プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 通いなれた道編」
わしが幼少の頃は茨木市内に親戚の家があって、国鉄茨木駅(当時)から阪急茨木市駅を超えて(30分以上かかって)そこまで行ったもんやった。小中学生の頃は1ヶ月に1回は行っとったけど、1千円の小遣いと昼ごはん(いつも助六やった)がもらえるのがその時の楽しみやった。近くのダイエーの屋上のゲーセンで散財した後、高級茶と一緒に出される品のいいお菓子を食べながら、おじいちゃんとおばあちゃんに近況報告をするんやが、勉強が出来るわけでもないし得意なスポーツがあるわけやないしおじいちゃんやおばあちゃんに楽しんでもらえる趣味の話ができるわけやないので、過去1か月の報告をするくらいしかでけんかった。おじいちゃんとおばあちゃんはにこにこしとったけど、わしの出来の悪さにさぞがっかりしたことやろう。意気消沈しているのを見て一念発起して勉学とかスポーツで頑張っとったらよかったんやろけど、わしはその時にテレビでやっとった吉本新喜劇や松竹新喜劇や寄席の番組を見とったから、ちょびっとだけおもろい気の利いたことを言えるようになっただけやった。それでも6年間くらいその親戚の家に通ったから、たまにその道を通ると当時のことを思い出して、おじいちゃんとおばあちゃんにすんまへんと言いたくなるんや。船場は小中高とわしと同じ学校に通ったから、通いなれた通学路のことはわしも知っとる。ただあいつはわしと違ごうて予備校に1年大学に4年通っとったから、わしと違って行き帰りの電車でいろんな本が読めて充実していたと言っとった。大学の頃は旅行とかの楽しみは我慢せなあかんから、あいつは日々の生活、通学や友人との付き合いを楽しみにしていたみたいや。学校への通いなれた道や友人の下宿までの道なんかは今でも懐かしい思い出になっているちゅーとったけど、ただの道にあいつはどうして感情移入しよるんかようわからん、ちょっと訊いてみたろ。おーい、船場ーっ、おるかー。はいはい、通いなれた道を歩くのはほんまにいいもんですよ。特に京都はあまり街並みが変わりません。特に西大路三条から大将軍のあたりまでは昔とほとんど変わらないんです。もっと変わらないのは京福電鉄を渡り洛星高校の西側を通り馬代通りを西に入って大学の東門や南門に行く道は40年間全然変わっていません。ほやけど、その横を通ったから活力が湧いてくるちゅーことはないやろ。いえいえ、ぼくの場合、幼い頃に住んでいた木造官舎は今は跡形もありません。高校を卒業して浪人している頃でしたが、思い出の一杯あった幼き日の遊び場が無残に建設機械で壊されるのを見て、それこそ「形あるものはいつかは壊される」ということを実感したのでした。でも京都の場合は案外古いものが残っていて、さっき言った地区の辺りの様子が変わらないというのもその一つです。まあ、京都に来てそういう感じの木造の古い建物が生き残っているのを見るとホッとするんですかね。大学時代の親友の下宿が福王子神社の近くにあって多い時は月に10回通ったものでした。仁和寺の山門の前を通って行きましたが、何百年も前に建造されてこれからも残って行くであろう山門の前を通ると、これからも変わらないでいてくれるんだろうなという安心感が持てました。そんなもんかな、他にもそんなところあるんか。ずっと最近のことになりますが、クラリネットのレッスンで通っていた阪急烏丸駅から日本生命ビル9階のミュージックサロン四条までの道のりも懐かしいですね。帰りはN師と呼ばせていただいた1歳年上で同じ大学をぼくが入学する1年前に卒業された方とご一緒したのですが、何度かN師とは発表会の練習をスタジオを借りて練習したこともあり、もう一緒にレッスンを受けられないと考えると喪失感を覚えます。まあそやけどクラリネットのレッスンは10月4日から再開するんやろ。それはそうですが、N師、Iさん、Kさん、BさんそしてK2さんがおられた頃とは全然違います。話は変わりますが、ぼくが阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロンでLPレコード・コンサートをしていた時もほぼ同じ通いなれた道を通っていたのです。新幹線を品川駅で降りて山手線で渋谷へ。名曲喫茶ライオンでレコードを1枚掛けてもらい、お茶の水へ。洋食屋カロリーでハンバーグ定食を食べて、新宿のディスクユニオンへ行き2時間ほどレコード漁りをする。どこかで夕ご飯を食べてから、宿に向かい最初の日が終わります。2日目は午前10時頃宿を出て、道玄坂の飲食店(昔は幸楽苑によく行きました)で早い目の昼食を取って渋谷の名曲喫茶ライオンでレコードを1枚掛けてもらい、阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロンに向かいます。なるほどなあ、LPレコード・コンサートの時も通いなれた道を通ったんやな。そうです、ぼくの強い願いとしては、これから先も絶えることなく通いなれた道であってほしいということです。西大路通もミュージックサロン四条への道も。そうか、ほんなら、わしもそうであり続けてくれるようにとお前のために祈ったるわ。