『ギリシア古典好きの宇宙人からのお誘い』

 太郎は今まで後ろの席にいた宇宙人がいなくなっていることに気付いた。もうすぐイタケーに宇宙船が到着するというのに、テツミとの連絡を取ってくれる宇宙人が姿を消した。太郎と宇宙人はテツミがイタケーと名付けた木星の衛星ガニメデへと急いでいた。太郎とテツミがそこで再会してペネロペイアを悩ます求婚者たちを退治することになっていた。

<谷さんは三波さんとぼくにいろんな課題を課した。宇宙旅行だけでは印象が薄いから、文学と結びつけて旅行しようというのは谷さんの発案だった。谷さんが所有する宇宙船は万能でしかも初心者のぼくでも慣れれば操作できるが、突然台本の作者がいなくなって後は自分でどう展開すればいいかを考えろというのは酷すぎる。谷さんにはこの一ヶ月余りで宇宙のいろんな景色を楽しませてもらったけど、これ以上のことは望まない。そろそろ地球に帰りたいと谷さんに言ったら、ホナラカッテニシナハレと言っていた。今までと違ってとても冷たい態度だった。あっ、何かロケットが発射されたような衝撃があった。やはり谷さんはここからどこかへ行ったようだ。すべてロボットがやってくれるから、三波さんがイタケーと名付けた木星の衛星ガニメデに今から宇宙船が行ってくれるし、食事や身の回りのこともやってくれるから退屈はしないし困らないが、地球に帰る方法は見出せない>

 太郎は数日前に宇宙人と地球で自分やテツミの帰りが遅いことを心配している西慧子との間で交信があり、その後もやり取りがあったことは覚えていた。慧子と一緒に宇宙人と交信したのは太郎の知らない人物だったが、宇宙人とその人は面識があるようだった。ただふたりは仲が悪いということは宇宙人の話口調でわかるのだった。太郎はテツミのことを思い出すと悲しくなって来て、通信機の上に涙をぽたぽたと落とした。

<イタケーで待っているテツミ君も気になるが、テツミ君と話し合っても埒が明かない気がする。西さんと一緒に居る人は谷さんと通信機で話ができるくらいだから、解決方法を提供してくれるかもしれない>

 太郎は通信機のハンドマイクを手にしたが、宇宙人は抜かりなく別の通信機に切り替えていた。

  太郎が中学一年生だった頃、流星の数が最大となったら深夜なのにお昼のような明るさになるという、本当なのと突っ込みたくなるような天体観測に関する情報が巷間で広まったことがあった。天文現象は予測できないことが起きるというのは、一九九八年のしし座流星群(後で尾鰭がついたという話もあるが)を例にとることが出来る。太郎が住んでいた家は国鉄の官舎で百メートルほどの高さの丘に三~四軒連なった長屋が一筋に二~四不規則に並びそれが九筋やや急な坂の両側にあった。丘の天辺にはお稲荷さんがあり立派な鳥居が入口に建っていて一番奥には戦前からあると言われる賽銭箱はないがご神体はある祠もあった。天気がいい日にそこから駅の方を見ると昔は大阪城が見えると言われたが、太郎が物心ついた頃には駅前に建てられた大きなビルに阻まれて見られなくなっていた。 

 太郎が夜中に丘の天辺に行くのは初めてだったが、午後十一時頃から天体ショーが見られるという情報に導かれた人たちが二十名ほど太郎より先に丘の天辺に来ていた。官舎の銭湯でよく一緒になる一学年上のテツミ君がいたので、流星雨が見えるか尋ねてみた。

「まだ十時過ぎだからね。でも曇り空だから見るのは難しいだろうなぁ」

「薄い雲だから大きな流星だったらすかして見えるんじゃないのかな」

「まさか、そんなことはありえないよ。曇天で流星が見えなくても、天体ショーはお天気頼みというのがよく分かって有意義だったよ。この先の人生では、諦めがつかずにいつまでも晴天を待つことがなくなるだろうし」

