プチ小説「こんにちは、N先生 45」
私はあまりお酒を飲まないで30代後半から50代前半までを過ごしてきましたが、50代になって発泡酒やお酒を飲むようになりました。超常現象が家で発生し、コロナのせいなどでストレスが充満したりしたからです。飲酒によってそういったものに鈍感になるのは有難かったのですが、それまで繊細でひたむきに西洋文学に向かっていた姿勢が鈍化したことは否めません。それにビールや発泡酒がおいしいと思ったことはありませんでした。日本酒やウイスキーは大好きで酒が進むのですが、それでアル中になってしまってはいろんなことがますますできなくなってしまうと思い、自重しています。それで前回でも触れた、ディケンズもよく飲んだと思われる、ポンチ酒を飲み始めました。お湯で飲むので少量のアルコールでも温まり、シロップは甘党の私の軟弱な嗜好に合致してとても良い心地にさせてくれるのです。バカルディ・ブラックは現在3本目を飲んでいるのですが、飽きっぽい私はネットでバカルディには他にもたくさんの種類の商品があることを知り、阪急高槻市駅近辺を調査することにしました。ネットで見るとブラック(ネグラ)の他、ホワイト(ブランカ)、ゴールド(オロ)、プエルトリコ(原産地 他より1,000円高い)、モヒート(カクテルの一種 ライム果汁入り)があるようですが、松坂屋にはブラックとゴールドがありました。ブラックを購入したもりもと酒店本店には他にホワイトがありました。阪急高槻市駅南側にあるもりもと酒店支店に行くとブラック、ゴールド、ホワイトがありました。私がどれを買おうか悩んでいるとN先生がやって来られました。私はなぜ私がここに来られたのか不思議でしたが、最近松本清張の『砂の器』を読み終えたのでそれで来られたのかなと思いました。
「うう、さむいねー、こういう時は、ポンチ酒が威力を発揮する」
「先生もお好きなんですか」
「安くで幸せになれるからね。バカルディはそんなに高くないし、アルコール分40%だから少量で酔えるし、果実シロップは〇ントリーだけじゃなくて、少し値が張るがモナンというフランスの会社から出ている。まあ自作のカクテル作りも楽しいことだろう」
「ぼくは〇ントリーのレモン、メロン、ザクロ(grenadine)とバカルディ・ブラックのお湯割りをしましたが、どれもほっこりいい気分になれました」
「まあ、今年の冬は寒い日が続くようだから、少しくらいならいいんじゃないかな。飲みすぎは繊細さを喪失させるからせいぜい気を付けることだね。それより『砂の器』はどうだった」
「この作品は確かぼくが高校生の頃、TBSの映画劇場で放映されたと記憶しています。解説の荻昌弘さんが、犯人の生い立ちが気の毒で犯罪が発生したが、加藤剛が演じた犯人和賀英良も根は悪くないんですと言われたのが後に残りました。ぼくは重大な犯罪を犯しても悪人でないこともあるというのがどうしても納得できず、今でも「罪を憎んで人を憎まず」とか「疑わしきは被告人の利益に」という考え方はどうなのかなと思っています」
「「罪を憎んで」の方は君の考えを少しは理解できるが、「疑わしきは」の方は冤罪というのもあるから慎重な捜査をするためには心に留めておかなければいけない考え方と思うよ」
「そういう疑問があったので野村芳太郎の映画のDVDは購入していません。和賀の愛人成瀬リエ子が映画に登場しないというのも物足りないし」
「そうだね、リエ子は和賀からの要請で三木謙一の返り血を浴びたシャツを切り刻んで中央線の電車の窓から投げ捨てたり、働いている劇団が劇で使用するレインコートを盗んだりする。三木が和賀に惨殺(絞殺した後に顔が分からないように石で殴りつけた)されたことを知ったリエ子は殺人者に協力したことに悩み自らの命を絶ってしまう。そう考えると、和賀が仕方なくやったこととはいえ、残虐で計画的な殺人をしているということで同情する気は薄らいでくるね」
「和賀は他にも2つ殺人を犯しています。事件の犯人が和賀と気付いたリエ子が事務員をしている劇団の俳優宮田邦郎(レインコートの持ち主)、共犯とも言えるヌーボー・グループの一員関川重雄の愛人三浦恵美子を自宅のスタジオで音による殺人を行いました。これはもう立派な凶悪犯と言えると思います」
「三木の殺人は酔わせて首を絞めてさらに石で顔面を殴るという残忍さでかつての恩人に対する畏敬、感謝の念のかけらもない。ただ昔の経歴が暴かれると将来のことがすべて無に帰してしまうと考えて殺したのだろう。女性に罪の意識を持たせて自殺に追い込むというのも酷い話だ。それにみんなが楽しむ音楽を殺人の道具にするのはどうかと思う」
「ぼくもミュージックコンクレートによる殺人というのに興味がありました。この本をじっくり読むまではある周波数の音をビームのようにして頭とか心臓をターゲットにして当てるのだと思っていたのですが、そうではなくて音には楽しくさせる音だけでなく不快にさせる音があってそれによって精神的に追い込まれることがある。また特定の高周波は身体に大きな影響を及ぼすことがある。それを利用して心臓が弱い宮田、妊婦の三浦を自分のスタジオに連れ込んで超音波を当てたり不快な音を聞かせたと思われます。そのあと関川の手を借りて殺人現場とされているところに運んだのだと思います。ビームのように照射できるのではなくスタジオに連れて来て聞かせるということなので、大砲のように打ったり拳銃のように携帯できないのでちょっと安心しました。また和賀は宮田に羽後亀田で怪しい行動をさせたり、恵美子に2度引っ越しをさせたりと計画的だったと言えます。勧善懲悪の小説ならこのような人物はもっと厳しく懲らしめられるべきなんじゃないかなと思います」
「そう言えば、自宅に警察官が入ったということとアメリカ留学の飛行機に乗られなかったというだけで、懲らしめられる場面があるわけでもなく、本人の反省の弁もない。その点ではスカッとしないところがある小説だね」
「小説は優れたものであることに間違いないですが、今西と吉村が最後のところで祝杯を挙げるまでは必要はないけれど、和賀に厳しい処置が取られることになったと言わせても良かったんじゃないかと思いますね。大臣の娘と婚約していたので、何か工作して音楽活動が続けられるんじゃないかと思えなくもないですから、留めの一撃がほしかったと思います」