プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生39」

JR山形駅近くのそばの名店に入ったふたりは、相もり板天を頼んだ。秋子が家に電話をしてくると席を外したので、
小川はすぐにディケンズ先生が昨夜言っていた話を反芻した。
「先生は、「そう、そこでアユミさんが必要になってくるんだよ」と言っていたが、どういうことなんだろう。もちろん、
 秋子さんの親友で東京暮らしの強い味方なんだから、僕も仲良くしていくつもりだけれど...」
秋子はなかなか戻らなかった。小川は家に電話するだけにしては長い時間だと思ったので、戻って来ると尋ねてみた。
「おかあさんの声を聞くと安心するわ。来月、家に来てくれるって...。それから、今、アユミさんのところにも電話して
 いたんだけど...」
「うーん、もしかしたら、それって、住むところの話なの」
「正解。小川さんが一所懸命に探してくれたのはわかるんだけれど...。アユミさんに話したら、ちょうど隣が空き家なので、
 来たらいいと言われたの」
「でも、家賃が高いんじゃないの」
「私の貯金を切り崩したら何とかなるわ。それに共稼ぎはしないといけないと思うのよ」
「それなら百歩譲って、アユミさんちの隣ではなくて、同じアパートの違う階にしてもらえると助かるんだけれど」
「いいわ」
「よし、それじゃー、これからの予定だけれど...」

小川は、バスで青森に行き1泊して、翌日青森から函館に行く特急で青函トンネルをくぐり、函館市内を散策して夜の
飛行機で帰るのが予定であると説明した。それが終わるとすぐに秋子はアユミにもう一度電話してくると言った。
「帰ってからでもいいんじゃないの。アユミさん、アユミさんばかりでは、僕は...」
「ごめんなさい。でも、今まで家族と一緒で何不自由なく暮らして来て、突然、大都会で暮らさなければならなくなった若い女性の
 気持ちを考えてみて。アユミさんは私にとって信頼できる人だから、東京の生活に慣れるまでは近くにいてほしいのよ。そして
 ふたりだけで生活しても大丈夫だと思ったら、水入らずの生活を始めましょう」
「ぼくこそ、ごめん。君のことを考えずにいろんなことを決めたりして。東京に帰ったらもう一度どうすればよいか考えてみよう。
 でも、今すぐにしないといけないのは新居となる予定だった文化住宅の1室の解約だな。そうだ前住んでいたアパートの荷物は
 梱包しているだけだから、秋子さんの言うところに送るとして、あとはどうすればよいかな」
「そうね。じゃあ、帰ったらまず、新婚旅行のおみやげを持ってアユミさんちに伺うことにしましょう」

その夜のディケンズ先生は今までにないくらい明るかった。
「小川君、私が言う通りになっただろう。秋子さんは奥ゆかしいから、君に直接窮状をを訴えなかった。アユミさんのことは
 気持ちよく受け入れて、アユミさんと仲良くできるよう頑張ってくれたまえ。マーク・タップリー君のようにいつも陽気に
 していれば、周りの人も明るくなるし引いては自分に明るい未来を呼び込むこともできるんだ」
「そうですか。それなら、僕も陽気に行くことにします」