のおばと紳士との距離が縮まっていったので大川もそれに合わせた。そうして中学生のおばが土産物屋に入ったので、その紳士と大川も入った。その紳士が店内に入って間もなく中学生のおばに声を掛けたので、大川とおばはその真後ろで耳を澄ませた。客が少なく中学生のおばも紳士も大きな声で話したので、近くに居れば会話の内容は漏れなく聞き取れた。
「月の石を身に来たのかな」
「ええ、そうよ。わたし、宇宙に興味があるの」
「そうか、それでアポロ11号のぬいぐるみを持っているんだね。それどこで買ったの」
「ふふ、これはわたしが作ったのよ」
「本当なの?よくできているね。ちょっと見せて。会場で土産物として売っているのかと思ったよ」
紳士の笑顔は中学生のおばに良い印象を与えたが、中学生のおばは日頃から知らない人ついて行っちゃあ駄目よと言われていたので、紳士から少し離れた。
「ははは、おじさんの親戚の女の子とそっくりなんで突然声を掛けてしまった・驚かせてすまなかったね。でもそのぬいぐるみを残しておきたいな。譲ってもらえないかな」
「このお店にないのかしら。アポロ宇宙船のぬいぐるみ」
「ペンやキーホルダーはあるかもしれないけど、アポロ11号のぬいぐるみはないんだ。よかったら、売ってくれないかな」
「わたし、うまく説明できないけど、とにかく早くお母さんのところへ戻らないといけないの。おじさんがどうしてもこのぬいぐるみが欲しいのなら、また作るし、あげるわ」
中学生のおばは紳士に宇宙船のぬいぐるみを渡した。
「お金はいらないから・・・」
「ぼくも君が一所懸命作った物をお金を払って手に入れるというのはどうかと思うから、そうさせてもらうよ。その代わりいつかこのお返しをするよ。必ず楽しい思い出作りをするから待っててね」
中学生のおばは、次に会う約束をしないで待っててというのはおかしいと思ったが、その紳士は笑顔でそれだけ言うと入った時とは別の出入口から出て行った。中学生のおばは支払いを済ませると家族のところに戻るために同じ出入口から出て行ったが、大川とおばはモスグリーンの上着の紳士を追いかけた。
「どうします、人の良い紳士に見えますが、声を掛けますか」
「声を掛けないと、今のふたりの会話だけでは何もわからないわ。なぜ知り合いでない少女に声を掛けたのか。その少女が作ったぬいぐるみを手に入れるためにお金を払わず、いつかお返しをするとなぜ言ったのか、約束を履行することは可能なのかなどを紳士に尋ねてみないと」
「でもぼくたち突然そんな質問をしたら、どう思うでしょう」
「それもそうね。でもその紳士も中学生の頃のわたしに突然声を掛けたんだから、これでお相子だわ」
「そうですね」
「大川君が言いにくいようだから、わたしから声を掛けるわ」
そう言って、おばは紳士に追いつくと、失礼ですがと声を掛けた。
「今、お急ぎでしょうか」
「うーん、急ぎの用はないけど。何かな」
「実は、先程、売店であなたを見掛けたのですが、あなたと以前どこかでお会いしたような気がしたのです」
「それはいつ頃のことかな」
「中学生の頃だったか。いえ、10年くらい前だったかしら」
おばはそれまでジャージのチャックを閉めていたが、しどろもどろに話していると暑くなって汗が出て来たのでジャージを脱いだ。おばはその下に母からもらったモスグリーンのセーターを着ていた。
「ああ、そのセーターの色はわたしの背広と同じ色ですね。
「まあ、何と言う偶然でしょう」
そう言いながら、おばは大川に片目をつぶって見せたが、紳士は楽しそうに話を続けた。
「まあ、こんな地味な色がお好きというのはきっとあなたにもどこか古風なところがあるのでしょう」
「地味な色が好きな人は古風なんですか」
「そうですよ。この色はモスグリーンで、モスグリーンのモスというのは苔のことで、日本庭園で効果的に使われています。京都の苔寺(西芳寺)の苔はいろいろあって素晴らしいですよね。そんな苔ファンのぼくは世界中のいろんな店を訪ねてようやくこの背広を手に入れたんです。あなたもそうなんですか」
