ベートーヴェン●交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付き」


私がクラシック音楽を聴き始めたのは、今から35年以上前、1978年4月のことでした。浪人生活が決定し、

この先どうやって行こうかと考えていた頃でした。当時、日曜日の朝にFM大阪でクラシックの番組があり、

たまたまその番組で流れた、ブラームスの交響曲第1番のシャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団の演奏が心に残り、

クラシック音楽という広大な世界を一生かけて味わって行こうと決心したのでした。ラジオで聴いたのでしたが、

それほどこの演奏は心に大きな感動を齎しました。この曲の終楽章の主題は、第九のあの有名な旋律に似ていると

言われています。

この演奏に感動した私はすぐに近くのレコード屋さんに行き、このレコードを買い求めようとしましたが、取り寄せになる

と言われました。たまたまその店に同曲のミュンシュ指揮ボストン交響楽団のレコードが置いてあったので、

直ちに自分の家のステレオでレコードを聴きたいと考えた私はせっかちにもそのレコードを購入してわくわくした

気持ちで家に帰ったのでした。ラジオで聴いたパリ管のレコードはミュンシュのレコードの中でもベストと言われるもので、

ボストン交響楽団の演奏は内容的にも音質的にも劣るものでしたが、自分の初めて購入したレコードを大切に聴くことにしました。

何よりブラームスの交響曲第1番という曲のすばらしい旋律が随所に聴かれ、しかもミュンシュ指揮ボストン交響楽団の演奏は

白熱したもので、ともすれば惰性に流れがちな私の心を引き締めてくれるものだったからです。

そういうこともあって、ミュンシュ指揮ボストン交響楽団のレコードはどれも1300円と廉価であったため、少しずつ買い溜めて

行きました。シューベルトの交響曲第9番(第8番)「ザ・グレイト」、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」

サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」そしてベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」は当時何度も繰り返して

聴いたので今でもこれらの曲の最も優れた演奏のひとつと考えています。心が貧困になった時に潤いを与えてくれたレコードに対して、

感謝の気持ちを忘れないようにというのもあるのかもしれません。



それでもベートーヴェンの第9番については、やはりヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団の

演奏に強く引かれます。1951年の古い録音で最初の頃はノイズでその真価を聴き取れなかったのですが、オリジナルに近い

LPレコードやLPレコードの音質に近いCDなどで聴くことができるようになると特に第3楽章、終楽章の演奏がどの演奏家の

追随をも許さない至高の演奏であることがわかってきました。年末に最低一度はこの曲を聴きますが、このレコード以外を聴くことは

なくなりました。



第九と言えば、年末の演奏会がありますが、私も一度だけ聴きに行ったことがあります。1986年かその翌年にフェスティバル

ホールで朝比奈隆指揮大阪フィルの演奏会があり、聴きに行きました。第九だけでアンコールもなしというのをその時に知り、

せっかく聴衆が来るのだから、他の曲も演奏したらいいのにと思ったのですが、多分この考えは今でも少数意見でしょう。



私は渋谷にある名曲喫茶ライオンに1994年以降しばしば訪れ、持参したレコードを掛けていただいているのですが、ある年の暮れ

それ以前に掛けていただいて良い音で聴かれた仏EMI盤のベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」フルトヴェングラー指揮

バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団のレコードを12月31日の最後に掛けるレコードに使ってくださいとお願いしたのでした。

すると奥さんがじきじきに出てこられ、「(音質は上かもしれないけど、)大晦日に掛けるのはこれじゃないとだめなのよ」と

日本盤を見せて言われました。私もクラシック・ファンになってすぐに購入したミュンシュ指揮ボストン交響楽団のレコードは

RCAの日本盤が耳に心地よいように、フルトヴェングラーの第九は東芝音楽工業盤(?)が奥さんやお客さんには耳に馴染んで

よいのかもしれないなと思ったものでした。



『孤独の対話 ー ベートーヴェンの会話帖』 という山根銀二氏が書かれた本が岩波新書にあり、晩年のベートーヴェンの偉業は

ピアノ・ソナタ第29番の「ハンマークラヴィーア」、ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲)とこの第九を作曲したことと

していますが、多くの困難を乗り越えこの曲を作曲したということだけでもベートーヴェンの生涯は十分に意義あるものだったと

言えるのではないでしょうか。



2013年の年末にオルガン編曲のCDを購入しました。リューベックの教会オルガニストのエルンストーエーリッヒ・シュテンダーがこの曲の

全曲演奏をしているのです。オルガン演奏用に編曲したものですが、リューベックの歴史あるオルガンの音は心地よく、十分楽しめるものと

なっています。本来、クラシック音楽というものは、大作曲家が作曲したものを演奏家が趣向を凝らして、心地よい音楽として

提供されたものをそれぞれの人の好みで選んで楽しめばよいものだと私は思うのですが、こちらも少数意見かもしれません。

シュテンダーは、他にドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」、ブルックナー交響曲第7番、チャイコフスキー交響曲第5番、

シューベルト交響曲第8番(第7番)「未完成」などのCDも出しているので、興味がおありの方は聴かれてみてはいかがでしょうか。