オデュッセウスはバイエーケス人の島を目指したが、出向して十八日目にポセイドンから波をわき立たせるなどの妨害を受けたため女神アテーネーは風の通い道を閉ざすなどして航海に支障が出ないようにした。オデュッセウスは二日二夜の間波の上に身を任せてさまよいつづけ今にも破滅におちいりそうな気持がしたが、この時もアテーネーがオデュッセウスを助けて溺れないようにして、三日目に暁の女神が明け渡らせて凪が訪れた。オデュッセウスはなんとか上陸することができ、森の中にもぐりこんだ。疲労困憊していたので、落葉をかき集めて寝床を造り、身を横たえて落葉を注ぎかけた。アテーネーはオデュッセウスの目の上に眠りを注ぎかけた。
「お膝にすがってお願いいたします。あなたは女神ですか、人間ですか。ゼウス様の娘のアルテミス様にお姿が似ておられます。人間界の方ならお父様もお母さまもご兄弟も三倍も幸福な方たちでしょう。あなた様のおかげで始終楽しく晴れやかに和みわたっておいでになるでしょう。わたしは多くの兵士たちを従えていましたが遠征でひどい苦難に遭い、やっと昨日、難を逃れて波浪と急な疾風とでここに運ばれて来ました。さればなにとぞあなたさまにはお憐みを。ここに着いたもののあなた以外には他に一人もこの都に知り合いがいないのです。町への道を教えていただき、身にまとう衣類をお持ちでしたらくださいますよう」
ナウシカーはオデュッセウスに答えました。
「見知らぬ方ながら、あなたは悪い方でも愚か者でもないとお見受けします。ゼウス様がお与えになったものが幸福でないにせよ、授けられたものは辛抱するしかありません。わたしどもの国においでがあったからには、着る物にもまた何か他の物にも不自由はなさいませんでしょう。また町への道はわたしがお教えしましょう。ここにはバイエーケスの人々が住んでいて、わたしはアルキノオスの娘で父はバイエーケスの人々の権勢も威力も預かっているものです」
ナウシカーはこういった後に侍女たちにオデュッセウスの世話をするように申しつけた。オデュッセウスの身支度が整うとナウシカーはオデュッセウスを父の館に案内すると言ったが、都城にさしかかったら町の人から二人の間に何かあると噂される恐れがあるので、しばらく留まって私たちが屋敷に着いた頃にアルキノオスの屋敷をたずねるようにしてほしい。父はあなたが祖国にお戻りになさろうとのお望みをかなえるでしょうと言った。
オデュッセウスはナウシカーと別れた後は水瓶をたずさえた若い娘の姿を借りた女神アテーネーの案内で無事にアルキノオス王の屋敷に到着した。オデュッセウスはアルキノオス王等の前に突然現れたが、年長者で話し上手のエケネーオスが慮って王に助言したため、オデュッセウスはアルキノオス王に歓待されることになり、王はオデュッセウスの手を取って立派な銀細工をした肘掛椅子に座らせた。王はオデュッセウスのために宴を催して歓迎したが、宴の最中に王は多く集まった人々に言った。
「聞いてくれ、バイエーケスの族の将軍たちや相談役たち、宴が終わったらめいめい家に帰り、朝になったら長老たちを呼び集めて会議を開こう。客人をうちでもてなして、それから客人を送り返す支度を相談することにしよう。この客人が苦労だの煩いごとだのを受けずに自分の故郷へ戻れるように」
そのあとにアルキノオス王の王妃アーレーテーから、あなたはいったいどういう方で、どこからおいでなさいましたの。いったい誰がその衣類をあなたにさしあげたのですか。さっきはほんとに、海上をさまよったあげくに、ここにお着きだとおっしゃったのではありませんかと問われて、オデュッセウスは答えた。
「わたしはカリュプソーが住まっている島に七年間ずっと逗留していました。しかし八年目が巡って来るとゼウス様のお指図によったのか彼女自身の気持ちが変わったのか、十分の食料を積んだ筏でわたしを送り出してくれました。十七日間は帆上げて海上を進んでいましたが、十八日目にポセイドン神が諸々の風を吹き起こさせて行く手を阻み、筏を疾風でこわされてしまい、なんとかわたしはこの国へと漂着したのでした」
その後、オデュッセウスは王女に助けられて屋敷に来たことを話した。アルキノオス王は、オデュッセウスが娘の婿になってくれるならありがたい。婿になってくれるなら屋敷も家財も差し上げるが、祖国に帰るのを望むなら家まで送り届けようと言うとオデュッセウスは、アルキノオス王がそのことを実行して、故郷に帰ることが許されますようにと話した。
翌日アルキノオス王が開いた会議の後で宴がとり行われたが、その中でオデュッセウスはデーモドコスに、エペイオスが女神アテーネーの助けのもとに作った馬に武夫(もののふ)をいっぱい入れてオデュッセウスの策謀によってトロイアの城塞へと連れこませた。その人々がイーリオスを攻略した。この物語をあなたに歌ってほしいと頼んだ。デーモドコスはアカイア人がイーリオスの高峻な城町を劫掠し、アテーネーのお力により勝利を獲たという内容の歌を歌ったが、この歌を聞くとオデュッセウスはすっかりうち拉がれて、涙がしとどに眼瞼のもとの両頬を濡らしていた。イーリオスの人々が苦しむ姿を思い出したからだった。
