オデュッセウスは目覚めると、今後のことを父親と相談するためにうちの畑地に行ってくるとペネロペイアに言って出掛けた。オデュッセウスは段々畑で仕事をするつぎはぎだらけの見すぼらしくひどく汚れた着物を着ている愛する父親に駆け寄って、わたしがいま故郷に帰って来たので、泣くことも涙をこぼして嘆くこともやめてくださいと言ったが、父親のラーエルテースは二十年会っていない息子だと名乗る人物に、わたしの息子のオデュッセウスだとお言いならば、なにかそのはっきりとした証拠を言ってくだされと言った。オデュッセウスは、パルナッソスで狩猟をした時に猪に負わされた傷を父親に見せた後に父親からもらった樹木の数々のことを話した。そうするとラーエルテースは息子であることの確かな証拠を認め、愛しい息子に両腕をかけて抱きついた。それからオデュッセウスは息子と再会した喜びで気を失って倒れかけている父親を自分の身へと辛抱強く引き寄せたのであった。

求婚者たちの遺骸は屋敷から運び出されて葬儀がとりおこなわれたが、アンティノオスの父親のエウペイテースはオデュッセウスに復讐するために求婚者たちの親族を集めてオデュッセウスが逃げないうちに押し寄せてゆこうと言った。その人々がオデュッセウスの屋敷に着く前に伝令使メドーンが現れて人々に、オデュッセウスの側には神の姿があった。そうしてメントールの姿を借りた神がオデュッセウスを激励なさったので、求婚者たちが胸を騒がせて、広間のうちを狂おしく馳せまわることとなり次々と倒れて行ったと言った。さらに年老いたハリテルセールの殿が一同のためを図って、こうした始末になったのはみなあなたがたの心の弱さに原因がある。あなた方の息子たちの愚かな仕業をやめさせろと言われたにもかかわらず、彼らは悪質な思い上がりで首領である人物の財産にたかったり、配偶者に対して無礼を働いたりしたからだと言った。二人の話を聞いて半分より多くの人が立ち上がって帰ろうとしたが、残った半分の人をエウペイテースが率いて殺された息子の報復をしようと考えた。オデュッセウス親子らと求婚者の親たちとの争いを収めるために女神アテーネーはゼウスに意見を求めたが、ゼウスは、なぜいろいろわたしに尋ねるのか。もともとこういう争いを企み出したのはそなた自身ではなかったのか。オデュッセウスが帰国して求婚者どもを討ち懲らしめて仕返しする段取りなんかを。そなたが望むようにされるがよいが、オデュッセウスが求婚者どもを討ち懲らしめたうえは、固い誓約をとり交わして、オデュッセウスは末永く王位を保ち、殺戮があったことを忘れて以前の通り親しみ合い、富と平和とをゆたかに享受させるとしようと言った。それで女神アテーネーはオリュンポスの峰々から飛び立って降りてゆかれた。丁度その時、求婚者たちがオデュッセウスの屋敷に迫り、オデュッセウス、テレマコス、ラーエルテース、エウマイオス、ピロイティオスらが武装したところだった。女神アテーネーはメントールの姿をしてオデュッセウスの前に現れて勇気づけた。女神アテーネーはラーエルテースの側に行って、槍を振りかざして投げつけるようにと言った。アテーネーに気力を吹きこまれた長い影をひく投げ槍はエウペイテースの兜に当たりずっぷり中に入って行き、エウペイテースは物音を立てて倒れた。オデュッセウスと息子は敵軍の先陣へと襲いかかって行ったが、ゼウスの娘アテーネーが声高く叫んで敵勢を引きとめた。オデュッセウスがそれでもなお戦闘を続けようとするのでアテーネーは、智謀に富んでいるオデュッセウスよ、踏みとどまったがよい、血腥い闘いはもうやめなさい。もしかしてそなたに対し広い空に雷鳴を轟かすゼウス神が立腹されてはいけないからと言った。そうしてきらめく眼のアテーネーは両側に和睦の誓いをとり結ばせなさった。