「いいえ、わたしの場合は、編み物が好きなわたしの母が自分の好きな苔の色の毛糸でセーターを編んでくれたんです」
「そうですか、お似合いですよ。でもなぜその色だったんでしょう。なぜわたしの背広と同じ色の毛糸を選んだんでしょう」
「さあ、それはこの色の毛糸が安くで手に入ったとか、母親が好きな色だからとかの理由があるのでしょうけれど、母親から聞いていません。あなたとお気に入りの背広もとても素敵ですよ。どのようにして手に入れたのですか」
「ありがとう、実はこの背広は今から26年後に白浜にあるお店で購入したのです」
「26年後ってどう言う意味ですか」
その紳士は言ってはいけないことを言ってしまったように驚いた顔をして両手で口を押えたが、後の祭りだった。
「まるであなたはタイムマシンで過去、未来を自由に行き来できるように話されるけど、タイムマシンをお持ちなんですか」
紳士は辺りを見回して、人が余り通らないところへ大川とおばを連れて行った。
「わたしを時間旅行をする人と思われるなら、それは大きな間違いです。ただ言い間違いをしただけです」
「時間旅行をする人なんてそんな人がいるのかしら。大川君、そんな人、知ってる」
「時間を自由に移動できる人のことだと思いますが、この紳士が時間旅行をしている可能性は低いと思います」
「どうして」
「だいたいそういう人は科学特捜隊とかウルトラ警備隊のユニフォームのような制服を着ていますし、それにタイムマシンに乗っておられないし、違うと思いますね」
その紳士は自分に誇りを持っていて気が短い人だったので、ぽろっと本当のことを洩らした。
「そんなSF特撮ヒーローもののようなユニフォームを着たら、プライベートで昔の世界に行かれないでしょう。それにタイムマシンが乗り物から携帯できるものに変わってから大分経っています。こういう携帯できるタイムマシンが主流になっていて、プライベートで時間移動する人はこちらを使います。乗り物を使うのは団体旅行の時です」
モスグリーンの背広を着た紳士は手帳のようなものをふたりに見せた。
「大川君、この人まるで時間旅行ができるみたいなことを言うけど、本当かしら」
紳士は最初、突然現れたふたりに驚いてよく顔を見なかったが、しばらくしておばの顔をじっくり見るようになるとだんだん落ち着き、知り合いと話すような口調に変わった。
「あなたたちには時間を掛けてじっくりと話を聞いてもらう必要がありそうですが、お時間をいただくことは可能でしょうか」
「10時くらいまでなら大丈夫よ。あなた、もしかしてわたしの正体がわかったの」
「うん、最初はわからなかったけど、幹子だとわかったよ。こちらの方はどなたかな」
「幹子さんの甥です。大川と言います」
三人は余り人が通らないところがいいと、出入口のゲート近くに移動した。落ち着いたところで最初に話し出したのは大川だった。
「あなたは既にお気付きだと思いますが、われわれもタイムマシンで万博に来ています。あなたは何かの目的で、恐らく記念になるものを手に入れたかったから、ここにやって来られたのだと思います。われわれも目的があって来ました。あなたに3つの質問を用意しているので、お答えいただけないですか」
「君は随分丁寧な言葉で話すが、そう言う時はいつも心臓がえぐり取られるような厳しい質問をするんだ」
紳士が笑顔で大川にそう言ったので、おばは、この人は巧みな会話で翻弄するから自分のペースで話すのよ。そうしないと聞きたいことが聞けないわよと大川の耳元で囁いた。
「時間がありません。お答えいただけないとずっとあなたの前に現れることになるでしょう。おばさんは真相がわかるまでは落ち着いて生活できないと言われています。どうかおばさんを落ち着かせてあげてください」
紳士はにっこり笑って、すっかり話してできるだけのことはしようと言った。