アルキノオス王はそれに気付いて、デーモドコスに歌をやめさせた。そうして王は、生まれた以上は、すべての人に、両親から生まれたときに、名がつけられるのだ。名前を言ってほしい。それからあなたの国や、郷里や町の名もいってください。そこを心にめがけて、船どもがあなたをお連れできるように。それからあなたはどちらを漂流されたか、この世界のどういう土地に辿り着いたか、その人々のことも話してほしいと言った。オデュッセウスは王の求めに応じて、身の上を告げた上で漂流譚について話していった。
「ラーエルテースの子オデュッセウスがわたしの名で、ありとあらゆる狡智の計りごとでは人間世界に評判をとったもの、イタケー島に住まっています。ここに来る前は女神カリュプソーのニンフが自分のところに引きとどめていました。まずトロイ戦争後のことからお話ししましょう。イーリオス(トロイア海岸)から船出してキコネスに上陸し城町を攻め落とし市民たちを滅ぼしましたが、近隣の武勇の優れた仲間のキコネス族に応援を呼びかけたため敵軍が優勢となり多くの戦友が討死しました。さらにわれわれは船を進めましたが、ゼウス神がはげしい北風を吹き起こしたため十日目に蓮の実喰いの国へ上陸しました。蓮の実喰いが食えと言った甘い蓮の実を食べた者はみなもはや帰って来ようとも報せを持って戻ろうとも思わなくなり、ただそのままそこに蓮の実喰いの人々と一緒になって蓮の実を貪り喰ってい続けることのみ願い、帰郷のことなど念頭になくなってしまうのでした。そうした連中をわたしはむりやりに泣き叫ぶのを船へと引っ張っていって、船中の漕ぎ座の下に引きずり込んで縛り付け大急ぎで船へ乗り組み出航させたのでした。さらに先へと航行してゆき着いたのが、傲りたかぶり、掟を無視する単眼巨人(キュクロープス)どもの国でした。上陸して腕利きの十二人と共に住処の洞穴にいきましたが、キュクロープス人ポリュペーモスはこちらの話を聞こうとせずわたしの仲間二人を地面にたたきつけてしまいました。さらにわたしたちすべてに危害を加えようとしたため、ぶどう酒を飲ませてポリュペーモスを眠らせ、オリーブの棒の尖った先を単眼にぶちこんだものでした。ポリュペーモスはポセイドンの息子だったため、ポセイドンに頼んでわたしが祖国に帰り着けないようにして、そして帰国できたとしてもわたしが自分の屋敷でひどい目に遭うようにと願ったのでした。
キュクロープスから逃れたわたしたちはアイオロスの島に到着しました。手厚いもてなしをうけた後に出航しましたが、土産の中身を見ようとして船員が贈り物の吹きまくる風を閉じこめた皮袋を開けてしまったため逆風の嵐が吹いてアイオロスの島に戻りました。わたしは取り繕ってもらうようアイオロスの王に頼みましたが、祝福された神々の憎しみを受けているようなやつの世話をしてもう一度送り出すことは許されない、出てゆけと言われました。その後アイアイエーの島に到着しましたが、この島にはキルケーがいて船員が豚にされました。しかしヘルメース神の助言でわたしだけは豚にならずに済んだのでした。わたしは船員を元に戻すようにとキルケーに頼んで船員を元に戻してもらいましたが、キルケーの饗宴が続き、故郷へと送り出してくれるまで一年かかりました。そして一年が経過してようやくキルケーは、あなたがたが心にもなくわたしの家に逗留なさるに及びませんが、他のところへ旅をしてくる必要がある。冥王と恐ろしいペルセポネイアのお館に出かけて、テーバイの人で盲目の預言者であるティレシアースの魂から託宣を受けてもらう必要があると言われた。冥界訪問をして暗殺されたアガメムノーンの魂やアキレウスの亡霊などと話をして使命を終えたわたしはまたキルケーのところに戻りました。
わたしが冥界であったことをキルケーに話すとキルケーは、翌日の朝に出発すればいい、道筋を自分が教えようと言った。その夜の饗宴でキルケーはわたしに、最初にあなたはセイレーンたちのところに着くでしょう。ここではあなたは手足を早い船の帆柱に括り付けて難を逃れなさい。次にスキュレーという怪物に襲われたら、スキュレーの母親のクラタイイスに助けを求めなさい。人の世の禍になれと自分の子を生んだ女に頼むのです。それからトリーナキエーの島に着いたら、放牧されている牛と羊の群れがいますが決して害を与えないように。もし害を与えたら、あなたも船の仲間も破滅を免れないことでしょうと話した。翌朝、船が出発してセイレーンの甘い誘いを逃れた後にスキュレーが現れて六人の仲間が犠牲になりましたが、通過しました。