プチ小説「名曲の名盤 チャイコフスキーの管弦楽曲編」
「チャイコフスキーの管弦楽曲というと3つのバレエ音楽ということになりますか」
「そうやなぁ、「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」は人気がある曲やな。でもな、わしとしては、情景ごとに音楽がころころ変わるから、落ち着かん。「くるみ割り人形」の「金平糖の精の踊り」「ロシアの踊り」「アラビアの踊り」「葦笛の踊り」「花のワルツ」なんか素晴らしいと思うけど、あまりに短いもんで、ラジオでポップスの曲を聴いとる感じやわ。そやから、管弦楽曲の中でも1曲の長さが比較的長い、弦楽セレナードや序曲「1812年」、幻想曲「テンペスト」、幻想序曲「ロメオとジュリエット」の方が好きやな。それからスラブ行進曲、イタリア奇想曲なんかも好きやね」
「今回はあんまりボリュームがないので、ちょっとエピソードがあるとありがたいです」
「そうか、それやったら、幻想曲「テンペスト」をエフゲニー・スヴェトラーノフ指揮ソビエト国立交響楽団が演奏したレコードを知ったのは大学時代の友だちの友だちからやったんやけどその話でもしよか」
「ええ、是非」
「わしが、大学に入って3年して、わしと同じクラシック音楽ファンがおって、バイトで稼いだ金でごっついオーディオ装置を揃えたちゅー話をわしの友人から聴いて、わしはそのことを話してくれた友人に、是非、その人を紹介してくれちゅーたんや。ほんで、それから2週間して、わし一人でその人の下宿を訪ねることになったんや。その人の下宿の近くのバス停で待ちあ合わせて、下宿まで連れてってもろた。下宿に入ると大きなスピーカーがスピーカー台の上にのせて合って、その真ん中のオーディオラックには、プリアンプ、パワーアンプ(セパレートタイプや)、今から37年前のことやから、CDが出始めで、アナログプレーヤーしかなかった。それからテープデッキ、グラフィック・イコライザーなんかが置いてあった。わしが一番驚いたのは、そのアナログプレーヤーのアームやな。蛇がとぐろを巻いているようやった、いやちがう蛇行しとるようやった」
「よかった。とぐろを巻いていたら、どこにカートリッジをつけるんだろうと思いました」
「そうや、カートリッジはSPUクラシックGではなかったんやが、一応オルトフォンのMMカートリッジを使こうてますって言うとった。ほんでわしは疑問に思うて、なんでこんなアームやのって訊いたら、そら、あんた、エリック・クンツェル指揮シンシナティ交響楽団が演奏するチャイコフスキーの序曲「1812年」のレコードをちゃんとトレースして再生するためやがなちゅーて、そのレコードを見せてくれた。その友だちの友だちはレコードの溝を見せながら、大砲の実射、もちろん空砲やけど、の音が入ってて、こうして肉眼でも溝がジグザグなのがわかるでしょ。これをちゃんとトレースするためには、こういうアームが必要なんよと嬉しそうな顔をして教えてくれたんや」
「それで、そのレコードを聴かせてもらったんですか」
「いや、残念ながら、近所迷惑になるから、あまり掛けられないと残念そうやった。ほやけど、代わりにこれ聞かせたるちゅーて掛けてくれたんが、さっき言うてた、スヴェトラーノフの「テンペスト」や。ダイナミックでしかも美しい弦楽器の音も聴けるええレコードやった。そんな刺激的な面白いレコードを教えてくれたその友人の友人と仲良くしとったら、もっとおもろいレコードを紹介してもらえたのにと思うんやが、貧乏学生やったから、気の利いたお土産が用意できんかった」
「そうですね、礼儀として、1,000円くらいのお菓子は持って行った方がよかったですね」
「序曲「1812年」のレコードは買っても再生でけんから、カセットテープで買うた。今なら、CDや。針飛びの心配はないから安心して聴けるんやけどな。そうそう、イタリア奇想曲もこのレコードに入ってるよ」
「それじゃあ、あとは、幻想序曲「ロメオとジュリエット」とスラブ行進曲ですか」
「スラブ行進曲は、カラヤン指揮ベルリン・フィルかストコフスキー指揮ロンドン交響楽団かな。「ロメオとジュリエット」は、やっぱりカラヤンやろな。4回も録音してんねんから」
「そうですか、すごいですね」