慧子はハンドマイクを広小路に渡すと説明するのを待った。広小路は数ある案件の中から谷の案件について整理しているようだった。

「広小路さんは谷さんと何度か会われているのですね」

「そうだ、彼との付き合いは長い。彼と初めて会ったのはこの事務所を始めてすぐのことだった」

「どのような出会いだったのですか」

「それよりも彼の誘拐の方法について少し話しておいた方がいいだろう」

「そんなことをする人、いえ、宇宙人には見えないのですが。やっぱり、誘拐なんですね」

「彼は好奇心を持った学生、特に宇宙に興味のある大学生が好きなんだ」

「二人とも中学生の頃から天文ファンだわ」

「彼はしばしば地球にやって来て、天文ファンが集う会場にやって来てめぼしい人を見つける。尾中さんの場合、ジャコビニ流星群観測の集まりで出会ったわけだ」

「でも次に会ったのが三年以上経過したウエスト彗星の観測の時で、しかもこの時は三波さんと一緒だった」

「多分、その時も三波さんとは会っていないだろう。そのあたりは宇宙人に訊いてみないとわからないが、一度会って目星を付けると赤道儀みたいに追尾ができるようだ。きっとその時も尾中さんに会いに来たのだろう」

「天体望遠鏡の赤道儀で星を追いかけるようにしてということですね。広小路さんも天文に詳しいんですか」

「いや、わしは庭いじりの方が好きなんじゃ」

「あのお、素朴な疑問なんですけど、尾中さんと三波さんは帰って来られるんでしょうか」

「わしはいままで千人の宇宙人対応をしておる。大概は無事帰られるよう頑張って来たが、今回の案件のような場合はうまく行かない場合もある。宇宙人たちのねらいは彼らの元で働いてくれる将来有望な大学生を集める、つまりスカウトするのが目的だからだ。宇宙人が目星をつけた学生なんかが宇宙の神秘に魅せられて帰られなくなったりとか、地球の生活に見切りをつけて新天地で生きることを望んだり、宇宙人の人柄が好きになって助手になってしまった大学生もいる」

「二人は帰って来られるんでしょうか」

「可能性は十分あるが、性格による。宇宙への興味が深いほど抜け出せなくなる」

「でも一通り有名な星雲を見れば、満足して地球に帰るんじゃないかしら」

「そうなると宇宙人は目的を達せられない。そこで宇宙人の趣味である文学との紐づけという二つ目の手を使うんじゃ」

「文学と宇宙の現象を結びつけるのですか」

「そうなんじゃ、わしはあまり星や星雲のことは知らんが、昴、馬頭星雲、天の川銀河は小学生の頃に習って一度見てみたいと思った。アンドロメダ星雲、オリオン大星雲、かに星雲、ばら星雲、三裂星雲、干潟星雲、子持ち銀河、ソンブレロ星雲などのメシエ天体の写真とかハッブル宇宙望遠鏡で撮影された天体の画像を見ると天文ファンなら一度は肉眼で間近に見てみたいと思うことだろう。その後は宇宙人の文学との紐付けになるが、例えばギリシア神話がいろんな星座と結びついているようにホメロスからはじまる世界の名作と結びつけて大学生に興味を持たせていく。二人を連れて行った宇宙人はホメロスの『オデュッセイア』に興味を持たせたようだが、恐らく宇宙を舞台にして物語を展開させているのだろう」

「宇宙を舞台にして物語を展開させるというのは想像もつかないのですが、どうやってするのですか」

「恐らく何もない宇宙空間で物語を展開させるのは難しいだろうが、わしが小学校低学年の頃に流行ったようなSFアニメのシーンを見たことがあればある程度、宇宙船、宇宙基地、宇宙ステーションなどの様子が頭の中で描けるようになるから、有名な星雲や星団を背景に宇宙基地などを舞台にして登場人物を配置すればいいわけだ。わしは『オデュッセイア』は梗概を読んだことしかないが、オデュッセウスが足止めされたところは干潟銀河の近くの惑星基地とか設定したら、ポセイドン、キュプロクスなどの登場人物を配置させる。時には三波さんと尾中さん二人のどちらかに役を付けるとかして楽しませる。さあ、次は何をしようと宇宙人が言えば、次はかに星雲を背景にしてオデュッセウスがナウシカーと出会うところをやりたいと二人のどちらかが願えば、宇宙人は二人をどこかの惑星基地に連れて行くだろう。もちろんわれわれと同じ容姿のナウシカー役の宇宙人も登場するはずだ」