 テツミ君の悟りを開いた人の様な発言に太郎は驚いて言った。

「諦めが早いなあ。まだ十時過ぎだからこれから晴れて来るかもしれないよ。ぼくは午前一時過ぎまではここにいるつもりだよ」

「そうか、わかった。太郎がねばるんならぼくも午前零時まではつき合うよ」

 そう言って、テツミ君は約束の時間まではつき合ってくれたが、日が変わるとそわそわし出した。

「俺、勉強しないといい高校に行けないぞと親から言われているんだ。天気が良くなって流星群が見えたら親もいいのが見られて良かったねと言ってくれるだろうけど、何も見えないんじゃあ勉強しないで何していたのとお母ちゃんに怒られてしまう」

そう言って、テツミ君は太郎を置いてそそくさと帰ってしまった。来た時からテツミ君以外は近所の年配の人ばかりだったが、人数も三分の一になり七人になっていた。その中に十月というのにランニングシャツに半ズボン姿の角刈りの四十才位のおじさんがいて目立っていた。太郎はそのおじさんを今まで見たことがなかった。

 午前一時になると年配の男性から太郎に声がかかった。

「おじさんたちは明日休みだから問題はないんだけど、君は明日学校があるだろう。おじさんたちも帰るから君も帰りなさい。君をひとり置いて帰るわけには行かないんだ」

 太郎は迷ったが、ランニングシャツのおじさんが祠の方に歩き始めたので言った。

「ぼくも十分したら必ず帰ります」

「そうか、そんなら先に帰るよ」

その場から年配のおじさんたちがいなくなると、太郎はランニングシャツのおじさんを追いかけた。

 太郎はランニングシャツのおじさんに気付かれないように後ろについて行ったが、驚いたことに祠にお参りして帰るのではなかった。おじさんはその横を通り抜けて段々畑に出た。おじさんはチョークのような無線機を取り出すと、イチダイタノンマッサと話し出した。するとしばらくして四畳半ほどの大きさの飛行体が上空から降りて来た。太郎は腰を抜かしたが、太郎が飛行体に乗り込む時のおじさんの顔をじっと見ているとこちらを見て、ワコウドヨ、マタアオウと言って手を振っているように見えた。おじさんが畑に着いてからいなくなるまで一分も掛からなかった。


 太郎とランニングシャツのおじさんとの再会は意外と早く訪れた。太郎が高校一年生の早春のことだった。同じ高校に一年早く進学していたテツミから、たっての願いを聞いてほしいと言われた。テツミはジャコビニ流星群に振られて、天文ファンになった(彼の話によると、簡単に鑑賞させてくれないところに惹かれるとのことだった)。テツミの願いというのは三月中旬に極大となるウエスト彗星を太郎のカメラで撮影してほしいというものだった。太郎は小学生の頃からオリンパスのハーフサイズのカメラで写真を撮っていて、高校生になったら一眼レフのカメラで風景写真を撮りたいと考えていた。両親から高校入学の祝いを買ってあげると言われた時に、標準レンズ付きのカメラだけでも高価なのに二百ミリの望遠レンズも親にせがんで購入してもらったのだった。三月の初め頃、テツミから打診があった。

「尾中は一眼レフのカメラ、二百ミリの望遠レンズ、三脚を持っているだろ。それで撮ってほしいものがあるんだけど」

 太郎は写真部に所属していたが、テツミは天文部ではなく生物部だった。生物部の活動する教室の片隅で太郎は引き伸ばし機の順番が来るのを待っていたので、テツミからよく話し掛けられた。

