プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生47」

秋子は玄関で呼び鈴が鳴っているのを聞くと、アユミを見た。アユミは、
「どうやら、主人が帰って来たようだわ。そうだ、秋子のご主人に目がぱっちりするあれを見てもらいましょうか」
と言って、秋子に小川を起こして玄関に連れて来るように伝え、自分は先に玄関に行った。
小川と秋子が玄関に行くと、アユミは突然少し小柄ではあるが筋肉質の夫を頭上に持ち上げた。それからアユミは床に夫を
投げようと手を離した。夫はアユミがいつもより上方に投げたため一度天井で頭を打ったが、次の瞬間には床に手をついて
回転し最後はひねりを加えて小川たちの方に向き直った。
「やあ、元気でやっているようだね」
小川はしばらく空いた口がふさがらず秋子も何と行ったら良いかわからなかったが、ここは小川が何か言わないといけない
と思い、平凡であるとは思ったが、大丈夫ですかと尋ねた。
「小川さんはぼくが大学のプロレス愛好会で鍛えていたことを知らなかったかしら。アユミにはマネージャー兼鬼コーチで
 その頃から厳しい指導を受けて来たんだ。なにせアユミは音楽的な才能があることがわかるまで、ずっと空手と柔道を
 やってきたんだから」
「そうか。力と技というのは、そういうことだったのか。それにしてもご主人もすごい」
「力と技だけならいいんだが、酒が入ると...。君も知っているだろう」
「でも、今日は生姜煎餅をおみやげに差し出すと落ち着かれたのですが...」
「小川さんの言う通りで、好物で機嫌を直してくれる時もあるが、多くの場合はやり過ごすしかないようだ」
「......」
「そうだ、小川さんに新居の話をしたのかな。そうか、まだか。じゃあ、食事をしながらその話をしよう」

アユミの夫は遠隔地からアパートの大家に電話を入れ、契約の話をしてくれていた。アパートには空きがあり、明日の
日曜日に荷物を運び込んで、新生活を始めてもらっても良いとのことだった。
「隣同士だったら良かったんだけれど...。でも何かあればすぐに相談に乗ってもらえるし」
秋子がそう言って、小川を見ると小川は言った。
「無理を言いますが、今晩はここで泊まらせてもらい、明日から自分たちの部屋での生活を始めようと思います。よろしく
 お願いします」

アユミは、小川と秋子のためにピアノがある部屋に布団を敷いてくれたが、1枚の布団しかなかったので二人で一緒に
横になった。
「これを機会に言っておこうと思うことがあるんだけれど...」
「なあに」
「ディケンズ先生と夢の中で話している時には、中断させないでね」
「わかったわ。でも、この前に言ったように、長い人生を乗り切って行くためには、まじめに働いて、家族のために時間を
 割いてもらうようにしないと...」
「それはよくわかっているよ」