「でも毎日そんなことばかりしていて、衣食住とか健康管理とかで心配事は起きないのかしら」

「もちろん地球での生活と同じように朝昼晩の食事も出してくれるし、睡眠も寝心地の良いベッドを用意してくれる。地球で製作された映画は見放題だし、本も読みたい本が読める。そんな幸せな日々を彼らは送っているわけだ」

「そうすると、もう二人は帰って来ないのかしら」

「大学生を誘拐しようとするのは彼らが長期の休暇が取られるからだ。それに大学生なら長期の休暇の間にやむを得ない事情で音信が途絶えても親はあまり心配しない。そこに宇宙人は目を付けた。長期の旅行で連絡できない間にじっくりと勧誘するのだ。家族と一緒に住んでいたら、数日でも家に帰って来ないと大騒ぎになるだろう。宇宙人たちは時間を掛けて宇宙のすばらしい景色を学生に見せて宇宙で彼らと一緒に生活することが魅力的だと思わせることができたら、学生が自分の意志で自分たちのところに来てくれると思っているらしい」

「じゃあ、きっぱりと地球に帰りたいと言えば問題は起こらないんですね」

「そうじゃが、宇宙人の手練手管は巧妙だからね。わしは依頼があって宇宙人との交渉に臨むことにしたが、宇宙人が提供する宇宙の素晴らしい景色に魅せられた何人かの大学生はわしが助けに来たと言っても反応がなかった。せっかく楽しんでいるのに邪魔をするなと言われたこともある。でも今回はあなたがいるから、帰らせることは可能だろう。こちらも芝居仕立てで対抗することができるからね

「おっしゃることがよく分かりませんが、二人を帰って来させることができるなら、わたしは協力を惜しまないわ」

「そうか、それならわしも精一杯頑張ろう。じゃあ、しばらく作戦を練るとしよう。それからこの作戦にはわしところの事務員が必要だ。だから交信は明日まで待ってほしい」

「わかりました」

 

 二人でゆっくり話したいからと宇宙人に席を外してもらうと、三波は話し始めた。

「あまりに次から次へと宇宙のすばらしい風景が展開したので、時が経っているのを忘れてしまった。宇宙船から見る彗星は高層ビルから見る花火大会のようだと馬鹿にしたけど、宇宙船から見た宇宙の風景は地球から見るのとは趣が違うが興味深いものだった。雄大で神秘的で虜になってしまった。それに谷さんは時には望遠鏡で見せてくれたり、立ち位置を地球からと同様にして星雲や星団が変形して違和感が起こらないように配慮してくれた」

「それからさらに興味深かったのは課題と言って谷さんが『オデュッセイア』の場面と星雲や星団と結びつけたことだね。三波さんが小さい頃から興味を持っていた馬頭星雲にある宇宙ステーションに谷さんは連れて行って、『ココハトロイセンソウガオワッタアトカンラクシテアレハテタトロイシガイナンヤ。アンタハココカラペネロペイアガマッテイルイタケーニカエラントイカン。ポイントデハズシテイケナイノハカリュプソーデトラワレノミトナッテイルコト、キュプロクスノキョジンポリュペーモスヲキズツケテシマッテポセイドンガイカルコト、イノチカラガラナンヲノガレテバイエーケスジンノシマニヒョウチャクスルトコロ、バイエーケスジンノオウアルキノオスノムスメナウシカートノデアイガアリオウニショウカイサレルトコロ、オウニキニイラレモテナシヲウケタノチニキコクデキルヨウハイリョサレルトコロ。アルキノオスオウガテハイシタフネデブジコキョウニカエルトコロ。イジョウガオデュッセウスガカツヤクスルバメン。テレマコスハアテーナーノエンジョヲエテネストールオウトアウガ、テレマコスガカツヤクスルノハオデュッセウストノサイカイガアッテカラニナルネ』そう言ってから谷さんは『コノバトウセイウンヲトロイトシテイタケーマデドノヨウニシテカエルカノケイロヲカンガエテミテ』と課題を出したのでぼくは『オデュッセウスについてはカリュプソーでの足止めとキュプロクスの巨人との対決と筏の船の遭難と漂流後のナウシカーとの出会いとアルキノオス王の歓待とイタケーへの帰還の場面が必要だと思います。それからテレマコスについてはアテーナーがテレマコスのためにいろいろ世話を焼くところ、ネストール王、メネラオス王との面会の場面とオデュッセウスとの再会の場面は必要だと思います。その後、オデュッセウスやテレマコスの味方になってペネロペイアに言い寄る求婚者を一緒に退治してくれる召使かどうか選別する場面がありますが、たくさんの人とのやりとりがあるし場所としてはオデュッセウスの私宅内でのことなので宇宙の広大な景色を背景にして演じる必要はないと思います』とぼくが説明すると谷さんは『ホタラタトエバカリュプソーノシーンハウチュウノドコデエンジルノガエエカカンガエテミテ』と問いかけたんだった」

