プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生45」
小川は、新婚旅行から帰って3日間は溜まっていた仕事の消化に追われ、深夜まで仕事をした。それが済むとその後はそれまで
参加を控えていた飲み会に積極的に参加することにした。自分の周りの人で役職に就いている人を見ると、やはり付き合いの良い
人で上司から誘われると、何時間でも酒を飲み続けることができる人々だった。
飲み会の2日目も、小川は夜遅く自宅に帰った。部屋のあかりをともすと、言葉がひとりでに口から溢れた。
「僕はほとんど酒が飲めないから、参加をするのを控えていたけれど、昇進のためには必要なことだし...。まだ若いから、午前様が
数日続いても体力的には大丈夫なようだ。うちの会社は土日が休みだから、体力も回復するだろう。それにしても昨日も今日も
午前様だし、結局今週は5日とも床につくのが午前1時なんだからさすがに疲れたなあ。今日は疲れたので、上着は脱ぐが、
ベルトを外すのは煩わしいしいからズボンははいたまま寝よう。布団は敷いたままにしているし。ふぁー、これでよしと」
小川が眠りにつくと、すぐに夢の中にディケンズ先生が現れた。
「小川君、私の言いつけ通りに「エドウィン・ドルードの謎」を読んでいないね」
「先生、ここのところほんとに忙しくて...。読書の時間が取れなかっただけなんです。なるべく早く読もうと思ってはいるんですが」
「私がネタばらしをしても仕方がないが、「エドウィン」は未完の小説だし、登場人物の描写も不十分だ。ジョン・ジャスパーは悪人
と分かるが、それだから犯人としたのでは面白くないだろう。第一エドウィンの死体が発見されたわけではないのだから、殺人でなく
何かの理由で一時的に隠れているのかもしれない...。今となっては、まさしく「永遠の謎」となってしまったのだが、果たして
読む価値がある小説かと言えば...」
「そうですか」
「だが、8、9年後に翻訳して出版される、「互いの友(我らが共通の友)」は楽しみに待つといいよ」
「そうします」
「ところで、君は朝になったらアユミさんの家に行くのだろうけど...」
「何かあるのですか」
「何があっても、慌てないで冷静に対応したまえ」
「......」
アユミの家は以前、秋子と一緒に訪れたことがあったので、すぐにわかった。小川は秋子に、週末にアユミの家に行く前に電話を
入れると言っていたが、突然現れて、秋子をビックリさせようと思った。
アユミの家のチャイムを鳴らしても反応がないので、小川は鉄扉をトントンと叩いてみた。すると突然ドアが開いて、アユミが顔を
出した。眉間に縦のしわをいくつか寄せたアユミは明らかにアルコールが入っていて、怒りっぽくなっていた。
「なんだ、あんたか。秋子はさっきあんたのところに行くと言って、出て行ったよ。することがないんで、一杯飲んで、秋子が
帰るまで寝ていようと思っていたのに...。なにか恨みでもあるの」
そう言って、アユミは小川の襟首を掴むと15センチ高い自分の目元の高さまで小川を持ち上げた。
それを予想していた小川は、アユミの耳元でよく聞こえるように言った。
「生姜煎餅なら、金沢の●●」
それを聞いたアユミは正気に戻って、小川から手を離した。
注)この小説は1988年頃を想定しており、今程、携帯電話が普及していません。