やがて牛や羊が放牧されている太陽神の島に到着しましたが、わたしは、このうえもなく恐ろしい禍が存在するとキルケーから聞いていたので、島へは寄らずにわきを抜けて航海を進めて行けと命じましたが、船員のエウリュロコスが、疲れや眠たさでやり切れないので上陸して休養するのがいい。美味い夕餉つくれるだろう。天候も悪くなりそうだ。一夜を過ごしてから翌朝船を出しましょうと言うと他の仲間の者どももそれに賛成したのでした。わたしは決して島の牛や羊を殺さないでキルケー女神がくれた糧食を食べるようにと命じ誓約させて、島への上陸を許可しました。しかし運の悪いことに航海に必要な風が吹かず一か月足止めを食い、食糧がすっかりなくなってしまいました。そこでエウリュロコスが仲間に邪な提案をしました。神々に祈りを捧げて牛を供えた後にそれを食べるのは問題ないと。そうして船員たちはわたしが眠っている間にその島の牛を神々に供してから食しました。それから七日後に風が吹いて出航すると、海が大荒れになり突風と雷に苦しめられてわたし以外は助からずわたしだけが九日間漂流した後にカリュプソーのニンフに助けられたのです。ニンフはわたしを愛しく思い、世話をしてくれたのでした」
オデュッセウスの話を聞いたアルキノオス王は、苦労をして自分のところへやって来たオデュッセウスに立派な馳走と酒をふるまい、技を尽くして仕上げた黄金やそのほかの土産の贈り物を持って帰ってもらおうと饗宴に来ていた人々に言った。オデュッセウスは王と王妃に礼を言い、船があるところに向った。
オデュッセウスは船に乗り込んで身を横たえたため、しばらくして快い眠りが瞼の上に落ちて来た。深い眠りに落ちた彼を起こすことなくポルキュースの砂浜に贈り物を置いてバイエーケスの漕ぎ手たちは立ち去った。オデュッセウスは目覚めて自分がイタケーではなく他の土地に連れて来られたことに気付いた。またたくさんの財宝が置かれてあり、オデュッセウスは途方に暮れ故郷のことを思って嘆き悲しんだ。オデュッセウスが悲嘆にくれつつ波立ち騒ぐ海の渚に沿ってそぞろ歩いていると、そのすぐわきに女神アテーネーが現れた。アテーネーは羊の群れをやしなう青年に似せて現れたので、オデュッセウスは喜び立って声を掛けたが、少年が、ここはイタケー島であると言ったので、親代々の故郷の土地に帰ってきたことを喜んだ。しかしながらいつも狡猾な思慮を働かせるオデュッセウスは本当のことは話さなかった。
「ここにある財宝はイードメネウス王の息子を殺害して奪ったものです。仲間と待ち伏せて槍で討ちました。ポイニーキア人たちのところに行き十分に戦利品を分け与えて船の手配をしましたが、思惑とは違った風の力が働いて目的地と違ったここに着きました。疲れ切っていたわたしを快い眠りが襲い、目が覚めるとわたしの持ち物を船から運び出してわたしを置き去りにしてシードーンの海岸へと行ってしまったことに気付きました」
これを聞いたきらめく眼の女神アテーネーは微笑まれて言った。
「狡猾でずるっこい男でしょうね、あらゆる企みで、おまえの上を越す者は。たとえ相手が神さまだったとしても際限のない計略家のおまえは自分の故郷に戻って来ていてもまだ相変わらずに、人を欺くいろんな作り話をやめようとしないのですか。まったく心底からそれが好きなのね。でもさあ、もうこうした話はやめにしましょう、二人とも企みはお手のものなのだから」
女神アテーネーはオデュッセウスが疑り深いのを咎めたが、オデュッセウスを疑り深くさせたのは自分にも非があり、アテーネーの父の兄弟のポセイドン神がオデュッセウスをお憎しみで怨みを持っているので怒らせたくなかったためだと言った。そうしてアテーネーは靄をすっかり発散させてオデュッセウスに彼の郷里がよく見えるようにした。アテーネーがお財物を洞穴の奥へ蔵っておきましょうと言ったのでオデュッセウスはすぐに運んで行った。そのあと二人は求婚者退治のための試案をこらした。アテーネーは言った。
「どのようにして恥知らずな求婚者たちに手をかけるか思案しなさい。彼らは三年越しに屋敷中を我が物顔に振舞っている」
これを聞いたオデュッセウスは言った。
「すんでのことで求婚者たちの返り討ちに遭ってアガメムノーンのように不運な死にざまを屋敷の中でまねることになるところでした。あなたの策略を使ってくださいませんか。わたしの味方に立って大胆な勇気をお吹きこみください」
この願いを聞いたアテーネーは、オデュッセウスを求婚者にも妻にも息子にもわからないような容貌に変えさせてから、豚飼いをたずねるように。そこに逗留して万事を詳しく問い質しなさい。その間にわたしはスパルタ(ラケダイモーン)に言ってテレマコスを呼んで来るからと言った。
オデュッセウスは女神アテーネーが教えてくれた豚飼いがいる場所へと向かっていた。この男はオデュッセウスの使用人たちのうちで一番よく暮らし向きを心配してくれたものだった・・・。
それまで黙って、オデュッセウス・チームの劇を見ていた谷と名乗る宇宙人が真っ赤な怒った顔で広小路に詰め寄った。
