太郎とテツミは喫茶店に残って、ストーリーを考えた。

「谷さんが言われたように『オデュッセイア』に沿ったストーリーを考えるのがいいのかなあ。テツミ君、読んだことありますか」

「『イーリアス』は読めなかったけど、『オデュッセイア』はそれほど苦労しなかった」

「テツミ君って文学青年なんですね」

 太郎が店の入口に目をやると同じクラスの西慧子が入って来た。彼女は天文ファンで星座についても興味を持っていると自己紹介で話したことがあったのでそのことを言うと、テツミが声を掛けた。

「今、夏休みの計画を立てているんだけど相談に乗ってくれないかな」

 慧子はテツミからの突然の声掛けに驚いたようだったが、待ち合わせの人が来るまでならOKよと言った。

「西さんは高校生の時に天文部に入っていて星座のことをよく知っていると一回生の時に自己紹介で言っていたけれど・・・」

「ええ、天文ファンは望遠鏡で観測するか星座やそれにまつわるギリシア神話を調べるかに分れるけど、空が明るい都市の真ん中で育ったから星座の方を選んだの。でも流星雨や月食なんかは空が明るくても観測できるから、部員みんなで観測したわ」

「じゃあ、西さんはギリシア神話にくわしいんだね。ぼく、『オデュッセイア』に興味があって一度読んでみたいと思うんだけど、ぼくなんかでも読めるかな」

 太郎はテツミがさっき言ったことと違うなと思いながらも加勢した。

「『オデュッセイア』って紀元前八世紀の詩人ホメロスが紀元前十二世紀にあったトロイ戦争が終わった後のオデュッセウスの活躍を描いた英雄叙事詩って言われているけど」

「これはわたしの感想だけど、『オデュッセイア』は小説を読むように読めるわ」

「どんな内容なのかな」

「トロイ戦争が終わった後、オデュッセウスがなかなか故郷イタケーに帰られないことを気の毒に思った女神アテーネーがいろいろ手助けして帰してあげられるようにするのが前半部分で、後半はオデュッセウスの留守をいいことに彼の妻ペネロペイアに言い寄る求婚者たちをオデュッセウスが得意の謀略で息子のテレマコスと一緒に退治するのが後半部分かな」

「ギリシア神話と関係があるのかな」

「もちろんあるわ。『オデュッセイア』の陰の主役は女神アテーネーだけど、彼女のお父さんのゼウスも登場するし、それからゼウスの兄ポセイドンはオデュッセウスの行く手を阻むのよ。『イーリアス』ではアポローンも登場してトロイに味方するのよ」

「そうして『イーリアス』でアテーネーはアカイア側につくんだね。ぼくたちが知りたいのは『オデュッセイア』の方だけど、この物語が盛り上がるところ、劇的な場面はどこだと思う」

「そうねえ、やっぱりはらはらするのはポセイドンの怒りを買ってオデュッセウスが追い詰められるところかしら。それからオデュッセウスが求婚者たちを弓矢で退治するところも印象に残るわ。オデュッセウスが息子テレマコス、妻ペネロペイアと再会するところはあっさりしていてあまり感動がなくそれほど印象に残らなかったわ」

「『オデュッセイア』のパロディがジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』って言われるけど読んだことある」

 テツミがわざわざ身を乗り出して尋ねたので、太郎も加勢した。

「『ユリシーズ』は最初のところは普通の小説だけど途中から難解になってぼくは最後まで読めなかった」

「わたしも同じよ。『オデュッセイア』を読む前に読まない方がいいみたい。『オデュッセイア』も『ユリシーズ』みたいに難解だと思ってしまうかもしれないから。オマージュというより物語の興味があるところを自分が創作した人物に演じてもらったという感じで、ブルームはオデュッセウスと全然似ているところがないと思うの。だからわたしは『オデュッセイア』を読むと決めたらそれを読むだけで十分よと言いたいところだわ」

