広小路は慧子が交渉に成功して、三人で宇宙船に乗り込めるようになったことを喜んだ。

「これで解決の糸口がつかめたが、その後どうするか」

広小路は難しい問題について検討する時によくする首を百二十度捻って右腕で頭を支えて天井を見るポーズをしながら顎の無精ひげを左手で抜いていたが、横から事務員が心配そうに言った。

「先生、とても気になることがあるので、先にそれに答えてください。所長と慧子さんは『オデュッセイア』を読んでいて物語の筋が理解できているようですが、残念ながらわたしは読んでいません。ペネロペイアの役をやってくださいと急に言われても困ります」

「わしも梗概を読んどるだけで詳しい内容はしらん。大板さんはペネロペイアでオデュッセウスの妻の役だから傍にいて折に触れて自己主張をすればいいのだが、わしはオデュッセウスの矢で殺害されることになる求婚者たちの代表エウリュマコスの役とのことじゃ。わしも慧子さんからしっかり演技指導してもらう必要がある」

「多分、シナリオは谷さんが既に作っていると思うの。わたしはそれに挿話を挟むだけ。原作にないことだから、谷さんもびっくりするかもしれない。その説明はわたしに任せてもらっていいわ。気になるのはガニメデまでのアクセス、全体の所要時間だけど」

「宇宙人は地球人の眼に着かないように行動する。だから宇宙船が迎えに来るのは原則夜中だ。ガニメデまでだと数時間かな。宇宙船の中で何を話し合ってその後何をするかだが、一週間で解決すれば二人は問題なく後期の最初の授業を受けられるだろう」

 それを聞いて、慧子は少し慌てた。

「このことは両親の許可を得ますが、一週間は長いです。三、四日くらいならなんとかなると思うけど」

「まあ、君の希望はわかったから、具体的にどうするか決めて行こう。挿話の内容も詳しく教えておいてほしい。それで二人が救えるように考えないとね」

 

 慧子は広小路等とその後夜遅くまで打ち合わせを行った。翌日の午後十一時三十分に集合して二条城の駐車場で宇宙船を待つことになった。

「先生、宇宙人Aとはアポが取れましたが、慧子さんはどうなったでしょう。午前零時までに来られるかしら」

「慧子さんはご両親を説得しないといけないしシナリオを完成させないといけないと言っていたから。それに四、五日で済むとしても手ぶらで行くわけには行かない。宇宙船は地球人が快適に過ごせるように設備は充実しているが、普段の生活と大違いだから戸惑うこともあるだろうなあ・・・やあ、ごくろうさん」

「こんばんは、よろしくお願いします」

「ご両親のご了解は得られたのかな」

「一生のお願いというのを今まで使わなかったので、そう言ってしぶしぶの了解を得ました。一週間過ぎたら、警察に依頼すると言っていましたが」

「まあ、それまでに帰って来られれば問題は起こらないわけだ。おや、何か持っているの」

「先生、慧子さんが持っているのは台本だと思います」

 慧子は微笑んで北大路と大板に台本を一部ずつ渡した。

「宇宙船に乗ってしまったら、計画がすべて知られてしまいます。多分、あと十五分程はやって来ないと思いますので、おおよその挿話の内容を伝えておきたいと思います。ポイントを押さえていれば、端折ったり肉付けしてもらうのは自由です。とにかく三波さんと尾中さんが帰って来られるよう三人で頑張りましょう」

「わかった。じゃあ、読ませてもらうが、けっこうボリュームがあるなあ」

三人は宇宙船の飛来を気にしながら、台本に集中した。

 

 十分して慧子は広小路と大板に言った。

「台本の内容をいちいち確認していたら三十分はかかるから、今から説明することはおおまかな内容です。台本に沿ってなら自由に変えてもらってもいいわ。重要なことは二人が谷さんの言いなりにならないようにすること。そのためいくつかの作戦を考えたの」

「で、最初は何かしら」

「わたしたちが三波さんと尾中さんのところに行くのも谷さんの世話にならないと行けない。つまり谷さんが納得しないと話が進まず、二人が帰って来る見込みがない。納得させるためには、まず『オデュッセイア』のパロディを楽しいものにしないといけないわ」

