井上ひさし氏の小説について

なんというか、とてもさみしい気分です。高校時代に「ブンとフン」を友達に薦められて読んで以来、ずっとその作品を読み続けて来た
作家井上ひさし氏が一昨日(2010年4月9日)に亡くなったとのニュースを本日午前8時のNHKラジオのニュースで聞きました。
西洋かぶれで外国文学にしか興味がない私にとって、井上氏の小説は唯一の例外でした。私の思い込みかもしれませんが、訳文のように
わかりやすいことを第一に心掛けておられるようで、難しい文章が苦手な私に取っては本当に有難い存在でした。またそのサービス精神
旺盛なところはしばしば脱線ということにもなりましたが、それもまた楽しみなものでした。それがもう読めなくなってしまったなんて...。
「モッキンポット師の後始末」では大学生活への憧れを齎していただきましたし、東京の下町を描いたいくつかの小説は東京への憧れを
抱かせてもらいました。「吉里吉里人」の初版を手に入れようとして、大学生協の書店の開店前に行列したこともありました。その後、
長い間戯曲ばかり書かれておられましたが、久しぶりの長編小説「四千万歩の男」を数年前に読んで、まだまだ楽しい小説を読ませて
いただけるものと思っていた私にとっては、突然ぽっかり心の中に空洞ができてしまったような気がします。
井上氏の小説の魅力はいくつかあると思います。まずは、最近あまり言われなくなった言葉ですが、ユーモアがあり楽しい気分にさせて
くれるところ。これは井上氏が小説家になる前に放送作家をされていたということも大いに関係があると思います。「ひょっこりひょう
たん島」はその代表作で、リメイクされたものを楽しみにして見ていましたが、モノクロ画面で見ていた時と同様に登場人物に魅力があ
り、わくわくさせてくれるストーリー展開でした。また風刺というのも井上氏の小説の魅力であると思います。上智大学の仏文科出身
なので、恐らくモリエールなどを愛読されていたのではないかと思っています。またアレクサンドル・デュマの大衆小説なども読まれて
いたため、サービス精神が養われたのだと思います。大変な読書家で井上氏の随筆の中で風呂に入っている間に推理小説を1冊読むと
書かれていたと記憶しています。遅読の私にとっては誠にうらやましい限りでした。恐らくそうしてたくさん読まれた小説のエッセンス
のようなものを自分の中に取り込みそれを小説などの作品の中で生かして行かれたのだと思います。
日米コメ問題の時に自由化反対を唱えたり、憲法第9条についての本を出されたりと活躍の場は幅広いものでしたが、私としては職人の
ように黙々と小説ばかりを書いていてもらえたらもっとたくさんの楽しい小説を読むことができて良かったのにと思うのですが、でも
井上氏は自分の心の欲するままに一所懸命生きられたのだと思います。
井上氏の著作は膨大なものなので、もし全集が出るとしたらどのくらいの量になるのだろうか、どこの出版社から出るのだろうかと
いらないことを考えていますが、是非、実現してほしいと願っています。