プチ小説「名曲の名盤 ベートーヴェンの協奏曲編」

「ベートーヴェンの協奏曲と言えば、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」ですね」
「そうやなあ、この曲ほど華やかで立派な(規模が大きい)ピアノ協奏曲はないと思うよ」
「以前、ミンドゥルー・カッツの「皇帝」をピアノ・ソナタ「月光」と共によく聴かれたということですが、よく聴かれるのですか」
「確かにそうやけど、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全体をよく見てみよかな」
「そうですね。では全集から」
「やっぱりベートーヴェンのピアノ曲と言えば、ウィルヘルム・ケンプとウィルヘルム・バックハウスやと思う。フェルディナント・ライトナー指揮ベルリンフィルもハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィルの伴奏も素晴らしいしわ。どっちも言うことなし。他にはいらんと言いたいところやけど、そうはいかん。最初の頃は、第1番のリヒテル、ミュンシュ指揮ボストン交響楽団がええと言われて、よう聴いとったんやけど、ベートーヴェンの協奏曲はバックがうまくないとあかんと思うようになって、ウィーン・フィルかベルリン・フィル伴奏のええのがないかいなと思ったんや。ほいで最初に浮かんだのが、マウリツィオ・ポリーニ、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの第4番やった。曲のつくりも変わっていて、ポリーニもこの曲の魅力をすべて引き出しているちゅー感じやから、斬新で耳に心地よかった。なぜかこの演奏はカセットテープをラジカセで聴くことが多かったんやけど、それでも堪能できた。第3番はやっぱりクララ・ハスキルがイゴール・マルケヴィッチ指揮コンセール・ラムルー管弦楽団と共演したもんやね。ケンプもええけど、やっぱりこっちやなぁ」
「それじゃあ、「皇帝」はどうですか」
「とにかくこの曲はピアニストを志したら一度はオーケストラをバックに弾きたい曲のナンバーワンやと思うんや。だからレコードもようけ出とる。わしもケンプ、バックハウス、カッツ意外にも、アルトゥール・ルビンシュタイン、グレン・グールド、フリードリッヒ・グルダ、マウリツィオ・ポリーニ、エドウィン・フィッシャーなんかを聴いたけど、やっぱりどれも甲乙つけ難い。そうして最後は、カッツかケンプを聴くのやが、いつかはええオーディオ装置、音がぶわーっと広がるようなやつで、「皇帝」最初のところの聴き比べなんかできたらええやろな。でも無理やろな」
「じゃあ、次はヴァイオリン協奏曲に行きましょうか」
「ヴァイオリン協奏曲は前に話したようにヤッシャ・ハイフェッツがミュンシュ指揮ボストン交響楽団と共演したものごっつう早いテンポの演奏があって、これはハイフェッツがそういうのが得意というのがあったからやと思う。そうして白熱した演奏はアメリカのたくさんの人に喜ばれた。そやけど普通はダヴィッド・オイストラフとアンドレ・クリュイタンス指揮フランス国立放送管弦楽団が共演したレコードくらいのテンポが一般的なんや。若い頃はハイフェッツの演奏が好きやったけど、今は落ち着いていて、味わい深いオイストラフの方がええと思うようになった。加齢のせいかな。とにかくこの曲は名曲やからいろんなヴァイオリニストが名盤を残しとる。他にわしが持っとるのは、フルトヴェングラーのやつや」
「ユーディ・メニューインと共演したレコードですか」
「いや、わしは線の細いメニューインはあかんねん」
「では、ヴォルフガング・シュナイダーハンですか」
「そら、聴いたことないわ。ほらほら、メロディア盤で出てたやつ、あるやろ」
「ああ、それはもしかしたら、エーリッヒ・レーンと共演した戦前の演奏ですね」
「CDでも聴けることをこないだ知ったんで、給料もろたら買おかなと思うとる」
「最後にピアノ、ヴァイオリン、チェロが揃い踏みする三重協奏曲、トリプルコンチェルトはどうですか」
「リヒテル、オイストラフそれからロストロさん、カラヤン指揮ベルリン・フィルとかアンダ、シュナイダーハン、フルニエ、フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団のがあるけど、クラウディオ・アラウ、ヘンリク・シェリング、ヤーノシュ・シュタルケル、エリアフ・インバル指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団の方が素晴らしい。この曲の演奏はめっちゃ難しいと思うんやが、3人のソリストがうまいこと音を重ねてインバルがうまいこと纏めとる。駄作なんて言われることもあるけど、このレコードを聴いたら、この曲が好きになること請け合いや」
「そうなんですか」