プチ小説「心にともしび2」

二年前に京阪出町柳駅近くで会った青年にもう一度会いたいと元日の未明に須藤はそこにやって来た。青年も申し合わせた
ようにそこに来ていた。
「やあ、2年ぶりだね。あれからどうしていたの」
「須藤さんじゃないですか。本当にあの時はお世話になりました。おかげさまで、昨年の春から大学に行っています」
「それにしてもあの時とずいぶん変わったじゃないか。何かあったの」
「実は、入学してすぐに知り合った新入生が、まじめな人で、僕と正反対の性格だったんです。彼は毎日、朝の5時起床し
 散歩に出掛けます。一日をどのように過ごすか考えるためです。朝食はきちんととり7時には家を出ます。学校では...」
「私は別に君の友人の一日を知りたいと思わないが...。それにしても、顎髭がなくなり身体も贅肉が取れて、見違える
 ようになった。何かスポーツでもしているのかい」
「いいえ。その友人の誘いで、音楽教室に行くことになったんです」
「音楽学校とスマートな体型と結びつかない気がするのだが」
「そう思われるでしょうが、実はおおいに関係があるのです」
「ほう、話してみてくれないか。参考にしたいな」
「彼は大学に入ったら、大学の友人とクラリネットを習いたいと思っていたんです。ぼくも何か楽器をやってみたいと
 いう気持ちが以前からあったので、彼の話を聞いた時、一緒にやろうと言ったんです。最初はまともな音も出せない
 でいましたが、2ヶ月もすると自分の音が出せるようになりました。でも、息が続かないんです」
「なるほどそれで...」
「それで毎日朝起きて1時間腹筋をすること。2週間に1回は比良山に行って歩き回り体力をつけることにしました。
 音楽的なセンスは全くないですが、体力がつく毎にクラリネットの音色が良くなり出したので、今はレッスンを受ける
 ことが本当に楽しいんですよ」
「でも、君は高校時代、勉強ができずに写真にのめり込んでしまったって後悔していたけど、大丈夫かい。それにアルバ
 イトして学費を稼がなくていいの」
「僕の家は決して裕福ではないのですが、大学を卒業するまでは面倒を見てくれると言っています。音楽教室も小遣いの
 範囲内でやりくりはつきます。クラリネットは親戚の人から譲ってもらいました」
「それじゃあ、もう君に憂いはないわけだ」
「いいえ、つき合っていた女の子の心が離れて行きました。今では、連絡も取れません。今までなら一日中でも彼女の側に
 いることに何の疑問も感じなかったのが、今では他のことも考えてしまいます。肝心な時に、僕の身勝手で会ってやれない
 ことも多くなりました。それで... 」
「これからどうするつもりだい」
「もう後には戻れない気がします。ひとりの女性を愛し続けることができなかったという後悔は、一生ついて回るでしょう」
 青年が落胆している様子だったので、須藤は優しく言った。
「そんなに簡単にあきらめちゃっていいの。何ならぼくのライカを貸してあげるから、ふたりでこの京都で撮影会をしたら...」
「ええ、それなら喜んでお受けします」