「じゃあ、自分で『オデュッセイア』のパロディを書いたらと言われたら、西さんだったらどうする」

「まあ、三波君と尾中君はいつもそんなことを考えているのね。法律学の勉強をしないで」

 尾中は話があらぬ方向に走り出したので、テツミに自制を促した。

「そんなことで西さんの大切な時間を台無しにしてはいけないと思うな。まるで文才がないから、お助けを頼んでいるみたいだ。もうすぐ友人が来るんでしょ」

「待ち合わせの人は口実だから急ぐ必要はないのよ。しばらく『オデュッセイア』の自作パロディの話をしましょう。でも最初に確認しておきたいことがあるんだけど。仮に三人で『オデュッセイア』のパロディを書き上げた場合にはそれを懸賞小説に応募するのかしら」

慧子が太郎の顔を見て尋ねるので、太郎は思わず言った。

「小説ではなくて冒険かな」

「ということは原稿を見せ合って物語を紡ぐというのではなくて、わたしたちがオデュッセウスやテレマコスやアテーネーやペネロペイアの役を演じるということ」

「役じゃなくてそのものになって難局に当たったり、仲間を作ったり、神様に指導をしてもらったりするのさ」

 慧子は普段は切れ長な目を大きく開いて、それって、すごくない。ほんとの話なのと言った。

「嘘だと思うんだったら、谷さんに直接訊いてみたらいい」

 テツミが太郎の制止を振り切って楽しそうに話すと慧子はさらに身を乗り出して言った。

「そうなのね、その人にいつ会えるの」

 

 テツミが慧子の都合のいい時でいいが場所はこちらで決めるといったので、週末の午後に学生会館の屋上で待ち合わすことになった。

「谷さんが来なかったらどうするんですか」

「いや、尾中が困っていると谷さんはやって来るようだから大丈夫さ」

「でも二回とも真夜中だったから、昼間は無理じゃないのかな」

太郎がそう言って屋上の入口を見ると、慧子がにこにこしながら太郎とテツミの方に歩いて来るのが見えた。

「今日はとても楽しみにしているの。だいたい宇宙人と言うと宇宙船でやって来るけど、三波君のお友達は何で来るのかしら」

「さあ、来てのお楽しみなんだけど、西さんはどうやって来てほしい」

「それは例えば屋上から三十メートル位の高さのところにブラスバンドが現れて、ラデツキー行進曲に合わせて宇宙船から降りてきたら、素敵だと思うわ」

太郎が、ふーん、そうなんだねと気のない返事をすると突然ラデツキー行進曲が遠くから聞こえて来た。スリークォーターの角度から聞こえてくるように思えた。太郎とテツミと慧子がそちらの方を見上げると四畳半の大きさの四角い宇宙船が下りて来るのが見えた。しばらくすると谷と一緒にブラスバンドが現れて三人の近くに着地した。宇宙船とブラスバンドはラデツキー行進曲がワンコーラス終わるといなくなった。

「素晴らしいわ。わたしの願いもすぐに叶えて下さるのね、この方は」

 慧子が警戒心を全く持たずに宇宙人に駆け寄って両手を包むような握手をしたので、太郎とテツミは顔を見合わせて言った。

「本当に来てくれたんだ。でも尾中が思ったことがすぐに谷さんに伝わって遥か彼方からやって来るというのはぼくとしては信じがたいから、どういうシステムになっているのか確認したいところだ」