 このように女神アテーネーはオデュッセウスとテレマコスを助けて、テレマコスに父親を故郷に迎え入れるよう促し何度も危険な目に遭ったオデュッセウスを無事故郷イタケーに帰還させオデュッセウスをテレマコスと再会させ求婚者たちを退治することによって、ペネロペイアと二人が平穏な生活がまたできるようにしました。アテーネーの心のこもった言葉にオデュッセウスとテレマコスは勇気づけられて不可能と思われることを少しずつこなして行き大きな望みを達成することができたのでした。二人はちょっとした失敗や思い通りに行かない煩悶をアテーネーの温かい言葉に励まされて克服することが出来たのでした。アテーネーは知恵と戦いの女神としてギリシアの人々にあがめられるだけでなく、首都名としても残っています。このようにギリシアの人々がアテーネーをこよなく愛したのは心強い後ろ盾となっただけでなく、オデュッセウスとテレマコスの自主性を重んじていざとなったら現れて救いの手を差し伸べると言う姿勢でした。上手くいかない時には叱責することもありました。こういう尊い神アテーネーはギリシアだけでなく、全世界、全宇宙から求められる人物であり、アテーネーの困窮した人(ここではオデュッセイアとテレマコス)への接し方は王や首長や行政の長などだけでなく人を指導し導く人にとっては忘れてはならない大切なものだと思います。

 

慧子が一礼するとオデュッセウス・チームだけでなくアンティノオス・チームからも大きな拍手が沸き起こった。

 

太郎は劇の途中で不満を爆発させた宇宙人から声が上がると思ったがそのようなことはなく、拍手に続いて進行役を務めていた大板が事務的な口調で話し始めた。

「以上でそれぞれのチームの劇は終わりました。審査結果は厳正に・・・」

これを聞くと、それまで顔を伏せていて表情が読み取れなかった谷が顔を上げて頭を掻きながら言った。

「マイリマシタ。ヤッパリ、ウチュウデイチバンエライオウサマハスゴイネ。コトバデネジフセルトキイトッタケド、アンダケチキュウノヒトトノセッシカタハコウスルンヤデートホノメカサレタラワシハナンモヨウイワンワ。ソヤカラテツミクントタロウクンハチキュウニカエッタラヨロシ。アンタラノホウデイロイロハナシタイコトガアルヤロカラ、ソレガオワッテカラワシヲドウスルカキメタラエエヨ」

 女神アテーネーのような威厳のある態度で話を聞いていた花見と名乗る宇宙で一番偉い王様は言った。

「わしもあんたのことを谷さんと呼ばせてほしい。あんたがしていることは宇宙の管理にとっては意味のあることかもしれないが、三波さんや尾中さんの親御さんにとっては有難いことではない。せっかく育てた自分の子供が突然失踪してしまうのだから。たまたま西さんが広小路さんのところに相談に行ったから二人が親元に帰られることになったが、それがなければ行方不明者として親だけでなくたくさんの人が悲しんだことだろう。そうならないで本当に良かったと思う。谷さんからいろいろ話したいことがあるだろうから、この後しばらくしてからあなたの話を聞こう。わしの方は久しぶりに娘と話がしたいし、地球人がどんな生活をしているか興味があるので三人の大学生から話が聞きたい。それから娘の仕事ぶりを広小路さんから聞きたい。谷さんの了解が得られるのなら、そのあたりの話を済ましてから、あなたの話を聞こうと思うがどうだろうか」

「スキニシタラエエガナ。ワシハニゲモカクレモセンヨ」

「谷さんがああいってくれたので、これからわしの宇宙船に行こう」

 父親がそう言うのを聞いて、娘は笑顔で地球人たちに話した。

「父の宇宙船は小型だけれど、六人で話すくらいのゆとりはあるから大丈夫よ」

「そうか、それならじっくり・・・あまりに聞きたいことが多すぎて何を最初に聞こうか」

「そりゃー、もちろん広小路さんから宇宙人概論を話してもらうのが最初だよ」

 三波の話に慌てた大板が思わず言った

「あー、こりゃこりゃ」

慧子がにっこり笑って三波と尾中に言った。

「花見さんが女神アテーネーのような知恵を働かせて劇の中でほのめかすことで谷さんを説得して三波さんと尾中さんを地球に帰られるようにしてくれたんだから、二人はまず花見さんにお礼を言わないといけないと思うわ」

「でも尾中も一緒だと思うけど、なぜ谷さんが、マイリマシタと言ったのかよくわからない。本当にぼくたちは谷さんたちの劇に勝っているという評価が出て帰ることができるのかな」