「それで、西さんが考えた挿話を入れたわけだね」

「そう、これを谷さんに頼んで台本を作り直してもらうわけだけど、大切なのはアテーネーは女神だから谷さんじゃなくてわたしがする方がいい、わたしが適役と言って代わってもらうことなの。そうして最後の場面の主な配役を言うと、オデュッセウスが三波さん、テレマコスが尾中さん、ペネロペイアは大板さんが演じ、求婚者のエウリュマコスは広小路さん、求婚者のアンティノオスは谷さんとなります」

「わたしと宇宙人が求婚者か。呉越同舟のようだな。宇宙人が文句を言わないのかな」

「谷さんは学生がやる気を失うようなことを言わないと思うわ。アンティノオスの役を引き受けたら、その役を演じながら誘拐の機会を狙うはずよ。アンティノオスはオデュッセウスとテレマコスの敵でエウリュマコスと同様にペネロペイアの求婚者なの。エウリュマコス役も演じてもらう広小路さんはオデュッセウスの矢に打たれて殺害されたらすぐにエウリュマコスから早変わりしてオデュッセウスとテレマコスの味方になる。わたしはいわば全能の力を与えられているアテーナーの力を活用して難局を乗り越えるという内容の充実した物語で谷さんに高い評価をしてもらい、わたしと楽しい時間を過ごしたことはいい思い出にしてもらって地球で引き続き頑張ってねと言わせることが大切なの・・・宇宙船がやって来たようね」

 前に学生会館の屋上で見た宇宙船が二条城の駐車場に降りてきて人影が見えたが、三人を誘導しただけだった。宇宙船の中はがらんとしていて操縦席の入口の向こうで話す声が聞こえたが、それもすぐに聞こえなくなった。窓から見える宇宙の景色を楽しんでいると木星の姿がだんだん大きくなって来た。ガリレオ衛星も肉眼で見られるようになり、ガニメデは月と見た目が変わらないなぁと慧子は思った。

「もうすぐガニメデの宇宙基地に着いて谷さんと話すんだけど、まずは持参した台本を見てもらうわ」

「アテーネーの役が西さんで自分が求婚者アンティノオスの役で、しかももう一人の求婚者エウリュマコスがわしだとわかったら怒り出すんじゃないかな」

「それは想定しているわ。だから何とか演じてもらえるようにわたしが説得します。そうして演劇が始まったら、台本どおりに進行させて。オデュッセウスがイタケーに戻ってからしばらくは物乞いの恰好をして自分の味方になってくれる召使と求婚者についている召使を選別していく。一番信頼している豚飼いの召使のエウマイオスをまず味方につけてやがてテレマコスに正体を明かします。そうしてペネロペイアが弓矢の競技会で優勝した人と結婚するという話をするとオデュッセウスが名乗り出て、みごと標的を射抜いた後に求婚者アンティノオスに矢を放ったと『オデュッセイア』ではなっているの。この辺りの物語の流れから余り外れないようにするべきだけれど、このシーンに手を入れて楽しめるものにする方が大事だわ」

「わしらは何をしたらいいのかな」

「台本通りに演じてもらえばいいわ。谷さんが何か言ったら、わたしが説明するわ」

 

 宇宙船が着くと宇宙人が迎えたが、今までと違って言質を取られないように必要なことだけを話した。

「ニシサンガモノガタリヲオモシロクスルタメニカンガエテクレタンヤネ」

「ええ、谷さんに気に入ってもらえると嬉しいけど」

「ダイホンガアルンヤッタラヨムヨ」

「あら、台本は谷さんが作るものでわたしはアイデアを与えるだけ。だから今から口頭で説明するわ。ここはどうしても譲れないという配役やシーンがあるから、谷さんのご意向に沿わないこともあるから谷さんの妥協も必要だわ」

