プチ小説「宇宙人との四方山話 クラシック音楽編」

福居はまだ発表会(6月24日)での演奏が終わっていないのに、来年の発表会で演奏する曲の楽譜を購入しようと大阪駅前第2ビル2階ののササヤ書店にやって来た。
<1978年にトランペット奏者のモーリス・アンドレが有名なオペラのアリアをトランペットで演奏したレコード(日本語タイトル 超!超絶トランペット モーリス・アンドレ、オペラ・アリアを吹きまくる)が発売されそれを購入して、私の楽器を演奏したいという小さい頃からの憧れ(熱望と言った方がいいかもしれない)に火を灯した。自分でフォークソングやポピュラーソングの楽譜を買って来て家にあったヤマハのオルガンで演奏していた(指一本で旋律を辿るだけだった)が、この時は熱くなってトランペット購入してしまった(確か阪神百貨店の楽器コーナーで4万円位したと思う)。しかし当時の私は宅浪の浪人生だったので、音楽教室に行くこともできず、自宅(当時は両親と同居していた)の風呂場で教則本を見ながら吹いていた。ローレライ(ハ長調で吹きやすかった)が何とか吹けるようになった頃に昼食を食べていると向かいにある国鉄の独身寮の屋上でトランペットを吹いている人がいた。その人は私より下手だったので、お前も頑張れよとはならず、俺も迷惑かけたらあかんなという気になってしまった。浪人中だったのでそれからトランペットはお蔵入りとなったが、その時の自分の下手なトランペットの音が頭に残り、中年過ぎて音楽教室に通えるようになってもトランペットではなくもっと優しい音色の楽器を習おうと思ったものだった。50才になって何か楽器を習おうと考えた時に、和音が理解できず、手先が器用出ない私はピアノのような鍵盤楽器とギター、ヴァイオリンのような弦楽器はトランペットと同様に最初から頭になかったが、サックス、トロンボーンも音が大きいので選考から外れた。そうなると残るのはオカリナ、リコーダー、フルート、オーボエ、クラリネットということになったが、当時、カール・ライスターとゲルハルト・オピッツが演奏するブラームスのクラリネット・ソナタを私はよく聞いていてクラリネットの音色に魅せられていたのでクラリネットを習うことに決めた。クラリネットを習い始めた頃から、モーリス・アンドレが吹きまくったオペラのアリアを私も吹けるようになれればいいなと思っていた。10年してクラリネットの先生に相談したところ、ピアノ伴奏の楽譜の歌のところをシャープを2つつけて、2度上げればB♭管のクラリネットで伴奏付きで演奏できますと言われて、アンドレのアルバムの最初の曲「君はわが心のすべて」(レハール喜歌劇「微笑みの国」から)の楽譜を購入して先生の指示に従って楽譜を作成し先生のレッスンを受けて発表会で演奏できたのだった。今度、演奏する「清らかな女神よ」(ベルリーニ歌劇「ノルマ」から)はそのアルバムの2番目の曲なんだ。他にもモーツァルト歌劇「魔笛」の夜の女王のアリア「復讐の心は地獄のように胸に燃え」もあるが、これはテンポが速いし運指も難しくて無理だろう。それよりビゼーの歌劇「真珠採り」から「耳に残るは君の歌声」、ドリーブの歌劇「ラクメ」から「若いインドの娘はどこに」を演奏したい気がする。それもこれから探そうと思うんだが、私が最初に口ずさんだオペラのアリア、ワーグナー歌劇「タンホイザー」からウォルフラムが歌う「夕星の歌」の楽譜がないかなと思う。この曲は最初、カザルスのチェロで聞いたんだが、感動して歌の内容の知りたくなり歌劇「タンホイザー」の全曲盤(サヴァリッシュ盤)を購入したんだった>
ワーグナーとの表示がある棚を見て、ふと横を見るとM29800星雲からやって来られた宇宙人さんがいて福居の長考が一段落するのを待っていた。
