プチ小説「名曲の名盤 フルトヴェングラーの名盤編」
「鼻田さんはクラシック音楽を聴き始めた頃からフルトヴェングラー・ファンだったのですか」
「わしはどちらかと言うと興味を持ったのは遅かった」
「なぜですか」
「フルトヴェングラーが亡くなったのが1954年や。ステレオのレコードが出始めるのが1956年やから、当時、ステレオ録音のレコードを聴くのが楽しみやったわしには対象外の指揮者やった」
「ステレオは三角形の頂点に座って聴くのがいいですよね」
「そうや、そやから、わしは柳月堂で座る席が決まっとるし、名曲喫茶ライオンでも同じなんや」
「そんな鼻田さんが改心したのはどうしてですか」
「それは今から24年ほど前に、京都のレコードコレクターの中村さんから、ウラニアのエロイカを貸してもろてからや」
「それって、もしかしたら10万円か20万円するレコードですか」
「その時に中村さんが話されたこと(ラーメンが10円やったときに7千円したとか)で自分なりに計算したところ、だいたい14万円やった。今やったら20万円以上はするやろ」
「どういう切っ掛けだったのですか」
「当時、神戸の中古レコード店らるごが定期的にSPレコードの愛好会を開催していて、店主から一度参加すると楽しいよと言われて、電蓄も蓄音機も持っていないのに参加した。大型の蓄音機でSP盤を聞いたのも楽しかったが、中村さんをはじめ沢山とのSPレコードファンの方との交流が出来て楽しかった。らるごが催しをやめたので交流の場はなくなったが、しばらく中村さんとの交流は続いた。ある日、中村さんにウラニアのエロイカの話をしたら、わし、持ってるから貸してあげるよと言われた。それでわしは、絶対手に出来ないようなプレミアム盤を自宅のステレオで聴くことが出来たんや」
「どんな音だったのですか」
「そら、わしのステレオは全部合わせても20万円くらいなものや。そんなにええ音と違うけれど、あの有名なジャケットとずっしりとしたレコードの重みは今でも覚えとる。音も深いいい音がしたんや。それを切っ掛けとして、歴史的名盤は、モノラルでも音が古くても聴こうと決心した。歴史的名盤のよさがわかったということかな」
「それでようやくフルトヴェングラーのレコードも蒐集するようになったのですね」
「そうや、だけどなー、フルトヴェングラーはベートーヴェンとブラームスのレコードばっかりで、重い曲調のものばかりやから、そればかり聴いているのはしんどいから、少しずつ集めることにした」
「フルトヴェングラーのレコードは、戦後のEMI盤とグラモフォン盤、戦前のユニコーン盤がありますね」
「そう、それ以外にもウラニアのエロイカのような名盤もあるようやが、それだけに絞って、情報を集めて購入していくことにした。ユニコーン盤は戦前ベルリン・フィルを指揮したものがほとんで、演奏にものすごい勢いがあったが、ライヴ盤で音が余り良くない。そやから、特に勢いがある、ベートーヴェンの交響曲第7番がええと思うた」
「グラモフォン盤はどうですか」
「有名なのは、戦後初めてベルリン・フィルを指揮した、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」や。そやけどグラモフォン盤は、ほんまに音が悪い。そやから、エテルナ盤で同じレコードが出てると聞いた時にすぐに購入した。ホンマ、ええ音やった。グラモフォン盤のように音が籠っていない。シューマンの交響曲第4番、ブルックナー交響曲第9番、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン シュナイダーハン)、シューベルトの交響曲第9番「ザ・グレイト」、モーツァルトの交響曲第39番、バッハの管弦楽組曲第3番、ハイドンの交響曲第88番のチューリップラベルのセット物があって、3万いくらかで購入したんやが、音はもう一つやった」
「演奏はどうだったんですか」
「例えば、シューマンの交響曲第4番は昔から好きなんやが、プラスアルファ、それは音がええことなんやが、それがないから足踏み状態や。モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」のDVDもチェザレ・シエピが出てるんで期待したんやが、面白なかった」
「EMI盤はどうですか」
「ベートーヴェンやブラームス、それからモーツァルト、ブルックナー、ワーグナーなんかのレコードを残していて、ほとんどがスタジオ録音やが、なかなかどれがええのかわからん。間違いなくええのは、バイロイト祝祭のベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」とウィーン・フィルとの第3番「英雄」や。わしはオリジナルに近いええやつを購入したから、満足して聴いとる。そやけどエテルナ盤のブラームスの交響曲第1番と第3番はもうひとつやった。ミュンシュ指揮パリ管弦楽団の第1番やセル指揮クリーヴランド管弦楽団の第3番の方がずっとええと思うた。エテルナ盤はワーグナー「タンホイザー」序曲とリストの前奏曲がカップリングされたレコードも持っとるけど、これはどちらも素晴らしい」
「今後はどうされます」
「恐らく、フルトヴェングラーの演奏を盤質、再生装置ともによい状態で鑑賞出来れば、ほとんどの演奏は聴いてよかったとなるんやろけど、中途半端やったら、音のよいそれなりの演奏の方に傾く、最近発売されたCDのいくつかを聴いたけど、やっぱりレコードで聴くのがええのかなと思った。もしかしたら、あの独特の音はCDでの再生は難しいのかも知らん。渋谷の名曲喫茶ライオンは、年末の最後の営業日にフルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管弦楽団の日本盤を掛けてはる。わしが同じ音源の音の良い外国盤を持って行って、掛けてくださいちゅーたら、奥さんが、これやないとあかんのですわと言ってはった。背伸びをせんと、自分に合った好みのレコードを探すのがええんとちゃうんかな」
「ぼくもそうします」