プチ小説「雪平鍋の妖精」

40才を過ぎてから自炊生活を始めた福居は、それまでたまに両親のためにお好み焼きを作ったり、スパゲッティのミートソースを作ったり、自分で麻婆豆腐を作って食べたりしたことがあるが、自分で調理器具を購入したことがなかった。それでお鍋を購入したが、最初に購入した鍋は、安いこともあり持つところが木製のアルミ鍋、雪平鍋であった。福居は、主に料理はインスタントラーメンを茹でるのとレトルトバックを茹でるのだけだったので、それで充分だった。ナポリタンスパゲッティを作る時は麺を炒めたりするが、福居はそれをアルミ鍋でしていたので、野菜炒めも焼きそばも作ったことがない福居はフライパンを使ったことはなかった。それでも自炊生活を初めてしばらくしてそれまで月1回は食べていた、カレーライスや焼きそばが食べられなくなると欲求不満を感じるようになった。
<今度の週末は連休だし、料理に挑戦してみようかな。よく料理は道具が肝心と言われるけれど、今家にあるのは、直径20センチの雪平鍋と持つところのプラスチックが熱で溶けたひしゃくだけなんだ。今までは、肉を炒めたり、長時間具材を煮込んだりすることがなかったから、フライパンやスチール鍋は買わなかったけれど、これを機会に焦げ付かないフライパンとカレーやシチューを煮込むためのスチール鍋を購入しよう>
福居は、料理に必要な道具を購入して、目玉焼き、チャーハン、クリームシチューを作ってみたが、味がよくてお腹をこわすことがなかったので、毎週末は料理をいろいろと作ってみることに決めた。福居が次に作りたいと思ったのは、醤油味の焼うどんだった。彼はうどんも好きだったが、醤油とネギはそれ以上だった。醤油はほうれん草のお浸しや壬生菜のお漬物に一味唐辛子と醤油をたっぷりかけて食べるのが大好きだった。
<うどんは市販の一玉35円のもので充分だし、ネギは白ネギ1本を刻もう。豚肉はロース肉で、たれは自分で作ることにしよう。醤油だけでも充分な気がするけれど、やはり粉末だしを使って塩分少なめにした方がいいだろう。あと豆板醤を少し入れたら食欲が増すに違いない>
福居は出来上がった焼うどんをすぐに器にとって食べたが、そのまま食べ続けて半分以上を食べてしまった。
<自分で調理するとつまみ食いも好きなだけできる。これはつまみ食いと言わないのかもしれないけれど...他にもいろいろと使いたい食材がある。🐷肉だけでなく、🐄肉、🐔肉、🐏肉も使って料理を作ってみたい。魚介類では、好きな🐙や🦑や🦐だけでなく、シャケ、サバ、シシャモなんかも使って料理を作りたいな。それから定番と言われる家庭料理も🍢と肉じゃがといろいろな丼は作ってみたい。🐄丼だけでなく、🦊丼や🐓丼それから木の葉丼、スタミナ丼、親子丼、や他人丼なんかも作ってみたいなあ>
福居は、週末にはスーパーで調理済みの弁当を購入せずに自分で夕食を作ったので、料理のレパートリーは増えて行った。それでも調理器具は、なるべく手持ちのもので済まそうと思った。圧力鍋を使うと調理時間も短くて済んだが、シチューやカレーにはスチール鍋を使ったし、スパゲッティ麺を茹でるのにもフライパンを使って、新しい鍋を購入しなかった。炒め物はもっぱらフライパンを使ったが、一番使用頻度が高かったのは雪平鍋だった。彼の朝食は週3日がインスタントラーメン、週3日が味噌汁とレトルトご飯、あと1日がカップ麺だったので、週に6日は必ず雪平鍋を使った。
<タマネギやダイコンやジャガイモだけでも味噌汁は美味しいし、もめん豆腐、うす揚げ、ワカメや絹ごし豆腐、うす揚げ、白ネギの味噌汁は絶品なんだけど、朝は時間がないから毎日味噌汁を作る訳には行かないなぁ>
夕食を作る時も雪平鍋を使って、麻婆豆腐、肉じゃが、🍢、煮豆(金時豆、小豆豆、花豆、うずら豆など)、豚汁、各種丼、肉豆腐、八宝菜、キャベツとベーコンのコンソメスープ、厚揚げとダイコンの煮物、チャンポン麺、鍋焼きうどん、芋煮などを作った。福居が自炊を初めて20年を経過した頃から、雪平鍋に経年劣化が目立ち始め、木製の持つところが黒くなって来た。そのためかアルミの部分との間に間隙ができて少しぐらつくようになった。彼は長年使っていた雪平鍋に愛着を持っていたので、廃棄するつもりはさらさらなくて、アルミに穴を開けて針金を通して引き続き雪平鍋での調理を続けた。
ある日、自宅に帰って、夕飯を作ろうと思って雪平鍋を取り出して食材を刻んでいると、部屋の隅から、男の声がした。
「今日は、何を作るんや」
「今日はね。麻婆豆腐ですね。〇美屋の麻婆豆腐の素甘口に絹ごし豆腐、白ネギ、白菜キムチを入れて作るんですが。今日は、シイタケ、ニンニク、ニラ、タマネギも入れて、よりスタミナがつくようにしようかと思います」
「そんなにようけ入れんでも、ええんとちゃうのん」
「それはわたしの勝手でしょう」
「そんなに、食材をてんこ盛りにしたらお鍋が可哀そうと思えへんのか」
「......△、□、🌀、×、◎、☆、☂、🌤、🍳、🍲、🍛、🐡、🍜、🗻...あなたは誰ですか」
「わしは鍋の精で、日夜わしの配下である🍲たちが、不利益を被らないよう日頃からパトロールしとるんや」
「パトロールですか。とすると私が何か何か悪いことをしたんでしょうか、えぇっ、どーなんです」
「当たり前や。もう20年も使っとるのに酷使しとる。針金でぐるぐる巻きにして、具材をてんこ盛りにしとる。これでは木ィのところに負担がかかってかわいそうや」
「へえ、そうなんですか。ぼくはお鍋さんは道具だから使ってなんぼで、長く使えば、それでお鍋さんに喜んでもらえると思ったんですが、それだと認識を変えないといけないですね。あいたた、何をされるんですか」
「あんたが痛がったように、このお鍋にも魂があるの、そやからあんたはこれからもっと道具は大事にせんといかん」
「と言いますと、具材は半分ぐらいにしないといけないのですか」
「そう、腹八分目という言葉もあるやろ。あんたは最近喰うことしか楽しみがないみたいでますます太って来とるから、それくらいの量に食事を控えて調理器具を大切にしたらええ」
「でも、わたしは食べるのが生き甲斐なんです」
「わしが言うたことを金科玉条とするかどうでもええぼやきとするかはあんたの自由や。わしはあんまり偉い方でないので、箴言くらいしかでけん。これから生きていく上での参考にでもしてくれ」
そういうとひらの妖精は姿を消した。