プチ小説「ある高校教師の肖像」(でも、デフォルメが多く創作した箇所もあるので 、フィクションとして読んで下さい)

高校時代、成績も芳しくなく、これといってよい思い出もない私にとって、高2の時に習った物理のK先生は今でもそのシルエット、
言動そして人をあっと驚かせる行動で異彩を放っている。

4月の上旬に最初の物理の授業があったが、K先生を一目見て私は柔和な笑顔とネイティブな大阪弁に引かれ、その虜となって
しまった。またその風貌が少年漫画のキャラクターのように太い実線で描けるような特徴があり、強い印象を残した。
正面から見ると黒縁の丸めがねと鼻が一体になっているように見え、頭髪は若い頃から続けていた刈り上げが年々後退していった
ため、最後に頭頂部の直径5センチだけが残ったという感じだった。いつも白衣を来て白いズボンをはいておられたため、最後まで
それ以外の服装を見たことはなかった。

ある日の授業。K先生は教壇で話をされていたが、気が付くと教壇を下りて、おしゃべりを続けていた男子生徒の机の横に来ていた。
K先生は、にこにこ笑いながら言った。
「おまえ、ええこと教えたるから、聞けよ。あいつはあほやぞ」
そう言って、授業と関係のない話をしていたもうひとりの生徒を指差して、続けた。
「あほと話してたら、おまえもあほになるで」
そうして何事もなかったかのように、教壇に戻り授業を続けられた。

3学期に入り、卒業後の進路についてみんなが悩み始め、だんだん暗い雰囲気が教室に立ちこめたある日の昼休み、2階の教室から
ちょうど見下ろせるところにあるプールで泳いでいる人がいるのに誰かが気付いた。私のクラスの生徒40名の大半が窓のところに
陣取り、寒中水泳を藻にまみれながらしている人の顔を早く見たいと思って、その人が息を継ぐために顔を上げるのを待っていた。
しかし泳ぎが上手な人で25メートルプールの向こうまで行っても息を継ごうとはしなかった。クロールだけでなく時にはバタフライ
で泳いでいた。ようやく手前5メートルのところで泳ぐのをやめそこに立ったが、それはK先生だった。ゴム製のスイミングキャップの
上には、何本かの水草の茎がのっかっていた。生徒の一人が思わず叫んだ。
「ほんまの海坊主みたいやんけ」
しばらくして、K先生がプールから出て来られた。生徒たちはすぐにK先生のところに駆寄ったが、何と言えばよいか分からずにバス
タオルで身体を拭いているK先生を見ていた。生徒たちは何も言わなかったが、もう一年この自分たちを楽しませてくれそうな先生の
授業を受けるために選択科目を「生物」でなく「物理」にしようと心に誓っていた。

4月になり、担当の先生の発表があったが、残念なことに物理の担当はK先生ではなく、K先生の楽しい授業とスカットさせる行動を
期待した40人の生徒は肩すかしを食うことになった。