「そうしてカリュプソーはプレアデス星団、キュプロクスが住む島はソンブレロ星雲、オデュッセウスが漂流するのはオリオン大星雲、アルキノオスが治める島の場面はアンドロメダ星雲を背景にするのがいいと思いますと俺が言ったら、谷さんは『ホタライタケーハドコガエエノン』と訊いたんだった。俺は、『太陽系』がいいですと言ったけど、これは宇宙旅行が終わったら地球にすぐに帰られると思ったからなんだ」

「背景の設定が終わると谷さんは『トウジョウジンブツヲダレニスルカカンガエテミテ』とまた課題を出したのだった」

「そういう背景でお芝居をするというのはわかるけど、登場人物を俺たちが考えるとは思わなかった」

「谷さんがストーリーはこちらで考えると言っていたからですね。登場人物は『オデュッセイア』の登場人物だけだと思っていたけど、谷さんは、創作して物語を盛り上げてと言っていました。原作に忠実にしなくてはいけないということがないのだから、自由にやっていいと思うけど・・・」

「それでも、パロディなら作品に対するオマージュ、敬意は必要だろう」

「ドタバタでは駄目なんでしょうね」

「例えば、キュプロクスの国でオデュッセウス一行はポリュペーモスに捕らわれ部下の多くが食膳に供され餌食となるが、オデュッセウスが単眼を焼きつぶして命からがら難を逃れる。ここのところをただ悪ものの巨人から逃れたというだけでは物足りない。ポリュペーモスがポセイドンの息子で神に守られているので目を潰されて一旦は身を引くがそのまま死んでしまうということはなくオデュッセイアにとって手強い相手だ。『イーリアス』にも英雄ヘクトールがいて、この人もアポローンに守られている間は不死身でアキレウスに殺害されるまでは無敵なんだ。オデュッセウス、テレマコスには女神アテーナーが付いていて命も守ってくれる。ヘクトールやアキレウスは最後には神に見放されて殺害されてしまうが、オデュッセウスやテレマコスは女神アテーナーに守られて求婚者たちの攻撃とか危険な目に遭っても難を逃れて引き続き活躍する」

「神様がついていてくれれば無敵なんですね」

「オデュッセウスが無事イタケーにまで帰ることができたのも、イタケーでテレマコスと会えたのも女神アテーナーのお陰と言える。そうすると配役は自然と決まって来るんじゃないかな。俺が仮にオデュッセウスをして、尾中がテレマコスをするなら、女神アテーナーが必要だがこれは谷さん以外にはいないと俺は思う」

「ガイヨウガデキタヨウヤネ」

「俺と谷さんが出会って、カリュプソーを脱出し、キュプロクスの国で一つ目の巨人ポリュペーモスと対決する。嵐に遭って漂流するがアルキノオス王の国に漂着でき、ナウシカーに発見されて王に紹介される。王に気に入られた俺は王が用意した船でイタケーへの帰途に着く。そうだナウシカーとアルキノオス王は登場人物として必要だ。それからペネロペイアも。故郷でテレマコス、もちろん尾中が演じるが、から妻ペネロペイアが求婚者たちに結婚を迫られ家を荒らされていることを聞き、オデュッセウスは味方に付いてくれる召使と共に自分たちに従わない召使たちと求婚者たちを退治する。そうして三人は元の生活に戻り幸せに暮らす。こんなストーリーでどうでしょうか」