「ワシハミナミサン、オナカサン、ニシサンノキボウドオリニシテキタツモリナンヨ。アンタラノイケンハソンチョウスルヨ」

「じゃあ、物語の終盤のところもわたしの希望を叶えてほしいわ。配役を変えることと今までにないお話をつけ加えることを」

「『オデュッセイア』ノサクシャニタイシテソンケイノキモチガアッタラモンダイハオコランヨ」

「そうですね、その点は十分気を付けることにします」

「ホタラ、セツメイシテ。ドコカラハジメルノン」

「その前に配役について、変更をお願いしたいのですが」

「イウテミテ」

「オデュッセウスは三波さん、テレマコスは尾中さんで他の登場人物は谷さんの劇団の人が演じて来たみたいですが、この後ペネロペイアはこちらの大板さんが演じます」

 宇宙人は広小路の顔を穴が開くほど凝視して言った。

「オマエハコイツノブカヤナ」

 大板は落ち着いた口調で宇宙人の怒りを受け流すように言った。

「こいつだなんて、この方は広小路さんと言うのよ。わたしは大板よ」

「お願いだから、けんかはしないで。わたしたちは仲良くお芝居をするんでしょう、谷さん」

「ソウヤケド・・・セツメイヲツヅケテモラッテエエヨ」

「アテーナーは今まで谷さんが演じていましたが、女神なのでわたしが演じます」

「ソリャ、コマルワ。アテーナーハナンデモデキテオデュッセウスノミカタナンヤカラ、ワシガオモウヨウニデキナクナルオソレガアルカラネ」

「わたしでいいですか、谷さん」

「イヤ、ソレハコマルネン。ワシハアテーナーガシタイネン」

「谷さんには別のいい役を演じてもらうわ」

「ゼウストカポセイドントカカナ」

「いいえ、ポセイドンが登場するのはポリュペーモスがオデュッセウスに目を負傷させられたすぐ後だからもう終わってしまったわ。ゼウスは神々の会議で王として威厳のある行動をするけれど『オデュッセイア』ではあまり活躍の場はないわ」

「ソシタラ、オデュッセウスガイタケーニカエッテキテセワシタチュウジツナメシツカイノエウマイオスカ。エウマイオスヤッタラオデュッセウストハナスキカイガオオイカラネ。ソレデモエエヨ」

「いいえ、エウマイオスは広小路さんにお願いするわ。それから広小路さんにはもう一つ役があるの」

「ヒロコージハホカニナニヤルノン」

「ペネロペイアを苦しめる求婚者エウリュマコスを演じてもらうわ。そうしてもう一人求婚者アンティノオス役が必要だけど、この役を谷さんに演じてほしいの」

「ヒロコージトオナジキュウコンシャノヤクナンカデキルカ。ヒロコージハオデュッセウスノヤデコロサレテカラエウマイオスノヤクヲスルカラエエケド、ワシハオデュッセウスノヤデヤラレテオワリヤロ」

「安心して、そこは。『オデュッセイア』第二十四章で出て来るアンティノオスの父親のエウペイテースも谷さんに演じてもらうから、彼は亡くなった求婚者たちの家族を扇動してオデュッセウスとテレマコスを苦しめるわ。そうしてそこにアテーネーが現れて、みんなが納得する解決をするわけ」

「ナットクデケンナア。ニシサンハジブンデソウサクシタハナシヲハサムトイットッタケド、ソレハドンナンナノ」

「わたしは幼い時からギリシア神話を楽しんで来ました。いろいろな英雄が出て来たりアフロディーテやヘレネのような美しい女神もたくさん出て来る。そういう物語を楽しんで来たけれど、どうしても好きになれない話もあるの。特にペネロペイアが弓矢の腕自慢を募って、オデュッセウスが名乗り出て的に当てた後、自分の意に沿わない求婚者たちをテレマコスと一緒に弓矢と剣や槍で全滅させるところがあるけどわたしはこの場面があまり好きじゃないわ」

「ワシハスカットスルケドナア」

「だって予告も何もなしに丸腰の人を矢で射たり後ろから背中の真ん中に槍を突き刺したりして殺害するんだから、わたしは後味が悪いわ。求婚者の親戚たちが補償を要求するのもきっとそのせいだわ。それからオデュッセウスと一緒にイタケーに向かう乗組員がキュプロクスの国でポリュペーモスに食べられてしまうところも」

「デモポリュペーモスハオデュッセウスニメヲヤラレル。ココノトコロモブカノカタキウチトオモウカラワシハスカットスルンヤケドナ。ザンコクナトコロヲカットスルッテイウケド、ウメアワセヲニシサンハドウスルツモリナンヤ。ショウシャヲキメルタメニウタガッセンデモスルンカイナ」

「それも面白いかもしれないけど、わたしの創作はその決着の付け方を剣の力ではなく谷さんの劇かわたしの劇のどちらが優れているかで決めるの。今まで時間が気になって十分に演じられなかった『オデュッセイア』の場面を挿話のところで演じるの」