「では、わたしはあなたのことを未知郎さんと呼びます。あなたへの質問の1つ目は事故で亡くなった未知郎さんと今ここでぼくと話しているモスグリーンの背広を着ている紳士は同一人物なのかということです。もしそうであるならあなたは時間旅行ができる人で、時間を自由に移動できることを利用して一度事故で跡形もなく姿を消したのに再びおばの前に現れたということになりますが、そのあたりのことをわれわれが理解できるように説明してもらえますか」
「時間が余りないということなので、昔の思い出を語るのはほどほどにしておこう。でもこうしてまた幹子さんと会えるのはとても喜ばしい。まずはそのことをふたりに伝えておきたい。ぼくは24世紀の人間なのでタイムマシンで自由に時間旅行ができる。ここでちょっと旅行について話しておきたい。多分、20世紀の頃の旅行というのは観光地に乗り物で行って宿泊して帰って来るというものだったと思うが、目的地への瞬間移動、宇宙旅行が可能になると時間旅行というのも旅行業界の視野に入って来た。ただそれを問題なくやって行くためにはルール作りが必要だった」
「後世に影響が出るようなことをしてはならないとかですか」
「そう、人を殺めたり、建造物を壊したり、芸術品を盗んだりすると突然その後がなくなってぽっかりと穴が開いてしまう恐れがある。また先進技術を昔の時代に持って帰りそれを取り入れたりすると科学史が覆る恐れがある。こういったことは、タイムマシンという便利な乗り物が建造された頃から話題になって来た。そうしてわれわれの時代にはそれが現実となった。そうするといろいろ規制が出来て、してはならないことをすると重罪が科されることになった。よく考えると分ると思うけど、歴史上の偉大な人物を時間旅行が出来る人が殺めるようなことになるとその後の歴史が成り立たなくなる」
「建造物を壊したりするのも許されないことですね」
「でも規制ばかりでは時間旅行の楽しみが半減する。旅行というものは出会いを求めるものだから、それが後世に名を残すようなひとではない、市井の人とならある程度の交流が許されるということになった。ただし条件付きで」
「その条件とは何でしょうか」
「タイムマシンで未来の人がやって来たということがわからないようにすること、万一わかったとしても内々ににすること。まあこの内々というのが主観的なので、範囲が広がってしまう恐れがあるが、当事者の良識に任せているところがある。例えばおふたりは信用できる人たちだから内々にしてほしいと言ったら、必要最小限の人だけにこっそりあったことを伝えてそれ以上蒸し返したりしないだろう。だからすっかり話してもいいと思っている」
大川は答えを粉飾する未知郎の話に苛立って、声を荒げた。
「とにかく時間がないので、ぼくが尋ねることだけ簡潔に回答してください。あなたへの最初の質問は事故で亡くなった未知郎さんと今ここでぼくと話しているモスグリーンの背広を着ている紳士あなたは同一人物なのかということで、これの回答は同一人物であるということになると思いますが、もしそうであるならあなたは時間旅行ができる人で時間を移動するということを利用して一度事故で跡形もなく姿を消したのに再びおばの前に現れたということになりますが、そのあたりのことをわれわれが理解できるように話してもらえますか」
「わかりました。あなたが言われるようにタイムマシンで時間移動できるということを利用して幹子さんと交際したのです。わかりやすくするために4コマ漫画でそのあたりのことを説明しましょう。一コマ目はわたしが万博跡地にある日本庭園で幹子さんに声を掛けたことです。このことが切っ掛けで彼女との交際が始まりました。二コマ目は最後の旅行で幹子さんがわたしの写真を撮ったこと。これがあってわたしは内々では済ませられなくなったと考えて彼女の目の前から姿を消すことを決めました。三コマ目は交通事故のシーンです。現在も存命してあなた方の前にいるのですから、事故の直前にタイムマシンで別のところへ移動したことはご理解いただけるかと思います」
大川は腕時計を見て、時間がないことを紳士にほのめかした。
