チャイコフスキー交響曲第5番ホ短調作品64
 
この曲を知ったのは、FM−fan という雑誌のレコード紹介の記事だった。出谷啓さんという音楽評論家がストコフスキー指揮

ニュー・フィルハーモニア管弦楽団のレコードを紹介していた。それは私が19才の頃だったが、当時、有名な交響曲を手当り

次第に聴いて行こうと考えていたので、出谷さんのコメントに引かれすぐに購入したと記憶している。当時、心酔していた

(今でもしばしば聴くが)ブラームスの交響曲第1番に構成が似ているというのが第一印象だった。第1楽章の暗いイメージ、

第2楽章の薄日が差して来る仄明るいイメージ、短くて軽やかではあるが終楽章を予言するような第3楽章、そして重厚な

管弦楽が何度も心を揺さぶる旋律を奏で、感動の頂点で終局を迎える終楽章、私がクラシック音楽ファンになったのは

このふたつの交響曲のおかげだろう。

ストコフスキーはロシア音楽でいくつかの名演を残しているが、最晩年にイギリスのオーケストラと録音したものに、

リムスキー=コルサコフ「シェエラザード」(ロンドン交響楽団)、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ムソルグスキーの

「禿げ山の一夜」やチャイコフスキーの「スラブ行進曲」が入ったロシアの管弦楽名曲集(ロンドン交響楽団)そして

ムソルグスキーの「展覧会の絵(ストコフスキー編曲)」(ニュー・フィルハーモニー管弦楽団)がある。これらの

レコードは、彼が残した名盤と言えるのではないだろうか。

ストコフスキーはそれ以前アメリカを中心に活躍していたが、名盤と言われるレコードは残していない。あえて興味深い

レコードを上げるなら、チャイコフスキー交響曲第4番、ヘンデルの「王宮の花火の音楽」他、リストのハンガリー狂詩曲

第2番他のレコードだろうか。それらのレコードより印象に残るのは、むしろ映画への出演だろう。「ファンタジア」や

「オーケストラの少女」はクラシック音楽になじみのない大衆に興味を持たせたという点では意義があったと思う。特に

「オーケストラの少女」のストコフスキーはヒロインとの会話も楽しく、ハンガリー狂詩曲第2番を指揮する場面は迫真の

演技をしてクラシック音楽との距離をぐっと短くしているのである。私はこの映画のストコフスキーを見て、孤高の芸術家

として見ていた指揮者に対して親近感を持つようになり気軽にクラシック音楽を楽しめるようになったのである。

そんなストコフスキーが十八番にしていたチャイコフスキーの交響曲第5番(彼は。「オーケストラの少女」の最初のところでも、

この曲の終楽章を演奏している)は熱のこもった名演で、このレコードは何度聴いても弱気になりがちな私の気持を鼓舞し勇気

づけてくれる。クラシック音楽を聴く効用とは何かと尋ねられれば、私は迷わず名曲の名盤を全曲じっくり聴くことで得られる

高揚感や曲の最後に最高潮に達する曲をじっくり味わいつくせたという達成感だと思うのだが、ブラームスの交響曲第1番と

この交響曲は完成度も高くその趣旨の音楽の双璧と言えると思う。