荒涼館について
大学時代に黒いハードカバーで本文が3段式になっている、筑摩世界文学体系34巻を購入したが、全く読む気が起らずいつの間にか
どこかにやってしまった。多分、大学を卒業して1年経過して引っ越しした時に処分してしまったように思う。というのは巨大で重い
この本は通学や通勤時の電車の中で鞄から取り出して読むということができないばかりでなく、2ページを読もうとしても10分近く
かかるので(これは私が遅読のせいもあるが)、しおりが同じところに留まっていることが多かった(特に最初のところは、会話文が
全然なく、改行もほとんどないので、最初の4ページは真っ黒だった記憶が残っている)からだ。いや、それよりも第1章と第2章の
内容が難解なため、諦めてしまったのだと思う。
以前そういうことがあったので、今回はたとえ難解であってもとりあえず上巻(今回読んだのは、世界文学全集22巻、23巻でこち
らはハードカバーであるが、ずっと携帯しやすい)だけは読んでみようと思い、読み始めた。確かに第1章は当時のイギリス裁判制度
について書かれており、第2章は裁判の一方の当事者である、レスタ・デッドロック卿とその代理人であるタルキングホーン弁護士の
余り楽しくない会話が続くので、取っ付きにくかったが、第3章になってヒロインのエスタ・サマソンが一人称で自分の身の回りの
出来事を語り出すようになると読みやすくなり、楽しんで読めるようになる。ただエスタは後半に入るまでは、勤勉であるがどちらか
というと人好きのしないような性格に描かれており好感が持てず、しかも新たに登場人物が次々と出て来るので上巻を充分に理解する
ことができなかった。
しかし上巻の終わりのところでボロをまとって不衛生にしているジョーに感染症をうつされてから、エスタの考え方に変化が生じる。
生来の勤勉さがさらに高みへと上がり、人の傷みのわかる女性になり思いやりのある行動を取るようになる。またこの変化は身近な
人物がエイダ・クレアやリチャード・カーストンからジョン・ジャーンディスやアラン・ウッドコートに代わり、ジャ−ンディスや
ウッドコートの影響を強く受けたことも大いに関係があると思うと思う。そしてふたりの男性に(正確に言うとウィリアム・ガッピー
も含めるから3人だが、こちらはエスタに嫌われている)愛されたエスタはどちらの男性を選ぶのか。下巻はエスタの性格が変わる
ことで周りの人物にも興味が持てるようになり、楽しんで読むことができた。
この小説のもうひとつの興味は犯人探しと言われるが、推理小説に余り興味がない(推理小説を余り読んでいない)私は犯人が誰だっ
たのかわからなかった。興味をそいでしまうことになるので、詳しいことは言わないが2人の女性のどちらが真犯人であったのか、
今でもわからない。やたら右手人差し指を立てて横に振る、バケット警部が偉そうにしていてそこだけ別の小説を読んでいるような
気がした。ひとつのエピソードで本筋とは余り関係ないのだから、下巻の真ん中近くから150ページ程の間にこれでもかこれでもか
とバケット警部が出て来るのは、ディケンズファンの私ではあるが、食傷気味になってしまった(恐らく、ディケンズが1841年に
出版されたポーの「モルグ街の殺人」に感化されて、この部分を入れたのだと思うが...)。
この小説にも興味深い登場人物がたくさん出て来る。上記した登場人物については一言で紹介できないので割愛させていただくとして、
ジェリビー夫人、キャディ、ピーピィなどジェリビー一家やターヴィドロップ父子が登場するところは明るい雰囲気があり、中でも
キャディ・ジェリビーとプリンス・ターヴィドロップが結婚する時のジェリビー夫人の反応やジェリビー氏の言動がエスタの語りで
描かれるところはこの物語の最も面白いところ(第30章)のひとつだと思う。両一家にはもう少し出番があってほしかった気がする。
他にも、フライトばあさん、ボイソーン氏、ジョージ軍曹などにも、もう少し活躍してほしかった。悪役で興味深かったのはハロルド・
スキムポール、教養もあり幅広い芸術的な素養がありながら、金銭に無頓着で愉快なことしか興味を持たない、最後にはエスタから
リチャードに無心することを咎められ、それを機に恐らく生活に困り5年程して亡くなる。また悪徳弁護士、タルキングホーンやヴ
ォールズの言動も長引くことが多い裁判に関心がある人は興味深く読めると思う。最後にエスタの生みの親について一言。それが誰で
あるかはここで言わないが、大きな存在感を示し
、いくつかの場面で強い印象を残す。善悪どちらかがはっきり分かれるこの小説の
登場人物の中にあって唯一両面併せ持つキャラクターではないだろうか。