「デモ、オデュッセウスガハナッタヤデワシガタオレルシヒロコージハカンゾウヲヤデササレテタオレルントチャウン」

「ふたりとも原作と同様、オデュッセウスの矢に倒れるけど、倒れてすぐにアンティノオスの父親が登場して、こんなことは納得できないと言うの。原作ではゼウスから権限を与えられたアテーネーが無事解決に導くけどわたしの挿話はアテーネーが解決するのではなくオデュッセウスとテレマコスがアンティノオスの父親の話を聞いて、演劇で決着を着けようというわけ。オデュッセウス・チームとアンティノオス・チームに分かれて。オデュッセウス・チームは、三波さん、尾中さん、広小路さん、大板さん、それとわたし、アンティノオス・チームは谷さんそれから穴埋めをしてくれる劇団員のみなさんが演じる。それぞれが演じて負けた方は勝った方に従う。手短に言うとオデュッセウス・チームが勝ったら、わたしたちはみんな無事地球に帰られることになる」

「ソウハサセン。ソレデカチマケハドウシテキメルノン。コウヘイナハンダンガデキルヒトオルンカイナ」

 それまで静かで目立たなかった大板が広小路の前に出て来て言った。

「お父さんに判断してもらうわ。それなら文句はないでしょ」

「ウーン、アンタノオトウサンハウチュウデイチバンエライカラネ。シタガウシカナイネ」

 三波、尾中、慧子は宇宙人が悔しそうにしていることがよく分からないので、広小路に説明を求めた。

「いつも服装が地味だが、大板君は宇宙のプリンセスと言ってもいい人だ」

「お父さんは宇宙で一番偉いんですか」

「そう、だから今のように、どの宇宙人も王が言ったことに従うんだ」

「わたしたちの提案について谷さんはどう考えるの」

「ソラ、シャアナイントチャウ。デモウチュウノハテカラクルノニジカンカカルントチャウン」

「そうね、一日はかかるわ。だからお父さんが来るまで、台本の内容を練ればいいと思うわ。西さん、そう言うことだから、じっくり内容を検討すればいいわ。あなたも自分の劇の台本は自分で考えてね」

「ワカッタケド、ジュウフクシタラアカンカラオオヨソノアラスジヲオタガイシットクホウガエエントチャウ」

「そうね、まずわたしから説明させていただくわ」

 

 西慧子が創作した挿話のあらすじ

 オデュッセウスはアンティノオスとエウリュマコスを矢で射て命を奪う。アンティノオスの父親エウペイテースは息子が予告なしにオデュッセウスに弓矢で殺されたことを理不尽に感じてアテーネーに訴える。息子にも家族があるのに突然命が奪われるのは納得できないとの訴えに、アテーネーはオデュッセウスの肩を持ち続けてきたが時にはオデュッセウスに試練が必要と考える。オデュッセウス・チームとアンティノオス・チームに分かれて、それぞれ劇を上演してゼウスが優劣を判断する(ゼウスは宇宙で一番偉い王が演じる)。オデュッセウス・チームが勝てば原作通りアテーネーがオデュッセウスとオデュッセウスに殺害された求婚者たちの亡霊及び求婚者たちの親戚との仲裁を引き受けオデュッセウスとペネロペイアは昔のようにイタケーで平穏に暮らすことになり物語は終わる。ただしアンティノオス・チームが勝てば、アンティノオスが復活してペネロペイアと結婚しオデュッセウスとテレマコスはイタケーから出て行く。

 

オデュッセウス・チームの劇はナウシカーとオデュッセウスとの出会い、ナウシカーの父親アルキノオス王がオデュッセウスをもてなす、オデュッセウスの出航、王の見送り、イタケーへの帰還 これらの感動的なシーンを繋ぎ合わせる

配役 オデュッセウス:三波 アテーネー:西 アルキノオス王:尾中 ナウシカー:大板 ナウシカーの付き人:広小路

アンティノオス・チームの劇はオデュッセウスがカリュプソーを出発してから次々と襲い掛かる苦難、多くの苦難をやり過ごしたオデュッセウスはナウシカーと出会う 冒険に富んだシーンを繋ぎ合わせる

