宝塚歌劇「大いなる遺産」について

イギリスの文豪チャールズ・ディケンズのファンである私は、彼が残した14の長編小説や中編小説『クリスマス・キャロル』
を読むだけでなく、映画「大いなる遺産」(1946年)、ミュージカル映画「クリスマス・キャロル」(1970年)なども
楽しんでいます。ディケンズの作品に触発された別の作家や芸術家が自分の表現手段で、ディケンズの作品のすばらしさを伝え
ようとしているのを見たり聞いたりするのに興味がつきません。
昨年の夏に帝国劇場でミュージカル「二都物語」の公演があり、その後、ディケンズの作品の中に劇で上演されたりオペラ化された
ものはないかと思っていましたところ、最近になって、宝塚歌劇で「大いなる遺産」が1990年に上演されたことを知りました。
この公演のすべてを映像で見ることはできません。しかし実況録音のCDが残されていて、これによりその舞台の全貌を音だけで
ありますがつかめるということで、私はさっそくそれを入手しました。一度聴くだけで、月組の剣幸さんがピップの役を熱演されて
いるのが印象に残ります。宝塚歌劇に初めて接した私が言うのはおかしいのかもしれませんが、このCDで剣幸さんの最高の演技が
聞かれるのだと思いました。
この歌劇は18場で演奏時間は約1時間30分ですので、緞帳が降りて背景を入れ替える時間を合わせるとちょうど2時間くらいだと
思います。ディケンズの『大いなる遺産』は文庫本2冊で長編小説として扱われますから、どのように取捨選択してオペラ化されたか
興味のあるところです。『大いなる遺産』はピップの成長を描いた小説と簡単に言い切れないところがある深い内容の小説ですが、
ピップが少年の頃から30〜40才の頃を描いた小説と言うことができると思います。この歌劇ではいくつか原作と異なるところが
あります。それは追い追い述べることにしまして、順番にこの歌劇の筋を追って行きたいと思います。
この歌劇では、最初の場面はピップが叔父のパンブルチュックに連れられて、ミス・ハヴィシャムの屋敷を訪問するところから
始まります。ここでピップは、ミス・ハヴィシャム、エステラ、ハーバート、ジャガーズと出会います。ミス・ハヴィシャムはいつもの
ようにウェディングドレスを着て、エステラは失礼で高慢だがきれいで、ハーバートとピップが本気でボクシングを始めるとジャガーズが
止めに入ります。
この次が原作と大きく異なるところなのですが、第2場の教会の墓地の場面で脱獄囚のエイベル・マグウィッチとピップは出会うのです。
原作ではピップは物心ついたばかりの子供だったように思いますが、この歌劇が時系列で進められていると考えるとピップはもう少し
大きくなっていて、8〜10才くらいのように思います。原作では、脅されて、食べ物、飲料の他、鎖を切るための鑢などを脱獄囚に
与えますが、この歌劇ではたまたま出くわしたエイベルにピップが「食べ残し」のパイを渡すとエイベルはそれを食べて元気になり、
後にこの貧乏な少年を紳士にさせる決心をさせることになります。
第3場では青年になった、鍛冶屋で修行しているピップのところに弁護士のジャガーズがやってきて、「君はある人物から莫大な財産を
譲り受けることになった。ロンドンで紳士になるための修行をするんだ」と言われます。第4〜第6場は ピップのロンドンでの生活が描かれ、
第7場はリッチモンドでピップはエステラと再会します。ピップとエステラは「新しい夢」を 一緒に歌って気持を高めますが、ベントリー
に水を差されてしまいます。第8場ではピップの”恩人”エイベルがピップの下宿に現われます。エイベルが、わしがお前を紳士に
したんだと言ったので、ピップが紳士になるための教育を受けているのは、ミス・ハヴィシャムのおかげではなく、エイベルのおかげ
であることがわかります。またエイベルは、(脱獄囚がオーストラリアから帰国したとわかったら)縛り首になるので匿ってくれと
