プチ小説「クラシック愛好家のクイズ合戦」

私が立命館大学を卒業した翌年に開店された名曲喫茶ムジークに先週の水曜日に私はようやく行くことが出来たのですが、その時にマスターに20年ほど前にお世話になったNさんの話をしたのでした。マスターは、その方なら常連のお客さんで、毎週火曜日には来店されてたくさんの情報を持って来て下さる、他の曜日は余り来られないと言われました。私は8月になったら、火曜日にも来店できるだろうからそれまでに私のことを伝えておいてくださいと頼んだのでした。
私とNさんが知り合ったのは、神戸にあった中古レコード店で月1回開催されていたSPレコード鑑賞会ででした。当時私は30代でしたが、参加されていたのは男性ばかり10人ほどでした。私より年下が一人、40代の方が一人いましたが、他は50代以上で70才位の方も2人いました。それぞれがコレクションを持って来て店主が持っているクレデンザで再生していたのですが、三畳ほどの中古レコード店の控室で他には冷蔵庫が置いてあるくらいでしたが、とても狭くて足も延ばせずみんな畳に正座してクレデンザから流れ出る魅力的な音を聞いていました。私は冬に開催された鑑賞会に参加しただけなので少し寒かったという印象だけですが、夏場でエアコンが効かなかったらと思ったこともありそれ以来私はレコードは寛いで家で聴くのがいいのかなと思うようになったのでした。私の場合、レコード、CDのプレミアム盤は余りありませんが。Nさんとはその後も長岡天神の名曲喫茶の開店祝いの時にお会いしたり、京都の小学校で開催されたSPレコードの鑑賞会や私の地元高槻で開催された、ディヌ・リパッティのショパン ワルツ集全曲をSPレコードで聴こうという企画(再生装置は、78回転のレコードが再生可能なテクニクスのアナログプレーヤーにノーブランド(タンノイやJBLでないことだけは確かです。その時に天辺から音が出る円筒形のスピーカーの試聴会もありました)の大型スピーカーを繋いだものでした)でご一緒したのですが、それから暫くして仕事が忙しくなり、また定例会もなかったのでNさんとお会いすることはなくなったのでした。NさんにはSPレコードの素晴らしさを教えてもらっただけでなく、その当時15~20万円する言われていたフルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲第3番「英雄」のウラニア盤(通称ウラニアのエロイカ)を貸していただいたのでした。私の装置はその時も今も大したものではありませんが、お腹にずしんと来るクレッシェンドや連打されるティンパニーの音の華やかさに魅了されたものでした。そんなNさんともしかしたら近々お会いできるのだとワクワクした気持ちで過去を振り返りながらムジークに入ると、カウンター席にマスターと向かい合ってNさんが座っておられたのでした。
「Fさん、この前話しておられたことを昨日Nさんに話したら、『F君やったら、覚えとるよ。水曜日にしか来ないんやったら、わし明日行くわ』と言って、今日も来てくださったんですよ」
「Nさん、ほんとにお久しぶりです。お元気そうですね」
「わしは80才を超えたけど、今でも熱烈なクラシック・ファンやで。そやけどあんたもいろいろやって来たはったんやなあ」
「それほどでもないです」
「東京の名曲喫茶ヴィオロンで71回のLPレコードコンサートを開催しているのはええことや」
「でもあんまりお客さんは来ないんですよ」
「いや、2002年から2019年まで続いたというのがすごい、けどコロナ禍で中断しているのは残念なことや。それから続けているちゅーたら、クラリネットを習っとるんやてな」
「ええ、こちらもコロナ禍で中断していますが、2009年4月から2020年2月まで習っていました」
「あんた、ホームページもしていて、LPレコードコンサートの告知をするだけやなく、クラリネット日誌でレッスンの内容や自分の演奏を公開しとる。ほんでー」
「それから、なんでしょうか」
「改訂版を合わせて、『こんにちは、ディケンズ先生』を4巻出しとる。らるごで見た時はそんなことをするお人とは思えなんだ」
「まあ、いろいろあったのですが、じっくり自分を見つめ直す時間が持てたのが大きかったんだと思います」
「そうか、ほんなら、そんなことも含めて、クイズでこれからはやりとりをしよう。たとえばこんな感じで、私は今から半世紀以上前にウラニアのエロイカをさる中古レコード店で購入しました。中華そばが40円の時代にそのレコードはいくらしたでしょうか」
「ああ、それなら覚えています。確か、7,000円だったと...」
「ピンポーン。そしたら今度はあんたが出して」
「それじゃあ、こんなのはどうです。私の小説の第4巻に出て来る、モーツァルトの楽曲はタイトルに当時流行していた遊びの名前がついていますが、何と言うタイトルでしょう。日本語では、九柱戯と言われ、ボーリングの起源と言われています」
「あれやねんけど、タイトルが出て来んわ。編成はどんなんやったかな」
「クラリネットが主役で、ヴィオラがからんでピアノが伴奏してる感じですが、3つの楽器がバランスよく自己主張します」
「わかった。ケーゲルシュタット・トリオやね。ところで、今日も持ち込みCDあるねんやろ」
「ええ、今日はピアノ独奏用に編曲したシベリウスの交響曲第2番を聴いていただこうかと思い、持って来ました」
「そうか、マスター、この曲終わったら、このCD掛けて」
「いいですよ。喜んで掛けさせてもらいます」