プチ小説「こんにちは、N先生35」
台風14号は暴風域が広い猛烈な台風でしたが、鹿児島市に上陸して九州を縦断すると勢力が弱まり強い台風になりました。霧島、高千穂、阿蘇あたりにお住まいの神様が前例のない台風に偉大なお力を使っていただいて大事にならないようにしてくださったと私は考えるのですが、9/19と9/20は台風で交通機関が麻痺してのんびりと図書館で小説を書くことはできないだろうと考えて、母校の図書館には行かないことにしました。それでも9/20の午後は最高気温も25度までしか上がらず散歩には持ってこいと思ったので、午後から京都市内に行くことにしました。以前から京都府立植物園の最寄りの駅地下鉄北山駅を降りて東に歩いてみたかったので和菓子店とサイフォンコーヒー店を求めて歩くことにしました。この道は2年に一度位前日の大晦日から歩き始めて元旦の深夜に通ります。その時は下鴨本通りを南に下って下鴨神社に向かうのですが、今日は京都ノートルダム女子大学を通り過ぎてもさらに東へと向かいました。いくつかコーヒー店やレストランがありましたが、府立植物園近辺に比べるとお店の数はずっと少なくどちらかというと物寂しい感じでした。しばらく行くと宝が池自動車教習所がありその際には五山の送り火の「妙」「法」の「妙」の字がありました。今から4年前の五山の送り火では高野橋で「法」を撮った後にこの前まで走ったのですが、残念ながら到着した頃には「妙」の半分くらいの火が鎮火していて、「妙」とは言えないものいなっていたので撮影を諦めて「法」だけで我慢したのでした。そんな昔の苦い思い出を噛み締めながら点火されていない「妙」の字を見ているとN先生が声を掛けられたのでした。
「君は、五山の送り火の撮影ををライフワークにしているようだが、あんまり成果が上がっていないようだね」
「そうですね、2度親友の協力で市内のマンションの屋上から撮影したり2度どしゃぶりの大雨にもめげずに頑張ったのですが、良い写真が撮れていません」
「それから高野橋から宝が池自動車教習所まで三脚にライカをつけたまま全力疾走したり、君の場合五山の送り火の撮影はドタバタ喜劇のような感じのところがある」
「仰る通りですが、限られた時間で成果を上げるというのはとても難しいです」
京都工芸繊維大学を通り過ぎてしばらく行くと京福電鉄の修学院駅がありました。N先生は、この近くにおいしい和菓子屋さんがあるよと言って「游月」という和菓子店に案内されました。そこで先生は、あとで鴨川べりで食べようと言って、三種おはぎ(きなこ、つぶあん、こしあん)とみたらし団子を買われました。
「ところで君は最近また『モンテ・クリスト伯』ばかりを読んでいるようだが、楽しんでいるかい」
「復讐の物語ですから楽しむというのはどうかと思いますが、ダンテスの復讐は計画的に少しずつ進められているという感じです。前にも言いましたが、自分を陥れた3人の悪人へ復讐の物語というのではなく、その家族もダンテス(モンテ・クリスト伯)や3人の悪人に係わってきます」
「しかもその中には、3人を毒殺する悪女のヴィルフォール夫人(エロイーズ)もいれば、ヴァランティーヌ(ヴィルフォールと前妻(ルネ・ド・サン=メラン)との子)のように純真無垢な少女もいる。それにアンドレア・カヴァルカンティと名前を変えた悪人ベネデットも重要な役割を果たしそうだね」
「そうですね、彼は生後間もなくヴィルフォールに殺されかけましたが、後にモンテ・クリスト伯の召使になるベルトゥッチオに助けられ育てられます。しかし親から受け継いだ遺伝子のためか幼いうちから非行に走り、恩を仇で返すことになります」
「折角ベルトゥッチオが育てたのに逃亡してしまう。しかもベルトゥッチオの義姉を殺害して」
「そうして彼はその後も悪事を重ねますが、監獄に収容されている時にモンテ・クリスト伯に探し出されて「莫大な遺産を継承するカヴァルカンティ氏の息子」として社交界に紹介されることになります」
「このにせ貴族にヴィルフォールは騙されて大きなダメージを被ることになるのだが、それはもう少し物語が進んでからのお楽しみだな...他人の不幸をお楽しみというのはどうかと思うが、ヴィルフォールとヴィルフォール夫人の犯す悪事は酷いものだ」
「彼らの悪事に対してダングラールの悪事は軽いような気もします」
「そうだろうか、ダンテスを告発して牢獄に送り込むよう考えたのは、ダンテスの昇進をねたんでいて自分の犯罪が発覚することを恐れたダングラールだ。一番悪いやつと誰もが思うから、復讐が始まった一番最初のところでにせの情報を流して公債を売却させ窮地に追い込んだ。ダングラールはこれがあってから、お金のやりくりに困ることになってだんだん追い詰められていく。勧善懲悪ものの小説で一番懲らしめ甲斐のある悪人と言えるから、これからもっとダングラールはもがき苦しむことになる」
「フェルナン、モルセール伯爵はどうでしょうか」
「とにかく軍隊に入って祖国や恩人を次々と裏切っている人物だ。メルセデスとの結婚で善人になったということはない。特に酷いのは太守アリ・パシャに対する裏切りで、太守が殺害されその娘のエデは奴隷として売られてしまう。とにかく3人とも懲らしめ甲斐のある非道な人物と言える」
「そうですか、そうすると6巻から先もダンテスの趣向を凝らした復讐劇が楽しめるというわけですね」
「そうだよ、適当な言葉が見つからないけど、そういうエンターテインメントがこの小説にはあると言えるね」
N先生が、鴨川べりのベンチに腰掛けて、さっき買った和菓子を食べないかと言われたので、私はご一緒したのでした。