「でも善意でぼくたちの願いを叶えてくれるのだから、失礼なことを言わない方がいいよ。チャンスがあったらにしたら」

「わかった。そうしよう」

 二人が話している間に宇宙人と慧子が親しく会話を交わしたようだった。

「わたしも宇宙船に乗せてほしいと言ったら、この方は、もちろんいいよと言われたの」

「エンリョセントイテ」

 太郎とテツミは宇宙人の話す速さが元に戻っていたので、どうしてかなと思った。

「アア、ソレハネコチラノホウガナレトルカラネ」

 宇宙人が訊かれもしないのに応答しているのを不審に思った慧子は二人に尋ねた。

「それは尾中が考えていることが谷さんにわかるからだよ」

「トウロクシテオクト、ソノヒトガカンガエテイルコトガワカルノヨ」

 慧子は宇宙人の回答に目を丸くしていたが、驚いてばかりでは会話が進まないので時計を見ながら尋ねた。

「もうすぐ日が暮れるから、帰らないといけないわ。でもこんな素晴らしいお友達が出来て幸せだわ」

「ワテモソウナンヨ」

「あなたは谷さんですね。わたしもそう呼ばせていただいてよろしいかしら」

「スキニシテ」

 太郎は谷さんのブロークンな会話が気になりだしたので、本題に誘導した。

「今日は西さんが会いたいと言われるので谷さんにここに来てもらったのですが、このあとは三波君とわたしの話も聞いてほしいのですが」

 谷さんは、大切なことを忘れていたと呟いて話を続けた。

「シナリオガデキタンヤネ」

「ええ、でも三波君が『オデュッセイア』を一度読んだだけですし、ぼくは調べた知識だけですから。でも筋を辿っただけでは面白くないと思います」

「オッチャンガキイタルカラハナシテミナサイ」

「三波君と意見が合わなかったのは、『オデュッセイア』のように漂泊して苦労して故郷に帰って、妻に言い寄る求婚者たちを成敗する物語にするのか、それともジャイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』のように登場人物をより細かく描写して現代風にアレンジして後半部分を割愛するかです(『ユリシーズ』(丸谷才一・永川玲二・高松雄一訳)第十七章「イタケ」の要約と解説で「神話的対応― (省略) これは第十八挿話で語られることだが、彼が暴力によってではなく寛大さによってボイランに勝つ(?)のは、オデュッセウスがペネロペイアの求婚者たちをみな殺しするのに当たる」と書かれているが)」

「アンタハドッチナン」

「原作に忠実な方が良いから闘いのシーンはあった方がいいと主張したのですが、三波君はあぶないことは避けた方がいいので、オデュッセウス役が宇宙を彷徨って、『オデュッセイア』のような前半の経験をするだけでいいと言っています。ぼくは『ユリシーズ』のように前半の部分だけを経験することはホメロスの考えのすべてを反映していないので、手落ちのある孫引きのようになってしまって物足りないものになってしまうのではないかと思います」

「そんな、格好いいこと言うけど、未経験の宇宙に行くんだから何が起こるかわからないよ。誰かと闘わなければならないというのは危険極まりないよ。谷さんが支えてくれると言っても『オデュッセイア』を忠実に再現するとしたら長い時間が必要だし」

「ソウカ、アンタラクロウシトルミタイヤネ。ニシサンハドウオモウ」

「わたしは『オデュッセイア』が好きだから今までに十回は読んだわ。だから自分なりに物語を紡ぐこともできるわ」

「ホタラ、カレラニヒントヲオシエタッテ」

「『ユリシーズ』のような『オデュッセイア』のパロディを自分なりに作ると考えるといいんじゃないかしら。パロディ作品というのは原作に対して尊敬や賞賛の気持ちがなければならないけど、環境(背景、場所)や登場人物の性格は自由でいいと思うの。それに最初から全部の場面を経験しないといけないと思い込むと行き詰ってしまうけれど、興味がある場面を三つから五つほど取り上げればそれで十分要件を満たしていると考えるといいかもしれない。わたしが印象に残った場面と言えば、オデュッセウスの力になってくれるアテーネーがオデュッセウスやテレマコスと話す場面やオデュッセウスがイタケーに戻れたのはアルキノオス王が船を手配してくれたおかげだけれどその娘ナウシカーとの出会いの場面は印象に残っているわ。その直前にオデュッセウスはキュプロクス人に襲われて命からがら逃げるけどそこも印象深いわね」

「三ツニシサンカラデタカラ、アトヒトツズツアンタラカンガエテ」

「そうですね、ぼくは言い寄る求婚者たちでオデュッセウスが敵だと判断した男たちに矢を放つところかな。闘うのは嫌だから尾中に任せるけれど、印象に残るのはそこかなあ。尾中はどこが印象に残っている」