配役 オデュッセウス:劇団員A カリュプソーのニンフ:劇団員B ポセイドン:谷 ポリュペーモス:劇団員C ナウシカー:劇団員D

 

 慧子が挿話について説明すると宇宙人は穏やかな口調で挿話の作者に取り入ろうとした。

「ナンデ、ワシニオデュッセウスヲヤラセテクレヘンノ。『オデュッセイア』ノナカデポセイドンハムスコノポリュペーモスガメヲツブサレテオコッテオデュッセウスヲクルシメルクライデメダタン。ホカノシーンニカエテホシイワ」

「わたしは谷さんが演じるところは重要な印象に残る場面だと思うの。アテーネーが神々に働きかけたおかげで長い間拘束されていたオデュッセウスが自由になって出航し、いろんな苦難を経てバイアーケスに漂着しナウシカーと出会えたおかげで故郷イタケーに帰られることになる。オデュッセウスが大変な苦労をして難を逃れてナウシカーと出会うところまでは『オデュッセイア』の大事な場面だわ」。

 

 慧子が宇宙人の考えた台本を百八十度転換して三波と尾中が帰還できるような展開に変えたが、宇宙人はそれでは自分の目的が達成できないと考えた。翌日の演劇の本番に備えて皆が眠りについた時に三波と尾中を誘い出して宇宙船に乗り込ませて出発しようと考えた。

<ニシサンガカンガエタストーリーヤッタラ、イチバンエライアテーナーガトリシキッテ、オデュッセイア・チームガカツヨウニスルニキマッテル。フタリヲツレサルコトガデキナイ。セッカクケイカクシタコトガミズノアワニナル。オウサマガクルマエニヌケダシテ、ドナイシタラエエカヲカンガエヨウ>

 物音がしたので、宇宙人が振り返ると慧子が立っていた。

「谷さんはわたしが考えた挿話を気に入っていないようだけどどのあたりが気になるのかな」

 慧子は宇宙人の本音を洗いざらい言ってもらえるよう穏やかに会話を始めた。

「サイショノダイホンデハ『オデュッセイア』ノストーリーニソッテモノガタリヲテンカイサセナガラシンピテキナウチュウノケシキヲミセテ、コノスバラシイナガメヲイッショウソバデナガメタイトオモワセルモンヤッタ」

「そうすれば三波さんと尾中さんは谷さんにずっとついて行くと考えたの」

「ソウヤ、イチドソノキニナッテクレレバ、イチドハートヲツカンダラ、コッチノモンヤ。3Dデゴクサイシキノウチュウノケシキハノウリニヤケツイテワスレラレナクナルカラネ。シャシンデミルノトオオチガイデミタヒトノココロヲワシヅカミニシテソノミリョクノトリコニサセル。ウツクシイジョセイヲスキニナッタヨウニ」

「それで二人はなかなか帰られなくなったのかしら。でもその宇宙の美しい景色を見終えたら、二人は帰って来るんじゃなかったの」

「ミオエルコトナンテトテモデキナイ。チキュウカラミタアンドロメダセイウンヤバトウセイウンヤオリオンダイセイウンヨリモットオオキクテウツクシイセイウンガカゾエキレナイクライアル。キミタチガイママデニミタノハサワリニスギナイトイエバモウチョットミタクナルンヤ」

「でも学生生活と秤に掛ければ、どちらが大切かがわかって早く地球に帰らないといけないと思うんじゃないかしら」

「ソラ、ウチュウノスバラシイケシキダケヤッタラアキガクルカモシランガ、イチリュウホテルノヨウナショクジガマイニチデテクルシチキュウジンガタノシンデイルモノヲココデテイキョウシテイル」

「退屈することがないのね」

「ソウ、ソウシテタノシイモノヲコレデモカトミセテカンユウヲオコナウ。ダイタイ一カゲツカンウチュウノケシキヲタンノウシタラ、ソノミリョクカラノガレナクナリ、チキュウデハコウイウスバラシイケシキハミラレナイヨトイエバ、ソンナコトハカンガエラレナイカラズットウチュウニイサセテクダサイトタノンデキヨル」

