プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 夜桜もええもんやでー編」

わしが幼少の頃は、お花見という風流な言葉はあまり聞かんかった。ただ「桜を見る」「桜を見に行く」というのがあっただけや。近所の人が桜の下に集って、料理や酒をわいわい言いながら食したり飲んだりというのはなかった気がする。わしの記憶に残っとる桜は、小学校の始業式に母親に手を繋がれて見た桜の花吹雪くらいや。幼い頃に住んどった国鉄の官舎に桜がなかったからかもしらんが、そこにあった植物で記憶に残っとるのは児童公園にあった藤棚と25本ほどのポプラ並木くらいやな。当時は桜を美しい愛でるものという意識がわしになかったちゅーのも、記憶に残らんかった原因なんかもしらん。マスコミもその頃はそんなに取り上げんかったんちゃうやろか。桜が咲いたとかどこどこの桜は日本一やとか言い出したんは、朝日系のニュースステーションで夜桜中継をやり出したころからやないかと思う。それは30年ほど前で、わしもその頃から京都に桜を撮りに行きはじめたんやった。嵐山、円山公園、大覚寺、哲学の道なんかの満開の桜を見るとそらもう虜になってしもうてそれから10年程は毎年3月終わり頃から4月初めの休日はカメラを持って出掛けたもんやった。桜ちゅーたら、ぱーっと咲いた満開の桜の下で夜空を見上げて一杯やったり、ちらちら舞う桜の花びらをお猪口に浮かべて🌼ごと飲み干すちゅーのが風流やと言われるけどわしはどっちもやったことはない。上野公園で若い会社員が嬉しそうに陣取りをするのを見て、わしも入れてほしいなぁと何回か思ったことがある。ひとりで茣蓙敷いてするわけにはいかんからな。船場も独身やからわしと同じで賑やかにお花見がでけんから缶ビール買うて円山公園で夜桜を見るくらいしかできひんのやが、あいつ最近夜桜に興味があるちゅーとったんでどうなふうに写真を撮るつもりなんか訊いてみたろ。おーい、船場ーっ。おるかーっ。はいはい、にいさん、夜桜の撮影のことですね。そうや、お前、せっかくライカのM9を高い金出して買うたちゅーのに宝の持ち腐れ状態やないのか。そうですね、花火や夜景を撮りまくるつもりでした。淀川や茨木弁天などの近所の花火大会だけでなく琵琶湖や奈良五条の花火大会に行きたかったのですが、コロナで中止が相次いでいます。コロナが治まって開催されるようになったら、何年か先には東京や新潟の花火大会にも行きたいです。夜景の方は神戸、長崎で夜景を撮影したので、函館の夜景を一昨年の初夏に撮る予定でしたが、未だに函館に行くことが出来ません。ほんま、コロナで規制されたら、どうしようもないわな。まあ、そう言って諦めてしまうのも癪に障るので、町中の夜景を撮ることを考えたんですが、繁華街で三脚を立てて撮影するのは勇気がいりますし高級カメラを奪われる恐れもあります。それで躊躇していたのですが、数日前にいい考えが閃いたのでした。そうか長嶋監督みたいやけどまあええわ、どんなふうにするんや。まず撮影スポットとしては、夜桜見物をしているところで撮ります。それは肖像権とか問題あるんとちゃうんか。もちろん人ではなく、桜を撮るんです。これだったら、三脚を立てて思う存分撮れるし、寂しいところで撮影していて暴漢に襲われる危険もありません。それからM9はASA(ISO)2100で撮影できるので、夜の街中でも絞り2で125分の1くらいのシャッタースピードでシャッターが切れるんです。ですから慣れれば夜間に街中で気軽にスナップ写真の撮影が出来るようになるかもしれません。ただし粒子が粗いですが。ところで夜間の撮影で興味深いことがあるんですが、にいさん、わかりますか。うーん、そうやなぁ。こっそり撮れることとちゃうん。いえいえ、それは駄目ですよ。ポートレイト写真を撮るのなら、許可を得ないと。夜間撮影のいいところは、人工の光がいろいろ写せるというのがあります。ネオンサイン以外にも色とりどりの人工の光が暗い中に浮かびあがって見えます。そうした人工の光に照らし出された、お昼と違った景色や人影や植物なんかを撮ってみたいんです。ほたら今日は日曜日やから今すぐに出掛けたらええんとちゃうん。日曜日の夜に出掛けるのはきついです。それにこれから暫くはいろいろ予定があって、今年の夜間のお花見撮影は難しいですね。まあ、これは来年の楽しみに取っておきます。そうか、あんたは間が抜けた、いや気長なところがあるからまあそれもええやろ。来年は期待しとるでぇ。そうですね、頑張ります。