「うん、でも天体の写真を撮るのは初めてだし・・・うまく撮れるのかなぁ。それにウエスト彗星が見られるのは夜明け前なんでしょ」

 テツミが一つ歳上ということもあって、ちゃんとした理由がないと諦めてくれそうになかった。

「ちょうど三学期末試験の最中だし、夜中に起き出すのは親に迷惑がかかるから。それに家まで来るのも大変でしょ」

 太郎は、そんなことはないよ。君がぼくの家まで来ればいいんだからと言われるのを恐れたが、テツミは言った。

「それくらいのことならこちらでするよ。土曜日で次の日は試験がないから、丁度いい」

 太郎は相手に駆け引きの手づるを与えてしまったことに後悔したが、すでに手遅れでテツミは決定事項であるかのように太郎に伝えた。

「じゃあ、決まりだね。午前三時に君の家に行くから、君は親に迷惑を掛けないようにしてそっと寝床を抜け出し写真機材を持ち出してくれ。フィルムはトライXがいいだろう」

 太郎はネオパンSSしか使ったことがなかったので、うまく現像できるか不安になった。

<もしうまく撮られなかったらどうしよう。朝の三時前に起きるのは初めてだし。テツミ君が時間通りに来たのにぼくが寝坊したらなんて言われるだろう>

  太郎は中学生になって深夜放送をしばしば聞いていたが、遅くても午前零時過ぎまでで午前三時まで起きていたことはなかった

<目覚まし時計があるけど、アラーム音で家族が目を覚ましてしまう>

 結局、太郎は午前三時まで起きていて、彗星の撮影が終わったら寝ることにした。テツミは午前三時に太郎が家の勝手口の引き戸を開けると立っていた。テツミは太郎の家族を起こさないようにと唇の前に右手の人差し指を立てて広場へと太郎を誘導した。広場のほぼ中央に二人が立つとテツミは言った。

「おはようさん。何か手伝うことがあれば、今言ってくれ。今日は晴天だから、いい写真が撮れるだろう。もう少ししたら正面の空にウエスト彗星が見えて来るだろう。じゃあ、後は頼んだよ」

「えーっ、後は頼んだって・・・もう帰るの」

「昨日の夜、期末テストの英語の勉強で遅くまで起きていたからくたくたなんだ」

「帰ってから寝てないの」

「寝たさ、でも今日は昼まで寝て明日のテストの勉強をしないといけないから。尾中も写真の現像はテストが終わってからでいいから。フィルムはいらない。写真だけでいいから」

 そう言うとテツミは家に帰って行った。太郎は望遠レンズや三脚は写真部の撮影会で何度か使ったが、トライXというフィルムをどのように(例えばASA感度設定、現像処理など)すればよいのかわからなかった。テツミ自身も彗星が見える場所がわからないようで大雑把な位置だけを太郎に伝えていなくなってしまった。

<こんな時間に通るのは新聞配達ぐらいでウエスト彗星のことがわかる人が通ることはないだろう>

 太郎が冷静になって辺りを見回していると二年前に見たのと同じ四畳半ほどの大きさの飛行体が頭上から降りて来るのが見えた。SF映画でよく見るようにスポットライトが照らされるとそこに人が立っていた。

「アンタワシノコトヨンダノン」

 宇宙人は三月初旬というのにランニングシャツに半ズボン姿だった。太郎はただ風邪を引かないか心配で尋ねた。

「そんな格好をしていたら、風邪を引きますよ」

「ワシノコトヲシンパイシテクレルノネ。トコロデアンタワシヨンダン」

「彗星のことかなあ。よし、きいてみよう。ぼく、ウエスト彗星がどこにあるのか知りたいんです」

「ソウヤネンネ。ホタラチョビットマッテテネ」

 宇宙人が言う通り、しばらくすると尾を引いた星を指し示してくれた。

「ありがとうございます。これで写真を撮ることができます」

「オヤクニタテタノネ。ホカニナニカナイ」

「宇宙人さんはぼくのこと気にしておられるのですか」

「ソウヤネン。トモダチニナッテホシイネン」

 宇宙人の突然の申し出に太郎は驚いたが、宇宙に詳しい友人ができた喜びが上だった。

「もちろん、大歓迎です。宇宙人の友達がいるということは学校で自慢できます」

 太郎がそう言うと何か支障があるようで、宇宙人はもじもじし出した。

「何か悪いことを言いましたか」

「ワテラノホシデハ「コッソリヤッタラナガツヅキスル」トイウコトワザガアッテネ、ソレガキンカギョクジョウニナットルノヨ。ソヤカラコノコトハナイミツニオネガイシマス」

(わてらの星では「こっそりやったら長続きする」ということわざがあってね、それが金科玉条になっとるのよ。そやからこのことは内密にお願いします)