「星雲、宇宙の美しい景色に魅せられた人たちはどうなるの」

「モチロンカレラガノゾムコトヲカナエル。タダイチドウチュウセンニノッタヒトハチキュウニカエサン。ワシラノコトガシラレタラシゴトガシニククナルカラネ」

「仕事って地球の人を連れ去ることが谷さんの仕事なの」

「ホンニンノドウイヲエルガ、カゾクノダレモドウナッタカワカラン。ヒロコージヤオオイタガヤットルノハワシノシゴトヲボウガイスルコトヤ」

「三波さんや尾中さんは谷さんからのお誘いにイエスと言ったの」

「イマノトコロハエエヘンジヲモラットランケド、モウチョットシタライエストイウヤロ。ソノクライウチュウノケシキハウツクシクテヒトヲカンドウサセルモンナンヤ」

「連れ去られた人たちはどうなるの。もう地球には帰って来られないの」

「チキュウノアチコチデイロンナクニノヒトガハタライテイルヨウニウチュウデモアチコチデイロンナホシカラキタヒトガコキョウノホシイガイデハタライトル。ソウイウウチュウノコウリュウニツイテゼンゼンシランノハチキュウジンクライヤ」

「三波さんや尾中さんのような体験した人が谷さんのように宇宙船でやって来て宇宙旅行をさせてあげるから一緒に働こうと勧誘されたという話をしないのかしら」

「モチロンジブンデタイケンシタヒトガチキュウニカエッテタイケンダンヲハナスコトハアルガ、ソレハタイシタコトデハナイ」

「勧誘して連れ去る宇宙人がいるとなったら警察とかが黙っていないんじゃないの。捜査願いが出たりして新聞、テレビ、ラジオで報道されるだろうし」

「ワシノフネニノッタケド、カエリタイトイウヒトモイクラカオッタ。ソウイウヒトニハタイケンシタコトヲイワンヨウニチカワセテモトノセイカツニモドスケド、ナカニハタイケンシタコトヲマスコミニハナシタリスルヒトモオル」

「最近はそういう番組がなくなったけど、昔はUFO、宇宙人、異次元、超常現象を取り扱ったテレビ番組があったわね。でも最近は全然見ないわね」

「ソレハオソラクアキッポイチキュウノヒトガカクシンヲツカンデイナイカラナンヨ。ワシラハヒツヨウガアレバトクテイノヒトヲツイビスルコトガデキル。オナカサンガソウヤネンケド、ウチュウセンニノッタヒトハソノゴズットツイビサレル。チキュウニカエッテカラタイケンシタコトヲハナスヒトモオルケド、オオサワギニナルコトハナイ」

「それはどうしてなの」

「タイケンシタコトヲハナシタヒトニワシラハニドトチカヅカンコトニシテイルカラヤ。ソウスルトソノヒトガハナシタコトニシンピョウセイガナクナリ、ウチュウセンニノッタトイウジョウホウハウタガワレテヤガテワスレラレル。ノッタホンニンモアレハユメダッタンヤナイカトオモウヨウニナル」

 慧子は今から数年前の中学生だった頃に超能力、超常現象、宇宙人、未確認飛行物体について取り上げる番組がゴールデンタイムのテレビでしばしば放映されたが、最近はそんな番組が放映されることはなくなった。これは視聴者が飽きて来たというのがあるのかもしれないが、もしかしたら宇宙人がしっぽをつかまえられないように慎重に行動するようになったため映像などの証拠が出て来なくなったので面白い番組がつくれなくなったという理由があるのかもしれないと思った。

「ダカラアンタラノホシノヒトガタマニマスメディアデトリアゲラレテモワシラハビクトモシナイノヨ。ソウシテマタキボウシャガアレバワシラトイッショニハタライテモラウ。モウスコシシタラ、ミナミサントオナカサンモワシラトイッショニハタラクコトニナル」

「谷さんがそう考えているんだったら、今から無理矢理二人を連れ去るのはやめてほしいわ。明日、二つの劇が終わって結果を発表するまではわたしの提案に従ってほしいの」

 宇宙人は、ソンナコトヲイウテモアンタタチノオモウトオリニハナランヨと言って自分の塒に戻っていった。

 

 慧子が宇宙人に説明をしている頃に広小路と大板は宇宙基地の中を見て回っていた。

「わしは仕事でいくつかの宇宙船の内部を見ているが、いつも地球のSF映画なんかと全然違うので驚いてしまう。中には動力がどこにもないような宇宙船があっと驚く速さで宇宙空間を移動するのだから。でも谷さんとみんなから呼ばれている宇宙人が乗っている宇宙船はわしが想像して来た宇宙船に近い形だ。でもわしには使い方がさっぱりわからん」