「フジイメイジンノチョウコウヨリアンタノチョウコウノホウガナガイノトチャウカ。ソヤケドソンナケムチュウニナレルノハケッコウナコトヤ」
「今日は楽譜を買いに来られたのですか」
「イイヤ、アンタトハナシシタイトオモウテキタンヤ。ベートーヴェン、バッハトキタカラツギハワカルヤロ」
「そりゃあ、もちろんわかりますよ。ロマン派の中心的な存在のシューマンでしょ」
「ブー」
「違いますか、それならバッハ、ベートーヴェンの次はやはり同じBが付くブラームスでしょう。三大Bと言われてますし」
「ビー、チガッタブーブー」
「そしたら、わずか31年余りの生涯で歌曲を中心としてたくさんの名曲を残したシューベルトではないのですか」
「ソウカ、ワシハモーツァルトノメイキョクヲシリタカッタンヤケド、シューベルトモエエナア。キョウハソレデイコカ」
「わかりました。シューベルトの楽曲の中心はやはり歌曲でしょう。三大歌曲集「美しき水車小屋の娘」「冬の旅」「白鳥の歌」以外にも、「アヴェ・マリア」「ます」「楽に寄す」「シルヴィアに」「死と乙女」「春の想い」「糸を紡ぐグレートヒェン」「君はわが憩い」「さすらい人」「野ばら」「魔王」「水の上にて歌う」「夕映えに」「子守歌」など美しい旋律は私たちを魅了します」
「ソウヤ、ソノトオリヤ」
「歌曲のメロディを取り入れた室内楽では、弦楽四重奏国第14番「死と乙女」とピアノ五重奏曲「ます」が有名ですが、ピアノ独奏曲 幻想曲「さすらい人」も心に沁みる名曲です。室内楽曲ではベートーヴェンの七重奏曲に触発された八重奏曲の他、ピアノ三重奏曲第2番、アルペジオーネ・ソナタも心に沁みる名曲です。また最後のピアノ・ソナタ第21番、こちらはそれ以上の心に沁みる名曲になっています。それから弦楽五重奏曲は究極の心に沁みる名曲です」
「アンタ、ココロニシミテバッカリヤッタラ、キブンガジズミガチニナルントチャウカ。ハデナココロガハレルヨウナキョクハシューベルトニハナインカイナ」
「少ないですが、ちょっとはあります。まず交響曲第9番「ザ・グレイト」(これを第8番と呼ぶのは抵抗があります)は明るい気分になります。ピアノ五重奏曲「ます」もそうです。ピアノ曲でしたら、ピアノ・ソナタ第20番が明るい曲想です」
「ソッキョウキョクモエエントチャウ」
「そうですね8曲とも素晴らしいです、でも何と言っても交響曲第8番「未完成」が彼の最も優れた作品です」
「アンタガスイセンスルレコードハアルンカ」
「一時、ジュリーニ指揮シカゴ交響楽団を聞いていましたが、今はワルターがいいかな。ワルターはSP盤も良かったです。でも映画の「未完成交響楽」を見ると映像と共に一部ですが聞くことが出来ます。これを聞くとレコードで聞く演奏が迫力不足の物足りないものになってしまいます」
「ソウカ、エイゾウノチカラハタイシタモンヤナ。「ツァラストゥラはかく語りき」(2001年宇宙の旅)トカ「ショパン バラード第1番」(戦場のピアニスト)ナンカモソウヤデ」
「その通りですね。「戦場のピアニスト」の最後に演奏される、ショパンのアンダンテ・スピアナートと華麗なポロネーズも素晴らしいと思います。映画「未完成交響楽」は「野ばら」も「菩提樹」も「セレナーデ」も心に残ります。今から90年前のモノクロ映画ですが、映像も素晴らしいのでM29800星雲でも多くの人に見てもらってください」
「ソウカ、ソレモメモシトコカナ。アーア、モウジカンヤ。マタクルワ」
そう言って、宇宙人は胸を張って太陽を仰ぎ見ると、シャッという声を発して離陸した。福居は最初あんぐりと口を開けていたが、立ち直ると、また来てねと手を振った。