「アンタラガイッショケンメイニゲキヤットルカラ、ワシハナンニモイワントガマンシトッタケド、モウ五ジカンニナルヨ。コレハワーグナーノ「ニーベルングノユビワ」ノイチブヲジョウエンスルノニカカルジカンヨリナガインヤデ。ソヤカラモシツヅキヲスルンヤッタラ、ヒヲアラタメントアカンノトチャウン」
これに対して広小路は慧子を見つめながら言った。
「面白い劇にしようと長文の語りを一所懸命している西さんの邪魔をしないでほしい。劇の途中で出演者のやる気を消失させるようなことを言うのはルール違反だと思うが、あんたはなんか急ぎの用事があるのか」
「ヨウジハナイケド・・・シャーナイナァ」
「さあ、西さん、オデュッセウス・チームのみなさん劇を続けてください」
慧子は頷いて語りを続けた。
オデュッセウスはアテーネーが教えてくれた豚飼いエウマイオスがいるところをたずねたが、そこに着くとオデュッセウスはエウマイオスが飼う三匹の犬に吠え立てられた。エウマイオスは犬をどやしつけ何度も石を放って犬を追い払った。そうして落ち着くとエウマイオスはオデュッセウスに自分が豚飼いになるまでのことを話し、その後いろんな難儀の次第、またあなたがどういう仁で、あなたの国はどこか、どこから来たか、真実をよくわかるように話してくれとオデュッセウスに言った。
これに対してオデュッセウスは自分の身元を隠しておくためにエウマイオスに、自分はクレーテー島の裕福な地主の息子であるが、ゼウス神がわざわいをお謀りなさったために一月きり正式に娶った妻や子供らや財産などを楽しむことができたばかりで数々の困難を乗り越えてここに流れ着いたと話した。エウマイオスはオデュッセウスのために臥床を敷いてくれ、そこへオデュッセウスは身を横たえて眠りについた。
女神アテーネーはテレマコスに帰国を促すために、スパルタ王メネラオスの王宮を訪ねた。テレマコスはアテーネーの勧めに従って帰国を願い出て、メネラオスとヘレネ―からもらったたくさんの立派な土産の品々を乗せて黒塗りの船で旅に出る。テレマコスはアテーネーから、求婚者たちがイタケー島とサモス島との間でテレマコスを待ち伏せしていて、テレマコスを故国に帰り着く前に殺してしまおうと逸り立っている、イタケーの海岸に着いたら仲間は全部先に船で都に行かせておまえは豚飼いのところに行くように、そこで一夜を明かしてから豚飼いをペネロペイアのところにやり、おまえが無事帰っているという報せをもたせてやるのですと聞いていた。そうしたところへ船出の時に力になってくれそうな殺害をしたかどで国を逃れて来たテオクリュメノスの乗船をテレマコスは認めた。イタケー島に黒い船が近づくと、船員が櫂を取って泊り場まで漕いでいき碇石を投げ込んで纜(ともづな)を結わいつけた。テレマコスはテオクリュメノスに、自分は耕作地へ出掛けて牧人たちを訪ねてから都に行くのであなたは黒い船に乗って母親の求婚者のエウリュマコスを訪ねるようにと言った。船の纜が解かれるとテレマコスの仲間たちを乗せた船は都へと航行していった。テレマコスは足元に立派な短靴を着け、鋭い青銅の穂先がついた丈夫な槍を手に取った。
テレマコスが豚飼いエウマイオスの小屋に入るとエウマイオスと物乞いの恰好をしたオデュッセウスがいた。テレマコスは母親が求婚者に連れ去られていないか、父親の寝床が片付けられて蜘蛛の巣がはっていないかと尋ねた。エウマイオスは、ペネロペイアは辛抱強い心で屋敷に踏みとどまっている。でも夜となく昼となく涙を流し嘆いて過ごさない時はないと答えた。テレマコスは放浪者が小屋にいることに気付きエウマイオスに尋ねるとエウマイオスは、クレーテー島生まれでほうぼうの町々を経巡って流浪の旅を続けていたが、乗っていた船から逃げ出してわたしの小屋に来た人だと言った。オデュッセウスがテレマコスに、求婚者たちが非道なたくらみを図っていると聞く。諍いが起こった時は見過ごすことなく神々を頼るか、民衆と共にたたかうものだがと尋ねるとテレマコスはオデュッセウスに、島中の者どもが敵意を抱いてつらくあたるというのでも、兄弟たちをとがめだてするところもありません。人々は神々が一緒に闘ってくれることを頼りにするのですが(クロノスの)神々はわれわれの一族を孤独になさったのです。そうして求婚者たちはみな争ってわたしの母に求婚しわたしの家庭を食いつぶしていますと答えた。そうしてテレマコスはエウマイオスに、母のところに行って、無事ピュロスから戻っているが、しばらくエウマイオスのところに逗留すると言ってくれと頼んだ。エウマイオスが小屋から出て行くのを見た女神アテーネーは、自分の姿がオデュッセウスだけに見えるようにして小屋の外に連れ出して、息子に隠しごとをせずに、求婚者どものところにどのようにして乗り込み退治するかの段取りを話し合いなさい。わたしもあなたたちと闘いますと言った。そうしてアテーネーはオデュッセウスの姿を元に戻した。小屋の中に入って来たオデュッセウスを見てテレマコスは肝をつぶして、気おくれがして他所の側へと眼をそらした。テレマコスはもしや神さまではないかと思い、オデュッセウスに向って声をあげた。
