三人が宇宙から帰還して丸一年が経過していた。彼らは無事四回生に進級していて単位取得も問題なく、卒論を提出すれば卒業できる状況だった。三人とも宇宙で経験したことの記憶は残っていなかったが、その後も天文に興味がある三人は月に一度いつもの喫茶店に集まり天文に関することや学生生活のことを話した。彼らが学生でいた頃は一九八〇年代の前半でその頃は十月に就職活動解禁になるまでは先輩から情報収集をするくらいで企業と接触することはほとんどなかった。しかし解禁になると四回生の彼らは就職活動で忙しくなることが予想されたので、三波は二人に一足早く卒業旅行をしないかとの提案をした。

「どうせ十月に入ったらバタバタしてあっという間に三月になってしまうだろう。卒業旅行というのは普通外国とか北海道、沖縄なんかに行くんだけど、俺たちは天文ファンだから星を見に行こうと思う。就職戦線が終わった頃は冬に入っているだろうから天体観測どころではない。それで今度の週末に一泊で行ける近畿のどこかに出掛けてゴザに寝っ転がって一晩中星空を見ていようと思う。そうしたら流れ星にお願いできるからその勢いに乗って就職活動で頑張れると思う」

「うーん、面白そうだけどどこに行くのかしら」

「北海道や長野県に行けたらいいけど時間も費用も掛かるし、それに山の中や人がいないところだと熊、猿、狐、狸、蛇なんかと出くわさないか心配だ」

「そう、俺もそれが心配だから遭遇しないところがいいと思う」

「近畿だと奈良や和歌山の山奥かしら」

「空が暗くて天体写真の撮影スポットと言われている奈良県の曽爾高原がいいと思うんだけど、どう思う」

「お昼ごろ到着して夜は草原に寝転がって一晩中星を見ているのも悪くないわ」

「ぼくも賛成。じゃあ、当日利用する交通機関のことを調べておくよ」

 

 三人が路線バスを降りて一般観光客用の駐車場に行くと焼きそば、おでん、お好み焼きの屋台が出ていた。三人とも夜食を買って来ていたのでその前を通り過ぎたが、しばらく行くと別の屋台が出ていて三波は、懐かしいなあと言ってその前で立ち止まった。

「どうしたの・・・この店って何屋さんなの」

 その屋台には三十センチほどの高さの木箱の上に金魚を飼うような箱型の水槽が置いてあり、その中に水が入っていて底のところにガラスコップが置かれてあった。

「西さんは知らないかもしれないけど、水槽の縁から十円玉を落として十円玉がガラスコップに入れば景品の水あめが二倍になる。尾中も知っているだろ。やってみないか」

「うん、ぼくも子供の頃、縁日でこういう夜店があってやったことがあるけど。店の人どこにいったのかな」

 しばらくすると角刈り頭に鉢巻をしてランニング姿のおじさんが現れた。

「アンタラヤリタインカ」

 三人が聴き取れなくて、もう一度言ってくださいと言うとそのおじさんは、ソウヤ、コレヤッタラキヅカレテシマウと言って腰のあたりを触ってから話した。

「このお遊びの景品は水あめや。十円玉を落としてコップにうまいこと入ったら、二倍にしてあげるから。やってみて」

 三波と尾中は外したが、慧子はコップに十円玉を入れることが出来た。

「サスガニシサンハナンデモウマイネ」

 そういっておじさんは慧子に二倍の大きさの水あめを渡したが、角刈りのおじさんが早口で話したのでよく聞き取れなかった三波が尋ねた。

「西さんって、なんでおじさんがこの人の名を知っているの」

 おじさんは再び腰のあたりをいじって話した。

「そ、それはやな、こういうのが上手い人は西さんって言うの昔から決まっているやんか」

 おじさんは右手首のスナップをきかせて言ったが、三波と尾中はしきりに首を傾げた。

「おじさん、お褒めいただいてありがとう。わたし、さっきからとても気になっているんだけどそこに大きな製氷機が置いてあるけど、おじさんはかき氷も販売しているの」

「ええところに気が付いたね。これはね、流星の種と言ってね。宇宙からこれを撒くと流星になるんよ」

「流星の種ですか。ほんとかな」

「あなたたちが信じないんやったら、西さんだけに教えてあげる。耳貸したって」

 西が耳を貸すとおじさんはこっそりといつどこで流星が見えるか教えたようだった。

三人はせっかく来たんだから高原を一回りしようと言ってそこを離れたが、戻って来ると屋台がすべてなくなりおじさんもいなくなっていた。慧子は言った。

「もう少しあのおじさんと話をしたかったな」

「今日は観光客も多くないし、儲からないから帰ったんだと思うよ。ところであのおじさん、西さんになんて言っていたの」

「ナイショニシテネと言っていたから。でもちょっとだけ言うと、今晩午後十一時に西の空を見たら楽しいことがあるよと言っていたわ」

 

午後十一時になると三人は立ち上がって方位磁石で西の方向を確認した。しばらくすると一つ目の流れ星が流れた。三波は願い事をするのを忘れたと悔しがったが、その後一分間に百個ほど大小の流星、時には火球も流れたので三人は願い事を何度もすることができた。一時間すると流れ星が出現しなくなったので、三波は言った。

「製氷機の氷がなくなっちゃったのかな」

「ふふふ、でもお願いがたっぷりできたから満足したわ。あのおじさんは幸運を招く人かもしれないわね」

 慧子が笑顔で話すのを聞いて尾中はしんみりと言った。

「ああいうおじさんがしばしば現れて楽しい時間を過ごさせてくれたら嬉しいけど、おじさんがどこにいるかわからない。でもぼくたちはいつでも連絡が取られるから、また一緒に星を見に行こうか」

「私たちが一緒に星を見に行くことにしたら、今日のようにあのおじさんと駐車場で会えるかもしれない・・・前から聞いてほしかったんだけど、わたし、ホメロスが書いたと言われる『オデュッセイア』のファンだから、二人にもこの名著を読んでほしいわ」

「じゃあ、その本の話は卒業後、星を見ながら話すとしよう」

「いいわ」

「ぼくも賛成」

三人がもう一度西の空を見ると、最後の一つが流れた。いつまでも三人仲良く同じ星を見る時間が持てますようにと彼らは願った。


                                   完