プチ小説「こんにちは、N先生25」

私は63才になって無性にかつて勉学に励んだ出身大学の図書館に通いたくなり久しぶりに母校立命館大学を訪ねたのですが、30年以上前に勉学に励んだ図書館は広場になっていて今は北門を入ったところに平井嘉一郎記念図書館ができていたのでした。最初に訪れた時は昔親しんだ図書館がなくなってしまってその代わりに出来た大きな図書館という印象だったのですが、2回目に訪れた時に司書の方が親切に対応してくださったこともありよい印象を持つようになりました。私は、以前から自宅以外で腰を据えて小説を書きたいと思っていました。というのも自宅にいると、冷蔵庫に入ったおやつに手が伸びる、スポーツ中継があるとテレビが見たくなる、ネット通販でCDやDVDが購入したくなるなどの誘惑に負けてしまうからです。図書館で仕切りや遠くにある陳列された蔵書を見ながらノートパソコンに集中していると、きっと今まで以上にたくさんの小説が書けると思ったのです。そうして先週の水曜日にためしに今から37年前にしていたことと同じことをやってみました。多少経路は違いますが、午前6時35分に自宅を出て午前7時阪急富田駅発京都方面行の各駅停車に乗り西院で降り大学まで徒歩で行きました。そのあと大学構内をしばらく散策した後に大学図書館に行きました。その日は2時間ほど図書館にいて帰りましたが、閲覧室の一角を利用して少しだけ小説を書くことができました。案内係の方は机の電源を利用してもよい、学食を利用してもよい、在校生しか入られないところ以外は開館時間は利用してもよいと言われたので、今後も質のよい小説を書くために母校の図書館を利用しようと思ったのでした。
2回目の本日は午後0時30分まで閲覧室で小説を書いた後、学食で食事を取ることにしました。案内係の人の話だと存心館(法学部の校舎)、以学館(経済学部の校舎)、末川記念会館、前に文学部があったところにある校舎にそれぞれ食堂があるということでした。私は少し迷いましたが、今でも本屋さんが同じ地下1階にあるという理由から存心館の食堂にしようと考え、卒業して初めてその食堂を利用することにしたのでした。食堂の前には以前と同様に食券の自販機があり私は2台あるうちのひとつの最後尾に並びました。前の年配の男性が100円玉を落として追いかけて行ったのでそれを見ていたのですが、その男性がこちらを向くとそれはN先生でした(注 ここは作者の創作で、実際はビュッフェスタイルでお盆に料理が乗った皿を載せて行き最後に代金を支払うようになっています)。
「やあ、君は今日もここで小説を書いたのかな」
と先生が尋ねたので、私は驚いて、先生になぜそれがわかるのですかと尋ねました。
「君はコロナ禍のため、クラリネットのレッスンが受けられず、東京の名曲喫茶ヴィオロンで開催するLPレコードコンサートの開催もできない。自著の大学図書館への受け入れが思うように行かないので、公立図書館への自著の寄贈を兼ねた旅行も楽しめない。それならせめて休日は楽しいことをしようと考えた。といっても遠出をして散在するだけのお金はないから、大学時代の4年間でしていたことを大体同じことをすれば、楽しい4年間を過ごせるんじゃないかと考えた。それで行くところは小説にも書いていた出身大学の図書館に間違いないと私は考えた。とこういうわけさ」
N先生の回答に少しずれがあると感じましたが、私は快く、
「そうですか、さすがN先生ですね。先生がおっしゃられる通り、私には学生時代は何物にも代えがたいすばらしい時代でした。それであの楽しかった時代をもう一度過ごせるならと考え、まずはそれと同じシチュエーションに身を置いてみようと考えたのです」
「その気持ちはよくわかるし、あながち間違った考えではないと思う。それに誘惑から逃れるのは、いつもと違うところで作業するのがよい。私も千本中立売に住んでいる頃は、千中ミュージックや千本日活が気になって仕方がなかったんだ。ところで私も存心館で昼食を取るのは久しぶりなんだがここのシステムを熟知しているかい」
「残念ながら、私も存心館の食堂は現役時代にあまり利用しませんでした。。私の在学中は文学部の校舎の近くにあった中華料理の学食で豚肉とキャベツ(といってもニンジンとタマネギも入っていました)のみそ炒めとライスばかりでした。合わせて400円もしなかったのですから。それから以学館で中華そばと捕食(豆腐、ほうれん草のお浸し、卵焼きなど)何かも食べました。500円する定食はあまり食べなかったですねえ」
「そうか、それならこれから4年間は学生時代と同様に昼食も倹約すればいい。空腹で原稿を書けば今までに思いつかなかった発想が出て来るかも知れない」
「うーん、それもそうですが、耐えられるかな」
「最初は辛いかもしれないけど、自宅に帰れば焼きそば食べ放題だし、焼うどんもお腹いっぱい食べられる。徐々に慣らしていけばいいのさ」
私はなぜ焼きそばと焼うどんを食べなければならないのかわかりませんでしたが、おっしゃる通りですねと言いました。
「ところで君は、この近くに名曲喫茶があるのを知っているかい」
「だいぶ前からあって、一度は行ってみたかったのですが、なかなか行くことが出来ませんでした。確か、東門近くのムジークという店ですよね。先週も店の前まで行ったのですが、午後1時から開店ということを知り昼から用事があったので帰ったのでした。でも今日はこれから行こうと思います。掛けてもらえるといいなと思って、CDを持ってきたんです。タンノイの大きなスピーカーだから、いい音で聴けるでしょう」
「そうか、それじゃあ、一緒に行くとしよう。もう午後1時を過ぎたから店も開いているだろう」
「そうですね。居心地のいい店だといいな」