「そうなんですね、わかりました。ところでぼくは世間のことを何も知らない高校生ですが、宇宙人さんはいろいろなことを知っておられるのですね」

「ソンナコトナイネンヨ。デモチョビットダケキミヨリモノシリナノカモシラン」

 太郎の喜びは大きかったが、何を言えばいいのかわからず宇宙人の次の言葉を待った。

「ワシ、ガイコクジンガニホンニキョウミヲモツヨウニコノクニノイロンナコトニキョウミガアルノンヨ。ダカラ、アンタガオモロイトオモウタコトヲワシニドンドンドシドシオシエテホシイノヨ」

「面白いことですか。どんなことだろう。天体観測がそのひとつなのは間違いないですね」

「ソウヤネン、アトハオイオイシッテイキナハレ」

 そう言って、宇宙人は、チョークのような無線機でイチダイタノムと宇宙船を呼ぶと雲一つない空に溶けて行った。

「ああーっ、行ってしまった・・・そうだ、今はテツミ君の依頼をしなければ」

 そう言って、太郎はウエスト彗星を撮影したが、トライXの知識が乏しかったため、フィルム現像してみると薄い写真になってしまった。テツミ君に話すと最初は怒っていたが、しばらくして落ち着くと言った。

「長い人生、これからも彗星が出現することがあるだろう。ぼくは写真の機材もセンスもないから尾中に頼るしかない。今日のことは気にするな。また機会があったらよろしく頼むよ」

 太郎はテツミ君の優しい言葉に涙が止まらなかったが、彗星は出現しない方がふたりにはいいのかなと思った。

  太郎とテツミは一九七八年に京都にある大学に入学したが、テツミが一浪したので同学年になった。入学式の帰りのバスで一緒になったふたりの話題はやはり、天体観測のことだった。

「天文部に入るんですか」

「いや、浪人しているからしっかり勉強しないとね。それに彗星に限って言えば、一九八六年に見られると予測されているハレー彗星くらいなんだ。しかも奄美、沖縄地方でしか見られない」

「ハレー彗星って、あの有名な彗星ですか」

「そうさ、あの大きくてきれいな彗星さ。彗星には周期があってハレー彗星の場合は周期が七十六年だからその次は二〇六一年になる。その頃俺は百才を超えている」

「ハレー彗星に限らなくても他にも彗星はあるんでしょ」

「もちろん限りなくたくさんあるさ。高校生の時に尾中が見た、俺は寝ていたけど、ウエスト彗星は周期が五十六万年と言われるから、もう一度見たいと言ってもできない相談なんだ」

「そうか、だからそういう何万年という周期の彗星が発見されてしばしの間、天文ファンを楽しませてくれるんですね。そうかそれなら短い周期の彗星がたくさん見られたらいいな」

「短周期彗星があるとしても、明るくないと観測できない。ハレー彗星クラスの明るさの短周期彗星を俺は知らない。天文ファンとしては新たに明るく輝く彗星の発見を待つしかない」

「彗星は時期を待たないといけないんですね。でも星雲や星団なら一年に一度は観測できるんでしょ」

「そりゃー、プレアデス星団(M(メシエ フランスの天文学者が天体カタログを作成 百十番まである)四五)なら冬の夜空を見上げると簡単に見られるが、肉眼で見られるというアンドロメダ大星雲(M三一)やオリオン大星雲(M四二)は暗い空が必要だから奈良県南部の山の中まで行かないといけない。昔は星と思われていたオメガ星団(球状星団)は五等星位の明るさと言うからこちらも三等星以上しか見えないと言われる都会では肉眼での観測はできないだろう。そこでまずは双眼鏡での観測となるけど、暗い空で双眼鏡を使うと子持ち銀河(M五一)やソンブレロ星雲(M一〇四)や亜鈴状星雲(M二七)なんかはうっすらとそれらしい形が見えると言われている。でも六十ミリ位の口径の望遠鏡があったらはっきりと見られる」

