人との出会いも登山の楽しみ

少し負け惜しみのようなタイトルになってしまいましたが、実際今年も悪天候に悩まされました。何せ私が住む近畿地方は8月に入っても梅雨明け宣言が出されず、梅雨明け10日間の安定した天気の時に槍・穂高に登れると思っていた私は肩すかしを食わされたのでした。出発前の天気予報では長野は、7月30日曇り、7月31日曇り、8月1日曇りのち雨、8月2日曇りのち晴れでした。最後の最後まで出発するべきか悩みましたが、晴天で視界のきく中を登山し山の写真を撮ること以外にも何か楽しみを見つけられるのではと思い、出掛けることにしました。

いつものように新幹線と特急しなのを乗り継ぎ松本電鉄(アルピコ)の電車とバスで上高地入りした私はいつものようにまず槍沢ロッジを目指しました。上高地を午前11時35分に出発して、槍沢ロッジに着いたのは、午後3時45分でした。途中、上高地に向かうバスに乗る前にイギリス人の観光客の一行(計12名)とお会いしました。ツアーガイドをされているパーカーさんは日本語が私より上手に話せる人でバスの中で山の話をしました。彼らと一緒に槍に登って、槍ヶ岳山荘に一泊して下山する。本日は槍沢ロッジに泊まると言われていました。パーカーさんとはもう少し話したかったのですが、お仕事が忙しそうだったので、私のHPを見られてよろしければ感想をお聞かせ下さいとだけ伝えました。関東甲信越地方は今年他の地域より早く梅雨明けしたとはいえ、もうひとつはっきりしない天候が続いているところは近畿地方と変わらず、夕方の天気予報でも今後しばらくはあまりよい天気は期待できないとのことでした。天気のことは考えないことにして食後すぐに横になりました。「とりあえず、ひどい悪天候でない限りは南岳小屋まで行こう。その後のことは天候によって決めよう」と考えました。

翌朝、同室のHさんと話がはずみました。前日とにかく少しでも睡眠を取っておこうと考えた私は同室の方との話を控えていたのですが、Hさんか気さくに声を掛けて下さったので、私も会話を楽しむことができました。Hさんははるばる宮崎市から来られた(いったん飛行機で東京に出てから上高地に来られたとのこと)。Hさんは私より8才年上でしたが、日頃から九州の山に登られたり、軟式テニスをされているとのことで、岩場や危険なところの歩行は私より軽やかでした(槍ヶ岳山荘から南岳小屋の間を同行することになり、そう感じました)。ただし持続的に単調に登って行くのは私の方が少しだけ優っているようで、槍ヶ岳山荘には40分程早く(といっても、Hさんが槍沢ロッジを出られたのは私より20分後でしたが)着きました。

氷河公園と槍ヶ岳の分岐点を少し過ぎたところで一人の女性が休んでいるのに出会いました。よく見ると槍沢ロッジの朝食の時に隣の席にいた女性だったので、私は気軽に声を掛けました。連れの女性を待っているとのことだったので、私はずんずんと先に進みました。それでも100メートルも行かないうちにその女性はストックを巧みに操って私を追い抜いてしまいました。途中、カメラで写真を撮ったりしていると間隔は広がるばかり。槍ヶ岳山荘の手前では急勾配でさらに間隔があいて、結局、彼女が到着して10分程して私は槍ヶ岳山荘前に到着しました。彼女は私を待っていてくれて(実際は連れの方を待っておられたのですが)、声を掛けてくれました。それからHさんが到着するまで30分程彼女と話をしたのですが、彼女は加藤さんという看護婦さんで、槍ヶ岳山荘の隣にある東京慈恵会医科大学槍ヶ岳診療所で勤務するため登って来られたとのことでした。

名残惜しかったのですが(槍ヶ岳山荘の前のテラスでHさんと話していると加藤さんが何回か通るのを見ました)、記念写真も撮らせてもらったので、先を急ぐことにしました。まずHさんと共に槍の穂先に登ることにしました。今まではカメラを携帯(ヤッケのポケットにカメラ(ライカM6)を入れられる)して頂上で写真を写していたのですが、今回は新しく買ったニコンD90を首からぶら下げて登ることにしました。途中何枚か写真を写し、頂上ではHさんに3枚も写してもらいました。その後も中岳山頂近くのはしごのところでHさんに何枚も写真を撮ってもらいました。その後だんだん天候が怪しくなり、南岳小屋に着く(午後4時前)10分程前には雨が降り出し次第に強くなりました。それでも少しヤッケを濡らした程度で小屋に着くことができました。到着後荷物を片付けて、テレビを見ていると午後6時頃に天気予報があり、明日の天気は昼前から雨、あさっては午前中は曇り時々雨午後から晴れとの予報でした。私は今回の登山は奥穂高岳、前穂高岳に登ることだったので、何とか明日を乗り切ればとも思いましたが、かなりの豪雨になると聞き、やはり命を賭けてまですることはないかと思い、早々に撤退することを決めたのでした。Hさんは久しぶりの穂高なので明日は天候がどうであれ、穂高岳山荘まで行き、あさっては西穂の方に行くと言われました。