 三波が話すのを聞いて尾中が言った。

「ぼくとしては谷さんが怒った後でまた劇が始まり進行して行くにつれて、段々谷さんがあきらめの表情に変わっていったのが印象的だったけど」

慧子が二人の方を見ながら話した。

「花見さんの台本による劇の方がアンティノオス・チームの劇に勝っていて、谷さんが敗北を認めたわけだけどそれだけではなくて劇の中では人を指導する人はこうあるべきと語られたのが谷さんの耳に痛かったのだと思うわ。そうですね、宇宙で一番偉い王様さん」

「ははは、長いから花見でいいよ。谷さんが降参したのはわしが人との付き合いは自分の方から積極的に出て相手の心を自分の方に引き寄せて、後のことは自分に任せてもらうというのではなくて、あくまでも相手の気持ちを大切にしてもし相手の気持ちが変わったら相手を慮って無理強いは諦めろといったことだった。それに気が付けば、谷さんも今やっていることは三波さんと尾中さんの気持ちを尊重していないし改めないといけないと思って二人を帰してくれると思ったのさ」

「わしはそれより花見さんの台本に圧倒されたからだと思うが」

「でも谷さんとの間の口約束が信用できるのかなあ」

「その件についての参考にもなるから、さっき三波さんから希望があった「宇宙人総論」の話をしようと思うが」

「どうぞ話してください」

 学生三人は身を乗り出して広小路の話に耳を傾けた。

「わしは今までに千人の宇宙人とやり取りをしていて記録に残している。最初の頃は動物園の動物を見るようにその宇宙人の変わった容姿にばかり気が行き、会話どころではなかった。それで最初の頃は目で見た印象を文章で残すことぐらいしかできなかった。そういう印象だけが残されている宇宙人が一万人ほどいる」

「一万人も会われたのですか」

「そう、その数を下らないじゃろう。というのもその九割以上を大板君が教えてくれたからなんだ。実際事務所で会わせてもらったこともある。わしの事務所の奥の地下は宇宙船の発着場にもなっていて、この前西さんがうちの事務所に来た時も一台来ていた」

「先生、そんなことより宇宙人総論の話を早くしてください。あんまり長いと谷さんが逃げるかもしれませんよ」

「そうだった。そのように大板君が紹介してくれた宇宙人、生態だけを教えてくれた宇宙人以外にわしは直接会った宇宙人が千人いる。初めて宇宙人に会ったのはまだ現役で刑事をしていた頃のことだ」

「この前事務所でお会いした時には人間ではとてもできないような誘拐だと言われていましたが、どんな手口だったんですか」

「要は高速での移動が可能な宇宙船を使ったとわかる場合に、これはもしかしたらとなる」

「そういう手強い宇宙人を相手に広小路さんは交渉に当たられたのですね」

「今でこそ、大板君という強い味方がいるが、最初は手探りだった。でも一つのことを念頭に置いていたから軌道から外れることなく事件を解決できた」

「それは何ですか」

「無理な背伸びをしないで解決可能な事件を自分ができるだけの技術と習い覚えた知識で解決することだった。当たり前のことをやるだけやって頑張ってみる。そうすればたとえ敗北に終わっても次の事件解決のために頑張ったことが役立ってくれるかもしれないと念じ続けた。それを積み重ねて今がある。ところで谷さんとの付き合いはわしが人間業と思えない誘拐事件を担当し出してすぐだった」

「ち、ちょっと待ってください。さっきから聞いていると谷さんが誘拐犯のように聞こえます。尾中も俺も谷さんが紹介する天体や谷さんがリーダーを務める劇を楽しんでいたんですが、谷さんってそんな悪い人なんですか」

 三波が話すのを聞いて、めずらしく慧子が頬を膨らませた怒った表情で話した。

「三波さんも尾中さんも自分たちが危険だと思わなかったの。宇宙へと出発して三十日以上経っても二人から連絡がないから、わたし、心配になって広小路さんに相談したんだけど。そうでなかったら、二人は一生宇宙旅行をしているしかなかったかもしれないのに」

慧子が涙声になって来たので、大板が引き継いだ。

「広小路さんがたまたま河原町の一角で宣伝活動をしていて西さんが声を掛けたから事件の解決に繋がったけど、もし捜索を依頼できる人が見つからずにいたら解決できなかったかもしれない」