「宙ちゃんは宇宙の知識も宇宙船の知識もないのによくやるなぁとわたしはいつも感心するのよ。宙ちゃんは刑事になってしばらくして宇宙人がかかわっている誘拐事件があることに気付いたけど、誰も、宇宙人は存在しない、そんなことはありえないと言って相手にしなかった」

「わしは誰も相手にしてくれないんで仕事に身が入らんかった。と言っても宇宙人がらみでない事件ではそこそこ成果を上げとった。君と会うのは警察を辞めて自分の力だけで宇宙人に誘拐された人の捜索を始めてだいぶ経ってからだが、君と会って地味な宇宙人の存在を知ったんだ」

「宙ちゃんと知り合ったのは占いがきっかけだった。それがなかったら、会うことはなかったでしょう」

「わしは十年間刑事をして宇宙人相手の仕事に専念しようと考えて警察をやめた。退路を断ってその仕事に専念するつもりだったが、宇宙人に誘拐された人の家族や友人からどのようにして依頼を受けるかが問題だった。まさか新聞広告を出すわけに行かないし駅前でビラ配りをするわけに行かなかった。そこで考えついたのが、繁華街の片隅で易者のように小さな机にテーブルクロスを掛けて両脇に丸椅子を置くというコーナーを設けてそこで宇宙人と出会った人の話を聞くことにした。最初はやり方がわからんから、誰とも話さないで一日が過ぎて行ったが、一か月もすると日に二、三人の人が相談に来るようになった。「なんでも相談」という表示が有効だったようだ。そうして三年前にそこで大板君と知り合ったのだった」

「わたしはこの星が好きでしばしばやって来たけど、一番困るのが宇宙船を停泊できないこと。いつもわたしの世話をしている部下に送迎を頼んでいるの。どういう理由があるのかわからないけど、この星では宇宙人は空気みたいな存在で交流どころかその存在自体認められていないの。宇宙人にはやさしいのも狂暴なのもいろいろあるから慎重にならざるを得ないのだろうけれど、交流が始まれば地球人よりずっと進化している宇宙人からの科学技術の提供もあって飛躍的に科学技術の発展が望めるんだろうけれど、それをしようとしない。宇宙の一般常識では宇宙船を使って遠く離れた星と星の間を高速移動するのはそれほど難しいものではないけれど、この星ではまだまだみたい。他の星との交流を始めないのは何かわけがあるのかしら」

「それは君が初めてわしの前に座った時の会話を思い出すとわかることだ。君はにっこり微笑んで、相談に乗ってほしいと言った。わしが何の相談かなと尋ねると君は、東京と京都と福岡の名所を三日で回ることができるかと尋ねた。移動の時間を取るとほとんど時間がなくなるということを考えないのは新幹線や飛行機に頼らないで瞬時に移動できるからと考えた。それで、あなたはもしかしたら宇宙人といったら、君は、なんでわかったのと言ったんだった。それにしても遠く離れたところからやって来て君の送迎だけでなくこっそり地球内での移動をしている宇宙船が三畳間程の大きさしかないんだから驚くよ。とにかくわしらが普通と思っとることは君たちが考える一般常識とかけ離れている。それを必要なところだけ緩やかに導入するのなら問題は起きないだろうが、急激に導入するとなると今まで大切にしてきたことが大型のローラーで押しつぶされたようになり、今まで考えもしなかったようなことが発生する。そうしてそれは必ずしも人類にとって喜ばしいことになるとは限らない。例えば高速で宇宙のあちこちに移動できたとしても目的が伴わなければ必要でない技術と言えるだろう。君たちの発達した科学技術を使えば、誰にも負けない大きな力や誰よりも優れた頭脳というのも簡単に手に入れられるのかもしれないが、それを手に入れたからと言って、必ずしも幸福になれないような気がする。わしなんか負け癖がついているから、勝負に負けて、また負けてしまったという時は快感を伴うことさえある」

「まあ、負けるのが気持ちいいの」

「それもあるし、負けが続いた後に勝った時の喜びがより大きくなるというのがある。技術が進歩したお陰でいつも勝っているばかりで負けがないとなると日々の生活にメリハリがなくなりつまらなくなるんじゃないのかな」