「ソウカ、ソウナルト。ペネロペイア、カリュプソーノニンフ、ポリュペーモス、ナウシカー、アルキノオスソレカラキュウコンシャノアンティノオストエウリュマコスガタランネ。カリュプソーノニンフ、ポリュペーモス、エウマイオス、アンティノオストエウリュマコスハチョイヤクヤカラコチラデテハイスルケド、ペネロペイア、ナウシカー、アルキノオスハシットルヒトガエエナ。ワシ、アテーナートアルキノオスヲヤリタイネンケド、ヤッテモエエカ」

そう言って宇宙人は目を光らせた。

 

宇宙人があちらこちらの神秘的な星雲や星団に三波を連れて行ってくれて、宇宙基地を舞台にして演じたので、キュプロクスの国でのポリュペーモスとの対決、カリュプソーからの脱出、ナウシカーとの出会いまで三波は滞りなく演じた。三波、尾中、宇宙人以外は宇宙人の知り合いの宇宙人が演じたが、ポリュペーモスは一つ目の巨人で獰猛に襲い掛かり、カリュプソーのニンフは美しく、ナウシカーは心優しい少女のはずだったがナウシカーの役をする人がいないので女装をした尾中が演じた。そうしてアルキノオスに扮した宇宙人が現れ、アンドロメダ星雲を背景にして、オデュッセウスに扮した三波、ナウシカーに扮した尾中も舞台に現れて劇は進行した。オデュッセウスはナウシカーに良い印象を持たせることができ、ナウシカーは父アルキノオス王に盛大にもてなしてもらうよう進言した。

「お父様、あの方は良い方だからもてなしてあげて、それからせっかくトロイで大活躍したというのに故郷に帰ることができないでいるわ。どうかあの方のために大きな船と熟練した船員を提供して早く故郷イタケーに帰られるようにしてあげて」

「ソンナコトヲイウガ、タダバイエーケスニヒョウチャクシタヒトトイウダケデ、トロイセンソウデカツヤクシタカドウカハワカラン。ソウイットルダケトチャウンカナ」

「それでは次に進めません。『オデュッセイア』ではアルキノオス王がオデュッセウスの人柄に好感を持って無事イタケーに帰られるように船と船員を手配したとあります。ここは娘の言うことを聞いて、オデュッセウスがイタケーに帰れるよう手配をしてください」

「ムスメノオマエガソンナニイイヨルンヤッタラ、コンカイハイウコトヲキイタルケド、コンカイダケヤヨ。ソウイウコトヤカラ、アンタハワシガテハイシタルフネデイタケーニカエッタラエエガナ」

「それではアルキノオス王の許しが出たので、イタケーへと向かいます」

 そうしてオデュッセウス役の三波とアテーナー役の宇宙人が宇宙船に乗り込みイタケーと名付けられた、木星の衛星ガニメデに向うことになった。尾中はテレマコスの扮装に戻りメネラオスとの面会を終えてから、先にガニメデに出発した三波の後を追いかけることになった。ガニメデに向かう宇宙船の中で尾中が宇宙人に、イタケーのシーンが終わったらすぐに地球に帰してくれますかと言うと宇宙人はそれまでの穏やかな表情が消えて黙りこくった。そして席を外したかと思うと、ホナラカッテニシナハレと言って別の宇宙船でガニメデに行ってしまった。尾中は途方に暮れたが、宇宙人がいなくても宇宙船は目的地のガニメデに向っていた。

 

 翌日、事務員が出勤すると、慧子は広小路から依頼されて無線機のハンドマイクを手に取った。

「じゃあ、今から無線を入れてみよう。わしが入れると宇宙人がへそを曲げて通話口に出ないから、西さんから話し掛けてもらえないかな」

「わかりました。でも、何と言ったらいいのかしら」

「心配しないでいい。こういう交渉は事務員が得意だから、彼女に任せよう。西さんは最初ちょっとだけ宇宙人と話してすぐに大板さんと代わるといい」

「わかりました。じゃあ・・・谷さん、谷さん、聞こえますか」

 すぐに反応があったが、慧子は宇宙人の声がいつもと違って冷たく事務的な気がした。

「ナンデスカ。ヨウジガアルンヤッタラ、ハヤクイウテクダサイ」

 慧子はいつもと違う宇宙人の話し方に戸惑い、通信機の通話口を手で塞いで広小路に尋ねた。

「いつもの谷さんと違うわ。何かに怒っているのかしら」

 広小路は微笑みながら返事をした。

「多分、三波さんか尾中さんのどちらかが、イタケーでの芝居が終わったら地球に帰らしてくれと言ったのだろう」

「でも、それは約束通りというか・・・まさか帰らしてくれないなんて二人は思わないでしょう」

「もちろんそうなんだが、宇宙人は彼らを誘拐するのが目的だから、どこかの時点で自分たちが考えていることを伝えなければならない。今までは正体を悟られないで来たが、いよいよそうは行かない状況になったわけだ。いきなりわれわれと一緒に働きませんか。楽しいですよと言っても二人からよい返事はもらえないだろう。そこで楽しませてやった見返りとして仕事をさせる」