 三波も尾中もそれまでと違って大学で講義を受けている時のような真面目な表情に変わったので、広小路が話を続けた。

「さっきも言ったように彼らは高速で移動できる乗り物を持っている。今なら同じ人物がほとんど時間を違わず遠く離れたところで同時に現れるとこれはきっと宇宙人の仕業だろうと推理することができるが、当時はそんなことは考えなかった。だが彼らの画像は残っていて、そういう誘拐事件で谷さんが誘拐された人と一緒に写真に写っているのをわしは何度も見たことがある」

「でもそうやって犯行現場を押さえることができたとしても、逮捕はできないので解決ができないですね」

「そう、逮捕はできない。いや、それ以前にかれらの隠れ家ともいえる宇宙船に乗ることもできないし、宇宙船がいるところもわからない状況だった。わしは解決のためには単身で宇宙船に乗り込んで宇宙人と直接交渉するしかないと考えた。そこで上司に事件の犯人である宇宙人の手口の話をして解決のためには宇宙人を相手に交渉するしかないと説明した」

「そ、それを言ったら、上司の方は、よし、わかったと了解してくれたのですか」

「もちろん」

「も、もちろん」

「相手にされず、なんなら長く休んでないから明日はゆっくりするといいと言われた」

 しばらく誰も話さなかったので、慧子が広小路に尋ねた。

「でも直接の上司がそう言われたのなら、宇宙人が犯人と想定しての捜査はできないでしょうね」

「そうなんじゃ、それでわしは何とか誘拐された人を取り返そうと警察を退職して自分なりに頑張ってみることにした。じゃが、警察をやめると警察官がするようなことは許されないから、河原町で易者の格好をして情報を集めて、宇宙人と交信して宇宙船を探し出して乗り込み宇宙人と直接交渉をすることを始めた。谷さんとは何度も会っていて、誘拐した人を帰してくれと頼んだが、谷さんは、その人たちはすでに重要な仕事に付いているから帰すことはできないと拒絶するだけだった。それなら交渉の余地がある誘拐されて間もない人を早く家に帰らせることができるように頑張ろうと思って日々奮闘しているというわけだ」

咳払いをした方を見ると、花見が、そろそろわしからの話を始めていいかなと言ったので広小路と三人の大学生は頷いた。

「わしも以前は広小路さんと同じ警察官の仕事をしていた。宇宙でも誘拐というのははっきり言って犯罪としか言いようがない。だがそれを打ち消すだけの大きなメリットを生み出すことが出てくれば、どっちを取るかの問題になる」

ここは一言も聞き逃してはならないと全員が耳を澄ませた。

「仮に優秀な人材がいてその人が希望すれば宇宙の本庁や出先機関で雇うことも可能なんだ。優秀な人材を連れて来た者には謝礼を与えるというお触れが出てわしが王に就任する直前のどさくさに紛れて既成事実となってしまった。よく考えればわかることだが、このお触れでは本人が一旦同意すればそれが永続的に続くと考えられているが、特に楽しいワクワクするものがない宇宙空間で働くことに一生を捧げるというのは考えられない。そこでわしは期間を特定して一定期間だけ宇宙で働いてもらうのがいいと考えた。でも地球人は他の星とのコンタクトを事実上拒絶しているから、一旦宇宙で仕事をした人の扱いに困ることになる。冷静になって考えてみてほしいんだが、君たちが元の生活に戻ったとしたら、ここ一ヶ月で体験したことを土産話としてクラスメイトに言ったりするのかな」

 花見が尾中に尋ねたので尾中はしばらく考えて答えた。

「ぼくは人にできないような素晴らしい体験をしたのでたくさんの人にそれを言って自慢したいのですが、写真が残っているわけでないし、相手が感動するような記述ができると思いません。そうなるとせっかく素晴らしい体験をしたのにしゃべることが億劫になり、やがてはその時のことを話すのは控えようと考えるようになると思います」

「谷さんは宇宙の風景を辿るだけなら観光バスの運転手みたいだから、『オデュッセイア』に紐づけして楽しい思い出にしようと考えられたのですが、それはちょっとだけ地球以外の宇宙の人との距離を縮めたのかなと思います。でも強い印象を残して、後でこの素晴らしい体験を誰かに伝えたいという気持ちにまでは至らないと俺は思います」

 二人の返事を受けて花見が説明した。

「谷さんはお二人のような宇宙に興味を持つ地球人を何人か宇宙に連れ出しさらに何人かを宇宙で働かせているが、うまく行っていない。わしは以前谷さんに、もししばらく宇宙空間で勤めて地球に戻してほしいと言われたら、あなたはどうするつもりかと尋ねたことがある」