「まあ、いろいろな考えがあるものね。わたしは断然ずっと勝ち続けて豊かな生活を続ける方がいいわ」

「ずっと王女でいたんだから、そう思うのも無理ない。でも大板君は地球に何年もいるんだから、いつも豊かだったわけではないんだろう」

「わたしは勤務が終わったら部下が飛行船で迎えに来てくれる。そうして遠く離れた故郷の星に帰り次の朝は出勤するという生活を続けているからこの星の人の生活について考えたことはないの」

「昼食はどうしているの」

「お弁当にしたいけど。外食もしたいし」

「地球の食べ物は口に合うのかな」

「特に問題はないわ。それは日本人が東南アジアの珍しい食べ物を食べるのとあまり変わらないわ。文化でも政治でも要はその人が大らかに受け入れる態度で臨むか、嫌な顔をして腰を引いて望むかで変わるんだと思うわ。わたしはいつも前者よ。そうして喜びを得ている」

「大板君のような宇宙人ばかりが地球に来れば何も問題は起こらない。地球での体験を故郷で発表したりわずかに持って帰った地球土産をみんなと分け合ったりするくらいだ」

「谷さんみたいな人が現れたのはつい最近のことだわ。宇宙を舞台に活躍してくれる人のスカウトは本人の同意さえあればOKとなっているけれど、家族や友人が心配するからわたしはしない方がいいと思う」

「ところで大板君は宇宙で一番偉い王様の娘となっているが、宇宙で一番偉いというのは誰が決めたのかな」

「娘のわたしが言うのは気恥ずかしいけれど、人望があるからみんなから推挙された。ただ宇宙の王は一代限りだから、わたしの弟が王を引き継ぐということは九十九パーセントないわ。王の任期は終身で生きている間はみんなから慕われるし大きなお城に住んで一生困ることはないわ」

「それだったら、わざわざ地球に出稼ぎに来る必要もないだろうに」

「わたし、別に経済的に困っているわけではありません。地球が好きでいろんなところに行っていろんな体験をしたい。今、広小路さんのところで昼間働いているけど、生活に慣れて一人で生きて行けると思ったら、あちこち旅をしたいと思っているの。ところで今回の事件はこれからどう展開していくかわからないけど、谷さんと名乗る宇宙人は知能犯だから油断できないわ」

「知能犯というが、谷さんと名乗る宇宙人がやっていることは犯罪なのかな」

「今のところ、西さんの提案を受け入れているからわたしたちは手出しができないけれど、谷さんは今まで何回か地球人を誘拐したことがあるかもしれない。話が長くなるから詳しいことは話さないけど、宇宙で働きたいと希望した人を受け入れるところはいくらでもあるわ。そうして有能と認められれば快適な生活が保障される。でも認められなければ・・・」

「それは地球でも同じだ。本人が希望したのなら仕方がないと思うが、本人にとって良くないことになるのかな」

「広小路さんは宇宙を舞台に働くことを願い出れば一生困らないように手配してくれると考えているみたいだけど、定期的に審査があってレベルに達していないと先のことが怪しくなってくるの。何回かそういうことがあると宇宙のほとんど人がいないようなところで働くことになるの。衣食住は保障されるけど一か月に一度しか話さないような生活になるの。宇宙では地球のような発展途上ということはないから、健康は保障されている。だからほとんど何も起こらないところで寿命が尽きるまで生活することになるの」

「それを知ったら、三波さんも尾中さんも地球に帰るのを選ぶと思うが」

「彼らは今のところ、素晴らしい景色を見て、おいしい食事を取って、欲しいものはなんでも手に入れている。理想の生活をしているから、それを続けたいとだけ思っているわ。それができなくなって地球に帰ることがいいなんて考えられないと思う。今、どっちを選ぶのかと尋ねると、このままがいいと言うと思うわ」

「そうすると、二人が納得しないまま地球に連れて帰ったとしてもまた宇宙に行きたいと言い出すかもしれないね。今は西さんが考えた救出劇に我々も参加して、五人で頑張ってここを脱出して無事地球に帰れるようにあれこれやってみるしかないわけだ」

「そう、でもわたしのお父さんは結構頑張ってくれるから、六人で地球に帰れるように頑張りましょう」