「どんな仕事ですか」

「わしは捕らわれの身になったことがないからはっきり言えんが、自分の星で幹部候補としてまず研修をするのだろう。そうしてランク付けされて希望する職種に配置される・・・何か言っているようじゃ」

「ハヤク、ハヤクシテ」

「わたしはこの難しい問題の解決を専門の人に任せることにしました。今から担当の方に代わります」

 慧子は急いで事務員にハンドマイクを託した。

「モシモシ、マタアンタカイナ。エエカゲンニシナハレ」

 事務員が宇宙人と同じように三十三回転のレコードを四十五回転で回したような速さで話し始めたので、慧子は驚きと好奇心が入りまじった眼で事務員を見つめた。

「ソンナンイウタカテ、ワシラハコレデクチニノリシテマンネン」

「ヨワミニツケコンデヒトヲユウカイシテ、エエトオモットルンカ」

「ダイガクセイガキョウミヲモツノヲミセタッテ、ソレデウチニクルンヤッタラ、ワルイコトヲシテイルトハイエントオモウケドナ」

「ナンニシタッテ、ユウカイトイウノハヨクナイ。ヤッタコトヲハンセイシテ、ダイガクセイヲカエシナハレ」

「イヤベー」

 事務員は前と同じ口調に戻って広小路に報告した。

「交渉は決裂しました」

「まあ、お互いの言い分を言い合っただけだから。ここからはわしが頑張ろう」

 広小路は事務員からハンドマイクを受け取ると、わしに任せなさいと言って腰に手をやって胸を張った。しかし宇宙人はお前とは話したくないと言った。

 

 広小路や事務員が直接宇宙人と交渉すると宇宙人が話さなくなるので広小路は慧子に頼らざるを得なくなり面目が丸つぶれだったが、広小路はしたたかだった。

「こういう問題はみんなで一丸になって問題に当たる必要がある。今問題になっているのは、わしが話そうとすると宇宙人がスイッチを切ってしまうという問題だ。これを解決するためには一つの方法しかない」

「どういう方法ですか」

「通信機を介さないで直接宇宙人と話をするということだ」

「ということは谷さんにここに来てもらうということですか」

「いや、わしがそういうことを求めても、イヤベーと言って断るだけだろう。これはあなたに協力してもらえるかどうかが問題になるが、わしら三人で宇宙船に乗り込んで交渉することが必要だとわしは考えとる。今、宇宙船がどこにいるかが問題になるが、地球の近くだと君の不在の期間も短くなる。あなたはご両親と同居していると思うが、どのくらいの期間家を開けることができるだろうか」

慧子は最初の訪問の時に広小路が、今回はあなたがいるから、帰らせることは可能だろう。こちらも芝居仕立てで対抗することができるからねと言っていたことの意味がわかった気がした。

「広小路さんの交渉は相手を目の前にしないとできないのですか」

「要は誘拐されかけている人を取り戻せばいいことなんだが、今の状況での交渉は遠く離れた場所にいる相手と無線機で話すことしかできない。しかもわしが宇宙人とそりが合わないようだから無線機を切られてしまう恐れがある。となるとわしが面と向かって交渉するしかない」

「宇宙船で乗り付けるとかになると思うけど、遠く離れた惑星まで行ける宇宙船なんて地球にはないわ」

「そうさ、わしは科学者ではないから宇宙のことや宇宙船のことは何も知らん。以前、警察にいたことがあるので、誘拐犯の説得はできる。いくつかの事件を解決したが、解決の道具としてはわしの年季の入った交渉術だけだ」