「お客人よ、いまとさきほどでは違った人のようにお見えですね。着ている服も違っているし、肌の色も同じじゃありません。神さまでおいででしょうか。どうかお恵みを」
それに向って、オデュッセウスは辛抱強く答えた。
「決してわたしは神さまではない。どうしてわたしを不死の神々にたぐえるのだね。それどころかおまえの父親なのだ。そのおかげでおまえが嘆息を吐きながら、さんざん苦労を積んで来たその親父だよ」
オデュッセウスは声をあげていうと、息子に接吻した。その頬からは涙が地面にこぼれ落ちた。テレマコスはこれが自分の父親だとは信じきれなかったとオデュッセウスに言葉を返したが、オデュッセウスは、愛する父親がうちに帰って来たというのに度を超えてあやしんだり驚きあきれたりするのは間違っているよ、いろんな禍を受け、ほうぼうを流浪したあげく、二十年目に故郷の土地に帰って来たのだ。この不思議な所業は女神アテーネーがなさったことで、あるときは物乞いと同じ姿に、あるときは美しい衣類を肌にまとった若い男にもなさると言った。オデュッセウスとテレマコスはともども泣き悲しんでいたが、オデュッセウスは、ここに来たのはアテーネー女神が、心よからぬ者どもを討ち取る手段をみなで画策しようと言われたからだ。求婚者たちは何人くらいいるのだ、名前を教えてくれ。熟慮してわれわれ二人で他人の力を借りずに打ち負かすことができるのか、それとも援助を求めた方が良いのか思案しようと言った。それに対して利発なテレマコスが答えた。
「父上、あなたのたいそうな評判はいつも聞いておりました。腕は立派な槍使いの武者、また謀議にかけても十分心得のある方だと。しかしあんまり大きなことをおっしゃいますので、すっかり肝を潰しました。とうてい二人きりでは多勢の力の強い人々と闘いようもないでしょう」
そう言ってから、テレマコスは、四十人以上の若者が求婚者たちについている、もしそれらの全部と闘うならずいぶんと厳しい、また恐ろしい目に遭うかもしれない。だからおできなら、誰か復讐の援助者をよく考えて探し出してくださいませんか、わたしたちを心から熱心に防ぎ護ってくれる人をと話した。これに対しオデュッセウスはテレマコスに、武器は求婚者のわからないところに隠せ。わたしがうちに帰って来ていることを誰にも言うな、父親にも、エウマイオスにも、召使にも、ペネロペイアにも。召使については誰が味方になってくれるか、大切にして敬意を払ってくれるか吟味しようと言った。
翌朝、テレマコスは自宅に戻りペネロペイアに旅の報告をした。父親との約束があったのでテレマコスはペネロペイアに、メネラオス王によると、父親はカリュプソーでニンフに引き留められて動けないでいるようだと言った。オデュッセウスはエウマイオスとともに屋敷に行ったが、途中で出会った山羊飼いのメランティオスが物乞いの姿のオデュッセウスを見て暴力をふるい暴言を吐いた。その後屋敷に入ってからもメランティオスは暴言を吐いたが、それを受けて求婚者たちの首領格のアンティノオスがオデュッセウスとエウマイオスに暴言を吐いた。オデュッセウスがアンティノオスに反論すると、アンティノオスは足台を取りオデュッセウスの右肩へと打ちあてた。ペネロペイアはアンティノオスに、ふしあわせな放浪者をあなたが打ったのはよくないことだ、天においでの神さまが渡り者に身を似せて人の住む所々方々の都をめぐっておまわりだという、傲りに長じ乱暴を働く者と掟を守る正しい者とを見張るためにと窘めたが、アンティノオスは意に介さなかった。ペネロペイアはエウマイオスに、頼みたいことや問い質したいことがあるからお客人(オデュッセウス)を自分のところにくるように言ってくれと頼んだが、オデュッセウスは意地の悪い求婚者たちの群衆に恐れを感じる、日が沈んだら部屋をたずねるとエウマイオスからペネロペイアに伝えさせた。
ペネロペイアの侍女メラントーは求婚者エウリュマコスと親しく情交を続けていたが、その女が非難の言葉を並べてから物乞いの姿をしたオデュッセウスに、みじめたらしい渡り人さん、おまえは気が変になって、あつかましく多勢の殿方の間に入っても悪びれた気持ちを起こさなくなっている、おまえよりも強いのが出て来て頭をぶん殴って血まみれにして外へ放り出すぞと言った。これに対してオデュッセウスはその女に上目使いに睨みつけて、テレマコスに言って強い罰を与えさせると言った。またエウリュマコスは自分の下男にしたいがおまえはそれをしないだろう、町村中を物乞いして回る方が好きなんだろうと言ったが、これに対してオデュッセウスは草刈りや畑を耕すことはあなたの仕事ぶりとくらべてもよい、また戦の時には武具を身につけて一番前の先陣で働くところをご覧になるでしょう。