「それで、その質問に対して谷さんはどう答えたのですか」

「チキュウニハベンリナカンヨウクガアッテネ、ケセラセラナルヨウニナルと言っていた」

「わしら地球の者がとやかく言うべきでないのかもしれないが、今までに宇宙に連れて来られた人たちはどうしているのかな」

「わしが王になってしばらくして連れ去られた地球人に残るか残らないかの希望を聞くようになった。それほど多くの人ではないから本人の希望を聞いて、地球に帰りたいと言われれば、これも本人の希望になるが、体験したことの記憶を消すかどうかを本人に確認して地球への送還となる。人通りがまったくない日本のどこかで宇宙船から降りてもらって近くを通りかかった人に見つけてもらえるようにする。その後は警察が身元捜しをして自宅へと送ってくれるだろう」

それまで自分の意見を言うのを我慢していた三波が花見の了解を得てから話した。

「谷さんとの出会いは尾中の方が先だけど、宇宙船に乗せてもらってからは俺が主に谷さんと話をして来た。大事な時には二人で話し合ってから谷さんと話した。だから俺がこれから話すことは尾中と同じ考えと言える。俺たちは谷さんの宇宙船に乗せてもらってそれこそルンルン気分だった。月、木星、土星を今までと違って至近距離から見て、その迫力に感動したものだった。ところがその次の楽しみとして馴染みの星雲・星団に連れて行ってあげると言われたのだが」

「アンドロメダ星雲、大マゼラン星雲、プレアデス星団なんかかしら」

「谷さんが乗っている宇宙船は高速で移動ができるからそれだけでなくメシエが紹介した星雲・星団にも連れて行ってもらった。谷さんは俺たちの要望に応えてあちこち連れて行ってくれた。こういうことを最初の一週間続けていたが、尾中も俺も少し違和感みたいなものを持ち始めた。宇宙空間に宇宙船が留まって見る景色だから視点が異なり日本のどこかで撮影した写真やテレビなんかで見る画像と微妙に違っている。星雲や星団は月、木星、土星をすぐ近くで見た時ほどの感動はなかった。それに宇宙での食事も味と栄養は最高なのかもしれないが代わり映えがしないので飽きて来た。それを見て取った谷さんが推し進めたのがメシエ天体を背景にした『オデュッセイア』だった。星座や星団が地球から見たものと同じだったら、俺たちはのめり込んだかもしれない。でもさっき言ったように別物だったから谷さんがあちこち案内してくれても感動は伴わなかった。そういうのが態度に出たのか、やがて谷さんは俺たちのことをあまりかまわなくなった」

 広小路が花見の了解を得て話し始めた。

「二人はあまり深みにはまらずに済んだけど、今宇宙のどこかで自分の意志が萎えた状態で働かされている地球人はどうなるのでしょうか」

「さっき言ったように地球人を連れて来て、本人の意志を確認して宇宙で働かせようと考えたのはわしが指導者となる前のことだ。その時はとにかく最初に地球人の意志を確認できれば問題ないとしていて、後になってその地球人が地球に戻りたいと考えた時にどうするかということは考えなかった。もちろん何年か経ったら帰すということも。それから地球人の特殊な状況として、なるべくなら他の星との交流を深めたくないというのがある」

「わたしは何度も地球人が乗って来た宇宙船を見て恐怖の表情を浮かべるのを見たわ。そういう表情を浮かべる人を見ると深いおつき合いは難しいかなと思うの。だからわたしと出会ったという記憶を消したいという人とかそもそも宇宙人と出会った記憶を残したくないと思う人にはご希望どおりにしているの」

「ということは宇宙人との出会いがあったことの記憶がなくなるの。それは誰と誰なの」

 大板が、このことについて話すのはおとうさんより宙ちゃんがいいんじゃないかしらと言ったので、広小路が立ち上がって話し始めた。

「わしだけでなく結構多くの人が宇宙人と接触している。その中には体験したことを覚えている人もいるがそうでない人もいる。そうでない人というのは宇宙人の判断で記憶を消された人か、自分で希望して記憶を消してもらった人だ。記憶を消されるのは宇宙人の判断だが、記憶を消してもらう場合というのはいろいろある。一時の苦い経験を忘れたいという場合、体験したことは楽しかったがきれいさっぱり忘れて新しい生活を始めたいと考える場合、宇宙人の方で自分のことは忘れてほしいと望む場合などがある。今回の場合はお三方が新しい生活を始めたいのできれいさっぱり谷さんと関わったことは忘れたいと言うのなら、記憶を消してもらうことは可能だ。そうすると谷さんだけでなく、花見さん、大板さん、わしの記憶もなくなる」