「リング状星雲(M五七)もそうみたいですよ」

「尾中も少しは天体観測に興味があるんだね」

「リング状星雲は七色の虹のようできれいだからいつか見られたらと思っているんです。でもそのためには小望遠鏡が必要になります。それからふくろう星雲(M九七)もユーモラスな形をしているので是非見たいなあ」

「その二つの星雲は口径八十ミリ位の望遠鏡が必要みたいだ。オリオン大星雲にあるトラベジウムもそれくらいの口径が必要のようだ」

「ぼくは小学校の頃に図鑑で馬頭星雲を見て、本当に馬の頭部にそっくりな星雲にビックリしたんです。それで興味があったんだけど馬頭星雲は最低二百ミリの望遠鏡が必要のようですね」

「二百ミリとなると屈折望遠鏡でなくて反射望遠鏡になる。反射望遠鏡は屈折望遠鏡より安価だけれど鏡筒の横から覗いて星をファインダーに入れないといけないから慣れるのが大変だ」

「肉眼には限界があるからきれいな天体写真が撮れる人は尊敬するなあ」

「赤道儀が付いた二百ミリの望遠鏡があれば大概の星雲・星団は観測できるが、アンドロメダ大星雲やオリオン大星雲は天体写真のようには見られないだろう」

「そうですね、空と辺りが暗いところで三十分位のガイド撮影をしないと駄目ですね」

「そうさ、赤道儀に星を追っかけてもらって強くフィルムに焼き付けないと遠くにある大小の星の集まりは浮かび上がってこない。特にきれいなバラ星雲(NGC(ニュー・ジェネラル・カタログ)二二四四 NGCはデンマーク生まれ、アイルランドで活躍した天文学者ドライヤーが発表した。七八四〇の天体が掲載されている)はガイド撮影をしないと写らない淡い星雲なんだ」

「そうしてこれらの星がある季節に一定の方角に見えればいいけどそういうわけに行かないですね」

「方角はばらばらだし、ふくろう星雲、子持ち銀河、ソンブレロ星雲、オメガ星団は春に、リング星雲、亜鈴状星雲は夏に、アンドロメダ大星雲は秋に、プレアデス星団、オリオン大星雲、バラ星雲は冬に観測できるが、一晩中見られるわけではないしもちろん雨や曇天だと観測できないからすべてを観測しようと思うと何年もかかってしまう」

「一生かかっても無理かもしれないですよ。まあ、いっぺんにしようと思うと大変だけれど、一つ観測したことを大きな喜びとすれば少しずつでも気持ちが萎えることはない。でも暗い空と百ミリ以上の赤道儀のついた望遠鏡はおいそれとは手に入らないですね。就職するとなるとやはり都市部になるでしょう。そうなると暗い空も望めないし街灯が街中にあるから望遠鏡を設置するところも見当たらない。彗星にしても星雲・星団にしても観測しにくいのは地球でするからで、例えば月や木星から見たらもっとたくさんの彗星や星雲・星団が見えるかもしれないですね」

「地球の外の空間に出ると大気が澄んでいて遠くまでシャープに見えると聞くから、彗星や星雲・星団が発見しやすくなるかもしれない。尾中は宇宙飛行士になってそのことを実現するといい」

「いや、もっと簡単にできるんじゃないのかな」

「???」

「いえいえ、高性能の望遠鏡を手に入れるとか、天文台のスタッフになるとか」

「今から頑張って猛勉強したら、天体観測に関する職業に携われるかもしれない。そしたら俺にも望遠鏡をこっそり見せてくれ。でもアマチュアの天体観測には限界がある。天体観測用のドームを自分の家に作って二百ミリの反射望遠鏡で観測するくらいが限界かな。それに社会人になって自由になるお金と時間とがたくさん持てないとできないし、最近この辺りの空も明るくなって来たから満足できる天体観測がいつまでできるか」

「となると天文部の皆さんは部活でどんなことをしているのでしょうか」

「天文部は間口が広いから、いろいろな活動がある。明るい空でも見える星座はたくさんある。おおぐま座の一部の北斗七星、白鳥座、カシオペア座、オリオン座それからプレアデス星団なんかは中学生の時に習っていて誰でも知っている」