あなたは心に情を知らない方ですね。オデュッセウスが帰って来たら痛い目に遭うでしょうと言った。エウリュマコスは心底から腹を立てて、暴言を吐いて足台をオデュッセウスに投げたが、給仕に当たって仰向けにひっくり返った。そこで求婚者たちが大広間じゅうに騒ぎ立てて、よそものがここに来なければこのような騒ぎは起こらなかった。馳走の楽しみがすっかり台なしになったと言った。テレマコスが、十分食事をなさったからにはうちに帰っておやすみなさい、だがわたしの方から追い返しはしませんよと言うとペネロペイアは、よそから来た客をこづきまわしたり召使たちを打ったりしないように。酒の給仕に盃へついでまわらせましょう。神々への御酒をまつってから家に帰って寝るようにと求婚者たちに言った。これを聞いて一同は提議に賛成して、酒を飲んで、神々に御酒をそそぎまつるとめいめい自分の家へと帰っていった。
求婚者たちが家に帰った後、ペネロペイアは家事取締りのばあやのエウリュノメーに、わたしがお客人を自分の部屋へ呼んで主人についていろいろ問い質すから腰を掛けて話が出来るようにしてほしいと言い、そこにオデュッセウスはやって来て腰をおろした。オデュッセウスは求婚者たちから身を護るためペネロペイアに真実を話さず、クレーテーという国出身で数々の苦難に遭ったという話をした。オデュッセウスの足を洗っていた乳母のエウリュクレイアが、オデュッセウスが幼い頃に負った猪の牙による傷がお客人にあると言った時、オデュッセウスはエウリュクレイアに、ペネロペイアにこのことを言わないように、屋敷にいる他の者らに気付かれないようにしてくれと言った。
オデュッセウスは床に就いて、どのようにして恥知らずの求婚者どもを手にかけようかと思案した。まるで人が脂身と赤肉がいっぱい詰まった腸詰を勢いよく燃えさかる火の上であちらへこちらへと動かして焼くときに見るように彼はあちらこちらへ思案しつづけて身を転がした。すると彼のすぐかたわらに女神アテーネーが天から降りておいでになって言った。
「なぜまたそう目を覚ましているの。あらゆる人間のうちでもお前は特別に不幸な人間だわね。これがおまえのうちだし、その家におまえの奥さんもいるし、子供もいるというのにね。しかもまあ人として望める限りの立派な息子だというのに。あなたはがっちりしているのね、まったくもっと非力な仲間でさえも頼りにする人がいくらもいるのに。それに反してわたしのほうは女神だし、あらゆる苦難に際していつも変わらずおまえを護って来たものですよ。それでおまえにはっきり言っときましょう。たとえはかない人間の五十の群れが伏勢として、わたしら二人をとり囲み勢いこんでかかろうとも、それでもおまえは、その連中の牛どもや羊どもを分捕って追ってゆくことが出来るでしょう。それゆえともかく眠りに身を委ねるがよい。まったく一晩中、寝もやらずに、見張りつづけるというのは難儀なことです。もうすぐおまえは、すべての禍から抜け出すことができるのだからね」
オデュッセウスは朝目覚めてから屋敷内を歩いているとエウマイオスに出会った。エウマイオスはオデュッセウスを気遣って優しい言葉を掛けてくれたが、そこに山羊飼いのメランティオスが現れて、おまえは他のところで物乞いをしてもうまく行かないだろうと悪口を浴びせた。オデュッセウスは何も言わずに黙って頭を振っただけだったが、そこに牛飼いのピロイティオスが現れた。ピロイティオスは豚飼いエウマイオスと同様にオデュッセウスのことを気遣った。それでオデュッセウスは、あなたがここにいるうちにオデュッセウスは家に戻って来るだろう、あなたが望むなら、我物顔に振舞っている求婚者どもが殺されていく現場を自分の眼でご覧なるだろうと言った。
女神アテーネーはペネロペイアの心中にイーピトスからオデュッセウスに贈られた弓のことを思いつくようにさせた。この弓はオデュッセウスが愛用していたものだったが、ペネロペイアは求婚者たちに、わたしと結婚したい妻にしたいとお望みのようなので、競技の支度をしました。オデュッセウスの大弓を置きますから、一番容易にこの弓を手にして弦を張り十二の斧を残らず射通した方に妻として従ってまいることにいたしましょうと言った。最初にテレマコスが弓を取って張ろうとしたが、うまく行かなかった。オデュッセウスがやめろと合図をしたのでテレマコスは張るのをやめて、わたしより膂力(腕力)が立ち勝っている方々は弓を手がけてごらんなさい、そしてこの競技をすっかり仕終えることにしましょうと言った。アンティノオスの勧めで屋敷に来ていた求婚者たちが順番に弓を張ろうとしたが誰もできなかった。求婚者たちが弓矢試しに夢中になっている間に、オデュッセウスは豚飼いエウマイオスと牛飼いピロイティオスに声を掛けて建物の外へと連れだしてオデュッセウスの味方に付くか敵に付くか尋ねた。