「質問したいのですが、記憶を残すか、残さないかどちらかの選択しかできないんですか」

 広小路が引き続き答えた。

「多分、目に焼き付いた宇宙の景色を記憶に留めたいのだろう。だが谷さんとの出会いまで遡って今回宇宙で三人とかかわったわしらの記憶もなくなってしまう」

「俺は貴重な体験をしたということは残したい気持ちがあるのですが、何か問題があるのでしょうか」

「それはさっき尾中君が言ったように写真を撮っているわけでないから、体験したことを話すことはできるが信じてもらえるかどうか。いい思い出として残すだけだったらいいが、何かの機会にこの経験したことを話したいと思うことがあるだろう。薄れた昔の経験を話してありえないと否定されるより記憶を残さない方がいいとも考えられる」

慧子がもじもじしながら言った。

「みなさんが大切な話をしている時に腰を折るようで気が引けるのですが、だいたい話したいことを話したのだったら、今度は谷さんを交えてこれからどうするかを考えてほしいの。谷さんがやったことが非難されることでないのなら、今まで親しくしてもらって宇宙の案内までしてくださった谷さんの考えも参考にしたいの。花見さんも広小路さんも大板さんも自由な発想が出来る人だから、谷さんの意見を尊重してわたしたちのことを考えてもらえると思うの」

 大板が花見と広小路の了解を得て、谷を連れて来た。谷は大板から六人で話したことの概要を聞いていた。

「最初にわしからもう一度話そう。今話し合っているのは三人が体験した記憶を残すかどうかということだが、谷さんはどう考える」

 谷は下を向いていたが、明るい表情に変わって話し始めた。

「ナンヤ、ワシノショブンニツイテハナシトルトオモッテイタノニ。サキニソノコトヲキイテカラ、キオクノコトヲイイタイネンケドドウナンカナ」

「谷さんの処分は特にないが、出来る限り連れて来た人の気持ちを確認して、本人が地球への帰還を希望するようだったら、帰られるように手配することを谷さんはやらないといけない。本人が今の仕事を気に入っているのならあえて地球に帰す必要はないが、定期的に帰る意志があるのか確認することも必要だと思う」

「イイタイコトハワカッタカラキオクノコトヲハナスワ。ソレデワシカラノオネガイヤケド、サンニントダケハナシタインヤケドドウカナ」

 花見が頷いて、広小路や娘と一緒に宇宙船の外に出た。谷が話しにくそうにしていたので慧子が微笑んで話し始めた。

「わたしたちは谷さんのお陰で、天体観測と『オデュッセイア』に興味を持つことができて、貴重な体験をさせてもらったわけだけど、この体験を残しておいた方がいいと谷さんは思っているのかしら」

三波はこの先谷と話すことがなくなると考えると目頭が熱くなって来た。

「俺は谷さんのことを忘れてしまうことはできない。ぽっかりと空いた穴を何で埋めることができるんだろう」

 尾中は一番長い付き合いで、中学校からの記憶が全部なくなってしまうと考えると憂鬱になった。

「谷さんとの出会いから後のことが全部なくなるということはテツミさんとの出会いも、西さんとの出会いもなくなるから、つまらない人生になるような気がする」

谷は三人の話を聞くとそれぞれが最初に話した時のような人懐っこい笑顔になって応えた。

「ナンモムズカシイコトハカンガエンデエエンヨ。ジャコビニリュウセイグンノトキニテツミクントタロウクンガデアウノハカワランカラネ。ソレカラウエストスイセイノトキモテツミクンガタロウクンニシャシンサツエイノイライヲスルノモ。タダワシガアラワレンダケヤ。ニシサンモフタリガキッサテンデハナシテイルトキニテツミクンガハナシカケルカラ。サンニンハデアッテソツギョウスルマデナカヨクスルコトハカワランヨ」

「でも星や星座や天体望遠鏡や『オデュッセイア』の話は話題にならないから、卒業したらばらばらになってしまうんですね。記憶を消さないのなら、共通の話題もあるしつき合いも長続きすると思うけどなあ」