私は以前から、天候が悪くなると高山病の症状の頭痛が出るのですが、夕食の頃からひどくなり夜中の1時に起きてからは、頭痛で眠れなくなりました。そのため朝起きられたHさんに私は「穂高には行かず、下山します。槍ヶ岳診療所に行って頭痛の薬をもらい、ついでにHPのための取材をしようと思います」と言いました。Hさんは昨日の意志を変えられず、私より少し前に小屋を出られました。朝はよい天気で、一瞬ガスがなくなり虹も見えました。出発前に私はHさんに、写真がうまく写っていたら郵送します。雨がひどいようであれば北穂高小屋で一泊して、あまり先を急がれない方が良いですよ(Hさんは私より少し時間的な余裕がありました)と伝えました。私が中岳に差し掛かるまでは、よい天気でした。中岳近くに来て右手を見るとガスを通してぼんやりとした太陽が見えました。太陽のまわりには光の輪がありました。左手を見ると中岳の山肌がみえましたが、しばらくするとガスが山肌一面に広がりました。正面を見て歩き出そうとして何気なくもう一度左を見ると山裾のところにぼんやり光るものが見えました。私は多分ブロッケン現象だろうと思い、たまたま首からぶらさげていたD90のシャッターを切りました。ズームレンズを付けていたので、望遠にしてもう一度シャッターを切りましたが、何度押してもピントが合いません。肉眼で中岳の山裾を見るといつしかブロッケン現象で現れた後光が射した私の影はなくなっていました。後で聞いたのですが、ブロッケン現象は悪天候の前触れのようで、実際この後30分もしないうちに激しく雨が降り出しました。私は飛騨乗越の表示の前で雨具を着ました。

槍ヶ岳山荘の土産物屋で「槍」Tシャツを購入して(パーカーさんが着ていて、私も欲しくなった)売り子のおばさんに診療所はいつ診療をしているのか尋ねると、24時間してますよとの回答でした。私はしばらく診療所の引き戸の前にいましたが、雨がひどいので思い切って中に入りました。中に入ると加藤さんが出て来られ、驚かれた様子でした。患者として来たことを告げると先生(30才くらいの男性)が出て来られ、診察となりました。診察を始める前に医師は、保険診療は行わず、初診料1000円と薬代(もちろん保険扱いなし)をいただくことになっていますと言われました。加藤さんの同僚の看護婦さんが体温計を私に渡され、酸素濃度(SPO2)を計って下さいました。体温は35度3分、サーチレーション(酸素濃度)は91%でした。特に気にすることはないが少し休んで行かれてもよいと親切に言われましたが、私は、今日中に上高地まで下りたいので、薬だけ下さいと言いました。頭痛薬と胃薬2錠ずつと初診料で1300円でした。診察後、医師に骨折などの診察もしてもらえるのか尋ねたところ、診察します。自分は整形外科医ですと言われました。また加藤さんは、診療所は毎年7月20日から8月20日までしているので、また来年ものぞいてみて下さい。昨年もここに来ましたし来年も来るつもりです。縁があったらまたお会いしましょうと言われました。

その後大雨の中を足下に気をつけながら急いで下山しました。槍沢ロッジで非常食のパンを3ヶジュースを飲みながら食べ、横尾山荘でスポーツドリンクを1本飲んだ他はほとんど休まず歩いたおかげで午後4時30分には河童橋に着くことができ、午後4時45分上高地発のバスで松本市内へと向かいました。とにかくシャワーを浴びてすっきりしたいと思ったからでした。松本ボンボンという行事のためどこのホテルもシングルは満室で東急インのツインに泊まることになりました。高くついたのですが、ゆったり休むことができてよかったと思います。翌朝、午前9時3分の特急しなので松本を後にしました。

今回も奥穂高岳、前穂高岳に行けず、天候もよくなかったのですが、それなりに楽しい登山でした。「天候があまりよくなくても、うまくすればいくつか心に残る思い出が作れるのではないか。本当に行ってよかった」というのが、今回の登山での感想です。