 そう言って広小路は再び胸を張ったが、そんなシンプルなやり方で問題が解決できるのか慧子は心配になった。そこで慧子は大板に実績があるのか尋ねてみた。

「大板さんは谷さんのことをご存じのようだけど、広小路さんが谷さんの宇宙船に入ることができたら三波さんと尾中さんは無事に帰って来られるの」

 今まで周りのことを気にしないで感情を表さないで話していた事務員が慧子の手を強く握って話し始めた。

「解決は可能よ。何度も硬い扉をこじ開けて来たわ。その為にはまず先生が言っていることを信じることよ。懐疑的な目で見つめられたんでは先生もやる気を失ってしまうわ」

「それはそうだけど・・・ところで大板さんは宇宙人なの」

「今は詳しいことは言えないけど、問題が解決したらきちんと説明するわ。その時のお楽しみということで。簡単に言うと、尾中さんと三波さんが宇宙に憧れたようにわたしもしばしばそれまで訪れていた地球が好きになって広小路さんに訊いてみたら、常勤だと地球に引っ越さないといけないから、パートタイムで雇ってあげようと言われたの。わたしの勤務時間が午前九時から午後五時までなのは、仕事が終わるとすぐに生まれた星に帰るからなの」

「そんなに簡単に帰ることができるの」

「地球の人は勤勉で科学的なことを掘り下げて暮らしを豊かにしているけれど、宇宙開発について言えば曙光期じゃないかしら。地球のあらゆるところに宇宙人が出没しているというのに警戒もしなければ、捕まえて話を聞こうともしない。親切で技術開発力がある星から来た宇宙人に頼めば、高性能な宇宙船の作り方を教えてもらえるのに」

「それは宇宙人が大人しくしているというのが前提だと思うけど、人を襲わないという保証はないわ。どちらかと言うとわたしが考える宇宙人のイメージはあまりよくないわ」

無線機を放置したままだったので、宇宙人が怒り出した。

「ヘンジガナイケド、ドナイナットルネン」

「わしが話すと言ったが、お前さんが話したくないと言った。これでは交渉は進められない」

沈黙が続いたので、慧子がハンドマイクを取った。

「すみません、谷さん、わたし、三波さんと尾中さんのことが心配で、心配で。二人と話ができますか」

「ニシサンガイウコトヤッタラナンデモキイテアゲルヨ。ミナミサントカワルネ」

「もしもし、三波さんですか。物語はどこまで進みました」

「オデュッセウスに扮する俺がアルキノオス王とナウシカーに別れを告げて、イタケーに向っているところだ」

「イタケーの場面はどこを背景にするの」

「最後の場面は地球の近くがいいと思って、木星の衛星ガニメデにしたんだ。尾中が、イタケーのシーンが終わったらすぐに地球に帰してくれますかと訊くと谷さんはそれまでの穏やかな表情が消えて黙りこくってしまったんだ」

「きっと、谷さんは三波さんや尾中さんとの別れが辛いのよ」

 慧子は自分たちの計画が宇宙人に露見しないように宇宙人が喜ぶような話をした。

「ソウナンヨ、フタリトワカレタクナイ。アア、サイゴノバメンノトコロニツイタヨ。イマカラテレマコストノサイカイノシーンヲワレワレハエンジルコトニナットルノヨ」

「谷さん、再会からオデュッセウスとテレマコスがペネロペイアの求婚者たちを退治する場面へと移って行きますが、わたしにいい考え、つまりわくわくするような挿話を考えたの。詳しくは直接谷さんに話したいわ。宇宙船に一度乗せてもらいたいと思っていたんで、今からわたしを乗せてもらえるかしら」

「モチロン、エエヨ。ホタラ、ニシサンモノルンヤネ」

「わたしだけでなく、広小路さんと事務員の大板さんも乗せてほしいの。もちろん二人にも役を付けて演じてもらうわ」

「ウーン、ナンカコンタンガアリソウヤケド、フタリハナニヲスルノデスカ」

「大板さんはペネロペイア、広小路さんはオデュッセウスの矢で殺害された求婚者たちの代表エウリュマコスの役をしていただくつもりなの。詳細はわたしから谷さんに直接お話ししたいわ」

「ソウナンヤ、ソコマデカンガエテクレタンヤッタラ、ソクサイヨウシマッセ。ホタラ、ワシ、フタリノダイガクセイ、ニシサン、キライナフタリデダイホンヲツクルコトニシマショウ。ココニクルタメノホウホウハキライナフタリガヨウシットルカラ、オシエテモラッテネ」

 そう明るい声で宇宙人は言って、無線のスイッチを切った。