「れとろすぺくとスルノモエエケド、ソレニヒタッテバカリデハヌケダセナクナルヨ。キブンイッシンシテ、アタラシイデアイヲダイジニシタラエエトオモウケドナア」

「でも俺はこれからも尾中や西さんと親しい間柄でいたい」

「わたしもせっかく二人とお友達になれたんだから、この関係を大切にしたいわ。広小路さんや大板さん、花見さんは相談に乗ってもらっただけだから、記憶がなくなるのは仕方がないかなと思えるけど、せっかく谷さんと出会ったのにそこの部分がないつき合いで我慢してというのは物足りない気がする」

「ぼくも谷さんとのつき合いが忘れられてテツミさん、西さんとの友人関係だけが残ると言うのは考えられないなあ」

谷は三人から引き続き関係を続けたいと請われて悪い気はしなかったが、引き続き関係を続けることは三人にとって好ましいことではないと谷は思った。それでしばらく腕を組んで考えていたが、左の掌を右の拳の底で打つと思いついたことを話した。

「トニカクイツマデモスギタコトヲモチツヅケテモシャーナイ。ワコウドハアタラシイデアイヲモトメルタメニフルイフクヲヌガントイカン。ソヤカラワタシトノヤリトリノキオクハノコサンホウガイイ。デモソレダケヤッタラアンタラナットクセエヘンヤロカラ、オッチャンガプレゼントスルコトヲヤクソクスル。ナカミハソノトキノオタノシミヤ」

 

 三波、尾中、西の三人が谷を囲んでいるところに戻って来ると、花見は言った。

「どうやら記憶をどうするか決まったようだね。きっと聞きたいと思うから、記憶を残す場合と記憶を残さない場合、それぞれどういう風にして日常生活に戻るか説明しておこう。記憶を残す場合はわしの宇宙船で蛸薬師宇宙生物研究所まで君たち三人を送っていく。記憶を残さない場合は谷さんが自分の宇宙船で君たちの大学の学生会館の屋上に君たちを乗せて行く。宇宙船が出発する前に記憶を消して眠ってもらうので、目覚めると谷さんやわたしたちのことは忘れてしまって、元の生活に戻ることになる」

「そういうことだから、わしや大板君を見てもわからないということになる。わしは引き続き占い師の格好をして河原町辺りをうろついているが、こちらから声を掛けることはない。蛸薬師宇宙生物研究所のビルはそのままだが、前を通っても君たちは気付かない。君たちの方で何か尋ねたいことはないかな」

しばらく三人は相談していたが、代表して三波がそれに答えた。

「いろいろ貴重な体験をさせてもらって感謝しています。尾中と俺は楽しくて谷さんに感謝することしかないけど、西さんに迷惑を掛けてしまったことはすまなかったなと思っています。記憶があるうちに謝っておきます。西さんの依頼を受けた広小路さん、大板さんにもお世話になりました。ありがとうございました。それから谷さんを説得してくれた花見さんにも感謝します」

「ということは三人の記憶を消すことでいいのかな」

「楽しかったことの記憶は消失してしまいますが、わたしたちは若いのでこれからそれ以上の楽しいことがあると思います」

 慧子が笑顔で話すと三波と尾中も頷いた。

「それじゃあ、あとのことは谷さんに任せよう。われわれはここで失礼するよ」

 花見が宇宙船へと向かうと広小路と大板も三人の学生にさよならの挨拶をした。谷たちが乗った宇宙船が宇宙基地を出発すると、谷が三人に言った。

「サッキイッタトオリニアンタラサンニンノキオクヲケシテネムラセル。メガサメタラワシノコトヤワシトノアイダデアッタコトハキオクカラキエル。デモヤクソクシタトオリ、アンタラガソツギョウスルマデニナニカガオコッテアンタラハソレニマンゾクスル」

 三波と尾中は首を傾げたが、慧子は微笑んで優しく谷に言った。

「本当に谷さんにはお世話になりました。感謝します。その上卒業するまでに素敵なプレゼントをしてもらえるなんて、何と言ったらいいか。きっとわたしたちの喜ぶ顔をそっとどこかで見られるのでしょうね。でもわたしたちは今感謝を言うしかないのね。本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 谷の眼には涙が浮かんでいたが、ただ、ソコデヨコニナッテネとだけ言った。