「昴(すばる)は歌にもなっていますね」

「中学生で習った知識を生かしてさらに天体観測をやってみたいと考えるのは自然な成り行きなんだ」

「でも環境や経済的事情で深めることができないんですね」

「それともうひとつは頻繁に目を引く天体現象が起こらないということがある。そうして最悪なのは悪天候、曇り空でも駄目だからね、それでできないことがしばしばなんだ。だから天体の現象をリアルに見るのではなく本や施設でさわりに触れるという方法がある」

「星座について調べたり、プラネタリウムを見に行ったりするということですね」

「そう、でもそれは実際に天体を望遠鏡や肉眼で見るのではない。実際に見たいという願望を少し叶えてくれるのが、天体観測施設の大型望遠鏡で月のクレーターや木星や土星を見ることや夏の大三角形を見ようと呼びかける観測会になる。こうしたことは俺が今まで参加して来た天体観測なんだが、いろいろ参加して感じるのはあらゆる趣味の中で最も効率が悪いということなんだ」

「テツミさんは仕事にする気はないのですか」

「それはもちろんない。でも天体現象は掛け替えのない美しいものだから、たとえいい加減にしてくれと思うくらい何度も何度も悪天候に阻まれても、チャンスがあれば見られる状況でいたいと常に思っている」

「例えば、こんな話はどうですか。宇宙人との出会いがあって、仲良くなって、思いついたことを宇宙人が叶えてくれるとか」

「ははは、宇宙船から彗星を見るのか。それは高層ビルから花火大会を見るのと同じようで俺は好きになれないなぁ」

「そうなんですね」

 太郎が悲しい声で応えるとテツミは笑顔で慰めた。

「まあ、そんなありえないことを空想するよりもっと実現可能なことを考えてみるんだね」

  太郎もテツミも、大学生活は楽しむが部活はせず社会人になって役立つことを身につけようと考えた。語学、一般教養、専門知識(二人とも法学部だった)だけでなく、趣味のために役立つことを習う機会があれば単位を取ろうと考えた。一般教養自然で天文学はなかったが、地学というのがあったので、太郎とテツミは単位登録した。また太郎はクラシック音楽が趣味なので、オペラ鑑賞に役立つと考えて三回生になったらイタリア語と同じラテン語系言語のスペイン語を履修しようと考えていた。地学の大講義で一緒になった二人は近況報告のため学校近くの喫茶店に入った。店内のお客は太郎たちとすぐ隣のテーブルのサングラスを掛けた中年の男性だけだった。

「尾中、お前確かこの前宇宙人の知り合いがいると言っていたけど、本当なのか」

 隣のテーブルに座っている男性が驚きの表情を見せたので、太郎は、もう別れましたと躱した。

「そうか、それは残念だな」

「何かやってほしいことがあるんですか。宇宙船なら何とかなりそうですが」

 隣の男性が本を読むのを止めて耳をそばだてた。

「いや、俺たちも三回生になったし何か大学生活で彗星のように印象が後に残るような痕跡を脳裏に残したいと思っているんだ」

 太郎はテツミが文学的な表現を使ったので真似をした。

「でも学生の頃はまだ青い柿みたいなものだから、社会人になって熟してからでいいんじゃないですか」

「デモ、アンタ、シャカイジンニナッタラ、オカネハデキルケドジカンハナクナルヨ」

 太郎はどこかで聞いたことがある声が聞こえたが、話を続けた。

「学生時代に無茶なことをして取り返しのつかないことになったら、せっかくの人生が台無しになると思うんですが」

「それはそうだけど社会人になったら、長い時間不在にするということはできないだろう」

「不在にするんですか」

「そうさ、学生の時には長い旅に出ることができる。連絡が取られない遥か彼方へ。親にも、ちょっと旅行に行くので一ヶ月連絡できないと言うことも学生だったら可能だと思う」