「『オデュッセイア』の最後の第二十三章は求婚者たちが殺されてその補償を求める親戚にオデュッセウスが付きまとわれますがアテーネーが現れて解決することになっていて、オデュッセウスが求婚者たちを成敗してペネロペイアと再会して終わりとなっていません。自分としてはここを盛り上がったところで終わるようにして感動的な物語を完結したいと思うのです。でも今五つあがった物語の場面を谷さんはどのように取り扱うのですか」

「マアソレハソノトキノオタノシミトイウコトデ。ワシガセイサクシタエイガニアンタラガトウジョウシテオオアバレシテクレタラソレデエエンヨ。ダイホンガデキルマデチョビットジカンチョウダイネ」

「親が心配するから、八月はじめから一か月ほど旅行に行くが、連絡が付かないところに行くと前もって言っておこう」

「お土産話を待っているわ」

 三人は連絡先を交換して宇宙人と別れた。

 

慧子は三波と尾中と別れてから一か月以上経過しているのに二人から連絡がないのに不安を感じ始めた。

「後期の授業が始まるのは十月だけれど、九月に入って一週間経つのに連絡がないから心配になって来た。でも宇宙人の谷さんのことを知っているのはわたしだけだし。こんな時に相談に乗ってくれる人なんているはずがないし・・・」

 慧子が困った顔をして河原町界隈を歩いていると「なんでも相談」と表示されたアクリル板を机の上に置いてその向こうに白髪でヤギ髭を伸ばした体格のいいおじさんが丸椅子に座って居眠りしているのを見掛けた。慧子は縋る思いでおじさんに訊いてみた。

「あなたはなんでも相談にのってくださるのですか」

 そのおじさんは丸椅子から落ちそうになるのを踏みとどまると相談者に目を向けた。

「そうさ、巷では手相、占星術、タロットカード、トランプなんかがあるようじゃが、わしはその人を見るだけでどんなことに悩んでいるかがわかって解決方法を提示することができるんじゃ」

 そう言ってその初老の男性が腰に手を当てて胸を張ったので、慧子は頼もしい人だわと思って話を聞いてもらうことにした。

「実はわたしの大学のクラスメイトのことなんですけど・・・連絡が取られなくなったんです」

「行方不明なら警察なんじゃが、それでは解決しないのかな」

「言いにくいんですけど、尋ね人の掲示をしても見つけられないと思います」

「それはどうしてなのかな」

「地球にいないかもしれないんです。連れ去った人は宇宙人なんです」

 初老の男性は最初慌てていたが、一息つくと一言ずつゆっくりと慧子に話した。

「わしはいろんな相談を受けているので、宇宙人についての相談にも乗ったことがある」

 慧子は暗い顔をして俯いていたが、初老の男性の希望を持たせる話を聞いて明るい表情に変わった。

「ど、どんな相談があったのですか。たとえば」

「例えば、宇宙船に乗せてあげるから、一緒に来いと言われたとか」

<谷さんもそんなことを言っていたような気がする>

「何光年とか光の速度でしか遠隔地であることを言い表せない遠くの天体現象を見せてあげようと言われたとか」

<それも天文ファンの二人には甘い誘惑だわ>

「小説の名場面を宇宙で再現しようと言われたとか」

<谷さんは『オデュッセイア』のパロディの台本を自分で作成すると言っていた>

 おじさんが言うことが他人の話と思えないので、慧子は思わず尋ねた。

「例えばどんな小説ですか」

「だいたい日本に来て連れ去る宇宙人は話のネタとして小説を使うみたいで、流行の小説だけでなく西洋文学の名作もよく使われるようだ」

「『オデュッセイア』もですか」

「うーん、それもあったな。よくわかったね」

「行方不明の人も・・・いや、その宇宙人は『オデュッセイア』の愛読者のようなんです」

「そうか、それを聞くとわしの出番のようじゃ」

「あなたはどういう方なんですか」

「わしは京都を中心に活動しとるんじゃが、得意なのは宇宙人による誘拐じゃ」

「そうなのね、でもさっき警察に行くようにと言われたけれど、あなたは警察の方じゃないのですか」

「昔はわしも警察におったんじゃが、警察では解決できない宇宙人が絡んだ事件が起きるようになって、解決できない事件はわしが頭を濡れタオルのようにしぼって自分で解決しようと一念発起したんじゃ」

