プチ小説「伊吹山星空観測会で今年こそ」

福居は毎年夏になると満天の天の川銀河が見たくなり落ち着かない日々を過ごすことになるが、今年も7月に入ってそわそわし出した。福居は北摂近辺なら伊吹山が星空観測のベストスポットと考えているが、観測用施設として奈良県にある星のくにも優れていると思っている。ただペーパードライバーの福居には撮影用機材、天体望遠鏡(28年前に購入して半年間使用)やケンコースカイメモ(2年前に購入して未使用)を電車やバスで運ぶわけに行かず、小型三脚にデジタルカメラを取り付けて固定撮影するしかない。福居はスカイメモにライカM9を取り付けて天の川銀河の撮影を考えた時期もあったが、10キロ以上の重量の大きなプラスチック製のケースにスカイメモを入れて運ぶ時に例えばバスの中に置き場があるのか、伊吹山や星のくにまで肩を脱臼させずに運べるのかが心配になって見送ることになった。福居は思った。
<たとえ固定撮影でも、天体が暗ければ天然色の星の色が写せるだろう。ガイド撮影してくっきりと天の川銀河を写すのは理想だが、いくつか問題がある。まずスカイメモを初めて使うが、マニュアルを理解してきちんとガイド撮影できるかだ。それからセッティングの問題がある。北極星に機軸を合わせるのはできるが、その前にスカイメモの微調整、テストが必要だと聞いている。それが問題なくできるかも心配だ。それから10キロ以上のスカイメモとライカM9を乗せて、ジィツオの三脚が持ち堪えられるかが気になる。15キロ位の荷物を苦労して運んだが、何もできなかったというのもありうるかなと思ったりする>
福居は下調べのために琵琶湖線に乗ったが、近江八幡駅で昨日で引退したイニエスタに似た男性が向かいの席に腰掛けた。
「谷さん、どちらかに行かれるのですか」
「あんさんが星空観測の下見に行くと聞いたから、来たんや」
「そうなんですね。でも誰からかな。誰にもこのことは話してないのですから」
「そんなことには拘らないの。わしはあんたの友達やから何でもわかるの。ところで星空観測するにはいろいろ問題があるんやろ」
「そうです、まず空が暗いかどうかです。いくら晴天であっても都会では目がいい人でも3等星位しか見えないと言います。そうして天気です。雨天では話になりませんし曇天の場合も半分近く雲が出ていたら、固定撮影も難しいでしょう」
「ほたら、7割くらいの青空やったらできるんか」
「とにかく雲はない方がいいです。もうひとつ、シンチレーションも気になるところです。からっと晴天なら全然問題ないのですが、水蒸気が多いと見通しが悪くなったり大気の揺らぎでいい写真が取られなくなります。星が瞬くのはシンチレーションが悪いからだとも言われています」
「仮に休み取って大金使って天体が暗い空のところに出掛けて行ったとしても、天気が悪かったり大気の状態が悪かったりしたらええ写真が取れんというわけやな」
「そうなんです、それで軽装備でもいいから伊吹山の星空観測会に行こうと決めても、2つのことが気になるんです。ひとつは日程のことです。伊吹山の星空観測会の今後の日程(近江鉄道 湖北バス)は、7月15、16、21、22、28、29日 8月4、5、10、11、12、13、14、15、18、19、25、26日となっています。星空観測に適するのは新月の前後3日と言われますから、7月は15日から21日まで、8月は13日から19日までとなります。この2つの条件を満たすのは7月15日、16日、21日、8月13日、14日、15日、18日、19日です。7月も8月も新月の日に運行がないのは残念ですが、7月16日、21日、8月14日、15日、18日あたりなら空は月の影響はあまり受けないでしょう」
「ほたら、早いところ予約を取った方がええで」
「そうなんですが、今から何年か前に梅雨が開けず夏の間中曇天ばかりだったということがありました。今年もスカッと晴れる日があまりなく、その時と同じような感じで夏が終わってしまうんではないかと恐れているんです」
「2つくらい押さえておいて、あかんかったら諦めたらええやん。キャンセルもできるんやろ」
「それはそうなんですが、梅雨の最中の7月16日を押さえてもいいのか、8月14日、15日はお盆だから混むんじゃないかと悩んでいるんです。また7月21日は夏休み初日ですし...そうなると8月19日くらいですが、この日が雨だと今年も行けなかったということになりますし」
「わしやったら、8月19日と7月15日と16日かな。7月21日と22日は子供さんのために遠慮せんとあかんと思うわ」
「あと、機材はどのようにすればいいのかということですが」
「当日は行きは午後5時35分にJR米原駅出発して午後6時30分に伊吹山山頂駐車場到着、帰りは午後8時20分出発で午後9時25分到着になっている。撮影出来る時間は1時間50分やから、固定撮影で4、5枚は撮れるんとちゃう」
「M9だとバッテリーが30分しか動かないので、あと2本13,000円のバッテリーを買わなければなりません。M6で撮影するのもいいですが、4、5枚の撮影のために36枚撮りのフィルムを購入するかどうかです。嵩張ることもありますし。そう考えると本番の前に下見をしておくのもいいのかなと思います」
「そやけど運賃がかかるんやろ」
「そうですね、最寄りの駅から米原まで往復3,380円と観測会バスの往復運賃が3,000円ですから、何度も行けないですね」
「天候に大きく左右されるレジャーは日頃からの行いがものを言うのや。今からでもええから日々倹しい清らかな生活をしたらどないや」
「うーん、それだと私の場合、今年も難しいのかなと思います。どうしましょう」
「出来る範囲でええから、頑張ってみてみ」