プチ小説「名曲の名盤 マーラーの交響曲編」
「鼻田さん、マーラーの交響曲との出会いから始めていただけますか」
「そうやなあ、わしがマーラーの交響曲に興味を持つまではだいぶんと時間が掛ったんや。ある人から、マーラーの交響曲第3番のクラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィル盤が「詩的で面白い」と言われて、それを購入したのが切っ掛けやった。それまではマーラーの交響曲と言えば、ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィルの交響曲「大地の歌」を聴くくらいやった。マーラーの交響曲はどれも演奏時間が長いのと大編成なので、長時間大音量を聴くのは大変やなと恐れをなして近づかんかったんや。第一その頃のわしのステレオ装置はちっちゃなスピーカー、チューナーとアンプが一体となったレシーバー(今のステレオレシーバーみたいに音質はよくない)にレコードプレーヤーを付けて聴いてたんや。そやからそのステレオで大音量でマーラーの交響曲を聴いてみたいと思ったことがなかった。ピアノ曲、室内楽曲、小編成の管弦楽曲を地道に聴いて行こうと思っとった。それでも人から勧められたら、やっぱり聴いてみたい。5,200円でグラモフォンレコードの新品を購入したんやった」
「それで、どうでした」
「演奏時間が、1時間40分ほど掛るねんけど、あっという間に終わった感じやった。最初の楽章の冒頭で8本のホルンが奏でる主題はメロディ重視のわしにはおいしいケーキを与えてもらった感じやった。その後も、ブラームスの交響曲第1番のような人生の応援歌みたいなメロディーが繰り返される。第1楽章を聴いただけで、もうこの曲の虜になってしもうた」
「第2楽章から第6楽章はどうでした」
「第2楽章は愛らしい。目立たんがわしはこの楽章も大好きや。第3楽章は牧歌的なのんびりした感じで、ここで一休みみたいな感じやな。そやけどここもマーラーの魅力たっぷりやったら、きっと疲れて集中力が消失してしまうことやろう。第4楽章のジェシー・ノーマンの独唱は、第3楽章の賑やかな終わりと一変して、落ち着いた雰囲気でマーラーが、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』に触発され引用した歌詞を歌っている。そして暗い雰囲気になったところで、アルトソロと少年少女合唱団の賑やかな合唱が入る第5楽章や」
「そうですよね。ここらあたりの構成は素晴らしいですよね」
「そうして第6楽章、最後の楽章はほとんど弦楽合奏ばかりで、この上もない美しいメロディが奏でられる。天上の調べという感じや。時には静かに時には大きな盛り上がりを見せて、そうして最後は圧倒的なコーダ、ほんまここは感動するわ」
「どうでしょう、アバド指揮ウィーン・フィル以外の第3番は」
「ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮ロンドン交響楽団の演奏する第3番はなかなかよかったなあ。この曲はめっちゃ難しい曲で、第4楽章を歌う、アルト歌手(ノーマンはソプラノ歌手やが)、少年少女合唱団、それから第3楽章のトランペットは上手い人がいるなあ。ロンドン交響楽団には上手い人がおるみたいや。そんな仰山の演奏家を集めなあかんから、なかなかレコードにするのも大変みたいやけど、面白い曲やから評判の高いどのレコードも一聴の価値があるんとちゃうやろか」
「第1番はどうですか」
「これはワルターに尽きるんとちゃう。指揮者の師匠である、マーラーに敬意を持ってレコーディングしたレコードと言われとるし、交響曲「大地の歌」とともにぶっちぎりの独走ちゅー感じやな」
「第2番「復活」はどうですか」
「これは、アバド盤、ワルター盤のどっちもええと思わんかった。曲自体がちょっと煮え切らん感じがして。まあストコフスキー盤はよかったけどな」
「第4番「大いなる喜びへの賛歌」はどうですか」
「その標題はマーラーが付けたんやないけど、そうやなあ、そんな感じやなあと思わせるところがある。この曲と第5番はアバドを購入したけど、あんまりええとは思わんかった。盛り上がりに欠けるわ」
「ちょっと厳しいですね。第6番はどうですか」
「これは、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の名盤があるけど、「悲劇的」と標題が付けられるくらい暗い曲や。あんまりレコード棚から出して聴こうとは思わんな」
「第7番はどうですか」
「これは、アバド指揮シカゴ交響楽団のがええと思うよ。第9番で見られるような、アイロニーも見られるけど、結構楽しめる。第8番は千人の交響曲やが、わしはどう聴いたら理解できるんか、いまだにわからん」
「ぼくもショルティ盤を聴いたんですけど、よくわかりませんでした」
「第9番はな、もっと年取ってから、バルビローリ盤でも聴こかなと思っとる」