二人は、オデュッセウスが帰ってくるようにすると言った。それを聞いてオデュッセウスは、ここにいるわたしがそうなのだ。たくさんの災禍をやっと凌いで二十年目に故郷の土地に帰って来たのだ。お前たち二人だけがわたしの帰国を待ち望んでいる。それゆえお前たちだけに真実を語って聞かそうと言った後に、求婚者退治に協力してくれるなら、嫁を貰ってやり財産も与えてやろうと言った。三人が屋敷に入るとエウリュマコスが弓を張ろうとしているところだったがうまく行かず、それを見てアンティノオスは、競技を終わらせようと言った。求婚者一同はそれに賛同し酒を飲み始めたが、オデュッセウスは、わたしもあなた方の中に交じって、腕の力を試してみたい、もしやむかしどおりの力量が残っているかどうか、力も失せてしまったかどうかをと言った。アンティノオスとエウリュマコスが反対したが、ペネロペイアとテレマコスが求婚者たちに説明して豚飼いエウマイオスがオデュッセウスに弓を渡した。オデュッセウスは何の苦もなく大弓に弦を張った。そうして矢を継ぎ手に掛けて弓弦と鏃を引きしぼった。その台座に座ったまま、それから狙いをまっすぐにつけ、矢を放した。すると並んだ十二本の斧を一つ残らず、あやまたず射通した。そこでオデュッセウスはテレマコスに言った。
「テレマコスよ、客人は、広間のうちに座っていても、おまえに恥をかかせはしないぞ。決して的を射そこないもしなければ、弓を張るのに長くはかからなかった。わたしの力はまだ衰えずにしっかりしている」
こう言って、眉をかしげて合図すると、テレマコスは鋭い剣を身体につけ、おのれが手を槍のまわりに投げかけた、そしてそのまま父のわきへいって立ちはだかった。閃々ときらめく青銅に身を武装して。
オデュッセウスは手始めに求婚者の首謀格であるアンティノオスののどぶえに狙いをつけて矢を射た。男が倒れたのを見ると屋敷中の求婚者どもが騒ぎ立てた。そうして自分の武器を取ろうとしたが、エウリュクレイアに別のところに持って行くようにとオデュッセウスが命じていたので、盾も槍も手に取ることができなかった。オデュッセウスは自らを名乗ってから言った。
「わたしがまだ生きているのに家財産を消耗させ妻に言い寄るなどした。おまえたちの皆に破滅の縄目がかかってきた」
求婚者たちは一同残らず顔面を真っ青にして怖気に取りつかれた。しかしもう一人の首謀格のエウリュマコスは言葉を返した。
「本当にあなたがオデュッセウスでいま帰って来たというのであれば、あなたが言ったことは筋が通っている。悪行の調本人だったアンティノオスもうすでに倒れてしまった。その男も分相応に殺されてしまったのだから、あなたは自分の治める国人を大目に見て容赦なさるがよいでしょう。そうしたらわれわれも後でもってめいめいが牛二十匹分ずつを償い分としてお渡ししましょう」
これに対してオデュッセウスが、たとえ財産すべてを賠償に充てても殺戮の手を休めはしないだろうと言うとエウリュマコスは、よく磨きのかかった弓とやなぐいとを手にした以上われわれみなを殺しつくすまで弓の手を休めまい。それゆえわれわれも華々しく闘おうではないかと言い、オデュッセウス親子と求婚者たちの間での闘いが始まった。オデュッセウスの矢でエウリュマコスは倒れ、アンビノモスはテレマコスの手槍で倒れた。山羊飼いメランティオスが求婚者に武具を提供して劣勢になることもあったが、女神アテーネーが降りて来られメントールの姿を借りてオデュッセウスとテレマコスに加勢した。求婚者のアゲラーオスが言った。
「おい皆の衆、いまはもはやあの男も抗しがたい手の働きを停止することだろう、それにあのメントールめも。六人だけがオデュッセウスに向けて槍を投げるとしよう。あの男を倒せば、他の奴らは気に掛けるに当たらぬ」
一同はアゲラーオスが指図した通りに、みなしきりに勢いこんで槍をオデュッセウスに投げつけたが、その槍をみな女神アテーネーが外らしておしまいなさったので、一人の槍は造りも丈夫な広間の戸口の柱にぶつかり、いま一人のがしっかりはまった扉に当たると、もう一人の青銅の重みを着けたとねりこの槍は壁に落ちた。またもう一度、求婚者らは勢い込んで鋭い槍を放りつけたが、そのたくさんな槍もみな女神アテーネーがオデュッセウスから外しておしまいだった。召使の中には占い師レーオーデースのように憐みをかけてほしいとオデュッセウスに申し出る者もあった。これに対してオデュッセウスは、占い師なら求婚者どものためにわたしの帰国の実現が遅れるように、わたしの妻がおまえの子供をもうけるように祈ったに違いないと言って容赦しなかった。しかし歌唱者ペーミオスについてはオデュッセウスの膝にすがって、自分は求婚者たちのために饗宴のあとで吟謡しようと屋敷に来たのではなく無理にここに連れられて来たと言うペーミオスに、テレマコスが、この方やわたしの世話をしてくれている伝令使メドーンも助けてやりましょうと言った。オデュッセウスは乳母のエウリュクレイアを呼びつけて、わたしをないがしろにした女たちを罰すると言った。エウリュクレイアは十二人が恥知らずな所業に身を任せており、わたしをあなどるのみか、ペネロペイアご自身にさえ尊さを欠く有様だと言うとオデュッセウスはその女たちにも容赦をしなかった。最後に山羊飼いのメランティオスが呼びつけられ一段と酷い処罰を受けた。
