自負と偏見について

小説の出来不出来は何で決まるのだろうか。列挙してみると、1.ストーリーが面白い 2.登場人物に魅力があり、リアリティがある 3.会話が楽しめる 4.地の文がわかりやすく、かつ味わいがある 5.文体に工夫が見られ、それが小説全体を引き締めている といったところかと思うが、19世紀の始めに6つの名作を残したジェイン・オースティンの「自負と偏見」にはそのどれもがある。
1. ベネット家の長女ジェインと次女エリザベス(物語のなかでは、リジー、エライザとも呼ばれる。恥ずかしい話だが、最初にこの作品を読んだ時、リジーはリディアの愛称と思い、物語がわからなくなった)の恋愛を描いている。ジェインの方は物語の始めから、ビングリー一筋であるが、エリザベスの方はコリンズに結婚の申し込みをされたり、ウィカムに興味を持ったりする。あることが契機となってダーシーを見直し恋愛感情を持つようになるが、ふたりが寄り添って歩くようになるのは、ラスト40ページを切ってからである。この他にリディアやシャロットの恋愛も、本筋から離れたものであるが楽しませてくれる。
2. やはりエリザベスがよく描かれているが、お相手のダーシーやジェイン、ビングリーも魅力的である。その他の人物も本当によく描かれている。ベネット夫妻、コリンズ、キャサリン夫人そしてウィカム。いずれも一癖も二癖もある人々である。
3.中野好夫氏の訳が優れているので、会話に引き込まれる(故障という訳語はいただけないが)。ただ、ダーシーが告白をした後のエリザベスの返事やこれに対してのダーシーの喜びについては、間接話法や地の文で書かれてあり、直接話法で書いてほしかった気もする。が、やはり読者のイマジネーションを喚起するという点では前者の方が優れていると思う。
4.
3.と同じで、地の文も楽しめる。以前は段落が変わらず、延々と続く地の文に「早く会話文にならないか」と閉口したものだったが。ただ、わかりにくい地の文は困る。地の文は前後を繋ぎ合わせてくれる説明文なので、会話文よりずっと重要である。
5.この小説は、よくできた会話文と地の文の他に十数通の手紙(文)がある。この小説の下巻の2つ目のチャプターで、一つの手紙を契機としてエリザベスの考えが180度転換する。こういう手法は小説でよく見られるが、起源はこの小説ではないかと思う。
イギリス文学のエッセンスの詰まったこの小説は、モーム、漱石も絶賛し、今も恋愛小説のよきお手本となっている。