プチ小説「こんにちは、N先生 44」

私は、37才から56才まで訳ありで禁酒していたのですが、事情があって56才になって再開しました。私はお酒より清涼飲料水の方が好き(スプライトとオレンジエードが大好きでした)なので、もっぱら清涼飲料水で薄めた焼酎を飲んでいました(ビールがおいしいと思ったことは一度もありませんでした)。ところが30才の頃に近所にお酒のディスカウントショップが出来て、ウイスキーや日本酒の銘酒を驚くべき安さで(フォア・ザ・カスタマーのそのショップは6年後に破産しました)販売しているのを知ったのです。その店で銘酒の3合瓶を買って帰り当時元気だった父親(2016年4月没)と飲むと美味しく父親が喜んだので、しばしばそこで日本酒を買って飲むようになりました。多い時は日本酒で2~3合またはウイスキーボトル3分の1を週5回くらい飲んでいた時もあります。いくつかのことがあって酒の怖さを知り、37才の夏にお酒を飲まなくなったのでした。43才から51才までは槍・穂高登山をしていたこともあり、お酒を飲まないことは大いに意味があったのですが、本の出版で忙しくなり父親が亡くなって団地から引っ越して母親の隣の家で生活をするようになると筋トレが疎かになって体重がどんどん増えて、突然心霊現象のように家がきしんだりするとお酒を飲まずにはいられなくなりました。以前体調を壊したことがあるので深酒はしませんが、週末になると発泡酒2~3缶を飲むことが多くなりました。といってもひとりでテレビを見ながら発泡酒やビールで酒の肴を口の中へ流し込むような飲酒ですから楽しいはずがありません。それからこれは最近気付いたのですが、私の場合ビールを飲むと腸が炎症を起こすようでおへその右あたりがチクチクと痛くなるのです(やめたら痛みはなくなりました)。そんなこともあって、肴ちょっとでお酒を少しだけ飲んで楽しく酔えるものはないものかと熟考しました。私は40年来のディケンズ・ファンで彼の小説によく出て来るポンチ酒(ラム酒などの蒸留酒に柑橘類などの果汁、シロップを混ぜたもの。砂糖を少量加え温めるのも美味しい)に興味があり、反対から読むと大変なことになってしまうのですが、禁酒をする前に作って飲んだことがありました。その時は〇ントリーのラム酒に〇ントリーのフルーツシロップを混ぜ少量の水を入れて飲んだのですが、全然美味しくないので一度飲んでやめました。その反省から今回は外国産のラム酒を使ってお湯割りにすることにしました。バカルディ・ブラック(ラム酒)に〇ントリーのレモンシロップを同量入れてスプーン一杯のグラニュー糖を入れてお湯割りするととてもいける味でした(メロンシロップにグラニュー糖を入れないでお湯割りするのも美味しいです)。これだとお酒を飲み始めた頃と同様に塩辛を小皿に盛るだけで2~3杯は飲めるのでしばらくはそうしようと思っています。このポンチ酒を飲むとよく夢を見るのですが、この前は3本立てでした。一つ目は私がソファーで寛いで本を読んでいると突然大きなオニヤンマが現れて読書を妨害する夢でした。二つ目はソファーの上に大きな透明のビニール袋が置かれていて中にピンク色のものが入っているので何だろうと思って開封したところ紫色のコートを着たおばさんが入っていました。三つ目は石畳の道を歩いていると雨が降り出して余りに寒いので音を上げていると目が覚めて寒いのに布団をはねのけて寝ていました。そんなお酒のことや最近に見た夢のことを反芻しながら西大路通を歩いていると後ろからN先生に声を掛けられたのでした。
「君は西院駅から立命館大学東門まで最短の時間で行こうと頑張っていたんだが、最近は走るのを止めたのかな」
「そうですね。39分というのが今のところ限界だと思います。それを達成しましたし。それに寒くなって来たので、記録を狙う時の恰好アンブロのジャージ、長袖シャツ、Tシャツだけでは辛いところがあります。2月になって温かくなったら、とりあえず38分を目指して頑張るつもりです」
「そうか、ところで最近はどんな本を読んでいるのかな」
「松本清張の新潮文庫の6つの短編集は読み終えました。前にも言いましたが、「西郷札」と「佐渡流人行」は今まで読んだ時代小説で一番面白かったです。最後に呼んだ「黒地の絵」もいろいろ考えさせられる小説がいくつかあってもっと早く読んでおけばよかったと思いました。今は『砂の器』を読んでいます」
「外国文学も読んでいるのかな」
「数日前にウェルズ著「タイム・マシン」を読み終えました。10の小説が収められた短編集で、『タイム・マシン』はその中で一番長い小説です」
「どれが面白かったのかな」
「やはり『タイム・マシン』ですね。物語の内容を全然知らないで読み始めたのですが、タイム・トラベラー(時間飛行家または時間旅行者)が最初に行ったのが、紀元80万2701年の未来ですが、そこでは人類の子孫は2つの種族(エロイとモーロック)がいて争っていました。エロイの女性と親しくなり、モーロックと戦ったりしますが、120ページほどの小説ですから物足りないと思いました。でもこの「タイム・マシン」は後の作家に甚大な影響を与えただけでなく、科学の面でも大きな刺激となりました。未だにタイム・マシンという乗り物はできていませんが、遠い昔や遥かな未来のことを考える切っ掛けとなりました。こうした問題提起をしたという意味でウェルズは偉大な作家だったと思います。収録されている小説の中では『水晶の卵』(火星の様子を映し出す水晶の話)、『新加速剤』(服用すると信じられない速さで行動できるようになる薬の話)、『奇跡を起こした男』(念力(超能力)で人や物を自由に操れる男の話)、『ザ・スター』(突然出現した巨星が地球に与える影響の話)、『奇妙な蘭』(吸血植物の話)、『塀についた扉』(突然主人公の前に現れる白い塀とそれについた緑の扉の話)、『盗まれた身体』(念力によって自分の姿を遠方に投射する男の話)、『盲人国』(アンデスの山に登っていた男が盲人国に迷い込みそこで冒険をする話)で『マジック・ショップ』以外は面白かったです。SFのカテゴリーがどこまでなのかと思いますが、この本を読むと宇宙や未来の話だけでなく、人間の隠れた力を引き出す薬、念力(超能力)、奇妙な動植物、超常現象、地球上にある知られていない国の話などもSFなのかなと思ってしまいます」
「それだけ興味を持ったのなら、しばらくウエルズのを読むのかな」
「『モロー博士の島』『宇宙戦争』『透明人間』等があって面白そうですが、次はヴェルヌの『海底二万里』読もうと思っています。SFだからと敬遠していたのですが、『タイム・マシン』が面白かったので、ジャンルを問わずにいろいろな小説を読んでみようと思っています。それに並行して松本清張の小説を全部読んでしまうのではないかと思います」
「多分、興味を持って読んだ小説は君の血肉になるだろう。そうしてそれが懸賞小説を書くための切っ掛けや材料になるんなら、それはジャンルを気にしないでもっと頑張って読みたまえと言ってお尻じゃなかった背中を押すことになる」
「そうですか、どこでも押してもらえるのならその気になって頑張ります」