言います。ピップは、命がけで帰国したエイベルの姿に見たことのない父の面影を感じ、エイベルが本当の息子を見るように感じたと
独白しこの場面が終わります。第9場ではピップがジャガーズを訪問し、エイベルが訪ねて来ていると言いますが、ジャガーズは、
夢でも見ているんだろうと言って、取り合ってくれません。
第10場でピップは姉の訃報を受け、故郷へ 帰って来ますが、俗物になったピップは友人だったビディにも赤の他人のように扱われて
しまいます。第11場ではエステラがミス・ ハヴィシャムに、私はあなたの道具になっていただけなんですねと訴えます。ミス・ハヴィ
シャムはエステラに、私に高慢で冷酷になるなんてと言い、二人は相手の非を責めるばかりでした。そこにピップが現れ、ミス・ハヴィ
シャムに、”恩人”は ミス・ハヴィシャムでなくエイベルであることがわかった。エイベルの方がよっぽど人間的だ。なぜ今まで”恩人”
は自分ではないと言わなかったのかと訴えます。またミス・ハヴィシャムの部屋を退出してから、ピップはエステラに愛を告白しますが、
エステラはベントリーとの恋愛を否定せず、「時間が欲しい」と言って姿を消します。エステラが姿を消すとすぐにピップは叫び声を聞いて、
ミス・ハヴィシャムがいたところで火事が起きているのがわかり駆けつけます。火の中でミス・ハヴィシャムがもがいていたので、
ピップは火の中へ飛び込んで行きます。
第12場はミス・ハヴィシャムの告白。ミス・ハヴィシャムは、最初はエステラが自分のようにならないようにと思っていたが、
大きくなるとエステラの心に氷の固まりを入れてしまったと後悔します。ミス・ハヴィシャムがピップに謝罪すると言って絶命すると
ピップは、許してほしいのは僕の方ですと言って謝罪を繰り返します。
第13〜第16場はエイベルが密告されたという知らせがピップに入り、ピップ、ハーバート、スタートップがテムズ河に停泊している
外国船にボートで乗り付けエイベルを脱出させようとします。しかしコンペイソンとオーリックに案内された役人の舟に追いかけられ、
外国船と衝突し海に投げ出されます。エイベルは一旦救出されますが、ピップから自分の子供エステラが生きていて、元気に暮らして
いることを聞くと、エステラを頼むと言い残して亡くなります。
第17場の最初のところは、火傷と肺炎で生死の境をさまようピップが過去の出来事を走馬灯のように見る場面。第1場の叔父に連れ
られて、ミス・ハヴィシャムを訪問するところやミス・ハヴィシャムと初対面の場面があり、その後にジャガーズから、エイベルの
財産が国家に没収されるということを聞いたり、オーリックが空き巣で掴まった(原作では、オーリックはピップの姉を殺害し、
ピップも殺害しようする大悪役)という話を聞きます。そしてミス・ハヴィシャムの屋敷が競売にかけられるという話も聞きます。
第18場でピップはハーバートが会社を営むカイロに赴く前に、ミス・ハヴィシャムの屋敷を訪問します。屋敷が取り壊されるという
噂を聞いたからでした。屋敷には誰もいないと思いましたが、ピップが「新しい夢」を歌い始めるとしばらくしてエステラも歌い出します。
ピップが、ベントリーとのことを尋ねるとエステラは、ベントリーとは別れた。これからはここでひとりで暮らすと言います。ピップが、
この家に光を入れるために帰って来たと言って、カーテンを引きちぎり外を眺めて、これが二人の新しい世界だと言うとエステラは、
こわいと言いながらもピップに寄り添います。ピップがエステラに愛を宣言し抱擁して、舞台は終幕します。
原作はハッピーエンドではないという意見が大方ですが、こうして別の作家や芸術家が自分のやり方で表現する時には自分の解釈が入り、
ハッピーエンドとすることも可能となります。余り大きな改作は歓迎されないかもしれませんが、この作品がハッピーエンドで終わった
ことを私は歓迎したいと思います。