「会社とか肩書きとかあるんですか」

「女性のパート事務員とわしだけのこじんまりとした会社でこんな感じで目立たないように事件を解決しとる」

「実績があるのですね」

「そう、宇宙人と言ってもやっぱり最後は交渉による解決になる。だいたい宇宙人は地球の大学生と友人になりたいようだ」

「あなたがおっしゃることは信じられないことばかりですが、二人の行方がわからないのであなたにおすがりするしかありません。でもわたしとしては思い付きで声を掛けた人をすぐに信用するのは難しいのです」

「あんたの気持ちはよくわかるから、しばらくどうするか考えるといい。ただ1か月以上宇宙に行ったままなら、二人は宇宙の暮らしもいいなと思っとるかもしれん。手遅れにならないよう、わしへの依頼は早い方がいいと思う」

「わかりました。一日考えさせてください」

「そうだ、わしはいつもここにいるわけではないから、名刺を渡しておこう」

 慧子が渡された名刺を見ると 蛸薬師宇宙生物研究所所長 広小路 宙之助 と書かれてあった。

 

翌日、慧子はお昼過ぎに京都駅から市バスに乗り、堀川蛸薬師のバス停で下車した。

「広小路さんはバス停から二、三分のところにある三階建ての三角形のビルだと言っていたけど・・・ああ、あれだわ」

階段を数段登るとドアがあり、ドアの横に「蛸薬師宇宙生物研究所」の看板が掛けられていた。チャイムを押すと若い女性の事務員が出て来た。

「アポなしで来たんですが、広小路さんに会えるでしょうか」

慧子が心配するまでもなく、女性事務員の後ろから広小路が顔を出した。

「お急ぎのようだったから、今日は外出せずに来るのを待っとったんじゃ」

「昨日は失礼なことを言いましたし、お会いしてもらえないんじゃないかと心配していたんです」

 慧子の感情が高ぶって目頭に涙がにじんでいたので、広小路は、ここは得意のジョークで明るい雰囲気にしようと思って言った。

「失礼なことは言ってないから安心して、何でも言ってくれればいいんだよ。おじさんは若い女性から悩み事を打ち明けられるのが好きだから、好き好き」

 そう言うとそれまでぶすっとしていた若い事務員がすぐに合いの手を入れた。

「あーこりゃこりゃ」

 慧子は広小路のギャグは面白いと思わなかったが、劇団員のようなオーバーアクションでの若い事務員のギャグは面白かったので、ぷっと吹き出した。

「どうやら気分がほぐれたようだね。じゃあ、本題に入ろうか」

 慧子は三角形のビルの部屋の中がどのようになっているか気になったので、すぐに応えずに部屋の中を見回した。狭い土地いっぱいに建てられたビルで部屋も無駄がないように階段以外はほぼ外壁に沿って間取りがされていた。二部屋が壁で仕切られてあって、扉が閉まっていたので奥の部屋は中がどうなっているかわからなかった。手前の部屋はカウンターの向こうに左から応接セット、向かい合ったスチール机、スチール棚が並べてあった。

「その前にその扉の向こうがどうなっているのか気になるんですが・・・すみません」

「いやいや、気にすることはない。もちろん職員用トイレがあって、空いたスペースが三角形なので倉庫として有効活用しとる。まあ、立っていないでソファに掛けたらどうかな」

