プチ小説「名曲喫茶ムジークでの会話2」

立命館大学衣笠校の東門近くにある名曲喫茶ムジークは京都市民、立命館大学学生の憩いの場であったが、最近はコロナ禍もあり客足は遠のいている。それでも店主と奥さんの心配りは訪れたクラシックファンを楽しませてくれるし、東京の名曲喫茶ライオンやヴィオロンに比べるとこじんまりとしたオーディオ装置だがタンノイの大型スピーカー、真空管アンプ、ラックスマンのハイブリッドCDも再生可能なCDプレーヤーの組み合わせで心地よい音を聞かせてくれる。何より有難いことは客が自由に話ができることで、静かに名演を聞きたい人は不満を持たれるかもしれないが、交流の場を求める人には願ってもない社交の場となっている。福居は以前まで、自分が愛聴しているアナログレコードを名曲喫茶に持ち込んで、その素晴らしく心地のよい音を静かに聴くことに心血を注いでいたが、名曲喫茶ムジークに来るようになってからは、自分のCDを掛けてもらいながら、来店された方のオーディオ、レコード、コンサートの話などに耳を傾けることも楽しみになった。今日も、来店されたお客さんのふたりが対話をしているので、福居はそれに耳を傾けた。
「野村さん、今日は祖国を愛する作曲家について、あんたの意見が聞きたいんやが」
「ええよ、そやけど祖国を愛した作曲家というのはクラシック音楽の作曲家全部と言えるんとちゃうんか」
「そうかな。例えば、ラフマニノフはアメリカに移住して作曲をあんまりせんと自作自演のコンサートばっかりしとった。これは生まれ故郷を愛した作曲家とちゃうんとちゃうん」
「確かにラフマニノフは1918年以降ロシアを離れて以降1943年に亡くなるまで、アメリカを中心にコンサート活動ばっかりしとった。ピアノ協奏曲第2番のような「祖国ロシア」を彷彿させる曲は作曲しとらん。作曲はピアノ協奏曲第4番を作曲しとるがこれは名曲とは言い難いかもしらん」
「ラフマニノフはこのくらいにして、祖国を愛した作曲家の話をしようや。わしは祖国への愛情を交響詩と言う形で表現したんがスメタナと思う」
「そうやな、スメタナの連作交響詩「わが祖国」は何べん聴いてもスメタナの祖国への愛というのが伝わって来て、目頭が熱くなる。最近、クーベリックのCDを聴いてほんまええなぁと思うたわ」
「それからショパンも祖国愛が強かったんとちゃうやろか。埋葬はパリの墓地に埋葬されたけど、心臓は故郷ポーランドの首都ワルシャワの教会の石柱に納められたと言われとる」
「それにポーランドの音楽も紹介しとるからな。ポロネーズ、マズルカを楽しんで聞ける音楽にしたのはショパンの功績やわ」
「でもショパンの作品の中でええなーと思うんは、ノクターン、ワルツ、プレリュード、バラード、エチュード、スケルツォなんかとちゃうんかな」
「わしも和田さんの言う通りやと思うよ。ポロネーズは全曲聴くのはちょっとしんどいし、マズルカも生涯作曲し続けたちゅーけど、物足りない曲も多い。そやけどノクターン、ワルツ、プレリュード、バラード、エチュードは全曲が素晴らしくて完成しとる」
「ほんなら、スケルツォはどうなんや」
「名曲やと思うけど名演がない。例えば、ノクターンやったらフランソワ、プレリュードとバラードとエチュードやったらコルトーてな感じでお手本になるレコードがあるんやけど、スケルツォにはええレコードがないんやわ。そやからやっぱり物足らんということになるなぁ」
「なるほどなぁ...」
福居はほっこり温かい気持ちになってムジークを後にした。