「そうして4コマ目が万博で中学生のおばからぬいぐるみを譲ってもらうことですか。ということはタイムマシンで1989年の万博跡地の日本庭園に行き、そこでおばと会ってつき合い始め、8年間つき合って写真を初めて撮られた時にこれでは内々につき合えないと思ったので、トンネルでの大事故を装って亡くなったと思わせた。タイムマシンで時間移動して以前の生活に戻ったが、おばさんには写真を一枚残したけれど、自分には何も残っていない。それで記念になるものを万博で手に入れようと考えたということですね」
「そうです、実際、幹子さんは日本庭園で出会った時に万博のアメリカ館で月の石を見たことを話していました。土曜日だと言われていましたから、それが事実なら日付がわからなくても何度か夏の夜にタイムマシンを使ってアメリカ館近くの売店を訪れれば中学生の幹子さんに出会えると考えたのです。幹子さんは交際中に自分が楽しかった頃の写真をたくさんぼくに見せてくれて、万博開催中に撮影した写真も見せてくれたから中学生の幹子さんでも一見してわかりました」
「ぬいぐるみをくれたら、楽しい思いをさせてあげると言えたのは、既にふたりで楽しい思い出を作っていたからなんですか」
「その通りです。ふたりであちこち出掛けて楽しい思い出を作ることができたと思っています。幹子さんもそう思っているよね」
「もちろん、そうよ。でも未来の人が突然やって来て、その人と何年も暮らした。そうしてその人が突然目の前からいなくなったというのは未知郎さんたちの感覚ではよくあることなのかもしれないけど、わたしには楽しい日々の後の辛い出来事だった」
「そうだね、未来の人がタイムマシンでやって来て、過去の時代の人と何年か暮らして跡が残らないように消えるというのは幹子さんにとって辛い出来事になってしまった。辛い思いをさせて、申し訳なかったね」
「いいのよ、わかってもらえたから」
「今までのお話しを聞くとあなたが時間旅行をする人だということが確認できたわけなんですが、あなたは趣味で時間旅行をされているのですか」
紳士はそれまで笑顔で話を聞いていたが、趣味で・・と訊かれた時にさっと表情を変えた。
「じゃあ、あなた方にお尋ねしますが、1970年の万博会場におられるということはあなた方も時間旅行が出来るんではないですか。時間旅行を趣味でやっているのか、他の目的でやっているのかというのは個人の自由であなた方がそれを知る必要はないと思います。幹子さんも同じ考え方なら、あなたは人の心情に土足で入ってくる人なのかと勘繰りたくなります。人それぞれ自分でやりたいことがあります。別の時代へ移動して、そこで知り合った異性と懇ろになりたいのか、友だちのままつき合いたいのか、それを全部あなたに話す必要はないでしょう。また必要があれば詳細を報告することもありますが、今すぐ、洗いざらい今ここで話せと半ば命令口調で言うのはあまりにも自分勝手で傲慢なやり方だと思います。あなた方がもっと詳しいことを教えてほしいと言うのであれば、命令口調はやめてください。こうして話していてだんだん不愉快になって来ました。もう話すことはすべて話したのでいいですね」
そう言った後、モスグリーンの背広を着た紳士はゲートの方に走り出し、やがて人混みの中に消えてしまった。
「あああ、行っちゃった」
「おばさん、すみません。ぼくが偉そうな顔をしていらないことを言って、怒らせてしまいました。未知郎さんとふたりだけで話してもらった方がよかったですね」
「いいのよ、時間が迫っているし、大川君は精一杯頑張ってくれて、聞きたいことを聞いてくれたから。でもこのままでは後味が悪いわ。もう少し聞きたいことがあるし、実土櫓さんに報告して善後策を検討しましょう」
「未知郎さんは、二度と会いたくないみたいだし、こちらで捜すにしても24世紀から来た人ということしかわからなければ、日時と場所が特定できないのではないですか」
「でも、このままではやるせないわ」