トム・ジョウンズについて
この小説を大学生の時、30才の頃そして今回と3度読んだ。
大学生の時は、作品の中に出てくる、ギリシア・ラテンの書物からの多くの引用を見て、もし小説を書くなら、フィールディング(この小説の作者)のように深い教養を身につけて少しでも自分の書いた小説でお裾分けできればいいなと考えていた。ただただ憧れを持ってこのモームが絶賛した小説を読んだだけで、筋がどんなものだったかはわからず、読んでいたと思う。
30才の頃に読んだ時には、登場人物ひとりひとりの描写に興味を持って読んだ。主人公ジョウンズをはじめソファイア、オールワージ氏、ウェスタン氏、ウェスタン氏の妹、パートリッジ、ナイティンゲイル、ミラー夫人、悪役のブライフィル、スワッカム、スクウェア、ノーザトン少尉、フィッツパトリック、ベラストン夫人、フェラマー卿(これを見ると悪役の多さに驚くが)など個性の強い人々の赤裸々な人間性に触れ、性格のはっきりした人々が次々と出てくる小説を書いてみたいと思った。
そうして今回、筋を追いながらじっくりとこの小説を読んでみた。筋についていえば、最後はジョウンズとソファイアが結ばれ、ハッピーエンドで終わるのだが、そこに至るまでふたりに数多くの試練が与えられる。ジョウンズは血の気が多く、女性からの誘惑にすぐに引き寄せられてしまう人間である。その反面、落馬し地面に叩き付けられそうになったソファイアを両腕で受け止めて腕を折ったり、結婚を相手の両親が認めてくれないと悩んでいる友人のために直談判してやったりするやさしい心の持ち主でもある。ジョウンズは、兵隊とけんかをして頭を瓶で殴られたり、正当防衛とはいえ相手に剣で負傷を負わせたりもする。モリー・シーグリム、ウォーターズ夫人の誘惑に負けたり、好きでもないベラストン夫人に結婚してほしいと手紙を書いてソファイアを怒らせたりもする。そんなジョウンズの行動を追うだけでも興味深いのだが、今回面白く思ったのは、ソファイアの父、ウェスタン氏の言動である。荒々しい感情むき出しの言葉、大局を見て不利と見ればすぐに考え方を変える、変わり身の早さはリアリティがあって、まるでこの人が出てくるところだけ活字が濃くなっているような気がする。
そんな小説であるが、不満な点もある。ひとつめは、ジョウンズの生い立ちをうまく説明できないことである。3文字の熟語(2つあり)を使えば、そのことを簡単にわかっていただけるが、いずれも不適切な表現である。つまりこの物語のあらすじを説明しようとする時、出だしで躓くわけで、この言葉を一般的に使わなくなった今では、紹介しにくくなった小説と言えるだろう。また詳細は語らないが恋愛に関していろんな考え方が登場人物の口を借りて語られるが、ベラストン夫人の考え方など、とてもついていけないような不道徳な考えが散見されるのは気になる。ベラストン夫人はフェラマー卿にあることを勧めるが、物語を面白くするためとは言え首を傾げざるをえない。また、敵役ブライフィルに対する罰は少し甘い気がする。作者は治安判事だったので、罪を憎んで人を憎まずという考え方から、反省しているブライフィルに厳罰を科さなかったのかもしれないが、どうもすっきりしない。
小説としてはよくできていると思うが、作者の考え方に多くのところで疑問を感じる。そしてトム・ジョウンズの性格は余り好きになれないというのが、今回の読後の感想である。