 なかなか慧子が話さないので、広小路はしびれを切らした。

「二人が行方不明と言っていたが男性かな」

「そうです。どちらも男性で一人は同じクラスです。もう一人はその人の中学校からの友人です」

「これが一番重要なことだが、その宇宙人はどんな外観なのかな」

「わたしたちと同じ体つきで服装も同じでした。関西弁を早口で話していました」

「となるとタイプAの宇宙人ということになる」

「どんなタイプがあるんですか」

「あーそれは、大板さん資料を出してくれないか」

「先生、どの資料ですか」

「ほら、いつも出してもらっている宇宙人のタイプの一覧表のことだよ」

「あのA3サイズに収まらないので、十メートルの巻物になっているものですか」

「そうさ、なにせわしが会った宇宙人は一万三千の種類があるから、それくらいにはなるだろう」

 慧子は広小路がすべての宇宙人を解説するためには一週間はかかると思い、思わず言った。

「広小路さんはたくさんの宇宙人に遭遇されているのですね。でもわたしがしてほしいことは広小路さんが会われた宇宙人の概要の説明ではなくて行方不明のクラスメイトの捜索なんです」

「おー、そうだった。そうやって自分の意志を率直に話してくれる人、わしは好きだなあ、好き好き」

「あーこりゃこりゃ」

 慧子はすぐにドアを開けて帰りたくなったが、広小路の次の一言が慧子を引き留めた。

「君は大船に乗った気持ちでいるといい。わしを頼ってここに来てくれたんだから、二人が帰ることができるよう精一杯頑張るよ。話を続けるが、タイプAの宇宙人というのは珍しい。大概は宇宙人との会話はできない」

「でも、宇宙にはそんなにたくさんの宇宙人がいるのかしら。太陽系では地球にしか生物はいないようだし。大きな倍率の反射望遠鏡や電波望遠鏡でも人間のような生物がいる星が発見されたという話は聞いたことがないわ」

「おっしゃる通りで宇宙人がUFOでやって来たかもしれないというのはよく聞く話だが、宇宙人が生活している星が見つかったというのは聞かん。でもそれは理由があるんだよ」

「どんな理由ですか」

「太陽系には惑星がいくつあるかな」

「水、金、地、火、木、土、天、海で八つですね。冥王星は最近太陽系に入れないんですね」

「その通りじゃ。八つのうちたった一つだけ生物が生息している。太陽つまり恒星に生物がいるわけじゃない。望遠鏡で詳細な観測できるのは強い輝きを放つ恒星に限っている。惑星は恒星の熱や光の恩恵を受けて目立たないように存在している。しかもその大きさは恒星よりずっと小さい。太陽と地球を比較すると百九対一になる。それから太陽の表面温度は六千度なので、生物が存在するのはとても無理だろう」

「わたし、宇宙のことあまりわからないけれど、広小路さんの説明を聞くと惑星に住む宇宙人を望遠鏡で見つけるのは困難ということが何となくわかるわ」

「そうなんじゃ、地球人が高性能の望遠鏡を使って宇宙を観測しても宇宙人を見つけるのは難しい。というのは宇宙人が住んでいる可能性が高い惑星は地球から遠く離れたところにあって小さくて観測することが難しいからじゃ。しかしじゃ、科学技術が発達した星の宇宙人が地球にやって来ることは容易いことで、外国人がたくさん日本に観光でやって来るように、地球のことを調べてこっそりやって来ている宇宙人がたくさんいるんじゃ」

「あーこりゃこりゃ」

 慧子は、合いの手が入ると嘘っぽくなるからやめてほしいと言おうとしたが、広小路は続けた。

「わしはそうしてやって来た宇宙人に数えきれないくらい会って来た」

「何人くらい会われたのですか」

「数えきれないほどと言いたいところじゃが、わしは記録を残していて君のクラスメイトを連れ去った宇宙人を合わせると丁度千人になる。しかし君が言っている特徴からすると前にその宇宙人と会っているかもしれん」

