プチ小説「久しぶりの通学」
福居の出身大学は京都の衣笠にあり卒業して暫くは同じクラスだった交友との交際が続いていたが、10年20年と経過すると交友と会うこともほとんどなくなって行き、30年すると交友とのおつき合いで京都を訪れることはなくなった。それでも福居としては、静かな佇まいの街に愛着があったし、鴨川べりを歩くと吹き付ける風は何処の土地を訪れても感ずることができない心地のよいものだった。
<このまま京都という町とのかかわりがなくなるのは寂しい気がする>
そう思った福居は京都の良さが徐々に分かり始めた大学生の頃を思い出し、当時よく歩いた通りを何回かに分けて歩いてみることにした。
<最もよく歩いたのはこの西院駅から大学までの行程(道のり)かな。まず西院駅を出て西大路通をずっと北に歩く。今、円町を過ぎたけど、西院駅から30分丁度だな、これだと1時間くらいで大学の東門まで辿り着けるかな>
福居は大将軍の交差点まで来ると左折した。そしてすぐに次の角を左折して100メートルほど歩くと等持院道のバス停がある商店街に出た。
<ここらあたりは30年前とほとんど変わっていない。あそこの質屋さんも鶏卵販売店もクリーニング屋さんも和菓子店も昔からあった。後継者がいるからこそ存続できるんだけど、学生時代はそんなこと少しも考えてなかったなぁ>
しばらく行くと嵐電の踏切があった。遮断機が下りていて10人ほどの学生が電車が通り過ぎるのを待っていたが、自転車に乗った学生以外はみんな女性だった。
<ぼくが3回生になった時に推薦制度が導入されて成績の良い女性がたくさん入学するようになった。それまでは素朴な、いや粗野な男性イメージがあった校風が、上品な成績の良い女子高生に人気のある大学になった>
大学構内に入ってから存心館の前を通って平井嘉一郎記念図書館に行ったが、途中出くわした学生の7割方が女性だった。
<ぼくのクラスは30人のうち3人しか女性がいなかったけど、今は女性の方が多いんだろうな。ある特定の宗教や政党に興味を持つ学生が東門の辺りで待ち構えていて、それを振り切るのに苦労したんだが、今日は東門のところでは駐輪場の管理人のおじさんが大きな声で自転車に乗った学生を誘導しているだけだった>
図書館に入って腕時計を見ると午前9時10分前だった。
<図書館は平日の午前8時30分から午後10時まで開館しているようだな。でも少し尋ねたいことがあるんだ>
福居は図書館の入口のゲートを入ると、受付の女性に声を掛けた。
「卒業生で利用カードは登録したのですが、どの程度までここを利用できるか知りたいんです」
「交友の方ですね。カードをお持ちでしたら、学生しか立ち入れないスペース以外は利用できますよ」
「ぼくはここの資料を利用して小説を書きたいのですが」
「特に制約はありません。前期、後期の試験の時は込み合っていますが、それ以外は特に問題はないと思います」
「今日も持って来ている。愛機(パソコン)で原稿を打ちたいのですが、電源を利用させてもらってもいいですか」
「電源のついているデスクの利用は可能です。すべてのデスクに電源があるのではないのですが」
「場合によっては、夜間も利用するかもしれません。学食の利用は可能ですか」
「生協の会員でないと割引はないですが、利用は可能です」
福居は古い付き合いの友人との交友関係が再び深められた気持ちになって、とても喜ばしい気持ちになった。
「いろいろ教えてもらってありがとうございます。今日は、これをネタにしてプチ小説を1つ書いてホームページにアップすることにします」
「???」
「いえ、今日は午前11時まで小説を書いて、ひとみで食事をして帰ります」
「???」
「オムライスが美味しい店で、40年くらい前からあるんです。学食はまた来た時に利用させてもらいます」
「そうですね。朝早くから夜遅くまで利用されることは問題ありません。学食の利用もそうです。ただ試験の頃だけは...」
「学生さん勉強の邪魔はしないつもりです。混んでるようだったら、諦めて帰りますし。混んで来たら、席を空けますよ。でもこれからはたっぷりこちらを利用させでいただきます」
福居は図書館のゲートを出る時に、こんなに簡単に大学との繋がりを復元できるなら、早く行動しておけば良かったと少し悔やんだ。