オデュッセウスは乳母のエウリュクレイアに硫黄を燃やして屋敷の中を浄めるよう命じた。そうしてそれが終わった後にペネロペイアを連れて来るようにと言った。ペネロペイアは二階の部屋で眠っていたが、エウリュクレイアはペネロペイアに言った。
「オデュッセウスさまが戻っていらして、お館にお着きなのです。威張り散らしていた求婚者たちを皆殺しになさったのですよ。」
「婆や、神様方がおまえの気を変にさせたのですね。どうしてわたしを担ごうとするの。十分に胸を苦しめているわたしにそんなでたらめを言って。おまえは年寄りだから今度は助けてあげる」
「とんでもない、決してお担ぎなどいたしません。他所から来た客人がその人で、テレマコスさまはそのことを知っていて、用心深くお父上のはかりごとを隠しておいでになったのでした。思い上がった横道な男たちの乱暴をお罰しなさるまでは。それゆえさあ、ついておいでくださいませ。お二人さまして喜悦の途へおのぼりなさいますように。ずいぶん難儀をお重ねなさいましたことゆえ、いまこそもうはやこのようにして長い間のお望みがすっかり実現されましたのです」
このようにエウリュクレイアはペネロペイアに、オデュッセウスが家に戻りテレマコスと再会し求婚者たちを退治したことを何度も話したがペネロペイアはなかなか信じようとしなかった。ペネロペイアは息子のところに行くと言って二階から下りて来てオデュッセウスに面と向かって腰掛けた。ペネロペイアは何も言わずに長い間座っていた。なぜなら深い感動にうたれて心がぼうっとなってしまい、その客人の面貌を眺めるとときには良人に似ていると思う、しかしまたひどい衣を肌に付けている姿は違う人に思われるからだった。テレマコスはその様子を見て言った。
「母上はいけない母上だ。こうもすげない心をお持ちだとは。他の女ならばこのように我慢強い心でもって良人から離れて立っていられますまい。ひどい難儀に耐えて二十年目にやっと祖国に帰って来たと言う良人に対してあなたのお心はいつもこんなに石より固くすげないものなのですね」
なかなかペネロペイアがオデュッセウスの帰還を喜ぼうとしないので、オデュッセウスはテレマコスに提案した。
「一人の男を殺した場合でも多勢の味方をする者どもをはばかって、祖国を捨てて亡命することがある。わたしたちは国都の主柱ともいうべき人々を大勢殺害してしまった。どうしたらいちばんよくいくか、その善後策を一つ考え出してくれ」
利発なテレマコスはそれに答えた。
「ご自分でそれはともかく考えてみてください。あなたがお建ての謀計が一番優れていると申しますもの。わたしどもは一所懸命あなたについてまいりましょう」
「そんならわたしがいちばん上策と思うことを言うことにしよう。第一は沐浴をすませ肌着を身につける。それから神聖な吟謡者が音高く鳴る大竪琴をたずさえて、戯れの好きな舞い踊りの先頭に立ちわれわれを率いてゆかせる。こうすれば外部の人は結婚の祝いでもしていると思うだろう」
家にいるものはオデュッセウスが言ったことをよくききわけて、それを行った。すると広大な館はすべて戯れ遊ぶ男たちと帯の美しい女たちの舞い踊る足の響きが鳴りとどろいた。この音を聞いた人は怪しむことはせず、ペネロペイアがご主人の館を護ることができずに求婚者の誰かと結婚したのだろうと話を交わした。
ペネロペイアはそうした後もオデュッセウスが言うことを受け入れなかったが、二人しか知らない臥床のことについてオデュッセウスが説明するとペネロペイアはオデュッセウスが本人である証拠を確かに知りわけたと思い、涙にくれてまっしぐらにオデュッセウスめがけて駆け寄り、両手を首に投げかけると頭に口づけして言った。
「どうかただいまは怪しからぬこととお腹立ちになりませんように、あなたをすぐさまはじめにお目にかかったおり、このように愛想よくご挨拶しませんでしたのを。でも現在はわたくしどもの臥床の証をはっきりと話してお見せくださったのですから。それはあなたと侍女のアクトリスしか知らないことです。ほんとうにいまはもうわたしの心をすっかりお信じさせなさったのです」
このようにペネロペイアが言うとオデュッセウスは嘆き泣きたい思いが起き、妻を抱きしめて涙にくれた。エウリュノメーと乳母が整えた臥床に二人は横たわり、会話を交わした。バイエーケスでもてなしを受けたところでオデュッセウスの話は終わり、手足をぐったりさせる快い眠りが彼らを襲い胸にある心配ごともみな解消させた。