プチ小説「初めての飲み会のあとで」
「それにしても4畳半の部屋に男が5人も入るとえらい狭いね」
「炬燵があるからなおさらだよ。でも4月になのに今日は寒いから、ちょうどいいや」
「ところで今日はどうするんだい。ここで雑魚寝をするのか、家に帰るのか。おれは残るけど」
「おれは下宿が近くだから、午前様になる前に退散するよ」
「今、何時かな」
「もうすぐ11時だよ。バスはもうないしぼくはここに泊まらせてもらう」
「じゃあ、おれもそうするよ」
「河原町の居酒屋を出たのは、9時頃だったけど高月さんがどうしても名曲喫茶に行こまいと
言うから、みんなで一緒に行ったけど、落ち着いたいい店だったね」
「でも注文を取りに来る人が突然現れたのには、びっくりしたよ」
「高月さんは何かリクエストしていましたね。なんて曲だったっけ」
「あれはベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番だよ」
「そう言えば、高月さんはドイツ・オペラを理解できるようドイツ語をしっかり勉強すると言われて
いたので、期待しています」
「試験前には訳本を作って、みんなにあげるよ」
「有難いことだけど、大学に入って語学の勉強によくそれだけ時間が割けるなあと思います」
「ぼくはただ中途半端にして単位を落としたくないだけだよ。もちろんドイツ語に興味があるのは
確かだけど。イタリア・オペラにも興味があるのでイタリア語も大学の授業を受けたいところ
だけれど、それはこの大学にない。同じラテン系の言語、スペイン語を3回生になったら随意科目で
受けられるので
、取ろうと思っているんだ」
「ぼくはバンドでギターを引いたり、週に3回はアルバイトをしなければならないから、高月さん
よろしく頼みますよ」
「あーあ、お酒が効いて来たのか、眠たくてしかたがない。ぼくは寝るけど、毛布はないの。やっぱり。
炬燵で横になるしかないか。泊めてもらうんだから、贅沢は言えないな」
「みんな真っ赤な眼をしてどうしたの。あれからぼくはすぐに寝たけれど、遅くまで起きていたの」
「......」
「正直に言ってよ」
「これからいろいろお世話になるので、言わないつもりでしたが」
「何かあったの」
「高月さんが一晩中かーかー大鼾をかく、だもんでみんな眠れずじまいです。善処をお願いします」
「そうか、それなら次回からはみんなが眠るまではぼくは眠らないことにしよう」
3人はしばらく返答に困っていたが、高月がすまなそうな顔をしたので、誰ともなく笑い出した。
高月が安城の下宿を出て、朝帰りのために近くのバス停に行く頃には、3人は機嫌を直していた。