プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生44」
小川が昼食を取っている時に秋子から電話が入り、 小川がよければ秋子を自宅に泊めてもよいとアユミが
言っていると訊いた時に、小川は迷わず秋子に返事した。
「申し訳ないが、週末までは仕事の見通しが立たないので、ここはアユミさんの好意に甘えることにするよ。
仮に布団を買って眠る場所を確保したとしても、僕のワンルームで二人が生活するのは難しいと思うし、
きっと迷惑をかけることになるから。でも、週末には必ず迎えに行くからね」
「それが一番いいと思うわ。明日、大家さんが私たちの部屋に案内してくれるから、家具や必要なものを
少しずつ運び入れようと思っているの。そうして小川さんと私の荷物が届けば、いつでも新生活が始め
られるわ。小川さんはとりあえず週末までお仕事頑張ってね」
午後10時を過ぎても仕事のけりをつけることが難しくなったため、小川は会社から秋子がいるアユミの家に
電話を入れることにした。
「まだ、寝ていなかった。昨夜は徹夜したんだから、早く横になった方がいいよ。僕のことは心配しないで。
週末には必ず迎えに行くからね」
「そうね、アユミさんがさっき言ってたけど、楽しみが少し先延ばしにされて待ち遠しい気持ちでいっぱい
になっているから、今つらいのは我慢できると思うの...。でも...。ほんとに、つらいわ」
「僕のことをそんなに大事に思っていてくれているんだから、一生秋子さんのことを大切にするよ」
「ありがとう。とってもうれしいわ。そうそう、忘れないうちに小川さんに言っておかないと。小川さんが
大切にしている本のうちの1冊をお借りしているの。"GREAT EXPECTATIONS"(大いなる遺産)という
本で、お守り代わりに鞄の中に入れておきたくなったの」
「そういうことなら、大賛成さ。ディケンズ先生は僕たちを結びつけてくれたんだし、これからもお世話に
なるつもりだから。一言で言うなら、絆というのかな」
「私も、そう思っているわ」
小川が自宅に着いたのは日付が変わってからで、布団に横になったのは午前1時前だった。一日中、緊張して
仕事をしていたためか、しばらく目を閉じていても眠りにつけなかった。小川は昨日秋子がしていたように、
ディケンズの著書が入った段ボール箱を開けて、しばらく眺めてから独り言を言った。
「ディケンズ先生は、この前しばらくの間お別れだと言っていたけれど、その前には、秋子さんと僕が気に入った
から先生の本を読まなくても夢の中に出て来ると言われていた。どっちが本当なんだろう...。ふぁー、それより、
やっと眠くなって来たんで、電気を消すことにしよう」
しばらくして、夢の中にディケンズ先生が現れた。
「小川君、どっちが本当なんだろうと言っていたが、それはよく考えてみると、整合性があることに簡単に
気付くことだろう。つまり、8、9年先に「互いの友(我らが共通の友)」が出るまで、
「エドウィン・ドルードの謎」を読み終えてしまわないようにすれば、それでいいわけなんだよ」
「......」