「どんな特徴があるのですか」

「宇宙人は地球人とコミュニケーションを取るために翻訳機を使うのだが、その宇宙人は自分の言葉で話している」

「宇宙人は自分のことを谷さんと呼んでほしいと言っていました」

「わしが会った宇宙人は、谷さんと言っていなかったな。えーと、ここに書いてある。そうだ、お前には教えないと言われたと書いてある」

「宇宙人に嫌われているんじゃないですか」

「そりゃー、人と同様にそりが合わない宇宙人もいるさ」

 慧子はその宇宙人が谷さんだったら交渉が暗礁に乗り上げるのではないかと心配になって来た。

「人と人とのおつき合いでもトラブルは発生する。ましてや心が読めない宇宙人だとなおさらさ。だからわしはそういうのを修復することもたくさんの宇宙人と会うことで学んできた。心配することはない」

「あーこりゃこりゃ」

 

 広小路が、着手は早い方がいい、慧子が宇宙人に接触したことがあるのなら宇宙人を呼び出すことができると言ったので、夕方にもう一度広小路の事務所を訪ねた。女性事務員は帰宅した後だった。

「ああ、丁度よかった。今から谷さんに連絡を取ろうと思っていたところだ」

「女性の方は帰られたんですか」

「うん、午後五時までだからね。彼女はわしにできないことができるから、その時は協力してもらう。じゃあ、そろそろ始めようか」

 広小路は長年愛用されていたと思われる無線機のスイッチを入れると宇宙人と交信できるよう試行錯誤した。

「こういう時に何も話さないわけに行かないから・・・もしもし、あなた元気、わたしはとっても元気よ」

 広小路は一時間続けたが反応がないので、慧子にハンドマイクを手渡した。

「君なら宇宙人と知り合いで良い印象があるだろうから、反応があるかもしれない」

「わかりました。やってみます」

 慧子は広小路から受け取った無線機のハンドマイクに、あーあー、聞こえますかと話し掛けるとすぐに反応があった。

「キコエトルヨー、アンタニシサンヤロ。オゲンキ」

 慧子はすぐに反応があったので驚いてしばらく話ができなかったが、広小路に促されてハンドマイクを強く握って話し始めた。

「わたしは元気にしています。谷さんはご機嫌如何ですか。それと三波さんと尾中さんはどうされていますか」

 宇宙人が、ワシハゲンキと言った後、宇宙人が誰かと小声で話すのが聞こえたが内容はわからなかった。しばらくして三波の声が聞こえた。

「今話しているのは西さんなの」

「そうよ、ずっと連絡がなかったから心配していたのよ」

「ごめん、ごめん。まさか西さんから連絡が入るとは思わなかったよ。谷さんが次々と課題を出すので、尾中もぼくもそれに応えるのがやっとだった」

 慧子は宇宙人が出す課題とは何なのか知りたかったが、先に確認することがあった。

「尾中さんはどうしているの」

「もちろん一緒だよ。今、代わるから」

 尾中が話し始めたが、いつもと変わらないので西は安心した。

「西さんから連絡してもらえるなんて思わなかったよ。心配させてしまったようだね」

「だって、わたしの連絡先を教えたのに一ヶ月以上連絡がないんですもの。事故に遭ったんじゃないかと思ったわ」

「浦島太郎じゃないけれど、宇宙に出ると時間の経過に疎くなる。そちらを出てからどれくらい経ったのかな」

「あれから三十二日経ったわ」

「そうか、するとあと二週間くらいしかここにいることができない。それまでに谷さんから与えられた課題を解決しないといけない」

「三波さんも言っていたけれど、谷さんから出された課題って何なの」

 広小路が慧子に「話を中断して」と書いたメモを見せて、ハンドマイクを手で覆って言った。

「どうやら谷さんというのはわしが知っている宇宙人のようじゃ。さっきの西さんとわしとで態度が違っとることでもわかったよ」

 慧子は安否の確認が出来たので、広小路と対応を話し合ってからもう一度宇宙人と交信した方がよいと考えた。

「もう少し経過を詳しく教えてほしいから二人でまとめておいて、1時間したらもう一度連絡するわ」

 ちょっと待ってと言って、二人は宇宙人と話をしているようだった。

「よし、わかった。じゃあ、連絡を待っているよ」