プチ小説「こんにちは、N先生 32」
今年の夏はまさに異常気象で、京都では連日猛暑日が続いています。それでもたまに最高気温が33度に下がる時があり、そんな時は今日は平川嘉一郎記念図書館で昼からも懸賞に応募する小説を書こうと家の玄関を出てすぐに右手で拳を作って誓うのでした。私の場合、運動のため西院駅から図書館までは歩くのですが、午後から最高気温が35度以上になる日は朝方の7~8時でも30度近くになっていて、図書館に着く9時頃には30度を軽く超えていますから、汗かきの私はハンカチは濡れタオルのようにズクズクになりズボンのポケット周辺や汗がついた辺りは塩が白い粉のようにそこら中についてみっともない格好になっています。5分に一回はハンカチで汗を拭いなら小一時間歩くと、かなり体力を消耗してしまってお昼からも小説を書こうという気持ちも雲散霧消してしまい午後からは松本清張の推理小説を読んでしまうのでした。8月初旬から(後期が始まるまで)開館時間が9時からと少し遅くなったため、阪急西院駅前の〇クドナルドでカフェラテを飲んで西大路通りを歩き始めましたが、信号待ちで三条通を京福電車が通り過ぎるのを見ているとN先生の声がしました。
「〇クドナルドで一服してから歩くとは言え、酷暑の中を1時間近く歩くのは身体によくない。市バスに乗ればいいんじゃないの」
「あ、N先生、おはようございます。ぼくの場合、歩くのは健康のためだけでなく、創作活動のためには必須のことと考えています。だからこの暑さが落ち着いたら、帰りも西院駅まで歩こうと考えています」
「そうか、君の場合、歩くことでインスピレーションが湧いてくるわけだ」
「そうですね、学生時代はそれでいろんな発想が生まれて連鎖しました。それから37年が経過したわけですが、学生の頃と同じ恩恵が受けられるのではないかと考えて、歩きながら思考する時間を大切にしたいと考えているわけです」
「そうか、それだったら、もう少し気温が下がったら、往復徒歩通学というのを始めるがいい。ところで『Dの複合』ではなくて、『モンテ・クリスト伯』は読んでいるかい」
「電車内では、『モンテ・クリスト伯』を読んでいます。ただ、エドモン・ダンテスがシャトー・ディフから脱獄出来て、モンテ・クリスト伯と名乗って、ヴィルフォール、ダングラール、フェルナンに復讐するという大筋だと思うのですが、ヴィルフォールとダングラールは正真正銘の悪人ですが、フェルナンはダンテスのかつての恋人メルセデスと結婚したこともあってか、悪人とは言えないようです。それに彼らの息子のアルベールはイタリアでダンテスに命を救ってもらったこともあって、ダンテスに心酔しています」
「いやいや、フェルナン、モルセール伯爵とダンテスとの対決もある。決して極悪人の性格は改まっていない。物語の進行と共に息子のアルベールとの関係も複雑になって行く、3巻で登場したエデもモルセール伯爵に父親を殺害されており、重要な登場人物だ」
「それに比べるとダングラールは夫人も娘も悪人のようですから、わかりやすいです」
「そうかもしれないね。夫人は貴族であるが、ダングラールと結婚する前に夫である男爵が自殺したりヴィルフォールと愛人関係であったりして評判の良くない夫人だ。娘はストレートに自分の意見を言う性格だが、これがダングラールに致命傷を与えることになる」
「ヴィルフォールはダンテスの家令ベルトゥッチオに刺されますが、今のところその後どうなったかがわかりません。その後もヴィルフォールは生きているようですから、どうにか生き延びたのでしょう。その時にヴィルフォールが生き埋めにしようとしていた嬰児をベルトゥッチオが蘇生させて育てたベネデットが父親の遺伝子を受け継いで非道の限りを尽くして姿を消します。彼はその後どうなるのでしょう」
「彼はモンテ・クリスト伯に探し出され、ダングラールの娘ユージェニーと婚約することになる。詳細についてはその時に話すとしよう」
「先生の話によると、ぼくが考えている以上に物語の展開は複雑です。もうちょっと整理してからお話ししたいと思います」
「まあ、そうは言っても第4巻に入ってもうすぐ半分読んだことになる。君は『Dの複合』も楽しみながら、こんがらないように『モンテ・クリスト伯』を楽しめばいいんだ。今の時期、読書が塞いだ気分の最良の特効薬になるんだから」
「そうですね、そうします。ほんとうにどちらの小説も時間があればずっと読み続けたいという気持ちになっていますから」
N先生は、ぼくは今から等持院に行くからと言われたので、ずっと以前に等持院前というバス停があったところでお別れしたのでした。