「うーん、それってどういうことですか」

 なぜか隣のおじさんが咳払いをひとつして話し始めたので、太郎とテツミは顔を見合わせた。

「ウチュウニハチテキセイブツガイルホシガイクツカアッテ、イチバンチカイトコロヤッタラオッチャンノウチュウセンデミッカハカカルンヨ」

「あ、あなたは前にお会いした・・・」

「尾中、この宇宙人のおじさんを知っているんなら紹介してほしいな」

「ソウカ、ワシノコトガウチュウジントワカルンヤッタラハナシガハヤイ。ソウソウ、サキニアンタラノナマエヲキイテオコウカナ」

「俺は三波テツミと言います。彼は尾中太郎と言います」

「ソウカアンタハタロウクントイウンヤネ。ホンデキミハテツミクンナンヤ」

「そうですが、わたしたちはあなたをどう呼べばよろしいですか」

 そうすると宇宙人は顔を赤らめてもじもじした。宇宙人は恥ずかしがりのようだった。

「ワシハチキュウノホンヲイクツカヨンダコトガアルネン。オデュッセウスガスキヤネンケド、ヨビニクイヤロ。ダカラタニサントヨンデ」

 宇宙人が赤い顔をして照れているのを見て、太郎はテツミに質問した。

「でも谷さんが宇宙人だとよくわかりましたね」

「そりゃー、三十三回転のアナログレコードを四十五回転の速さで再生した時のような早いスピードで規則的に話す人は地球上にはいないよ」

 太郎は出会いの時から同じ口調だったので違和感はなかったが、テツミは変だなと思ったようだった。

 谷さんはテツミの話を聞いてベルトについているコントローラーを操作していたが、やがて普通の速さで話し始めた。

「テツミさんが言う通りで早口すぎたね。これくらいやったら、聞き取りやすいんとちゃう、太郎君」

 太郎はなぜ自分が君付けでテツミ君が突然さん付けになったのか不満を感じたが、谷さんはそれを察知したようだった。

「それはやね、太郎君は前から親しくしているからね。テツミさんは今知り合ったところやからね」

「俺もテツミ君と呼んでほしいな」

「ほたら、そうしまんがな」

 太郎は谷さんに自分が考えていることがわかるなら気を遣わせるようなことは考えないようにしようと考えた。

「ところで谷さん、ぼくたちを遠く離れた星へと連れて行ってくれるんですか」

「もちろんなんでも可能なんやが、君たちが何を望むかで決まって来る。宇宙船から地球を見たいというのもありやけど、それだったらすぐに終わって後に何も残らへん」

「どうせなら月、木星、土星も見たいなあ」

「尾中、どうせなら、馬頭星雲やハッブル宇宙望遠鏡で見たような極彩色の宇宙の景色が見たいからそれを頼んでよ」

 テツミの話を聞いて、谷さんはもじもじし出した。

「谷さん、何か言いたいことがあるのでしょう」

「そうやねん、太郎君は察しがいいね。実はわしは観光タクシーの運転手さんやないからね。ただ君たちを宇宙に運んで、どや土星の環って神秘的やろと言いたいとは思ってないねん」

「じゃあ、どんなことをしたいんですか」

「やっぱり、ただ見るだけでなくストーリーがあった方が後に残ると思うんよ」

「どんなストーリーがありますか」

「例えば、ホメロスの『オデュッセイア』の主人公オデュッセウスのように宇宙を彷徨って家に帰ったら嫁はんに言い寄る五月蠅いやつらがおってそいつらを退治するとかかな」

「谷さんの『オデュッセイア』に沿ったストーリー展開が面白そうですが、どんなことが谷さんが希望されているのかがわかりません。ぼくたち二人で台本とか、どこに行きたいとかを考えますからちょっと時間がほしいのですが」

「尾中が言うようにぼくからの申し出を受けてもらって有難いことだなと思っていますが、あまりにも魅惑的なことが多いので何をお願いしたらいいのか今ここで決められません。わたしたち二人で考えてから谷さんに正式にお願いしたいのですが」

「わしは君たちの言うことを叶えるだけやけど、どうせやったら感動を伴うものがええと思うねん。そうすればそれがいい思い出としていつまでも心に残るやろ。青春の大切な時間を使うんやから、悔いが残らんようにしっかりストーリーを考えてな。じゃあ、わしは先に帰りまっさ」